「ハンドル固定遊戯」
――どのホールでも禁止の張り紙がされているが、守っている奴など一握りしかいない。
コインやカードを挟み、右手を添えるだけで打つのがパチンカスの常識だ。
なぜ店側は見て見ぬふりをして放置しているのか。
その本当の理由を、一ノ瀬はこの日、最悪の形で知ることになる。
その日、一ノ瀬はいつも通りパチンコを打っていた。
ふと、スマホからけたたましいアラームが鳴り響く。
「Jアラート。某国から飛翔体が数百発、日本に向けて発射されました」
緊迫した画面を横目に、一ノ瀬はもちろんガン無視でパチンコを打ち続けた。
世界が滅びようが、目の前の図柄が回っているなら右手を動かす。
それがパチンカスのサガだった。
しかし、5分後。異変が起きた。
キュインキュインと鳴り響いていたホールの全台の当たりが、まるで電源を落されたかのように一斉に途切れたのだ。
静まり返るホールに、バックヤードから凶悪な目つきをした店員たちが総出で溢れ出てきた。
彼らは有無を言わさず、客たちから出玉のドル箱を奪い取り、会員カードの貯玉を次々と初期化していく。
「な、何すんだよ!?」
唖然とする客たちに、店長が拡声器で冷酷な「大義名分」を告げた。
「当店のルールである固定遊戯(ハンドル固定)の違反が確認されました。よって、店内のすべてのお客様の出玉および貯玉を没収いたします!」
あまりの理不尽さに暴動寸前となる店内。
しかし、誰も逆らえない。
なぜなら「ルール違反」という絶対的な正論を突きつけられているからだ。
なぜ、店側はそんなことをしたのか。
飛翔体が日本に落ち、株価が大暴落して戦争に突入したからだ。
もうパチンコ屋は通常営業などできなくなる。
だからこそ、有事の際に客から一切の文句を言わせず全財産を合法的に没収するための罠として、
普段からハンドル固定を「あえて見逃し、違反者を量産させておく」
という暗黙のロジックが働いていたのだ。
だが、一ノ瀬だけは違った。
一ノ瀬は、このホールでも極めて珍しい「固定遊戯を絶対にしないタイプ」だった。
自分の手の震え、興奮がダイレクトにハンドルへと伝わり、それによって微調整する感覚こそが、
自分が今「生きている」と実感できる瞬間だったからだ。
一ノ瀬のハンドルには、コイン一枚、ちりひとつ挟まっていない。完全なる無実。
「おい、俺は固定してねえぞ! 見ろ、手で持って打ってんだろろ!なっ?」一ノ瀬は叫んだ。
しかし、店員たちの目は完全に据わっていた。
「うるさい2台打ちの狂信者! 連帯責任だ!売国奴め!」
背後から屈強な店員二人にガシッと両腕を掴まれ、一ノ瀬はシートに羽交い締めにされた。
完全に身動きが取れない。
別の店員が、一ノ瀬の台のデータランプへと非情に手を伸ばす。
「やめろ……触るな! 俺の計数ボタンを押すな!!」
一ノ瀬の悲痛な絶叫が響く中、店員の指が冷酷にボタンを押し込んだ。
トゥルトゥルトゥル……上部のデータランプで、一ノ瀬が命を削って勝ち取った持ち玉のカウンターが、
猛烈な勢いで減っていく。
一発、また一発と、電子の数字がゼロに向かって吸い込まれていく。
「俺の、俺の玉が……ッ!!」
必死に身をよじる一ノ瀬の目の前で、持ち玉はすべて回収され、カウンターが完全に「ゼロ」になった。
用済みとなった一ノ瀬は、そのまま店員たちによって通路へ無残に放り出された。
冷たい床に這いつくばる一ノ瀬を見下ろし、計数ボタンを押した店員がニチャついた顔で笑った。
店員は、没収したドル箱からパチンコ玉を『ひとつ』だけ指でつまみ上げると床に放り投げた。
チリン……
「……餞別(せんべつ)だ。ほら、拾えよ」
その瞬間、一ノ瀬の脳裏に過去の記憶がフラッシュバックした。
それは普段、一ノ瀬が大負けして腹を立てながら玉を流すとき、わざと床に玉をぶちまけて店員に拾わせていた、
あの嫌がらせに対する完璧な「意趣返し」だった。
立場は完全に逆転した。
戦争という狂気の中で、自分はすべてを奪われ、かつて見下していた店員に嘲笑されている。
一ノ瀬は床に転がる一粒の玉を見つめながら、ただただ悔しくて、大粒の涙を流した。