パチンコ・スロット100物語   作:しこ太

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「今、受け継ごう。歴々の主任の力を!」

 

 

 

平社員から主任へとめでたく出世した期待の後輩を引き連れて、ベテラン主任の木村はホールを徘徊していた。

 

今日は新米主任のための現場研修。

それを象徴するように、今日の木村のズボンのポケットは完全に空っぽだった。代わりに、新人主任である後輩の胸ポケットの中には、ある「禁断の神器」が重々しく収められている。

 

――『遠隔操作スイッチ・通称万発券』。

それは1日3回までという厳格な使用制限を課された、主任以上にのみ使用を許された神の奇跡。

 

ひとたびそのボタンを押せば、対象の台からたちどころに1万発の出玉を強制的に吐き出させるという、ホール支配のための究極兵器であった。

 

「おい、後輩」木村はインカムの位置を直しながら、鋭い眼光を島へと向けた。

「そのチカラは、決して遊びで使っていいもんじゃねぇ。見極めるんだ。ホールと客が、お互いに最大限のメリットを活かせる瞬間をな」

 

「はぁ……。具体的には、一体誰に使えばいいんですか?」

緊張でガチガチの新人主任は、ポケットのスイッチにそっと手を当てながら尋ねる。

 

「馬鹿野郎!!」木村の叱咤が飛んだ。

「思考を放棄するな! 自分の頭で考えろ!」

 

「ひっ、ええと……じゃ、じゃあ!」

後輩は慌てて辺りを見回し、ライトミドル機の島で頭を抱え、今にも泣き出しそうな顔でハンドルをまわしている男を指差した。

「あの1000回転も大ハマりして苦しそうにしているお客さんでいいですかね? かわいそうだし……ポチッと」

 

「ブブー」木村は冷酷に腕でバツ印を作った。

 

「残念。完全なる不正解だ」

 

「えっ? なんでですか!?」

後輩が目を丸くする。

 

「お前、自分の口元にあるのは飾りか?」

 

木村の言葉に、後輩はハッとして自分の顎に伸びるマイクに触れた。

「あ、インカム……」

 

「そうだ。まずはモニタールームに繋いで、あの客の正体を見極めろ」

 

「は、はい! ……こちら遠隔01。モニタールーム、どーぞ」

後輩が恐る恐るインカムのスイッチを入れる。

 

『はいはい、後輩君。どうしましたか?』

インカムから、モニタールームにこもっているオペレーターの気の抜けた声が返ってきた。

 

「現在、72番台で1000回転ハメ込んでいるお客さんの、本日の詳細な投資状況を教えてください」

 

『72番台ポチポチ、1000回転ハメ込む? ……いやいや、データチェックしたけど、今日うちにそんな猛者(もさ)は来ていませんよ?』

 

「えっ???」

後輩が呆然と受話器……ではなくインカムを押さえる。

 

木村はフッと冷たい笑みを浮かべ、哀れむように後輩の肩を叩いた。

「お前はな、あの客の『悲壮感の演技』にまんまと騙されたんだよ。あの客はな、前のお出かけ帰りの客が『900回転』まで育てて絶望して捨てていった台を、ほんのさっきハイエナのごとく拾っただけだ。そこからたった100回転回しただけで、あたかも『0回転の最初から、俺一人のチカラと血尿を流すような苦労でここまで1000回転育てあげたんだ』と言わんばかりの被害者面をして、俺たち店員にアピールしてんだよ」

 

一呼吸置き、木村のパチンコ哲学(超理論)がヒートアップしていく。

「いいか後輩! 熟年離婚した子持ちの女性と結婚したってなぁ、その子供がすでに成人してりゃ、あとは子供から援助してもらうだけのイージーモードなんだよ! 本当にゼロ歳児の夜泣きから付き合って、血反吐を吐きながらリアルタイムで莫大な養育費を払い続けてきた『本当の父親(前任者)』がかわいそうだろうが!! 苦労の横取りに奇跡の万発を授けてどうする、この大馬鹿野郎!!」

 

「な、なるほど……! 奥が深すぎる……!」

前任者の苦労と子育ての真理を謎の角度から説かれ、新人主任の後輩は、感動のあまり危うくその場に膝をつくところだった。

 

「ちっ、しかたねーな」

木村は大きくため息をつくと、鋭い目をさらに細めた。

 

「あんま使いたくない裏技だけど、アレやるか。後輩、よく見ておけよ」

 

木村はターゲットの客の後ろへ静かに歩み寄ると、その肩をトントンと軽く叩いた。

「お客様、固定遊戯なさってますね? 当店ではハンドルを固定しての遊戯は条例により固く禁止されていますので、ただいまをもちまして出玉はすべて没収とさせていただきます」

 

「はぁ!?」

言いがかりをつけられた客は、椅子がひっくり返らんばかりの勢いで立ち上がり、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

「ふざけんじゃねえぞ! こっちは1000回転もハメ込んで大損してんだわ!! やめさせるってんなら、今すぐ今までの金を全額返せよ、オラァ!!殺すぞ!!」

 

「ひえっ……!」怒号の凄まじさに、一歩後ろにいた後輩は縮み上がる。

(ヤバい、大修羅場(バトル)が始まるぞこれ……!)

 

しかし、木村は全く動じなかった。客の猛抗議を完全にスルーしながら、おもむろに台のハンドルへと手を伸ばす。

そして、ハンドルと筐体の隙間に挟まっていた「固定用のコイン」を器用に指先で弾き飛ばした。

 

「あ、すみません。私の勘違いでした。固定されていませんね。どうぞそのまま遊戯をお楽しみください」

木村は何事もなかったかのように、爽やかな営業スマイルを浮かべて手を広げた。

 

客は拍子抜けしたように口を突き出し、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「……ったく。わかりゃいーんだよ、わかりゃあ!」

 

客が再び椅子にドカッと腰掛けたのを確認し、木村は後輩を手招きして島から一歩下がった。

 

後輩は冷や汗を拭いながら、小声で木村に詰め寄る。

「木村さん、いいんですかあのままで……。あんなにキレられて、あっさり引き下がっちゃって」

 

木村は何も言わず、制服の胸ポケットからタバコを一本抜き取ると、規約違反も顧みずにおもむろに口へとくわえた。

 

火をつけ、紫煙を細く吐き出しながら、冷酷な笑みを浮かべる。「いいんだよ。――奴の『羽』は、たった今殺しておいた。あの台は二度と羽ばたけねぇよ」

 

「え……?」後輩が言葉の意味を理解するより早く、数メートル先から悲痛な叫び声が上がった。

「――っ!? おい!! ハンドル回しても玉が全く出ねーぞ!!」

 

さっきの客が、今度は筐体をガタガタと揺らしながら叫んでいる。

「おい、店員!! ちょっと来いよ!!」

 

「はーい、ただいま」

木村はタバコを揉み消し、サッと営業用スマイルを貼り付けて客の元へと駆け寄った。

 

上皿を覗き込み、わざとらしく小首を傾げる。

「あー、これ、完全に壊れてますね。当店では遊戯中トラブルによる出玉の補償は一切行っておりませんので、あしからず。お疲れ様でしたー」

 

「はぁああ!? ふざけんなよ!!」

 

一秒の猶予も与えず、木村はそそくさとその場を立ち去った。

後ろからは客が「金を返せ!」「警察呼ぶぞ!」と狂ったように喚き散らす声が響いてくる。

 

後輩は早足で歩く木村の背中を追いかけながら、必死に尋ねた。

「き、木村さん、本当にほっといていいんですか!? いくら店内が爆音でうるさいって言っても、あの客の声、デカすぎてめちゃくちゃ目立ってますよ! 他のお客さんが不審に思いますって!」

 

木村は歩みを止めず、呆れたように隣の後輩を睨みつけた。

「はぁ……。だからお前、その口元にあるインカムは何の為についてるか考えろって伝えただろ?」

 

「あ……」

 

木村はおもむろに自分のマイクのスイッチをオンにすると、冷徹な声で指示を飛ばした。

「こちら遠隔02。今すぐホール全体のスピーカーのボリュームをMAXにして、『残酷なテーゼの天使』を島中に流しとけ。クレーマーの声を完全に潰せ。……ついでに、エバァのライトミドル機の島のベース電圧を『5%』上げろ」

 

インカムから、モニタールームのオペレーターの軽快な声が返ってくる。

『はーい、かしこまりー! ボリューム最大、電圧5%アップね! ポチッと!』

 

 

次の瞬間、ホール中に脳を揺らすような爆音のアニソンが鳴り響き、クレーマーの怒号は文字通り「一瞬で消滅」した。

 

さらに、電圧が上がったことでエバァの島が一斉に派手な光を放ち始め、お通夜状態だった島はちらほら当たりが出だしてお祭り準備状態へ移行し、怒っている客の姿など、誰も気に留めなくなった。

 

「す、すげぇ……。完璧なコントロールだ……!」

万発券という直接的な力を行使せず、心理戦、規約、そしてホールのシステムそのものを完全に掌握してトラブルを無力化した木村のプロの手腕。

 

新米主任の後輩は、その圧倒的な背中を見上げ、ホールの支配者への道をまた一つ学んだのだった。

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