らぶみーとぅー!~NTR性癖の幼馴染を満足させるため、僕は真実の愛を探す~ 作:大豆亭きなこ
週明け、学校に行くといろんな人が僕の顔を見て驚いていた。
僕だって顔面中に絆創膏やらガーゼやらが張られている人間を見たら二度見する。だが、一向に声はかからない。僕は嫌われているのだ。
空は梅雨らしく、真っ当に曇り空。薄暗く、むせ返るような湿気が充満した廊下を、泳ぐように歩く。
教室に入るとヒカリがいた。
「おはよう」
「おう、もう学校来ていいのか?」
「うん、昨日退院したんだよ。まだ、しばらくは通院しなきゃだけど」
「そうかい。まあお大事にな。……それよりほら」
ヒカリが親指で後ろを差す。
そちらに視線をやると、エレナさんが頬杖を立ててこっちを見ていた。
僕の視線に気づくとサッと顔を背ける。
ヒカリに視線を戻すと、彼は顎をクイと上げる。
どうにも、
『はよいけ』
ということらしい。
僕は肩をすくめる。僕かって行こうとしていてたのだ、エレナさんにお礼を言うつもりではあったのだ。それを人から指示されるとなると途端にやる気がなくなる。
──あんた、宿題はやったの?
──今からやろうと思ってたのに!
いつかの夏の日を思い出す。きっと人間ってやつはあまのじゃくにできているのだ。
とか言い訳しようが詮無いので、僕は歩きだす。
エレナさんの席に行くまでの十歩あまりの時間で言うことを整理する。よしっ。
エレナさんの机の前に僕は立つ。彼女は不機嫌そうに窓の外を見ていた。
僕もその視線を追い、窓の外を見る。いつ降りだしてもてもおかしくない空模様がそこにあった。
「エレナさん、この間はありがとう。本当に助かったよ。エレナさんがいなかったら僕はどうなっていたことか」
少し演技がかっているか? 彼女の様子をうかがと、まだそっぽを向いていた。
「えぇと、お礼をしたいな。どうしよう、手作り弁当とか?」
「時田」
エレナさんがこっちを見ていた。真剣な表情だ。
僕は唾をのむ。はっきりとごくりと聞こえた。
「放課後、少し付き合え」
◇
雨が降り始めてしまった。
僕は下駄箱のあたりでエレナさんを待っていた。
放課後、付き合えの真意は分からないが、彼女とまだ仲良かったころ、こうして下駄箱付近にいると寝癖をつけた彼女がだるそうにやってくるのだ。それに倣っていた。
エレナさんは傘を持っているのだろうか。
僕は天気予報を見ない、自然現象ごときに行動を左右されたくないからだ。だからいつも折り畳み傘を持ち歩いているのだ。重さを犠牲にして快適さを得るのだ。
そうして悪天候の空を何となしに眺めていると、階段の方からエレナさんが姿を現す。彼女はすべての教材を置き弁しているので手ぶらだ。カバンすら持っていない。……ということは。
相合傘チャンス到来!
「あ、エレナさん良ければ」
僕はカバンから折り畳み傘を取り出す。
エレナさんは電話をかけていた。
一言、二言言葉を交わすと、すぐに電話を切った。そして僕の方を見ると、鼻を鳴らして空に目を向けた。
「この後どうするの? どこか行くの? 僕は傘を持っているから──」
「おい」
冷たく鋭い声、そして震えあがるような視線。
「黙って待ってろ」
ああ、最初の頃を思い出すな。
◇
エレナさんとの出会いは入学式だった。
僕は瞳子の無茶ぶりに困っており、入学式のことなんかどうだってよかった。
体育館にて男女別であいうえお順に並んで、校長だとかのくだらない話を聞いていると、同じクラスの女子列の前の方にほかの女子に比べ頭一つ飛び出ている女の子が見えた。
それがエレナさんだった。
そのころから彼女は引きずるようなロングスカートに、着崩したシャツ、スカジャンだった。
僕は何てロックなのだろうと思った。
だって入学式なのだ。べつに不良全盛期でもないのだ、だれからなめられることないのだ。つまり突っ張る意味なんかないわけだ。それなのに彼女は手当たり次第ガンをつけ、男子女子関係なくビビらせていた。
僕らの学校は地域じゃそこそこの進学校だ。数年に一度、東大に行く人もいる。言ってしまえば優等生ばかりのお利巧学校なのだ。そんな中彼女は異彩を放っていた。
もし僕らがでかい魚とかと戦うことになって、僕らが集団で大きな魚になる時、彼女が目の役割を担ってくれるのだろうか?
案の定、入学式が終わり、それぞれのクラスに向かってぞろぞろ歩いていくときに彼女は風紀の先生に呼び止められ咎められていた。
それに対しエレナさんは、
「校則に書いてないだろう」
の一点張り。
校則には制服の着方の推奨欲求が乗っているだけで厳密に決められていない。腕を組み、高圧的な態度で風紀の先生、生活指導の先生たち相手に一歩も引かない。むしろたじろがしている。
何てロックなんだ、なんてアナーキーなんだ。きっとこういう人が世の中を変えていってくれるのだろう。一言も言葉を交わしていないうちから僕は彼女のことが気に入っていた。
それから少しの月日が流れる。
彼女は学校をさぼったり、さぼらなかったり。僕は彼女を作ったり作らなかったり。クラスは同じだったのだが交わることはなかった。
しかし、そんな僕らに接点ができる。
僕らの素行のあまりの悪さから、反省の意味も込めて文化祭実行委員に選出されたのだ。それも無理やりに。
九月。カレンダーの上ではもう秋、だけども全然まだ暑く、冷房すら入っている。
文化祭実行委員の仕事は言ってしまえば、雑用。僕らは末端なので、委員長及び三年生の実行委員の指示に従って動いておけばいいのだ。
不良のエレナさんは、こんなめんどくさいことボイコットするのかと思っていたのだが、仕事を振れば、不愛想にうなずいた後、不器用に仕事をこなしてくれる。
意外に真面目なのか、気まぐれか、それとも寂しがり屋なのか。判別がつかなかったが僕は都合がいいと思った。
このころの僕は、できたばかりの彼女を振り、それが悪評を呼び、仲良くしていたギャル三銃士が一人、クサカベマキリの耳に入り、軽蔑されて傷心中だったのだ。
攻略失敗により別の対象を探さなければならなかったので以前より気になっていた、海老原エレナさんにした。
無理やり、エレナさんと行動を共にし、しつこいくらいに話しかけ、褒め、肯定し、話題を振ることを繰り返していれば、彼女もだんだん自分から話してくれるようになった。
「ボケ」「アホ」「死ね」「殺す」
などの言葉を交わし、躱し、それでも優しく、諦めず、絡みに行くのがコツだ。
エレナさんのような他人との間に壁を作り、刺々しい態度をとる人間は往々にして人間不信なのだ。こういった方法が最も効果的なのは知識と経験からしてまず間違っていなかったし、結果としても上々だ。
が、仲良くなった? 今でも態度は相変わらずで言葉は悪いし、いつも不機嫌そうだし、何より得も言えぬ圧を感じる。
僕を呼ぶときは「おい」だし、僕以外の人間が彼女に指示を出そうと話しかけると無視をする。なので彼女に指示するときはいったん僕に話を通してもらい、僕から彼女に伝えるという、非常に効率の悪いことをしなければならなかった。なんだ? ややこしいアイドルのマネージャーか? 僕は。
「エレナさん」
飾り付けられた廊下を闊歩するエレナさんを見つけたので声をかける。
時刻はもう夕方、今日は文化祭の前日、僕らの学校は泊まり込みの作業が禁止されているのでもう帰らなければならない(と言っても間に合ってなければこそこそと学校にとどまる連中はいるし、黙認されている)。
「一緒に帰ろうよ」
そろそろ下校を共にしてもいいだろうと判断。一緒に帰って噂とかされると恥ずかしいしとか言われることはないだろう、この好感度なら。
エレナさんは僕に一瞥くれた後、そのまま歩いて行ってしまう。
「ちょっと」
「……カバンとってくる」
エレナさんは制服のシャツの代わりに、実行委員専用の「西高魂」と表にプリントされたTシャツを着ている。トレードマークのスカジャンは流石に暑いのか羽織っていない。
そのTシャツには色とりどりのペンキの跡があり、不器用ながらも看板づくりに真剣に取り組んでいたことが分かる。
あ、ちなみに僕らのクラスの出し物は「一発ギャグ」喫茶となっており、名前の通り注文が入るとギャガ―を指名でき、指名されたギャガ―が一発ギャグをするというものだった。
当番として、調理担当、宣伝担当、裏方、ウェイトレス、ギャガ―があるが、僕はギャガ―になっていた。僕が実行委員で忙しい間にヒカリが勝手に推薦していた。もちろん僕は一発ギャグなんてできない。瞳子に相談すると、楽しみにしているとしか言われなかった。でも、頑張って考えたのだった。これなら爆笑間違いなしの最高のギャグが完成した。
その内容が、
A「(何か悪いことをする)」
B「ゆる三蔵法師! (印を結ぶ)」
A「すいま孫悟空(頭が痛いポーズ)」
思いついたとき、これだと思った。自信があった。もしかしたらここから僕のサクセスストーリーが始まってしまうかもしれなかった。将来これ一本で飯食っていける気すらした。ああ、瞳子に見せるのが楽しみだ。
だが懸念点もある、このギャグには二人いるのだ。相方をヒカリか、エレナさんにしようととしたが両方から断られた。
うーん、どうしようかと下駄箱で思案していたら、
「時田」
とエレナさんから声がかかる。
「じゃあ帰ろうか、お疲れ様。僕らの役割はここで終わりだ。明日からは文化祭を目一杯満喫しよう」
文化祭実行委員と言っても二種類あり、準備担当と当日運営担当だ。僕らは前者なので、二日ある文化祭はクラス当番以外仕事がない。僕はエレナさんと回ろうと思っていた。
「……私は行かない」
「え? 何で?」
「人が多いところは嫌いだ」
「僕のギャグ見ないの?」
「あのクソつまんない奴か、見ない」
「…………」
心外だ! あれは誰が何と言おうと面白いのだ。
「でも折角ここまで頑張ってきたんだ、楽しまなきゃ損だよ」
「……うるせえ、とにかく行かない」
僕らは校門に差し掛かる、彼女にどの道かを尋ねると、顎で返事してくれた。同じ方向だ。
「こんなことなら、もっと早く一緒に帰ってればよかったね」
「…………おう」
エレナさんは僕と目を合わせず、小さくそう呟いた。
夏の終わりの、うだるような熱気と、容赦のない夕日の照り付けで、僕らは汗をかいてしまう。シャツが肌に張り付く。
「ならさ、なんで実行委員はあんな真剣にやってたの?」
エレナさんは答えない。ここまで長く沈黙が続くと、気まずいので話題を変えようと口を開きかけると、
「たまにはそういうのも悪くないと思ったからだ」
──寂しがりやさんめぇ~。
彼女の表情は西日の赤によって隠されていた。
「どうだった? 実際悪くなかった?」
「……うん」
小さく頷く。
「僕と仲良くなれたから?」
「バカ」
鋭く差すようなバカではなく、穏やかな、はにかみの様なバカ。
別に僕だってこういう物言いが好ましいとは思っていない。ただこういったからかいをすると、エレナさんは照れながらもうれしそうなのだ。だからする。きっと僕は家に帰るとこの時のことを思い出して嘔吐するだろう。
僕らは交差点に差し掛かる。
僕は右に曲がろうとするが、エレナさんは動かず信号を待っている。……ここでお別れか。
「じゃあ、僕こっちだから」
「おう、またな」
「あ、そういえばもう一つ聞きたいんだけどさ、文化祭さぼるなら二日間どうするの?」
エレナさんは空中に視線を彷徨わせた後、
「いつも通り、ここら辺をふらふらするかな」
「それさ、僕も付いていっていい?」
「……は? 時田、お前文化祭は?」
「ん~、別にいいや。よく考えたら僕もあんまり興味なかったし」
「ギャグは?」
「あれもよく考えたらつまんないよ。それに僕は友達がいないんだ、エレナさんと一緒に回れないなら楽しめないよ」
「…………」
エレナさんは大きく目を見開いている。口元をひくひくさせているが、それはせりあがってくる嬉しさを噛み殺しているようにも思える。
「どうかな?」
信号が青に変わる。視覚障碍者のための音響式信号がピーヨ、ピーヨと鳴いている。エレナさんは僕に背を向け、
「……明日十時に駅前で」
と言って、走り去っていった。
その翌日から二日間、僕はエレナさんと行動を共にした。
ヒカリからチャットツールで恨み言が届くが無視する。こいつはどうせ他校の男子生徒からナンパされ、正体をばらし楽しんでいるだけなのだ。
もちろん後悔がないと言えばうそになる。瞳子属する茶道部のお茶会には行きたかったし、エレナさんにはああいったけど、もっとよく考えればあのギャグは一周回って面白い。その他様々な可能性を捨て、この決断に至ったのは理由があった。
彼女の人格が好ましいと思えたのだ。僕の小手先の小賢しいコミュニケーションとは違う、真剣にその人と向き合うその姿勢が好ましいのだ。そしてその不器用さが好ましいのだ。
僕にしては珍しいことだが、少し罪悪感もあった。
僕が今まで接してきた女子たちは、僕の表面や、過度に理想化した僕しか見ていなかった。でも、世間の恋愛なんてそんなもんだろう。人間関係ってのは、恋愛ってのは、どれだけ盲目であれるかで、どれだけ妥協できるかで、どれだけ夢を見続けていられるかだ。
この数か月の間、場数を踏んできて僕はそう思い至っていた。
しかし彼女は違うのだ、瞳子同様、素の僕を見て、接してくれているのだ。
だからさっきのように、彼女が喜ぶからと言って、口から出まかせを言うと罪悪感にさいなまれる。思い出して、吐き気を催す。
ああ、もうやめよう。彼女とは本心で接しよう。
文化祭をさぼった二日間は楽しかった。
エレナさんが学校をさぼった時、行く場所を案内してくれた。
お気に入りの昼寝スポット、ゲーセン、立ち読みし放題な古本屋、そして野良猫スポット。彼女は猫好きで、野良猫一匹一匹に名前を付けていた。勝手に(エレナさんが名前を読んでも反応がないので、きっといつもは別の名前で呼ばれているのだろう)。
まあ、そんなこんなで二日間はかなり充実していた。文化祭に行かなかった後悔がなくなるくらいには。
その時の僕の浮かれようと言ったら、きっと初恋の様な……。いや、違うな、僕の初恋は瞳子なのだ。
まあ、とにかくこれがきっかけでエレナさんとはより距離が近づいた。
この数か月後、訳も分からず殴られることになるのだけどね。
◇
過去回想終了!
僕は今車の後部座席に乗って揺られていた。
隣には、エレナさんが肘をついて外を眺めている、
運転席には、IT企業の社長の様な、シュッとした顔立ちをした四十手前くらいの男が座っていた。どうにも、エレナさんの父親らしい。
それにしては面影がないな。
そんなことを考えながら、バックミラーを覗いていると、
「ん? 僕のことが気になるかい? まあ気になるよね、なんせガールフレンドの父親だもんね。僕も今の妻の実家に初めてあいさつしに行ったときはガチガチに緊張したもんだ。ははっ、情けないけどね」
そのセリフだけでわかった。僕はこの人が苦手だ。ユーモアが自虐で、きっと僕の緊張をほぐそうとしているのだろう。軽快に話しかけてきやがって。まともに人生ってやつをやってきたであろう自信と自負を感じる。屈折がない。僕や瞳子やヒカリやエレナさんやつばめちゃんのように人格にゆがみがないのだ。
「別にそんなに睨まなくてもいいじゃないか。僕は敵でないよ。それとも娘はやれん! とか言った方がいいのかい?」
僕は答えない。
「まあ別にいいのさ、そんなことは。でもね、これだけは知って欲しい。僕たちは君に感謝している」
「──え?」
「あのね、去年の秋ごろかな? その位からエレナがね」
「おい」
エレナさんが鋭く差すように言う。その目には憎悪がこもっている。
「ああ、ごめんごめん。いやあ年を取るってのは嫌だね。僕も昔はこうやって勝手に自分のことを話されるのが嫌だったのに、それが分からなくなっている。ごめんね、もう僕は黙るからさ、二人で楽しく会話してくれ」
エレナさんの父親が、片手で「どうぞ」のサインを作る。
「エレナさん、この車はどこに向かってるの?」
「着いたらわかる」
──それを聞いているのだけど。
僕は諦めて車の外に視線を移す。灰色の街並みが濡れている。