一ノ瀬は四畳半のアパートの真ん中で、頭を抱えて激しくうなだれていた。パチンコで10万円負けたからではない。そんな事は日常茶飯事だ。
彼が絶望しているのは、日々の完璧なルーティーンに、唐突な終わりが訪れたからだ。
彼の一週間は、以下の3つ柱が循環することで美しいトライアングルを形成していた。
ひとつはもちろんパチンコ
ふたつデリバリーヘルス
みっつめはPCのバトロワゲーム
この鉄壁のエンドレスワルツがあるからこそ、遠隔無抽選の台で爆死しても正気を保っていられたのだ。
しかし今、その「2つ目」の柱に致命的な亀裂が入っていた。いやむしろ壊れてしまった。
ガチャリとドアを開けて入ってきたタカシが、
死にそうな顔の一ノ瀬を見て首を傾げた。
「ちわっす、兄貴……どーしたんすか? まるで確率分母を3倍以上を嵌め込んだ時みたいなツラして」
「タカシよ……」
一ノ瀬は濁りきった目を細め、蚊の鳴くような声で言った。
「俺のお気に入りだった、ナンバーワンの『シオンちゃん』が……店を辞めた……」
「え? 他の店に移ったんじゃないんすか? よくあるじゃないすか、移籍」
「違うんだよ」
一ノ瀬はスマホの画面をタカシに突きつけた。
「某掲示板サイトの風俗・夜の街板の書き込みを覗いて見たが、どうやら『夢(お役目)があるから卒業した』らしいんだわ」
「へぇー、よかったすね。ハッピーエンドじゃないすか」
タカシがのんきに感心する。
「よくねーよ!!! 夢ってなんだよ!!俺、知らねーよ!!」一ノ瀬はガバッと立ち上がり、壁を何度も何度も叩いた。
「俺には一言もそんな話をしなかったぞ! そもそもあいつの夢は、俺のお嫁さんじゃなかったのかよ!!!」
「激重いっす! 兄貴!」
タカシがドン引きして叫ぶ。
「うるせえ! この行き場のない俺の熱いエネルギーを、今夜からどーしてくれんだよ!!」
勝った時も、負けて床を這いつくばった時も、いつだって一ノ瀬を精神的にも肉体的にも震え立たせてきたのは、シオンちゃんの圧倒的なプロ意識(ベロチュー)だったのだ。
「まぁ……居なくなっちまったもんはしょうがないっすよ。兄貴、ここは切り替えて、他の娘を見つけるしかないんじゃないっすか?」
タカシの提案に、一ノ瀬は親指でグッと鼻の頭を擦った。
「……探すかワンピースを…」
それから一ノ瀬は大忙しだった。お色気店のホームページを開けば、女の子たちの紹介写真がズラリと並んでいる。
しかし、どれもこれも一番肝心な顔の部分には、
分厚い「モザイク」がかけられていた。
スロッカスにとって、これは0ゲーム回しで設定看破するような厳しい闘いだった。
だが、
「フン、今の時代、テクノロジーを制した奴が期待値を制するんだよ」一ノ瀬はゲーミングPCに向かい、怪しげな海外の生成AIツールを立ち上げた。
彼の目的はただ一つ。店のHPの紹介写真(顔はモザイク)を、AIを駆使してモザイクを消していく。
「ドコにいる!ドコにいるんだ!」画面の中のモザイクが、一ノ瀬の狂気的な執念によって1ピクセルずつ剥ぎとられていく。
「兄貴、これ完全に犯罪者予備軍の一歩手前じゃないすか?」
とタカシが呟く。
「うるせえ! だったら最初からモザイクなしの写真を載せておけって話だろ! あっ俺の新しいシオンちゃんがいた!」
画面の向こうで、AIが弾き出した「絶妙に人相の悪い仕上がり」の女の子の顔が出現する。
行き場のないエネルギーと歪んだ純愛を燃料に、一ノ瀬の「新しいお嫁さんのお迎えが始まる。
すぐに手配を済ませ、一ノ瀬は興奮を抑えきれない様子でタカシを振り返る。
「タカシ、わりーが出てってくれ」
「うっす」察したタカシは、素直に荷物をまとめて部屋を出て行った。
――1時間後。静寂を切り裂くように、部屋のインターホンがけたたましく鳴り響いた。「ピンポーン」それと同時に、ドアの向こうから妙にハイテンションなダミ声が降ってくる。
「遠隔特急エクスプレス777から来ましたミサキでぇーす!」
一ノ瀬の心臓が高鳴る。ついに、AIの彼方にいた新しいお嫁さんが到着したのだ。彼は期待に股間を膨らませ、勢いよくドアを開けた。ガチャ!
「やぁやぁ俺のお嫁さん……!?」
!?
しかし、そこに立っていたのは、一ノ瀬の想像を絶する人物だった。今や完全に「ビッチ」へと成り下がった元委員長。
派手なメイクときつい香水を纏った彼女は、一ノ瀬の顔を見るなり、腹を抱えて爆笑した。
「あっ! しかけるぢゃん! まぢウケ…」
「バタン!!」
一ノ瀬は反射的に、親の仇のような勢いで扉を閉め切った。鍵を閉め、チェーンをかけ、心臓を激しく波打たせながら、彼は天を仰いで絶叫した。「チェンジだ……ッ!!!」なんでよりによってコイツなんだ。
「なんで無料(タダ)なものに金を払わなきゃいけねーんだよ!!!」
ビッチ同級生という、本来なら1円もかからない「無料(タダ)の穴」に対して、なぜ自分はわざわざ高い金を払わなければいけないのか。
そのあまりにも不条理な現実に、彼の精神は限界を迎えた。
こうして、一ノ瀬が必死に再構築しようとした2つ目の柱は土台から完全崩壊した。彼のライフスタイルは、まるで生まれたての子鹿のように震えた二本足(二本柱)で、当面の間、ただ必死に立ち続けるしかなかったのだ。
ちなみちに下半身の柱も萎え萎えなのだ。
ずんだもんなのだ。