紳士の社交場「高級クラブ・エメラルド」の豪奢なソファー。
パチンコの大爆発によって十数万の粟銭を手に入れた一ノ瀬は、弟分のタカシを連れてきらびやかなキャバクラの席にふんぞり返っていた。
店内に流れるお洒落なジャズ、漂う高級な香水の匂い。
普段の「ゴールドラッシュ」の爆音とタバコの煙まみれの空間とは何もかもが違いすぎた。
タカシは借りてきた猫のように肩をすぼめ、キョロキョロと周囲を見回している。
「し、しかける君……なんか、めちゃくちゃ緊張するね。俺、こういう場所初めてで、どうしていいか分かんねえや……」
「まあ、落ち着けタカシ。パチ屋の島に入るのと同じだ。常に『監視』されてると思って、冷静に立ち回ればいいんだよ」
一ノ瀬は、まるで修羅場をいくつも潜り抜けてきた大物の風情でグラスを傾けた。
「いいか、タカシ。ここは『紳士の集まる場所だ』。パチ屋の後の風俗店みたいに、チンチンを気持ちよくしてくれるような直接的なサービス提供はねえんだ」
「えっ、そうなの!? じゃあ、ただ高い酒を飲むだけ?」
タカシがガッカリした顔をする。
「ハッ、素人が。まあ、ここでしか使えない『ちょっとした小技(攻略法)』を教えてやるよ」
「なになに!? 兄貴、教えてください!」ペコリ。タカシが90度に腰を曲げお願いする。
そんなタカシを指差す一ノ瀬。
「それ、それなんだよ!小技はさ!」
一ノ瀬は周囲を軽く見回し、声を潜めて語り始めた。
一ノ瀬流・キャバクラエンジョイ法
「キャストの女がな、ボトルを持って『お酒、注ぎますね』って笑顔で寄ってくるだろ。その瞬間が重要だ」
「ゴクリ……!?」
「いいか、よく聞け。女が酒を注ごうとしたその瞬間、自分が持っているグラスを、相手のボトルよりだいぶ低い位置に、さらに自分側の手前へと引いて持つんだ」
タカシは自分の空のグラスを動かしながら、一ノ瀬の指示を頭の中でシミュレーションする。
「そうすりゃな、女はボトルをグラスに届かせるために、どうしても深く前かがみになって酒を注ぐしかなくなるだろ?」
「あ……!」
「その時に、胸の谷間が上から丸見えになるって寸法さ。さらにだ、相手は手元のグラスとボトルに全集中して前かがみになってるから、
こちらがどれだけドスケベな視線を送ってようが、絶対に気が付かない。ノーリスクで期待値だけを跳ね上げる、完璧なハメ技だ」
タカシは、一ノ瀬のあまりにもくだらなく、しかし物理の法則に基づいた完璧なセコい作戦に、目をキラキラと輝かせた。
「……兄貴、天才かよ!!!」
・・・実践の瞬間
「お待たせしましたぁ、お兄さんたち何のお話してたんですかぁ?」
その時、胸元が少し開いたドレスを着た、いかにも若くて可愛いキャバ嬢が二人、満面の笑みでソファーに滑り込んできた。
「いや、ちょっと男のビジネスの話をな」
一ノ瀬はすっと表情を消し、冷徹なパチンカスの顔に戻った。
キャバ嬢が「じゃあ、お酒作りますねー」と、ハウスボトルのウイスキーを手に取る。
一ノ瀬は隣のタカシに目配せをした。――タカシ、位置に付け(セット完了)。
タカシはゴクリと唾を飲み込み、一ノ瀬の教え通り、自分のグラスをテーブルの端、自らの腹のすぐ近くまで低く引き寄せた。
「あれぇ? お兄さん、グラス遠いですよぉ?」キャバ嬢は無邪気に笑いながら、
タカシのグラスに合わせるように、ぐっと上半身を深く前かがみに倒し込んできた。
次の瞬間…
タカシの視界に、ドレスの隙間から覗く眩いばかりの「胸の谷間」が100%の解像度で飛び込んできた。
相手は手元に集中していて、タカシの凝視に全く気づいていない。
(き、キタアアアアア!! 期待値の塊がキタアアアアア!!!)
タカシは脳内で勝利のファンファーレを大爆音で鳴らしながら、隣の一ノ瀬に向かって深く親指を立てた。
一ノ瀬もまた、自分のグラスを同じように手前に引きながら、満面のニッコリ笑顔を浮かべ下半身の指を立てた。
ムクムク。
そうここは紳士の社交場エメラルドである。