パチ屋の通路際の壁には、いつも大層な文句が躍るポスターが張り出されている。『スロット台の事で分からないことがあれば店員が丁寧に説明します!AT機、ノーマル機、なんでもWelcome!』
「……よし、説明してもらおうか」男は乾いた声でつぶやき、頭上のデータランプを睨みつけた。液晶に表示された数字は、本日5回目の「天井」を示している。
確率を計算する気にもならない。設定1の最低最悪の数値を下回る、天文学的な確率。財布の中身はとうに消え失せ、手元には数枚のコインしか残っていない。
ポチッ。男は静かに、しかし力強く店員呼び出しボタンを押した。数秒後、賑やかな店内の喧噪をかき分けて、若い男性店員が笑顔でやってきた。
「お呼びでしょうか、お客様!」
男は何も言わない。ただ、無言のまま人差し指を上に向け、天井5連続という大記録を刻んだデータランプを指さした。燦然と輝く「1000G超え」の高層ビルが5棟、綺麗に並んでいる。
店員の笑顔が、ピキリと凍りついた。男はゆっくりと店員に向き直り、張り出し文の言葉をそのまま叩きつけた。
「はやくこのスロット台を説明してくれよ。分からないことだらけなんだわ」
店員は冷や汗を流しながら、データランプと男の顔を交互に見た。
「え、ええと……こちらはのAT機は…・・その、大変深いゲーム数まで回されておりまして……つまり、その、確率の偏りと申しますか……」
「設定1の天井振り分け選択率が何パーセントか知ってて言ってるのか? それが5連続だぞ。確率の偏りなんて言葉で片付くかよ。おい、説明になってないぞ。説明してくれ」
完全に言葉に詰まり、壊れたおもちゃのように頭をペコペコ下げる店員。そんな哀れな姿を見下ろしながら、男はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、顔を近づけて声を潜めた。
「おい。説明できないなら、話は早い。早く『アレ』のボタンを押せ」
「え……? ア、アレ、ですか……!?」店員の顔がみるみる青ざめていく。
「とぼけんな。お前らのポケットに入ってるだろ。あるいは事務所のモニターの前か? 早く『爆連遠隔ボタン』を押せって言ってんだよ。
この地獄の5連続天井を帳消しにするだけの連チャンを、今すぐここへ注入しろ」
「お、お客様、何を仰いますか! 現代のパチンコ店にそのような遠隔操作のシステムなど、断じて存在いたしません! 法に触れます!」店員は涙目になりながら両手を激しく振って否定する。
「存在しない? じゃあなんで説明できないんだよ。この台がバグってるか、お前らが裏でイジってなきゃこんなデータになるわけねえだろ。言い訳はいいからインカムで店長に繋げ。『常連がキレてるからアレを押してください』ってな!」
男の凄まじい剣幕に、店員はついに限界を迎えた。ガタガタと震える手で耳元のインカムに手を当て、蚊の鳴くような声で呟く。
「……て、店長、大変です。142番台のお客様に、例の『ボタン』の存在を完全にロックオンされました……。はい、もう言い逃れできません、天井5連続です……。えっ、押しちゃっていいんですか!?」
店員はハッと目を見開くと、意を決したようにズボンのポケットに手を突っ込み、小さな黒いリモコンを取り出した。
「お、お客様!当店のモットーは清く正しく美しくです!」店員が震える指でリモコンの赤いボタンをカチリと押した瞬間、台枠からバチバチと静電気がほとばしり、灰皿にあるシケモクに引火した
男は無造作にシケモクを口に加え台に向き直りポツリとつぶやいた
「ここから始めましょう」