刑務所からの帰り道、一ノ瀬達は、最近巷でオープンしたばかりの、大盛リが有名だというラーメン屋「爆盛亭」の席で不機嫌そうに腕を組んでいた。
彼の隣には、相変わらず股間を擦りながらメニューを凝視している片瀬、そしてワクワクした目で厨房を見つめている弟分のタカシが並んでいる。
だが、三人の前に広げられたメニュー表は、妙な仕様になっていた。
そこには【メガ盛り】【デカ盛り】【ゲバ盛り】という禍々しい三つの文字が並んでおり、どれも値段は一律で「ベースのラーメンに+100円」と書かれている。
おまけに、肝心の盛り具合を示す写真は1枚もなかった。
「すいませーん、注文いいすか」
タカシが手を挙げると、いかにもやる気のなさそうな大学生バイトの男が、トボトボとやってきた。
片瀬がメニューを指さす。
「オデ、味噌ラーメンの大盛りで」
一ノ瀬とタカシも「俺も/僕もそれで」と口々に続けた。
しかし、大学生バイトは注文を取ろうとせず、死んだ魚のような目で三人を見下ろした。
「うちは大盛りはありません」
「はぁ?」一ノ瀬が眉をひそめる。
「ここ、大盛りで有名な店じゃねーのかよ?」
「メガ盛り、デカ盛り、ゲバ盛りの3種類から選んでくださーぃ」
無機質な声でマニュアルを繰り返す大学生バイトに、一ノ瀬が身を乗り出した。
「じゃあ、その3つの中でどれが一番大盛りなんだ?」
大学生バイトはめんどくせーと言わんばかりに首を横に振った。
「だから、大盛りはありませーん」
「なんだよコイツ……みーちゃんかよ」
タカシが呆れたように小さくツッコんだ。
融通の利かないその態度は、普段の一ノ瀬であれば、パチ屋の店員に対してと同じ勢いで「なめてんのかコラァ!!」と叫んでいるところだった。
しかし、ここで一ノ瀬の「マイルール」が発動する。
(俺はパチ屋以外では暴力を振るわねえ。ましてや飲食店では、絶対に怒らない。理由はシンプルに飯がまずくなるからだ。)
一ノ瀬はぐっと理性を保ち、濁りきった目を細めて言った。「……チッ、分かったよ。じゃあ真ん中の『デカ盛り』を3人分、味噌で頼むわ」
「デカ盛り3つ。うっす」
大学生バイトは最後までダルそうに厨房へと消えていった。
デカ盛りラーメンを待つ間、お腹をすかせた三人は「宝クジ」の話題で盛り上がっていた。
片瀬がズボンの中で股間をボリボリと擦りながら言った。
「なぁ、もし宝クジで一等当だったら何するよ。オデはよ、一等取ったら、とにかく美味いもんを腹いっぱい食う。それだけだわ」
「僕なら大きな家を買うかな」タカシが笑う。
「兄貴は何に使うんすか?」
「色々悩むなぁ」一ノ瀬は腕を組み、ニヤリと浅い笑みを浮かべ答えた。
「俺なら、打ち子を大量に雇いたいかなぁ。クソ台を回す修行みたいな通常時は全部奴らにやらせてさ、大当たりの時だけ俺が席に代わって、最高の右打ちだけを楽しみたいわ」
「贅沢すぎるっすね!」とタカシが目を輝かせた、その時だった。
さっきの大学生バイトが、お盆に三つの巨大なラーメン鉢を乗せて戻ってきた。
ドンッ、ドンッ、ドンッ!!!
スープが今にもこぼれそうな鉢がテーブルに叩きつけられる。
そして、大学生バイトは気だるげに言い放った。
「はーい、ラーメン『大盛り』3つお待たせしましたー」
……………静まり返るテーブル。
一ノ瀬の頭の中で、何かが「プツン」と音を立てた。
「大盛り……?」一ノ瀬の低い声が地を這う。
「おい店員。俺らが頼んだのは『デカ盛り』だぞ」
しかし大学生バイトは、それの何が悪いんだと言わんばかりの「ヤレヤレ」とした目を三人に向けると、そのまま背を向けて立ち去ろうとした。
ガタッ!!
「おいタカシ」一ノ瀬が、おもむろに席から立ち上がった。
「さっきの打ち子を雇う話はナシだ!!」
一ノ瀬はいきなり大学生バイトの胸ぐらを両手で思いっきり掴み上げ、壁際まで追い込んだ。
そしてパチ屋の監視カメラを睨みつける眼光で至近距離から睨みつけた。
「……一等当たったらよぉ、大金使って、こいつの人生をメチャクチャにしてやりてぇなぁ!!!先ずはこいつの親がリストラされる!!止まる仕送り(学費)!!そしてこいつの未来を絶望のドン底に叩きつけてやる!!」
「ひ、ひゃうっ……!?」
飲食店では怒らないというマイルールすらも、大学生バイトのあまりの不誠実さに臨界点を突破していた。
バイトはガタガタと震え、真っ青になって硬直した。
「おい、何事だ!!」
騒ぎを聞きつけた店長が、厨房の奥から慌てて出てきた。
すかさず片瀬が「店長! 違うんだ!」と間に割って入った。だが、バカの片瀬である。
「あのよ、店長! オデはよ、宝クジで一等当たったらとにかく腹いっぱい飯を食いだいわけよ! でもな、この店員が大盛りはないっで言うからデカ盛りを頼んだのに、持ってきだ時は大盛りって言うから、これじゃオデの腹は膨らまなくて、宝クジで腹いっぱいに食いてぇんだど!?」
「はぁ!? 宝クジ!?」
店長は完全に混乱し、頭を抱えた。
見かねたタカシが、一ノ瀬の腕を抑えつつ、最初から状況を分かりやすく説明した。
すべてを理解した店長は、心の中で(チッ、バイトが面倒ごと起こしやがって……)と毒づいた。
目の前の客を「めんどくさいクレーマー」だと判断した店長は、早く厄介払いをしたい一心で、冷たいマニュアル対応を繰り出した。
「分かりました、こちらの不手際です。タダでいいから、食ったらさっさと帰ってください」
だが、一ノ瀬はその提案を鼻で笑って一蹴した。
「断る。タダ飯なんて食ったら俺のマイルールに反するわ。……わりーからよ、ここの支払い、こいつのバイト代から全額天引きしといてくれや」
店長は一瞬目を見張り、それからギロリと隣の大学生バイトを睨みつけた。
「……おい、いいな?」
胸ぐらを離された大学生バイトは、一ノ瀬の凶悪な反社顔(ハンシャづら)と店長の威圧感に怯え、涙目で「コクコク」と激しく首を縦に振って同意した。
それを見た一ノ瀬は、ニヤリと天使のような笑顔を浮かべた。
「そうと決まりゃ話が早い。おい店員、機嫌が良くなってきたから追加注文だ」
片瀬がすかさず両手を挙げて目を輝かせる。
「宝クジだ!オデ、もっといっぱい食う!! アリサも今からここに呼ぶ!!」
「さっすが兄貴!!」タカシも大はしゃぎでメニューを開く。
一ノ瀬は、自分のバイト代がみるみるうちに天引きされていく未来に絶望しドン底に叩きつけられている大学生バイトを見つめ、鼻の頭を親指でグッと擦った。
「へへ……こいつの人生をメチャクチャにしてやる第一歩だ。おいバイト、メガ盛りとゲバ盛り、あるだけ全部持ってこい!!」
他人の身銭で食う飯ほど美味いものはない。
こうして、爆食亭の片隅で、一人の大学生バイトの人生のほんの一瞬を底へと沈めるための、クズたちの飽くなき大食いサバイバルが幕を開けるのだった。