「兄貴、パチンコ打ちに行きましょう」
タカシが息を弾ませて一ノ瀬の家のドアを叩いたのは、いつもと変わらない退屈な昼下がりのことだった。
寝坊助の一ノ瀬は床布団からノロノロと起き上がり、無言でジャケットを羽織る。二人の目的は一つ、パチンコ屋に向かうことだけだった。
外に出てパチンコ屋に向かう二人。
トコトボ。
ん?
周りの様子がおかしい。遠くから響くけたたましいサイレンの音。あちこちのビルから、黒い煙が生き物のように立ち上っている。
街の人達は口を大きく広げ、あーあーいいながら人間を襲っている。ゾンビ達は次々に人間を襲う。
「なんなすかアレ」タカシが声を震わせ、一ノ瀬の背後に隠れる。
「テロか?」とまどう二人。混沌を極めるアスファルトの上。血に飢えた狂気の群れの中から、一体のゾンビが一ノ瀬達の前に現れ、猛然とダッシュしてきた。
剥き出しの歯、血走った目。誰もが死を覚悟するその瞬間――。
ゾンビは二人の目の前でピタリと足を止めた。
襲いかかって………来ない。「??」
呆然とするタカシに、一ノ瀬は煙を吐き出しながら淡々と言った。「あー俺達は人間辞めてるからなぁ」
パチンコとスロットを極めた二人からすりゃ、ゾンビから見ても同類かそれ以下の生ゴミにでも見えたのだろう。
「うは! チート能力っすよ。コレで女の子を助けてモテモテだ! 兄貴! ホームセンター行きましょうよ!」
ゾンビ映画の主人公気取りで息巻くタカシの頭に、一ノ瀬のクソデカいため息が降ってきた。
「はぁー……違うだろ。俺達が行くとこは決まってる」
一ノ瀬は地獄絵図と化した街に背を向け、トボトボとパチンコ屋に向かって歩き出す。
「先ず、ゾンビパニックになってやる事は決まってるだろ? 遠隔の正体を突き止めるんだよ」
パチ屋を目指す道中、二人は一軒の牛丼屋の前に差し掛かった。
ガラスの割れた店内で、カウンターに頭を突っ込み、紅生姜をぶち撒けながら「あうあう」と飯を食ってるゾンビ?の片瀬を見つけ合流する。
片瀬は虚ろな目で二人を振り返り、肉の腐った声を漏らした。
「オデ、ハラへっだ。デモツイデグ」
その時、近くの電気屋の街頭のテレビが、ノイズ混じりの緊急特番を映し出した。一ノ瀬たちが住む街〇〇がゾンビパニックにより封鎖されている事を知る。
「なんだよ。この状況は僕達の街だけかぁ」
タカシが画面を見上げて悪態をつく。
隔離された恐怖に怯えるタカシとは対照的に、一ノ瀬の口元が不敵に吊り上がった。
「いや、こいつは好都合だ」
三人は、誰もいないパチンコチェーン『ゴールド』の旗艦店に到着した。自動ドアをこじ開け、カウンター奥からバッグヤードに侵入していく三人。普通のパチ屋なら店長室があるはずの場所。
しかし、そこには地下へ地下へと続く隠し通路が存在していた。やっと辿り着いた地下深く奥のモニター(ブラウン管)ルーム。その部屋の中央、怪しく脈打つクリスタルの内部に、
不気味に佇む『石化した九尾のキツネ』を三人は見つける。
「コレが遠隔の真実か。おいタカシ! すぐに撮影機材持ってこい」――
◇ところかわって首相官邸のゾンビ対策室。
緊迫した空気が流れる中、防衛大臣が重々しく宣言した。
「これより、自衛隊の救助出動を決定する。よし出動指示を――」というところで横やりが入る。
バタバタと騒がしい足音と共に、会議室のドアが乱暴に開け放たれた。現れたのは、高級なスーツに身を包み、傲慢なオーラを放つ老人だった。
「ワシはパチンコチェーンゴールドの会長だ。諸君達、公僕(こうぼく)には可及的速やかに解決してもらわなければならない問題が発生した」
突然の乱入者に、若い官僚の一人が眉をひそめて囁いた。
「なんで、一般人がここに入ってこれるんだ?」
すると、隣の同僚が慌ててその口を塞いだ。
「ヤメロ! この御方は前首相の親戚の結婚式にも出た事がある上級国民様、更にその上澄みの方だぞ」
ゴールドの会長は、フンと鼻を鳴らした。
「まあ、細かいことは聞かなかったことにしてやる。ただちに自衛隊を完全武装のち、ゴールド旗艦店に突入させ、制圧しろ!」
官僚達は一斉に首を傾げた。「???」
「YouTubeを見とらんのか!!!」
会長は顔を真っ赤にして、持っていたタブレットを机に叩きつけた。
「今、アソコでテロリストどもが国家を揺るがす事を……!」会長は突然、ボロボロと涙を流し始めた。
「口に出してもおぞましい蛮行を働いとるのだぁ!!」
画面に映し出されていたのは、YouTubeの生配信画面だった。一ノ瀬たちは、YouTubeで絶賛遠隔の真実を生中継していた。一ノ瀬がコントロールパネルのレバーを引く。ある地方のゴールドの全台で遠隔無抽選プログラムが注入され、当たりが掻き消される。
打ち手から伝わってくるどす黒い光がケーブルを通してクリスタル(キツネ)に吸収されていく。
光を吸い込むたび、クリスタルはドクン、ドクンと不気味に脈打った。
「うわぁキモ」タカシが顔をしかめて一歩引く。
「こいつ生きてやがる! んっ何か聴こえないか??」
一ノ瀬が耳を澄ませる。
クリスタルの奥、石化したキツネから、おぞましい呪詛の念が頭に直接響いてきた。
「滅ぼせ…滅ぼせ…! 人を、生き物を、ばけもの(パチンコ屋)を…! 我は世の悪、世の陰の気の塊なり…!」
「こいつは人の感情を食って成長しているんだ。人間の怨嗟や、大ハマりの絶望を吸って、ゾンビウイルスをばら撒いてやがったんだよ」
一ノ瀬が呟いたその時、タカシが部屋の端っこに座っている人を見つけた。
「兄貴ー誰かいますよー」
一ノ瀬がその顔を見て目を見開く。
「シオンちゃん!!」
それは、夢が叶って一ノ瀬のお嫁さんを卒業した元デリヘル嬢だった。彼女は必死の形相で叫んだ。
「早く逃げてぇ! もうこれ以上は封印が持たないの!!」
ドーン!!
その瞬間、防音の重い扉が爆破され、突如、襲いかかってくる自衛隊。
「動くな! テロリストめ!」
一ノ瀬とタカシは一瞬で組み伏せられ、羽交い締めにされ捕らわれる。そしてクリスタルにヒビが入り、九尾のキツネの石化がメリメリと剥がれ落ちていく。
「もうダメ!! 封印が解ける! この世の全ての憎悪が解き放たれる……」
シオンちゃんが絶望の悲鳴をあげた。世界を滅ぼす大妖怪が、ついに完全復活を遂げようとした――。
まさにそのとき。
「あうあうあー」拘束を免れていた片瀬が、完全に空気を読まず、目の前のコントロールパネルのボタンを適当にボタン操作する。
次の瞬間、ゴールド全店の全台が、一斉に大当たりしだす。
全国数万人のパチンカスたちの「キタァァァアアア!!」という、天を突くような歓喜。
脳裏に鳴り響くファンファーレ。その圧倒的な歓喜・快楽の光が、極太のケーブルを通して、石化がとけかっかっている九尾のキツネに向かって一気に収束していった。
「うわーーーー! やめれ、なんだコレ! 知らない、この感情はなんだ! 脳汁が溢れでりゅゅぅぅぅ ーー!!」
世の陰の気の塊だったはずの大妖怪は、人類史上最も不健康で最も純粋な歓喜・快楽エネルギーを全身に浴び、一瞬で「脳汁の過剰摂取」を起こした。
その顔はアヘって完全にトび、九つの尻尾をだらしなくピクピクと痙攣させ、光の中に消えてゆく九尾のキツネ。
最後の一尾が消えゆくとき、その姿が、おすいち(お座り一発)で有名な人物に姿を変えていく。
「我が呼ばれたき名は・・・」キツネはそう言い残し、眩い光の彼方へと消えていった。
静まり返る地下室。タカシがポツリと呟いた。
「オスイチで有名な谷○ひとしになりたかったのかな……」
一ノ瀬とシオンちゃんは、即座に顔を見合わせてハモった。
「それは絶対にないだろ」
キツネが消えると同時に、外のゾンビたちも無事に正気へと戻っていった。パチ屋の遠隔の闇も、世界滅亡の危機も、全て解決してめでたしめでたし。
まだまだぁ!!2セット目に突入だ!!