設置台数ゼロの『スマスロ・デビル、悪魔の奇跡』のイベント初日。
開店一時間前だというのに、ゴールドの正面入口はいつにも増して狂気に満ちた養分どもの熱気でごった返していた。
同時刻、店内では新店長・木村による全体朝礼が厳かに執り行われていた。
「えー、今日から一週間、我が店舗の命運を賭けたイベント日が始まります。いつにも増してお客様が多いので、皆さんいつも以上に頑張ってください。……ですがその前に、我が社の経営方針を従業員の皆様は覚えていますか? そう、SDGsです!!」
突如としてパチンコ屋の朝礼に飛び出した地球規模のキーワード。
従業員たちが困惑する中、木村は悲しそうに首を横に振った。
「可哀想なことに、後輩君が全治一週間の『電波過敏症』になってしまいました」
「えっ!?」
列の先頭にいた後輩主任が、訳が分からず飛び上がって周りを見回した。
五体満足、健康そのものの彼が一番驚いていた。
「ですが、私達は仲間として彼を絶対に見捨てません!」
木村の凄まじい目力が後輩主任に突き刺さる。
その瞬間、すべてを悟った後輩主任はビシッと直立不動の姿勢をとった。
「ハイ! 苦しいです!!」
「彼の為、持続可能な未来の為に、今日から一週間、入店されるお客様からはスマホ、撮影出来るカメラ、そしてボイスレコーダーを全て預かってから遊戯してもらいます。これらの機器から発生する悪質な電波は、後輩君を苦しめます!! 持続可能な社会! 従業員皆様の協力を是非ともお願いします!」
木村が言い切るや否や、後輩主任はどこからか取り出したアルミホイルを頭に厳重に巻き始めた。
こうして従業員の健康を守るという大義名分のもと、客から通信機器をすべて強奪して入店させるという前代未聞の暴挙がスタートした。
「なんだよスマホ没収って。前代未聞のクソ営業だよ」
入口でスマホを手放したタカシが不満げにぼやく。
しかし、隣を歩く一ノ瀬はフッと鼻で笑った。
「まぁ、いいじゃねぇか。帰る時に『画面が割れてたぞ』とか難癖つけて、店から数万カツアゲするプランが立てられる。むしろ好都合だ」
並び順一桁台という神番を勝ち取った二人は、お目当ての『スマスロデビル』の島へと意気揚々と乗り込んだ。
だが、そこにあったのは昨日までの景色とは全く違う、禍々しい鉄の墓標の並びだった。
「……あれ? 兄貴、デビルがないっすよ!」
「まぁいーや、別に悪魔が打ちたかった訳じゃねーしな。俺達のモットーは『打ちたい時に、打ちたい台を、好きなように打ち続ける』だ!」
一ノ瀬は、何食わぬ顔で設置されている3台の『ガソダムseed』の真ん中へ、タカシは7台設置された『エバGOD』へとそれぞれ着席した。
タカシの台は、打ち始めてわずか投資1kで奇跡的にATを射止めた。
「うはぁ! 出る出る!」
木村の裏での遠隔操作が火を噴いているのか、あれよあれよという間に2400枚のエンディングを迎える。
「あーあ、でもこの機種、仕様上ツラヌキ要素が無いからこの後どーしよ……」
通常時に戻った画面を見つめ、タカシは腕を組んだ。
「……よし、久しぶりにアレやるかなー。ちょっと恥かしいんだよなー」
タカシは椅子の位置を正すと、いきなり立ち上がり、ホール中に響き渡る大声で叫んだ。
「――僕は、エバンゲリオンパイロット、山瀬タカシです!!」
魂の咆哮からの、渾身のレバーオンだ!! ドヤ!!
プチュん。
「えっ!?」
スピーカーから轟音が鳴り響き、画面が漆黒に染まる。木村店長がモニタールームで「ツラヌキ遠隔レバー」を最大まで引き絞った瞬間だった。
「引いたった! 引いたった! あかん奴を引いてもーたぁあ(歓喜)!」
タカシは脳汁を爆発させ、狂喜乱舞した。
「やったー! 兄貴に自慢してこー!」
タカシは小走りで、一ノ瀬が打っているガソダムの島へと向かった。
そのころ、一ノ瀬の周りには、なぜか大量の常連客(ギャラリー)が人だかりを作っていた。
その中心で、一ノ瀬は複雑な表情で『ガソダム?』のレバーを叩いていた。
「……懐かしいな。A+ART、ボーナス確率は全設定共通。ならARTにぶち込んじまえば、引き次第でこっちのもんだ。……だがよぉ、あきらかに台の中身が違うが、まあ楽しいから俺はいいがな」
一ノ瀬は、ガソダムの液晶画面に映し出される、どう見ても
『マヴラヴ・トータル・イクリプソ』の戦術機がパタパタと駆け回るシュールな画面を凝視した。
すると、何を思ったのか、右隣の台の奴がキョロキョロと挙動不審に周囲を見回し、
なぜか「第3停止ボタン」から押して通常時を消化しだした。
変則押しだが、なぜかペナルティ音は鳴らない。
(ワンアウト……。ちっ! そんな挙動不審なことしたら周りに中身がバレるだろうが!)
一ノ瀬が心の中で毒づいた、その時だった。今度は左隣の奴がビッグボーナスをぶち込み、消化しだしたのだ。
ジャラジャラジャラジャラ!!!あろうことか、メダルレスの「スマスロ」であるはずの下皿に、本物の鈍色に輝くメダルが滝のように吐き出されていく。
(ツーアウト……! どいつもこいつも、本当に使えねえな。俺みたいに『スマスロガソダム打ってます』ってスマートに演じきれねぇのかよ!)
周囲の冷や汗をよそに、一ノ瀬は堂々と貸出ボタンをプッシュした。ジャラジャラと下皿に出てきた本物のメダルを、
手づかみで豪快に「スマスロ(中身は5号機)」の投入口へ流し込む。
(スリーアウト!!!)
どう考えても完全アウトの無法地帯。だが、周囲を囲むギャラリーたちは、誰一人として騒がず、静かに「見て見ぬふり」を貫き通していた。
なぜなら、この令和の時代に、このジャパンの片隅で、あの「5号機」が合法的に打てるのだ。
楽しかった、あの良き時代。集まった客たちはみんな、目の前の「ガソダム(マヴラヴ)」が打ちたくて、文句ひとつ言わずにおとなしく順番待ちをしていた。
そこへ、タカシが意気揚々とやってきた。
「兄貴ー! ガソダムはどーっすか! ……って、あっ、これマヴラ……」
ハッと危機を察知したタカシは、一ノ瀬の目が据わる前に、無理やり大声で歌いだした。
「ラ――燃え上がれー! 燃え上がれー! ゴールド――!!」
どうにか誤魔化し、現場のバレは免れたかと思われていた。
だがしかし、本当の問題は……ホールの外、遥か遠くの場所でおきていた?
都内某所。電卓の音だけが虚しく響く、警察管理の姥捨山――
「遊技機情報センター」。
「課長、ゴールド旗艦店のスマスロから、見たこともない深刻な通信エラーデータがきています……!」
顔をパンパンに腫らした同僚が、青ざめた表情で、これまた顔をパンパンに腫らせた課長に報告した。
昨日、新しく配属されてきた身長2メートルの化け物・広瀬から、純粋すぎる暴力の「コミュニケーション(上下関係)」を叩き込まれた二人の顔は、原型を留めないほど膨れ上がっている。
「痛い……痛い……いたいー!!」
デスクに突っ伏したまま顔を押さえ、涙を流して痛みに震える課長は、エラー画面を一瞥する気力すらなく、腫れ上がった口を歪めて叫んだ。
「そんなエラーデータなんか、もうほっとけ!! それより早く、食堂のウォーターサーバーから氷水をくんできてくれ!」
令和xx年
データセンターの監視機能は、広瀬の拳によって完全に沈黙していた。
だが5号機は死滅していなかった。