らぶみーとぅー!~NTR性癖の幼馴染を満足させるため、僕は真実の愛を探す~ 作:大豆亭きなこ
あぁ、くそったれ。最悪の気分だ。
こんなことなら差出人不明の手紙の呼び出しに答えるんじゃなかった。
私は上がってしまった息と、動悸を何とか抑えながら、服の裾で顔を拭う。
まだ涙が止まらない。胸が痛い。脳がぐらぐらとする。
ちょうどいいところにベンチを見つけ、腰を掛ける。
頭を抱え疲労と困惑と悲哀によって動けなくなってしまった私を夕日が容赦なく照り付ける。
その日差しが煩わしくなって、顔を上げる。日差しを手で遮りながら立ち上がると、私が座っていたベンチはバス停の待合所のものだったらしいことに気付く。
『座花西四丁目』
先ほどは訳が分からなくなって行き先も決めず、がむしゃらに走っていたが、まさかこんなところまで来ていたとは。困惑と懐郷が同時にやってくる。夕日の赤がノスタルジーを加速させる。
座花町は今私が住んでいる、東ノ宮から三駅ほど離れた場所にある、本当に耐震基準クリアしてんのかっていう木造建築の家々が立ち並び、駅前にはパチンコとスナックと、立ち飲み居酒屋しかない、さもしい街だ。
私の生家がこの町にあった。
私には父と呼べる人間が二人いる。
一人は現在共に暮らしている、母の再婚相手で、私の学費だとかを払ってくれている、現在の戸籍上の父。私の境遇に同情し、気遣うような気色の悪い笑顔で話しかけてくるその人を、私は心底嫌っていた。
もう一人は血のちながった実の父。今は多分まだ、刑務所にいる。
幼いころ、母が家を飛び出して行ってから、父が警察に捕まるまで、トタン屋根のあばら家に二人で暮らしていた。
父には借金があり、生活は困窮していた。
父は炊飯器の使い方すらわからず、食べ物と言えば、菓子パンか、ハムとかスモークタンとかの加工肉。たまに食べるパックご飯がごちそうだった。
父は長身だが、やせぎすで、いつもどこかに殴られた痣があった。
成長し、物事の道理がある程度わかった今でこそ理解できるのだが、きっと父は借金を返すため、ヤクザの使い走りみたいなことをさせられていたのだと思う。
当時の覚えている記憶と要素を分解し、再構成して推論すれば、父がどんなことをやっていたのかが分かる。
女衒、麻薬の密売、借金取り、脅し、多分殺しも。
そんな父でも私は好きだったし、多分父も私のことを愛してくれていた。
そして、父は機嫌がよくなると私を殴るのだ。
それはまさに、それこそが愛であった。
◇
私は夕暮れの街並みを歩く。
暴対法だとかでこの町にはすでにヤクザはいない。
いるのは、すべてを諦めてただ死ぬのを待っている人。自身の生活に精いっぱいでほかの何も考えられない人。何かを信じることでしか生きがいを感じられなくなった人。そして、私みたいな未だ過去にとらわれている人だ。
進むべきなのはわかっている、でも方法が分からなかった。中学時代は衝動に身を任せ、刹那的に、破滅的に行動していた。いつまでこうしているのか、いつまでもこうしているのか。きっとこんなことは誰もが思春期に悩むことであるのだろう。ありふれた悩みだ。だが、そこに父から受け継いだ情緒的不安定と、母から受け継いだヒステリックが合わさり、私は手の付けられない化け物みたいになっていた。私は私を嫌悪していた。
停滞した思考に突破口を与えてくれたのは時田だった。荒んだ私に、懲りずに、しつこく、何度も話しかけてくれた。構ってくれた。仲良くしてくれた。私に笑顔をくれた。控えめに微笑む彼の顔が、私に活力を与えてくれた。私のからからに乾いた心に、時田と言う水が注がれたのだ。彼が私をより良い方向に連れて行ってくれると思っていた。
しかし、それは失われてしまったのだ。
また涙がにじんでくる。
弱くなってしまったなと思う。
孤独であった頃は、一人でも平気だと思っていた頃は、もっと痛みに対して鈍感だった。だってそうだろう、ずっと心が痛いのだ、四六時中。慣れてしまうのだ。
孤独でなくなって、心に痛みがなくなって、人とかかわる喜びを知って、人と通じ合う楽しさを知って、もう感じなくなったはずの痛みを再び感じてしまう。
痛いよ、助けてよ、もうこんな痛み耐えられない。
呼吸が荒く、短くなる。心臓が口から飛び出してしまいそうだ。
このまま死んでしまおうかとも思う。
視界に黒が混じる。自身の影が薄くなっている。
夕焼けが遠くの山に沈みきる前に街灯がつき始める。防災無線からトロイメライが流れ出す。五月のただ温いだけの、何の感情も含まれない、他人行儀な風が私の髪を揺らした。
父は酒に酔うと、私に後悔と泣きごとを言うようになる。
大麻や覚せい剤でラリってしまうと、母とのかつての蜜月を語り続けるようになる。
疲労によってひどく憔悴していると、私に許しを請うようになる。
だから、彼の暴力は素面で且つ、上機嫌の時にしか振るわれない。
ただ無言で、慈愛に満ちた目で、一つ一つの拳に思いを込めて、殴る。殴る。
私にはわかっていた、その拳には愛があった。
父のバックグラウンドなんか知らないし、どういった思考でそうなったのかは知らないが、いつも自らの情けなさを嘆き、社会を、世間を呪い、母に捨てられた父であったが、その時ばかりは人生を謳歌しているように見えた。楽しそうだった。
もちろん痛いことは痛いが、それでもよかった。だって痛みはいずれ消える。愛は一生だ。だってほら、父の刻み付けられた愛が、まだ私の心にあり、思い返すたび気分がよくなる。
時田にも、そんな感覚を知って欲しかった。そして彼の手で私の心に再び愛を刻んで欲しかった。
時田の控えめな笑顔を思い出す。
それが父の笑顔と重なる。
ああ、私が時田を好きなのは、父の面影を重ねているからなのだな。