日本の遊技機情報を一手に握る「遊技機情報センター」。
その重苦しいビルのエントランスを、ピカピカのリクルートスーツに身をまとった新卒派遣社員・山田は、緊張した面持ちでくぐっていた。
彼は昨年まで3流大学で統計学を専攻していたが、あいにく就職活動に失敗。
派遣社員として第二の人生をスタートさせたばかりだった。
しかし、最初の派遣先で自分の学んできた技能を活かせる職業に就けたことは幸運だった。
データセンターに求められていたのは即戦力スキル。
ここには全国のパチンコ屋から、日々スマスロ・スマパチのプレイ状況や出玉情報がリアルタイムで逐一送られてくる。
山田たちの業務は、その膨大なデータに異常がないかをチェックすることだった。
だが、業務を開始した初日、山田は内部の光景に言葉を失った。
「古い……。やり方が古すぎる……!」
見渡せば、同僚たちは机に向かい、昭和の遺物のような電卓のキーをパチパチと叩いているのだ。
出玉の数字をゲーム数で割り算し、異常値がないかをいちいち手計算で確認している。
挙句、上司の課長はソロバンを使用していた。
あまりの効率の悪さに耐えかねた山田は、ノートPCを立ち上げた。
キーボードをカタカタと叩きだし、Excelで簡単なマクロを組み上げる。
「出来た……!」
このExcelシートにある魔法のボタンをクリックすれば、手入力した出玉の数字と、これまた手入力したゲーム数を全自動で割り算してくれる。
業務効率を数倍に高める、山田だけの秘密の武器だった。
……それから数ヶ月後。
自分の貢献度に自信を深めた山田は、課長のデスクへ一枚の書類を提出した。『正社員雇用申請書』。
書類を一瞥した課長は、鼻で笑いながら背もたれに寄りかかった。
「そういやウチにもそんな形骸化した制度があったな。まあそれはいいけど、エクセルっつったか? アレ以外に何か大学で習ったの?」
山田は胸を張って答える。
「Excel以外には、数字データから棒グラフを作成したりを……」
「あーあ、最近多いんだよねぇ」
上司はわざとらしくため息をつき、周囲の同僚に同意を求めた。
「エクセルとかちょっとかじった程度でさ、『僕プログラマーやってます』ってドヤ顔する勘違いした子がさぁ」
隣の席の同僚も、電卓を叩く手を止めてクスクスと笑う。
「あるある。電卓の電池交換すら自分でしたことないような若造が、いっちょ前に吠えるよねぇ」
山田の頭の上に大量の疑問符が浮かぶ。
(あれ……? これ、俺が理不尽に叩かれてる流れか?)
「まあ、ルールが守れない奴に正社員はダメだな」
上司は申請書をゴミのようにポイと放り投げた。
「お前さ、食堂のウォーターサーバー使ってるだろ?」
「えっ? 何かまずかったんですか??」
「あれさー、俺たち『正社員』の給料から天引きされて使ってる訳よ。派遣のお前がタダで飲んでいい水じゃないの。分かるだろ?」
山田は絶句した。
「えっ……あの、私の給料からも福利厚生費として天引きされていて……」
「はぁ?」上司の目が途端に冷酷に据わった。
「何それ? 俺の指摘が間違ってるってこと? あーあやっべーどうしよ、派遣の若造にダメ出しされちゃったよ(笑)」
「いや、ですから天引きされ――」
バン!!!
上司が烈火のごとく机を叩いた。
「あのさぁ!!! ガキじゃねーんだからさ! 分からないことあったら自分から先輩に聞こうよ!!!」
理不尽な怒号が室内に響き渡る。山田の心の中で、何かが完全にプツンと切れた。
「……もう無理です。辞めます」
こうして、真面目で頑張り屋さんだった山田君は、静かに職場を去っていった。
※このデータセンターは、警察が管轄する利権の吹き溜まり。全国の警察組織から集まった、使えない公務員やこれまた使い道がない無能な団体職員が放り込まれる、現代の「姥捨山(うばすてやま)」だったのである。
次の日から、データセンター内は大パニックに陥った。
山田君が残していったExcelのマクロを、電卓しか使えない同僚たちが誰一人として使いこなせなかったのだ。
ボタンを押しても動かない画面を前に、業務は完全にパンクした。
そもそも職場でPCを使うのはもっぱらエロ動画を見るためだけに使用されていたのだ。
「あー糞、はやく補充の人員こねーかなぁ!」
額に青筋を立ててソロバンを指で弾く課長が吠える。
「あ、課長、早速今日来るらしいですよ」
同僚が電卓の電池を交換しながら答えた。
「今回の奴は、どっかの刑務所の管理職員からの出向らしいです。なんでも、現場じゃ『能力がありすぎて手に余る』って恐れられてた化け物だとか」
「ハッ、関係ねえよ!」
課長は鼻でせせら笑った。
「ここじゃどんな奴も最初は下っ端よ! はやくあのウォーターサーバーのルールでイジめて、上下関係ってやつを叩き込んでやりてぇよ!」
その頃。データセンターが入るビルの入口に、陽光を遮るほどの巨大な影が立っていた。
見上げるような身長2メートル超えの圧倒的な巨漢。
制服の袖からは、丸太のような腕が覗いている。
男の名は、広瀬。かつて一ノ瀬にライトノベルの熱いセリフを叩き込まれて正義(オタク)に目覚め、感情によるコミュニケーションを極めた元・恐怖の刑務官だった。
広瀬は新しい職場の看板を見上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「ここが新しい職場か。はやく職場の皆様と上下関係を顔面に叩き込む『コミュニケーション』を取りたいぜ」
メキメキメキ……!硬く握りしめられた広瀬の拳から、骨の鳴る不穏な音が響く。
同時に、制服の生地を引き裂かんばかりに筋肉が隆起し、圧倒的な暴力のオーラが周囲に放たれた。
それは法も理屈も通じない、純粋なる肉体による暴力の解放を意味していた。
――この後、正社員専用ウォーターサーバーを巡って、上司たちがどのような「密なコミュニケーション(物理)」を取らされることになったのか。哀れな彼らの末路は、あえて語るまい。
ちなみに山田君は転職に成功し幸せな生活をエンジョイしてます。めでたしめでたし