鉄火場のプレリュード朝7時45分。
「ゴールド」の入場口前は、すでに独特の熱気に包まれていた。
先頭に陣取るのは、統率された動きを見せるパチンコ軍団。
インカムを耳につけ、スマホの画面を凝視しながら、今日の狙い台である新台『陸物語~白亜紀編~』の配置を冷徹に確認し合っている。
その少し後ろ、気怠そうにタバコをふかしているのがパチンカス一ノ瀬だ。
彼の目には、軍団への強い対抗心が宿っていた。
「チッ、今日も軍団の引き子どもが前を占領してやがる。だが、俺の狙う角台だけは絶対に渡さねえ……!」
そして列のさらに最後尾。
誰も気に留めない場所に、常連のカマキリがいた。
彼は前肢の鎌を静かに研ぎ澄ませながら、ただその時を待っていた。
開店
そして無体な一撃午前10時。電子ファンファーレが鳴り響き、自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませ!」
店員の声をかき消すように、軍団が朝イチの猛ダッシュを仕掛ける。
怒涛の足音が島に響き渡る。
一ノ瀬もその後を必死に追った。
その時、誰よりも早く台を確保しようと、驚異的な跳躍力で空を舞った影があった。
常連のカマキリである。
彼は鋭い視線で狙い台を捉え、その緑色の身体を一直線に滑空させた。
「そこは俺たちのシマだ!!」
軍団の先頭を走る大男が、横から飛び込んできた緑色の影を容赦なく手で払いのけた。
ドカッ!!
強烈な一撃を食らい、カマキリの小さな身体は派手に宙を舞う。
そして、コンクリートの床へと叩きつけられた。
「おい、大丈夫かカマキリ!!」
すれ違いざま、一ノ瀬が思わず足を止めて駆け寄った。
床にひっくり返ったカマキリは、細い脚を力なく震わせている。
その鋭かった鎌は、どこか悲しげに項垂れていた。
カマキリ「カマァ……(か細い鳴き声)」
それは、パチンコに全てを賭けた漢(虫)の、あまりにも儚い敗北宣言だった。
一ノ瀬は悔しさに唇を噛み締め、軍団が占領した島を睨みつけて叫んだ。
「……おい軍団のクズども! こんな無体な事をして、お天道様が見逃してもな、ここの監視カメラは見逃しちゃいないぞ……!」
天井で妖しく光る黒いドーム型のカメラを見上げ、一ノ瀬は静かに主任のところまでま走っていった。
「おい木村!誰の了見であんなドクザレの入場を許してんだ!!」
「アハハ!一ノ瀬さん、お客様は皆、平等ですよ…」
主任の目は一切笑ってなかった。カチカチカチ…
んっ?
そして一ノ瀬は見た。
主任がポケットに手を入れて何かを連打していたのを。
新台の島を完全占拠した軍団は、早くも勝利を確信していた。
「うはぁ! 頭(カシラ)、この台1000円で25回転も回りますよ!」
「こっちもだ! 完全にボーダーをぶっちぎってやがる!」
データランプの数字を睨みつけながら、軍団長がインカム越しに鋭い指示を飛ばす。
「よし、全台お宝台だ! 迷わず回せ! 回して回して回しまくれ!!」
軍団の打ち手たちは、機械のように正確なストロークでハンドルを固定し、一糸乱れぬ動きで玉を打ち込み始めた。
1K25回転。パチンカスなら誰もがヨダレを垂らす極上の調整。
勝利は約束されたはずだった。
――2時間後。
新台の島には、異様な熱気……ではなく、不気味な静寂が漂っていた。
「おい、どういうことだ……?」
軍団長が冷や汗を流しながら自台の液晶を見つめる。
確かに、台はよく回る。初当たりも軽い。そこまでは完璧だった。しかし――。
「当たりました! ……でも、また単発です!」
「頭、こっちもまた通常大当りです! 確変に入りません!」
島全体で大当りのファンファーレは鳴り響くものの、すべてが単発。
出玉は一瞬でノマれ、追加投資のサンドに千円札が吸い込まれていく。
当たれど当たれど、深い単発の闇から抜け出せない。
1/319の確率の壁を越えた先に待っているのは、すべて絶望の単発だった。
軍団長は台のガラスに頭を打ち付けんばかりに咆哮した。
「くっ……! 爆発はどうしたぁ! !」
「メーカー公称の平均初当たり万発はどこへ行ったんだよ!!」
その時、軍団長は気づかなかった。
彼らの頭上で、監視カメラが不気味に赤く点滅していることに。
そして、通路の端で一ノ瀬に介抱されながら包帯を巻いたカマキリが、静かに右の鎌を持ち上げてニヤリと笑った。
カマキリ「ザマァ(か細い鳴き声)」