小学校
5年3組の教室にて
「僕のパパは、いつも泥だらけで臭いです。仕事はドカタをしています。毎日、朝早くから夜遅くまで働いています」
5年3組の国語の時間。「父親について」というお題の作文発表会で、教壇に立った佐藤くんは緊張で原稿用紙を震わせながら読み上げた。
その瞬間、教室のうしろから心ない野次が飛んだ。
「うわぁ、底辺職だぁ!」「汗くせー!」「安月給!」
佐藤くんは悔しさに唇を噛み締め、涙目になって下を向いた。
しかし、そこで折れなかった。キリッとした顔で前を向き、野次を飛ばしたガキどもに向かって堂々と反論した。
「パパがいないと、日本のインフラは保持されないんだぞ!! 道路を作るのも、水道を通すのも、みんな僕のパパたちなんだ!!」
その魂の叫びに、教室は一瞬で静まり返った。
クラスのガキ大将が、気まずそうに鼻の頭を指で擦りながら立ち上がり、佐藤くんに歩み寄った。
「……わりぃ、佐藤。そんな大事な仕事をしてる親父さんを馬鹿にしてゴメンな」
「分かってくれたらいいよ」
佐藤くんが小さく微笑み、クラス全体が温かい拍手で和んだ。
ほんわかムードの中、次の発表者である池田くんは、自分の席で力強くガッツポーズをした。
(この流れなら絶対に許されるはずだ!ヨシ!)
自信満々で教壇に上がった池田くんは、大きな声で原稿用紙を読み上げた。
「僕のパパ。僕のパパは、パチンコ台を作っています」
………ザワ……ザワ…ザワ。
途端に、教室が不穏にざわめき出した。
さっきの佐藤くんの時とは違う、本物の「タブーに触れた」かのような冷たいザワつきだった。
教卓の後ろで聞いていた担任の先生が、みるみるうちに顔を曇らせ、池田くんにそっと問いかけた。
「……池田くん。それ本当? 嘘ついてないよね? 先生怒らないから、本当の事を言ってくれないかな」
池田くんは焦った。しかし、さっきの佐藤くんの流れでそのまま押し切ろうと言い張った。
「えーっと! パ、パチンコ台は日本のインフラでぇ……!」
「いらねーよ!!」ガキ大将が即座に席を立って怒鳴った。
「半導体を無駄に消費して、世の中に何の貢献もしてねーだろ!!」
間髪入れず、眼鏡の女子委員長がメガネのブリッジを「くいっ」と押し上げながら、冷徹な声で追撃した。
「非生産的な産業ですわ。むしろ『生産業』というカテゴライズをする事すら、他の一生懸命お仕事をなさっている方々に失礼ですわ」
クラスのボルテージは一瞬で殺気へと変わった。
「非国民! 非国民!」「電気の無駄遣い!」
パン!パン!
「ハイハイ、みんな静かにして」先生がパンパンと手を叩き、荒れるクラスを宥めた。
泣きそうになっている池田くんの肩を優しく抱き寄せ、クラスの児童たちを見渡して穏やかに語りかけた。
「みんな、職業に貴賤(きせん)はないのよ。池田くんのパパのお仕事も、別視点で見れば素晴らしいことなのよ。
……例えばそうね、『犯罪者予備軍をパチンコ屋に閉じ込めるための檻(おり)』を作っていると思えば、社会の治安、秩序維持にとても貢献している。とても素晴らしいことでしょ?」
「「「「あ〜〜〜……」」」」
静まり返るクラス一同。
先生のあまりにも的確で容赦のないディストピア的解釈に、全員が深く納得した。
「わかりました!先生!!」の返事が、教室中に綺麗に揃って響き渡る。
授業終了のチャイムが鳴り、休み時間になった。
ガキ大将が、また少し鼻を擦りながら池田くんの席にやってきた。
そして、おもむろに拳を握ると、池田くんの腹をおもいっきり殴った。
ドカッ!!!「うぐっ……あぁ……っ!」激痛に悶絶し、床に膝をつく池田くん。
そんな彼を見下ろしながら、ガキ大将はどこか親近感の湧いたような、哀愁のある目で不敵に笑った。
「おい池田ぁ、俺の親父の檻を作ってくれてありがとな」
ガキ大将の親父もまた、毎日パチンコの島にしがみつき、遠隔への憎しみを募らせている筋金入りの予備軍だったのだ。
池田くんは腹を押さえたまま、涙を流し続けるしかなかった。
………………10年後。
世界的な地政学リスクにより半導体不足が叫ばれる狂気の時代の中、
なぜか日本の半導体産業は、国内における爆発的かつ旺盛な需要(パチンコ)に支えられ、奇跡的な右肩上がりの成長を維持し続けていた。
液晶の3D化、ド派手なギミック、超高速な確率抽選基盤の進化が、日本の最先端技術を裏で牽引していたのだ。
午前11時45分。パチンコ屋「ゴールド」。
「チッ、また最強リーチを外しやがった……! 遠隔だろこれ!!」
鼻の頭を親指でグッと擦りながら、凄まじい形相でパチンコ台の前に座っている一ノ瀬がいた。
あの頃のガキ大将は、親父の血を色濃く受け継ぎ、立派なパチンカスへと成長していた。
更にその隣では昼間なのにキツイ化粧をしたあきらかに夜職(よるしょく)やってますって顔をした元委員長がパチンコを打っていた。
「最強リーチ外し(笑)しかけるまぢウケるープークスクス。」
そして、その一ノ瀬達の後ろを、有名パチンコメーカーのロゴが入った作業着を着た男が、静かに通りかかる。大人になった池田くんだ。
父親の背中を追い、同じ道を歩んでいた。
一ノ瀬達は、1000回転を超えてもピクリとも当たらない液晶画面についに怒りを爆発させた。
台の筐体をドカドカと激しく叩きまくる一ノ瀬。「働けクソ台が! はやく注入しろ!!」
そして隣で当たりなさいよとキーキー喚き散らかす性産業で働いている元委員長。
叩きまくられる、怒鳴りつけられる「檻」を見つめながら、池田くんはフッと冷ややかな笑みを浮かべ呟いた。
「やっぱりパチンコ台は、日本のインフラ、生産業だ……!!」