「気に入らねえな……」
ゴールドの休憩コーナー。
一ノ瀬は、無料の冷水機から汲んだぬるい水をすすりながら、壁掛けのテレビを鋭い眼光で睨みつけていた。
テレビ画面には、サッカーワールドカップのスタジアムが映し出されている。
試合終了後のスタンドで、日本のユニフォームを着たサポーターたちが、青いビニール袋を片手に客席のゴミを黙々と拾い集めていた。
女性アナウンサーが「これぞ世界に誇る日本の美徳! 素晴らしいマナーですね!」
と、感動に声を震わせている。
その横で、パチスロ雑誌のグラビアページを眺めていた弟分のタカシが、顔を上げてテレビを見つめた。
「へえ、すごいっすね。日本人サポーターってマナーいいなぁ。俺も見習って、今度からパチ屋の島に落ちてる銀玉でも拾おうかなぁ」
「おいタカシ、お前は本質が見えてねえよ」
一ノ瀬が紙コップをゴミ箱にクシャクシャに丸めて投げ捨て、ソファに深くふんぞり返った。
「え? 本質って何が?」
一ノ瀬はテレビを指さし、いかにも「世界の裏側を暴いた」と言わんばかりの冷酷なトーンで語り始めた。
「よく見てみろ。あのサポーターどもが熱心に拾ってるゴミは、どこに落ちてんだ?」
「えっと……自分がさっきまで座ってた席の周り、かな?」
「そうだろ。そもそも奴らが拾ってるゴミは、自分が座ってた席の周りに落ちていたゴミだ。なら、そのゴミを最初にそこに捨てたのは誰だ?」
タカシは首を傾げた。
「えーっと、外国人サポーターですかね?」
「アホか、拾った本人達じゃねーか!!!」
一ノ瀬の声が休憩室に響く。
「自分で散らかしたゴミを、帰りがけにカメラの前でわざわざ袋にまとめてるだけだ。こりゃ壮大なオナニー(自己満足)の公開ショーだ。誰が始めたんだか知らねえが、
世界中から『綺麗好き』って褒められたくて、わざわざマッチポンプの自慰行為をさらしてやがるんだよ」
「は、はえ〜……!」タカシは一ノ瀬のあまりのひねくれっぷりに圧倒された。
「だいたいな、本当に綺麗好きでマナーが良いって言うなら、拾うならそもそもゴミ袋に最初から捨てておけって話だろ。
食べるたび、飲むたびに足元にポイポイ落としておいて、『私たちは買われた展』の二毛作かよ!」
一ノ瀬はソファに深く沈み込み、天井を見上げて深く長いため息をついた。
その表情には、パチンコで10万円溶かした男特有の、時代のすべてを憂うような妙な哀愁が漂っていた。
「……クソが。安倍総理さえ生きてればこんな日本にならなかったのによ」
「えっ、急に政治?」
タカシが目を丸くする。
「政治じゃねえ、マインドの話だ! あの時代はもっとこう、日本よ世界の真ん中で咲き誇れって覇気があった気がするんだ。
みんなが自分たちの『オナニー公開ショー』に必死になるような、セコい真似なんかしてなかったはずだ。
こんな風に国民総マッチポンプ精神になったのは、あの人がいなくなって歯車が狂っちまったからに違いねえんだ!」
一ノ瀬は熱弁しながら、自分の空っぽの財布を開いた。
もちろん、日本経済の行く末と一ノ瀬の財布の残高には何の関係もなくはない。
トリクルダウンの雫は結局のところ下々には行き渡らなかったのだ。