次期経団連会長選挙
その時が刻一刻と近づいていたある日
バンバン!!
「ワシはなぁ、前総理大臣の親戚の結婚式にも出席したことがあるんだぞ!」
パチンコチェーン『ゴールド』の会長は、大理石のローテーブルを叩いて気炎を上げた。
対面に座る大手広告代理店の高橋部長は、引きつりそうな顔を必死に抑え、心の中で毒づいた。
(こんな奴が経団連の会長になれるようじゃ、マジで日本は終わりだよ……)
しかし、一瞬でプロフェッショナルなビジネスの顔へと切り替える。
「……会長。あなたには金もある。人脈もある。しかし、決定的に足りないものがあります。それは、知名度です」
「知名度だと? ナメるな、全国のパチンコ客ならワシの顔を知っとるわい!さらに上位存在様もワシを認知しておられるのだ!!」
(上位存在??)頭を振り払って高橋は説明をはじめる
「違うんです。それはごく一部のパチンカスに対してのみです。必要なのは、一般大衆への圧倒的な知名度。つまり『社会に貢献するゴールド』という認知度です」
高橋の仕込みは迅速だった。大衆の認知度アップのため、ドキュメンタリー風のテレビ密着取材を受けさせる。会長の潤沢な資金力を使い、キー局の番組枠に強引にねじ込んだ。
◇テレビ取材日当日。
この日はちょうど、パチンカーたちが一年で最も血眼になる7月7日のイベント日。
取材を受けるのは、いつものあの旗艦店だ。
店長は朝から鼻息を荒くして息巻いていた。
なぜなら、この日は業界中が注目する期待の超デカヘソ新台が導入されるからだ。
『大当り確率1/199・ラッシュ突入率100%・右打ちALL1500発・継続率90%』
「なんでこれが検定に通ったんだ!?」と巷のSNSで大騒ぎになっている悶絶マシーン。
前作は1/399で5万発は軽く出るモンスターマシーンと呼ばれていたが、今回はどうなるか。
開店一時間前。ゴールド会長は現場視察に赴いた。
テレビカメラを引き連れ、高級スーツをなびかせてホールを巡回する。
「今日はテレビ取材だ! 恥ずかしいマネはできんぞ!」
店員や店長に激(つば)を飛ばす会長。
しかし、新台のシマに差し掛かった瞬間、会長の足が止まった。
「なんだこのチューリップは!! がん開きじゃないか(怒)!!」
「えっ、あ、いや、これは今作の仕様でして、ヘソが大きくてよく回るという――」
店長が説明しきる前に、会長は台の盤面を鍵でガラリと開けた。
「昔とった杵柄(きねづか)だ。ワシの若い頃を忘れたか!」
懐からクギ調整用のハンマーを取り出すと、パコーン!パコーン!計2回で入賞口の左右の釘を、思いっっきり「ハ」の字に叩き曲げた。
試し打ちをしてみると、1000円でたったの3回転しか回らない。
「フン、これだ! 会長スペシャル!愚民共がむせび泣くわい!他の台もすべて同じ調整にしろ!早くしろ!!」
「は、はい! 分かりました!」店長と主任は青ざめて一礼した。
こうして、1/199の甘いスイートな新台は、前作を遥かに凌駕する
「吸い込みのバキュームモンスター」へと変貌を遂げた。
◇場面は変わり
佐藤の機嫌は最悪だった。朝から嫁に子供の子守を押し付けられたからだ。
だが、今日は7月7日。佐藤は4歳の息子を連れて、無理やりゴールドへと向かった。
昼時。佐藤は台のガラスを睨みつけていた。
「チッ! 7の日じゃねえのかよ! 全然回らねえぞ! なんだよ3回転って!!」
いくら万札を投入しても、ヘソが「ハ」の字に閉まった極悪釘のせいで玉がまったく入らない。
その時、店内に大音量のアナウンスが流れた。
『お客様にお知らせいたします。駐車場にて、お子様が車内に放置されています。すでに車内は蒸し焼き状態です! 親御さんはすぐに駐車場まで戻ってください!!』
佐藤は鼻で笑った。
「ハッ、今どきそんな奴がいるのかよ。ニュースの見すぎだろ。俺は違う。ちゃんとエンジンをかけたままにしてるし、エアコンだってガンガンにつけてるからな」
だが、佐藤は完全に失念していた。
今日という激アツ日の軍資金をかき集めるため、車のガソリン代をケチり、今朝500円分しか給油していなかったことを。
とっくに燃料は尽き、エアコンの止まった車内は地獄の釜と化していた。
◇みんみんと狂ったように鳴くセミの声に混じり、駐車場には不穏な空気が流れていた。
佐藤の車の窓ガラスの向こうで、小さな子供がぐったりとしていた。
「アツイヨ……クルチイヨ……臭いよぉ……」
「いま助けるからな!」
ゴールドの店員たちが駆けつけ、テレビの制作会社のカメラマンも「これは最高の感動ドキュメンタリーになるぞ!」と
どこからともなくカメラを回し始めた。
店員が手にしたハンマーを窓ガラスに全力で叩きつける。――カキィン!
しかし、ハンマーは虚しく弾き飛ばされた。
「なんつー硬さだ!」
「ワタシにまかせろ!!」
今日のイベントのために来店していたプロの格闘家が、隆起した筋肉に力を込め、ガラスへ向かって必殺のストレートを叩き込んだ。
――ゴンッ!!「くっ……なんて硬さだ。こりゃ無理だ……!」
格闘家が顔をしかめて拳を抑える。
その場の全員が絶望の表情を浮かべた。
その時、激しいセミの声に混じり、不快な音が聞こえてきた。――ガリガリガリガリ……。
皆が音の方を振り返って見ると、両手の指先で10円玉を持っていた一ノ瀬が、
器用に隣の車(パチンコ屋の社員の自家用車)のボディに深い引っかき傷をつけながら歩いてきていた。
「なんだ? どうした」
一ノ瀬が怪訝そうに尋ねる。
状況を説明する主任。
主任は一ノ瀬の顔を見て、ゴクリと唾を飲み込んだ。
(あの目の一ノ瀬は、相当負けている……。奴の、この世の全てに対する憎悪の炎なら、もしかして……)
「はぁ……」一ノ瀬は深くため息をつき、10円玉をポケットにしまいながら呟いた。
「……徳でも積むか」
一ノ瀬は車の前へ行くと、急にその場にしゃがみ込んだ。
そして、ペチペチと軽いローキックを車のタイヤに叩き込み始めた。
「おい! そんなんじゃ破壊できんぞ!」
店員が焦って叫ぶ。
「ボーナスステージの様式美だ」
次の瞬間、ポケットにあった10円玉をガチガチに握り込み、一ノ瀬の「本気のパンチ」が車のドアに叩き込まれた。
――ボコォン!!!
鉄板のドアが信じられない形に凹む。
「そら、次だ」――ボコォッ! パリン!!!衝撃の波動が伝わり、強化ガラスが粉々に砕け散った。
最後にもう一つ!――ドゴォッ
「ぶふぇっ!?」横にいた店員の腹に理不尽な一撃が炸裂し、店員が崩れ落ちた。
そしてすぐさま格闘家が車内に手を伸ばし、汗だくの子供を優しく抱き上げる。
わっと沸き起こるギャラリーたちの拍手。テレビカメラマンは涙ぐみながらカメラを回し続けた。
救出された子供は、うっすらと目をあけ、格闘家の顔を見つめた。
「……パパ……?」
格闘家は爽やかに笑った。
「パパじゃないよ、アハハ! ほら、俺は臭くないだろ?」
◇こうして、一部始終がテレビで大々的に放映された番組は、世間で大反響を呼んだ。
「パチンコ店『ゴールド』の迅速な救出劇」「命を救ったゴールドのチームワーク」として美談に仕立て上げられ、
ゴールド会長の知名度と好感度は爆発的に跳ね上がった。
その圧倒的な大衆人気を背景に、次の選挙で、ゴールド会長は無事に経団連のトップへと登りつめたのだった。