2セット目
大妖怪(遠隔)を退治した英雄の一ノ瀬達。
栄光は、一瞬にして崩れ去った。あの死闘から数日後。
一ノ瀬たちの新たな闘いの舞台は、血湧き肉躍る戦場ではなく、重苦しい空気が支配する「法廷」へと移っていた。
不法侵入、器物破損、名誉毀損(ゴールド会長曰く、これが一番大事らしい)。
ゴールド会長からの怒りの告訴により、一ノ瀬とタカシの二人は、なぜか手続きをすべて飛び越えて、いきなり最高裁判所の被告人席に立たされていたのである。
「この若造に勝手に弁当を食べられたんだべ」
証言台に立ったじいさんが、いかにも被害者といった風に、陪審員や裁判長に向かって哀れっぽく訴えかけた。
「はぁ!?」
被告人席の一ノ瀬が、頭の血管をぶち切れんばかりに青筋を立てて怒鳴り散らす。
「おい、コラ!年金払わねーぞ!! 俺は人の弁当なんか食ってねーよ! !」
「静粛に!!」
裁判長が木槌(ガベル)をバンバンと激しく叩きつけた。
「被告人は静かに。真実のみを告げなさい」
「だ・か・ら!!」
一ノ瀬は机を叩いて身を乗り出した。
「あいつの証言はなんなんだよ! そもそさっきからよぉ!お姫様にぶつかってペンダントを拾って売ろうとしたとか、今回の容疑と完全に関係ねー話じゃねーかよ!そんなに有罪にしたいんか!!」
「ええい、黙りなさい!」
裁判長は厳しい表情で眼鏡の位置を直すと、厳かに判決文を読み上げ始めた。
「被告人、一ノ瀬しかける! ならびに、その弟分のタカシ!」冷酷な声が法廷に響き渡る。「……懲役、1年!」
その瞬間、隣にいたタカシが絶望の表情で崩れ落ちた。
一ノ瀬はぐっと奥歯を噛み締め、拳を震わせる。
(くっ……これ以上は法的に抗えねぇか。証拠も流れも完全にアウェイだ。……しかたねえ、アレで行くか)
一ノ瀬はフッと不敵な笑みを浮かべると、裁判長をキッと睨みつけた。
「おい、裁判長! 1年だな? 間違いないな?」
「そうだ。これは既に確定事項だ。覆らん」裁判長が断言した。
その言葉を待っていたと言わんばかりに、一ノ瀬は身を乗り出してまくしたてた。
「なら、『俺』と『タカシ』の二人で1年なんだから、一人あたま六ヶ月でいいってことだな!?」
「え?」と、法廷全体の時間が止まった。
裁判長は目を丸くし、慌てて手元の資料をめくる。
「えーと、いや、一人につき1年という意味で……」
「嘘つき!!」
一ノ瀬の怒号が法廷に木霊した。
「今お前が言ったんだろ! 俺は耳がちぎれるほどハッキリ聞いたぞ! 『俺とタカシで1年』ってなぁ!?」
間髪入れず、一ノ瀬は隣の弟分を振り返る。
「なっ? タカシ言ったよな?!」
ガタガタと震えていたタカシは、ここぞとばかりにバッと顔を上げ、我が意を得たりと叫んだ。
「ええ聞きましたよ! 僕は裁判官が僕に言ったのを、ハッキリと聞きましたとも!」
強力な味方を得て、一ノ瀬の口撃はさらに加速していった。
「てめぇみてーな言葉の軽い奴がいるからなぁ! 俺は選挙のたびに、最高裁判所裁判官の国民審査欄に全部『×』をつけてんだよ!! なのによぉ、なんでお前まだドヤ顔でそこに座って裁判官やってんだよ! 説明してみろバカヤロー!!」
「いや、それは、制度としてですね……」
裁判長は完全にペースを乱され、額の汗を拭いながらあたふたと見苦しい言い訳を始めた。
威厳に満ちていた最高裁のトップが、一瞬にしてただの揉め事に巻き込まれた中年の顔になる。
「違う」
一ノ瀬は低く、凄みのある声で遮った。
「違うだろ?」
「うっ……」
裁判長は言葉を詰まらせ、完全に困り果てて泳いだ視線で行き場をなくした。法廷内は、これまでにない奇妙な沈黙に包まれる。
一ノ瀬はここぞとばかりに腕を組み、上から目線で言い放った。
「お前がするのは言い訳じゃない!『ゴメンナサイ』だろ! テメェは人に道理を説く前に、先ずはあやまれ」
「……っ」息を呑む裁判長を、一ノ瀬はさらに冷酷な瞳で見下ろした。その口元から、ねっとりとした呪詛のような言葉が漏れ出る。
「はぁ……その軽い言葉で、お前は今まで何人死刑にしてきた?」
「な、何を……」
「何人殺したかって聞いてんだよ!!一人かぁ? 二人かぁ? ……もっと殺したかぁ?」
一ノ瀬の放つ凄みのある威圧感に、法廷中の温度が急降下した気がした。大妖怪を屠った男の本気が、今、一人の裁判官に向けて放たれている。
「俺達も殺すのか?俺達はただじゃ殺られねーぞ。テメェの家族、一族郎党、全員道連れだ!」
その言葉は、裁判長の精神を完全にへし折った。法の絶対者として君臨していた男は、恐怖のあまりガタガタと震え、ついに裁判長席の裏で膝から崩れ落ちた。
一ノ瀬は哀れな男を見つめ、吐き捨てるように言葉をぶつける。
「テメェはそこで、過去に殺してきた奴らに一生詫び続けてろ」
恐怖に引きつり、壇上で平伏する裁判長を見下ろしながら、一ノ瀬はわざとらしく「ちっ」と大きな舌打ちを響かせた。
「たっくよぉ……こりゃあ連帯責任だな。1人六ヶ月って話だったが、こうなった以上、俺とタカシと、それからてめぇの『三等分』!!1人あたま2ヶ月ってとこか」
誰もが耳を疑う超理論。しかし、すでに完全に戦意を喪失した裁判長に、それを否定する気力は残されていない。
「仕方ねえ。これで手を打ってやるか」
一ノ瀬はさも寛大な処置をしてやったと言わんばかりに頷いた。最高裁判長を完全に再起不能へと追い込み、刑期を2ヶ月まで削り落とすという、屁理屈と脅迫による前代未聞の完全勝利であった。
こうして一ノ瀬とタカシの二人は、わずか2ヶ月間だけ、刑務所に収監されることになったのだった。
そしてこれが後に有効な裁判戦術として活用されるようになった王国裁判事件の全容である。