らぶみーとぅー!~NTR性癖の幼馴染を満足させるため、僕は真実の愛を探す~   作:大豆亭きなこ

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第二話:続・僕の学園生活

 翌日からは、五月の大型連休に待つ瞳子とのデートに胸を躍らせながら、何人かの後輩女子に話しかけ種をまいておいたが、どうにも反応、様子がおかしい。

 

 ヒカリに聞くところによると、すでに後輩女子にまでうわさが出回っているらしい。

 

『東ノ宮西高校には、現実でギャルゲーをやる馬鹿がいる』

 

 ──僕のことだ。

 

 しかも新一年生の間だけでなく、ここら地域一帯にまでうわさは広まっているらしく、ヒカリ曰く、スーパーで主婦が噂していたらしい。

 

 ……もしかして、コレ、詰んでないか。

 

    ◇

 

 僕はクラス中から糾弾されたのち、不本意ながら図書委員になることになった。

 

 別にいいのさ。本を読むのは好きだから。しかし何より納得がいかないのは、図書委員に選出された理由が僕の素行が悪いからなのだ。

 

 週に一度、放課後もしくは昼休みに仕事があり、強制的に拘束される図書委員は人気がない。他の委員はやってもいいという人も図書委員は避ける。

 

 委員選出のホームルーム中、誰も手を上げず、お通夜みたいに静まり返った教室で、僕の右隣り前の席の井沢さんが口を開く。

 

「図書委員は、反省の意を込めて時田君がやればいいと思います」

 

 井沢さんは軽音部で、面倒見がよく一年のリーダーを任されている子だ。

 ベースボーカル(ベースボーカルはややこしい女しかいないというのは偏見ではなく真実で、彼女も例にも漏れずややこしい)。彼女はマイナー目なバンドが好きならしく、そのバンドのことを勉強し話を合わせると、ライブハウスにデートへ行くことになった。去年のことだ。そのデートの途中で前日デートに行った他の娘と鉢合わせ口論になり、撃沈。

 以後僕のことを蛇蝎のごとく嫌うことになる。

 

 教室中がざわめく。だってそうだろう? 個人的な恨みで、正当性はなく、僕が図書委員になる意味が分からない。僕はクラスメイトの倫理や常識を信じて再び窓の外へ目をやる。

 

 しかし、それに続く声が次々と上がる。

 

「私も、時田君がやるべきだと思う」

 

 この声は相川さんで、少しぽっちゃり目な穏やかな子だ。

 お菓子作りが趣味だというので、黒ゴマクッキーを作り渡したら、少しの間手作りお菓子の交換会が続いた。友人から僕のうわさを聞き、以後蛇蝎のごとく僕を嫌うことになる。

 

「時田がやれ」

 

 鋭い目つきで山田さんが言い放つ。

 彼女は大のゲーム好きで、以前は僕とよく通話をしながらFPSをしていた。彼女が言うところによると僕はイケボならしく、なんか恥ずかしいセリフを言わされたりもした。Steamのフレンド欄から他の同級生にも手を付けていることがばれ、以後蛇蝎のごとく僕を嫌うことになる。

 

 ぎゃあぎゃあ、わあわあ。

 

 僕に対する、糾弾は続く。罵詈雑言が飛び交う。後ろを見るとヒカリがニヤニヤと僕を見ている。性格が悪いな。エレナさんは席にいない、ホームルームが始まる前に帰ってしまっていたのだ。僕への恨み言や非難を口にする女子達に男子共は同調している。

 

 困り果てて担任の若葉先生の方を見ると、目を背けられた。──そうだ、詳細は省くが、彼女にも僕は蛇蝎のごとく嫌われているのだ。

 

 そんなわけで僕は図書委員になった。

 

 世の中は理不尽だ。不平等だ。僕は奴らを許さない。

 

    ◇

 

 さぁ瞳子とどこに出かけようなんかと思案しながら、図書室のドアを開く。今日は週に一度の図書委員の活動の日だった、運の悪いことに火曜日の放課後、週の初めの方に憂鬱なことがあるのは嫌だね。

 

 受付カウンターに入ると先客がいた。

 

 ──女子だ。しかも僕が見たことのない女子。つまり後輩の女子ってことだ。

 

 そういえば、自分とは他に図書委員がおり、その子とペアで仕事をするのだと委員会で言われたことを思い出す。

 

 目の前の彼女はこちらに一瞥もくれず、ひどい猫背で文庫本を読んでいた。

 

「…………」

 

 かなり癖っ毛な肩にかかるくらいの黒髪、目にも髪がかかっている。視力落ちそう。きっちりと着こまれた制服に黒縁の眼鏡、一言でいうならば芋っぽい、あか抜けていない子だった。

 

 しかし、よくよく観察してみると、目鼻顔立ちは整っており、彼女が自分の価値に気付いて、容姿に磨きをかけると化けそうな気もする。いわゆる、『地味なあいつが実はかわいいってことを俺だけが知っている』タイプなわけだ。

 

 僕はさらに観察を続けながら、顎に手をやり考える。

 

 こういう子が寝取られるのはよく見るけどもこういう子に寝取られるってのはどうなんだろうか。ギャルとは正反対だしな。いや、彼女を煽て、育てギャルにするってのも手ではある。光源氏作戦だ(少し違うか?)。──が、そんなマッチポンプで瞳子の脳を破壊できるのだろうか。

 

 まあいい、彼女ならば、僕の噂をまだ聞いていない可能性がある。学校に弾がなくなった今の僕にとっては好都合だ。──さぁ、どう声をかけようか? ナンパなチャラ男系で行くか? それとも誠実風で行こうか? 読書に夢中な彼女ならば、趣味の合うオタク風でもいいな。

 

 とにかく声をかけなければ始まらない。同じ図書委員として話しかけ、第一声及び反応から判断し、フレキシブルにいこう。

 

「えーっと? ちょっといいかな」

 

「……」

 

 彼女はこちらに一瞥もくれない。

 

 ──聞こえてないなぁ、すごい集中力だ。

 

 そんなに面白い本なのかと、僕は彼女が読んでいる本の表紙を覗き込む。

 

『夜這いの民俗学』

 

 ──ほう!

 

 俄然彼女に興味が出てきた。

 うら若き、ハナの女子高生が読む本じゃなさ過ぎて逆に良い! 瞳子にもこういうところあるからな、エレナさんにも。スタンダートから外れてれば外れているほどいい。僕の好きなタイプの人間だし、なにより攻略難易度が下がる。それに夜這いって少し興味があったのだ。興味関心の方向性が近しいのもやりやすくはある。

 

「おーい! 図書委員の君?」

 

「……」

 

 ダメだな、結構大きな声だったのだけど。

 勉強コーナーにいる人がこちらを向くくらいの声量を出したのだ。……と言うか、こんな様子じゃ、図書委員の仕事すらこなせないのじゃないか? 別に図書委員って本を読むのが仕事ではないと思うのだけれど。

 

 まぁ、かといって同僚を口説くのも仕事ではないが。

 

「おーいっ」

 

 僕は痺れを切らし、彼女の肩を揺らす。視覚、聴覚がだめなら、触覚だ。

 

「ひゃいっ!」

 

 彼女が椅子を後ろに吹っ飛ばして、立ち上がる。なんとなく、キュウリを見た猫みたいな反応だなと思う。

 

「な、な、な、なんですか? え? トキタサダツネ……? なんで?」

 

 む? 名前を知られている。時すでに遅しか? まぁ良い、まだもう少し続けよう。

 

「……僕も図書委員なんだよ。君と同じ火曜放課後の当番。よろしくね?」

 

 ユーチューブで見た、ナンパ師直伝の笑顔を浮かべながら、手を差し出す。──を、無視される。彼女は未だ怪訝な表情で僕を見ており、混乱から覚めてない様子。そんなに集中して本を読んでいたのかと、彼女が両手で隠すように抱えていた本に視線をやる。

 

「そんなに面白いの? その本?」

 

「あ、えっと、これは違くて。その別に違うことはないんですけど、私は単純に学術的興味があってこの本を読んでいるわけでありまして、決してやましい気持ちが……まぁないこともないんですが。あ、質問は面白いかどうかでしたね。ええ、ええ、面白いですよ、それもかなり。内容といたしましてはタイトルの通り、夜這いっていうのを民俗学的見地から見ていこうという内容でして、それも筆者本人が経験しているわけなのです、夜這いを。それにですね、日本の民俗学の父柳田邦夫を痛烈に批判しているのも面白くてですね……。白足袋学者がどうのと、やはり民俗学は足で稼いでなんぼじゃないかと。ははっ、気概がありますよね、昔の研究者ってのはこうだったんでしょうか? あ、そのフィールドワークってのもここらへんなんですよ。仏丹、芥塚、東ノ宮とかですね、ロマンですよね。私は先祖代々このあたりの人間ですから、夜這いの血ってのもどこかで混じっているんでしょうねっ」

 

 ──おお。

 

 すごい勢いでまくし立ててくるなぁ。そういうところも好ましい。僕や瞳子と同じく社不のにおいがする。だが、ある程度彼女と言うものがつかめてきた。スタンスを決め、口説きにかかる。

 

「えーっと、君、名前は?」

 

「あ! 申し遅れました。私、今年度から入学しました、阿布都乃比つばめと申します」

 

 あぶどうなび? どういう漢字だ? 珍しい苗字だな。

 

「……じゃあ、つばめちゃん? 僕と夜這いしてみる気はない?」

 

 ウインク。意識するのは星がでるか。効果音で言うとキラン。

 

「……………………は?」

 

 かなり長い沈黙の後、小さく漏れ出る困惑の「は?」。つばめちゃんは口をあんぐりと空け、唖然としている。あれ、違ったか? こういうオタク系の女子は男に過度な理想を押し付ける節がある。なら、その理想に乗ってやるといい、少女漫画のようなパンチのあるセリフを臆面なく放ってみたが、反応からするとダメっぽいな。

 

「えっとそのジョークで」

 

 言い訳を開始しよう。彼女の好ましいリアクションを探りながらいこうと、さっきの言動の合理的な理由を述べようとする。

 

「いやいや、それはいいんです、あなたトキタサダツネ先輩ですよね? 何で口説きモード? 私、芋っぽいですよね? 何で? 射程圏内? え?」

 

 やはり知られていたか、しかし反応がおかしいな。こういう時は基本軽蔑、もしくはコマンド「仲間を呼ぶ」OR「助けを呼ぶ」なのに。うーん、やっぱりちょっと変人だな、取り繕うのはやめて素のままでいくか。

 

「うん、その、口説きっていうか、君と仲良くなりたいなって思って……」

 

 後頭部をポリポリ掻きながら言う。読み違えた不甲斐なさと、先ほどの自分の醜態を恥じる。

 

「あはっ、あははははははははは」

 

 つばめちゃんが急に破顔し、大声を上げ、腹を抱え笑いだした。

 

 図書室中に笑い声が響く、勉強コーナーにいた受験生らしい三年生が迷惑そうな顔でこちらを睨む。

 

「おっと、失礼」

 

 口に手を当て、未だ噴き出る笑いを抑えながら、彼女が僕の方をじっと見つめる。

 

 今気付いた、眼鏡と目にかかる前髪のせいで分かりづらいが彼女、目がキマっている!

 

「あなた、時田先輩? ですよね? あなたがそうやってどう口説こうか考えて声をかけるのは、容姿が一定レベル超えた人のみですよね? それ以外の人は内面を評価するために平身低頭、話を聞こうとへりくだる。私に何を感じたのです?」

 

「え?」

 

 いや、確かに彼女の言うとおりだ。完全に意識的でないにしろ僕は女性をそう言った評価軸でとらえている。ある程度、レベルが高くないと寝取られ甲斐がないと考えている。そして、瞳子を納得させる理由と同時に真実の愛も探している、それには評価と言うものが必要になってくる。僕は究極的には容姿なんてどうでもいいと思っていて、例え瞳子が不細工であろうが(幸いなこと? に瞳子は美人である)僕は彼女を好きになっていただろう。そもそも僕には美醜の基準がよく分かっていないというのもある。だから僕がどう思うかではなく、客観的な評価軸を作ったのだ。──それを瞬時に見抜かれた!

 

 僕が驚愕と、それに伴う思考の濁流によって何も言えないでいると、つばめちゃんがにやりと笑い、

 

「ああ、別に難しく考えないでいいですよ。私はあなたのことを、あなたの事情を知っている。あなたが見境なく、女生徒に声をかけるのは、上川瞳子先輩のためですよね?」

 

「……なんで」

 

「いや、わかりますよ。調べましたから。自分が入学する学校に『ギャルゲー』とか『出会い厨』とかいうあだ名の人がいるって聞いたら気になるでしょう。だから調べました。あなたを観察していたらすぐ分かりましたよ。二年で一番と言ってもいい、モダン京美人上川先輩には声をかけていない、口説いていない、嫌われている様子もない。そして家も近い。不自然ですよ。あなた、あの人に試されているのか、もしくは彼女の特殊な性癖を満たすための道具にされているか。これくらいは予想がつきます」

 

「……」

 

 ──ほとんど当たっている!

 

「それで、あなたは、私の何が気になりました? 私に何を感じました?」

 

 圧倒される。彼女の雰囲気に呑まれてしまう。──正直、少し怖かった。推論と演繹、類推によって隠していた事実が暴かれていく。圧倒的な自信と断定口調によって、立場、立ち位置が決定されてしまう。僕は、心の内を正直に答えるしかすべがなかった。きっと粗末な嘘はすぐに見抜かれてしまうだろう。

 

「君が、その本に集中している間、君のことを少し観察した」

 

「へぇ、恥ずかしいなぁ。変態。それで?」

 

 つばめちゃんは心がこもってない言い方で、にやにやとしながら言う。

 

「よく見たら、目鼻顔立ちが整っている。美人だと思った。気づかれにくいだろうけどね。だから、青田買いしようと声をかけた。まぁ、図書委員のパートナーって理由もあったけど。……読んでいた本のタイトルや、君の語りを聞いて、僕らはきっと仲良くなれるだろうと思った。気が合うだろうと思った。だからナンパ紛いのことを言った。それが失敗してジョークということにしようとした。……その、それだけ」

 

「ふーん」

 

 つばめちゃんが僕の全身を嘗め回すように観察し、顎に手を当て何事かを思案する。

 

「あのー、すいません。この本借りたいんですけど」

 

「うるさい、明日にしろ」

 

 本を借りにきた学生を手で追い払う。この子本格的に図書委員の仕事する気ないな。

 

「まぁ、いいでしょう。面白い。あなたの思惑に乗ってあげますよ」

 

 つばめちゃんがこちらに手を差し出す。

 

「え?」

 

「ですから、あなたに口説かれてやろうって言ってるんですよ。やっぱり折角高校に来たのに、友達も作らず、恋もしないなんて意味わかんないですからね。私の容姿ポテンシャルを一瞬で見抜く慧眼、その趣味嗜好性格。うん、あなたと仲良くなるのは面白そうだ。もし興が乗ったら、恋愛ってやつをしてやってもいいですよ。ほら、握手」

 

「あ、あぁ」

 

 戸惑いつつも、彼女の手を取ると思ったよりも強く握り返される。

 

「では、よろしく。あ、連絡先教えてくれます?」

 

 つばめちゃんはくしゃりと笑いながら言った。

 

 ──なんだか変な子とお近づきになってしまったなぁ。

 

    ◇

 

 今日は念願の瞳子とのデートの日だ。ああ、なんて素晴らしき大型連休! 瞳子の次に愛している!

 

空は水色の絵の具を水に溶かしたような色で、薫風が僕の背中を押す。

 

 瞳子とは家が隣同士なので、一緒に出てもよかったのだが、それでは雰囲気が出ないと現地集合となった。

 

 場所は鬼戸で、東ノ宮駅から電車一本で行ける港町だ。

 アウトレットや中華街があり、デートスポットとして申し分ない。ここいらの若者は遊び行くとなると鬼戸か松竹田という繁華街に行くことが多いのだ。

 

 時刻は現在十一時少し前。電車から降り、待ち合わせ場所のモニュメントに向かいながら、昨日までに綿密に組んだデートプランを脳内で何度もリフレインする。

 

(頼みますよ、恋愛マスターラブオオヤマサン……)

 

 僕は恋愛マスターラブオオヤマの恋愛指南(メルマガ、月額五百八十円)の大阪デートスポット編に習いデートプランを制作したのだ。本当に頼りになるなぁ、オオヤマサンは。

 

 今日は寝取られだとかを考えず、純粋に瞳子とのデートを楽しもう。僕は今日の心持ちを決め、バイオリンとか人とかが組み合わさった変なモニュメントにたどり着く。そこにはすでに瞳子がいた。

 

 控えめに微笑みながら、手を振る瞳子を見て僕は面食らってしまった。

 

 薄手のカーディガンにロングスカート、名づけるならば和ゆるふわ。髪も少し巻いているのだろう、いつもよりも大人っぽい雰囲気だ。

 

 ──素晴らしい!

 

 洒落ているし、なにより似合っている。これが自分とのデートのために準備したのだと考えると胸が熱くなる。目頭が熱くなる。心臓がどきどきする。世のカップルってやつはデートのたびにこういう気持ちになっているのか。それは、なんというか、……ずるいな。

 

「サダ」

 

 僕が瞳子の姿を認識した瞬間から一歩も動けないでいたので、瞳子の方から近寄ってきてくれる。ふわりと彼女の香りが宙に舞う。

 

 トップにカルダモンとネロリ、ミドルに沈香とベチパー、それにアンバーの温もりある香りが続く。

 調香師と香道家の両親の持つ彼女らしい、五月の清涼感ある薫風をそのまま香りにしたような香水をつけている。その中に混じる彼女のいつもの香りに思わず安心を覚えてしまい、ドキリとする。

 

「ああ、瞳子。すまん、待たせたか?」

 

「ん~、全然」

 

 彼女が愛おしそうに僕を見つめる。

 

 いつもと違う彼女の姿にどぎまぎしてしまい、待ち合わせをする男女のテンプレみたいなやり取りをしてしまった。普段、漫画やらアニメやらでこういった場面に出くわすとしゃらくせぇと思ってしまう僕だが、実際言ってしまった。僕は挿入の前に先っぽだけだからと言ってしまうのだろうか?

 

「じゃあ、行こうか。まずは中華街に行って、昼食を取ろう。おいしい麻婆豆腐の店を調べているんだ」

 

「うん。楽しみだよ」

 

    ◇

 

 その後、デートプランの通り、中華街で昼飯を食べ、雑貨屋を冷やかし、アウトレットを巡り、おしゃれなカフェでふわっふわなパンケーキを食べ、ポートタワーに上ったりした。

 

 そんな中でも僕たちは今期のアニメの話やら、鬼戸の歴史のうんちくだとか、漫画の話だとか、映画の話だとか、哲学的な論考だとか、まぁあまりいつもと変わらない話をした。

 

 それが楽しかった、いつもより半歩近い彼女の体温を感じられるのがよかった、たまにふれあう肩と肩がたまらなく愛おしかった。

 

 ずっと変わらないであろう僕たちの関係と、自分にとって一番の人間が幼馴染だった奇跡と、きっと彼女も自分と同じようなことを思っていると伝わってくる幸せと……。今日この日に限り僕は全人類の中で一番幸福な人間なのだろう。

 

 この先──僕がうまくやればすぐにでも──こんな日々が手に入るとなると、生きていてよかったって心から思えるのだ。彼女の要求にだってより一層身が入るのだ。

 

 それで、楽しい時間ってのは一瞬で過ぎていくもんで、気付いたらもう午後五時、夕暮れ。

 

 僕たちは『BE ONIBE』という震災を忘れないためのモニュメントの近くにある海浜公園の、なだらかな階段に肩を並べて座っていた。夕日によって海が煌めいている。

 

 隣を見ると、どうも瞳子が浮かない顔をしている。

 

「瞳子? どうした? あんまり楽しめなかったか?」

 

 恋愛マスターラブオオヤマの指南に疑問を覚えてしまう。怒りすらわいてきた。

 

「いや、そんなことはないよ! 今日はすごく楽しかった。君といるならどこだって楽しいしうれしいけど、今日は格別だった。君が私のためにこうやってデートプランを考えてくれて、楽しませようとしてくれて、感慨もひとしおだ!」

 

 瞳子の顔が一瞬にして喜色に染まり、歓喜を爆発させるように言う。

 

 ありがとうオオヤマサン。あとすいません、疑ってしまって。プレミアムプラン(月額二千九百八十円、メール相談可)に入ることも検討します。

 

「なら、」

 

「そうだね、私は考えてしまったんだ、少し後悔してしまったんだ。君に突き付けた条件ってやつをさ。ああ、嫌だなぁ。だって、君は寝取られてしまうんだろう、私以外の人を好きになってしまうんだろう。そんなの嫌だ! 許せない! 神はなんてひどい試練をお与えになるんだ!」

 

「……は?」

 

「いや、わかってる。何も言わないでくれ、ふふっ。君にはわからないだろうけど、なんていうか難儀なんだよ。私みたいな性癖の人間は。本当にさ、私がまるっきりノーマルならさ、物事はもっと単純だったんだけどね、。ああ嫌だなぁ。楽しかったなぁ」

 

「……」

 

 瞳子の水面下に渦巻いている感情の正体がつかめない。

 

「私はね、本当に君のことが好きだよ。心からね。ふふっ、二律背反だ。毎日君のその笑顔が自分以外の人に向くことを想像してしまって布団を濡らしている。いやぁ、難儀だ」

 

 夕日が彼女の横顔を照らす。

 

 不可解な言動の彼女に僕は何も言えない。

 

 ここで、キスの一つでもしてみれば、彼女は心変わりを起こすだろうか。

 

 彼女と視線がかち合っている。

 

 彼女は愛おしそうに目を細め、僕の瞳を覗き込んでいる。

 

 僕はどんな表情をしているのだろうか。瞳子の目に僕の姿はどう映っているのだろうか。

 

 恋愛マスターラブオオヤマサンもデートの最後はキスで絞めろと言っていた。──いや、そんなことは関係ないのだ。僕は僕の意思で、言い訳など捨て去って、彼女とキスがしたいと思っている。

 

 僕は決心する。自分を信じる。勇気を振り絞る。速くなる心臓の鼓動を押さえつけ、震える熱い息を数度に分けて吐いた。

 

 僕は祈りを込めながら、彼女に顔を近づける。

 

「だめだよ」

 

 瞳子の人差し指によって、キスは防がれてしまう。

 

 ──ああ、失敗してしまった。

 

「ごめんね。……もう帰ろうか」

 

 瞳子が立ち上がり、スカートの砂を払う。僕は立ち上がれない。顔を体育座りした膝に埋める。──失敗した。このまま死んでしまおう。溺死しよう。満潮になれば、ここまで海水は上がってきてくれるだろうか。

 

「ほら、サダ」

 

 僕の頭がポンポンと優しく叩かれる。

 

「──え?」

 

「キスはだめだよ。私たちはまだ付き合っていないんだから。サダはまだ私の願いをかなえてくれていないのだから。……だけどさ、デートだもんね。代わりと言っちゃなんだけど」

 

 僕は顔を上げる。

 

「手」

 

 瞳子がいる。

 

「繋ごうか」

 

 瞳子が僕に手を差し出しながら笑っている。

 

「ね?」

 

 僕も反射的に笑顔を返す。うまく笑えただろうか。

 

「ふふっ」

 

 僕は彼女の手を取り、立ち上がる。

 

「昔はさ、良く手をつないで帰ったよね、懐かしいなぁ」

 

 そうだ、幼稚園の頃は、小学生の頃はこうして、二人手をつないで帰ったのだ。同級生から揶揄われもしたがどうでもよかった。なぜなら僕たちはお互いが世界のすべてだったのだ。取り巻く状況は違えど、それは現在もあまり変わっていない。

 

 瞳子が肩を寄せてくる、腕が絡み合う。

 

 瞳子が手の握り方を変える。指が絡み合う。恋人つなぎ。

 

 その意味に気付き、僕は背骨のあたりがぞわぞわとしてしまう。

 

 瞳子がそれに気づいたのか、妖艶に笑い、

 

「私たちは、大人だからね。あのころとは違うよ」

 

 と、言った。

 

 夕焼けがつながった僕らの影を伸ばす。

 

    ◇

 

 それから、帰りの電車の中僕たちは、手をつなぎながらも何もしゃべらなかった。

 

 スマホを見るでも、寝るでもなく、ただ、お互いの体温を分かち合った。

 

 永遠に続けばいいと思った。

 

 しかしこの電車と言うやつは無情にも時速八十キロもの速度で、僕らを現実に、日常に連れ返してしまうのだ。

 

 そして東ノ宮駅に着き、僕らが自宅に向かって歩き出したところで事件が起こった。

 

「時田」

 

 声の方に目をやると、エレナさんがいた。

 

「誰だ、そいつ」

 

 エレナさんの視線は僕らが繋いでいる手に注がれている。その表情にははっきりと怒りがにじみ出ていた。

 

「……へぇ、彼女が」

 

 瞳子は合点がいったように口元を手で覆いながら、エレナさんを興味深そうに見ていた。

 

 僕は慌てて手を放そうとしたが、瞳子がそれを許さない。

 

 エレナさんが僕らの方に近づいてくる。

 

「時田、もう一度聞くぞ。誰だそいつは」

 

「…………」

 

 僕は気まずさと罪悪感によって何も言えない。エレナさんから視線を外してしまう。

 

「……チッ、おいコラ、誰だてめーは」

 

 そんな僕の様子を見て、エレナさんは言葉の矛先を変える。低く、体の芯から冷え切ってしまうような声で瞳子に問う。迫力があった。少しでもエレナさんに慣れていない人間ならば、ちびってしまうような。

 

 そんな雰囲気をものともせずに、瞳子は、

 

「彼の幼馴染だよ、将来を約束しているね」

 

 目を糸のように細め、笑顔で、挑発するように言い放った。僕との接触面積を増やす。見せつけるように。

 

「──ッ! 時田ァ! どういうことだ! これはッ!」

 

 エレナさんに、肩を突き飛ばされるが、手をつないでいた瞳子に支えてもらい、コケてしまうことはなかった。

 

 瞳子が強引に僕の手を引き、自分の後ろに僕の姿を隠す。

 

「おいおい、私の大切な幼馴染に何するんだ。海老原エレナさん? これはいただけないなぁ」

 

「裏切りだ! これは! 不義理だ! 言い訳があるなら早く言えよ!」

 

 エレナさんは眉間に皺を寄せ、はっきりと怒ってはいたが、その目には涙が浮かんでいる。必死に押しとどめているようだが、今にもこぼれそうだった。

 

「だれだ、そいつは! 何で手をつないで歩いている! おい、時田、私にもわかるように説明しろ……っ!」

 

 声が震えていた。すがるような口調だった。

 

 ──あぁ。

 

 なんだってこんな。

 

 こんな状況になってまでも、僕の心ってやつは動かないんだ。

 

 僕の心に悲しみはない、怒りも。絶望はあるが、それは常に僕の人生を覆っているので、絶望によって僕が突き動かされることはない。

 

 罪悪感はあれど、償う気はなく、その罪の意識ってやつはきっと自己憐憫によるメンヘライムズの種でしかなく、僕が僕に絶望するための理由の一つでしかないのだ。僕にはどこまで行っても僕しかないのだ。

 

 エレナさんの怒りは尤もだ。悲しみは尤もだ。理解はできる。だが、同情する気にはならない。共感できない。僕がエレナさんと同じような状況になっても「そうか」で終わらせられる、と思う──例え、それが瞳子であろうと。

 共感と理解は程遠い場所にあるのだ。

 

 僕は冷静な脳で、状況を俯瞰し、今の状況を合理的に説明できかつ、エレナさんが納得する言い訳を考えていた。冬のアラスカより冷え切った脳みそで考えていた。

 

「あのね、エレナさん。これは……」

 

 僕の言い訳を瞳子が手で制す。

 

「優しいね、サダは。あれだけ殴られた相手なのに、まだ慈悲をかけてあげている。海老原さんを傷つけないようにしてる。でもいいんだよ、サダ。さすがにさ、さすがの私でも、どんな事情があろうがさ、暴力は看過できない」

 

「瞳子……」

 

「サダ、私がこういった状況で判断を誤ったことはないだろう? だから任せてくれ」

 

 いささか不安が残るが、瞳子の言うとおりだった。彼女は誰より賢かった。僕が選択に迷ったときいつも彼女が導てくれた。その選択によって後悔したことがなかった。だから寝取られ云々も律義にやっているのだ。瞳子はギフテッドだ。モノが違うのだ。だから、僕は半歩下がり、彼女の動向を見守ることにした。

 

「おい何をごちゃごちゃ──」

 

「海老原さん」

 

 瞳子がエレナさんに近づく。上背が頭一個分違う。が、瞳子の異様な迫力にあのエレナさんが後ずさった。

 

「私は、時田にッ!」

 

「海老原さん、聞いてくれ、ネタ晴らしをしてあげよう。……なぁ、君は疑問に思わなかったのか? 中学時代散々暴れまわって、ここいらの人間なら君に近づくことはない、そんな君になぜ彼が話しかけ、あまつさえ仲良くしているのか」

 

「……それは」

 

 エレナさんが瞳子から視線を外し、言いよどむ。

 

「いくら袖にされようと、無碍にされようと、罵られようと、怒鳴られようと、諦めず君に話しかけ続け、君の心を開かせようとしたのか」

 

 僕の位置からは瞳子の表情が見えない。

 

 幼いころを思い出す、僕が飼っていたインコを殺してしまった時だ。その時も瞳子は僕を守るように、僕と僕の両親の間に立ちふさがり、魔法のように言いくるめ、両親を納得させてしまった。

 

「私のためだよ」

 

「⁉」

 

 瞳子は今もあの時と同じ顔しているのだろうか。僕には華奢な彼女の背中しか見えない。

 

「私には、少々特殊な性癖があってね、それを満たすために、彼は頑張っているんだ。中学卒業の日、彼は告白してくれたんだよ、こんな私にね。だから、彼の心は私にある。もちろん今もだよ。君はその私の欲求を満たすための道具に過ぎない、でもよかったじゃないか、君のような粗野で粗雑な人間でも一時の夢が見れたのだから。でも、暴力はダメだ。私のサダを傷つけるのは許せない。君のその悪癖がなければ、君は今も夢を見れたままだったろうけどね、残念。お互い生来の性分には苦労するよね。じゃあ、話はこれでおしまい。ご清聴ありがとう。もう二度とサダに近づかないでくれ。サダからも君に優しくすることはないだろうからね、未来永劫ね」

 

 瞳子が言いたいことは言い終えたという風に、ふぅと息を吐く。

 

「……時田?」

 

 縋りつくような、一縷の望みをかけたような、不安のような、落胆のような、絶望のような眼差しを僕に向ける。いつだったかドキュメンタリ―で見た死に場所を探す、群れを追われたライオンの表情を思い出す。

 

 僕はゆっくりと頷いた。

 

 暴力の件を抜くとエレナさんのことは結構気に入っていたのだけどなぁ。

 

 僕が頷いたのを、目を丸くし、漏れ出ると息を殺しながら、胸に手をやった後、彼女は背を向け走り出した。

 

「早。百メートル十秒きるんじゃない?」

 

 その小さくなっていく背中を指さしながら、瞳子がいつも通りの笑みを僕に向ける。

 

 その後僕たちは手をつないだまま帰宅し、今期覇権確実と言われているアニメを一緒に見た。

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