「敵将討ち取ったりぃぃー!!」
どたどたとけたたましい足音を響かせ、一人の男が事務所のドアを蹴り破るようにして飛び込んできた。
ここは、業界の片隅で細々と息をする弱小スロットメーカー。
営業マンは肩を激しく上下させ、額から滝のような汗を流しながら、事務所の全員に向かって喉がちぎれんばかりに叫んだ。
「あの世界的大型版権! 『忍者カメーズ』を、米国の本家エンターテインメント『タートル社』から! 正式に使用許諾を勝ち取りましたぁあ!!」
その瞬間、静まり返っていた事務所は一転して、割れんばかりの歓声に包まれた。
社内は一気にお祭り騒ぎと化し、営業マンは社員たちに揉みくちゃにされる。
やっとだ。本当に、やっと掴んだ光だった。
今や国内の人気アニメや漫画の版権は、豊富な資金力を持つ大手メーカーに根こそぎ抑えられている。
海外に活路を見出すしかなかった弱小メーカーにとって、これは奇跡だった。
初老の社長は涙を流しながら、営業マンが命懸けで掴み取った成果を噛み締めていた。
震える手で、英語でびっしりと書かれた使用許諾の書類を受け取り、一枚目をめくる。
「……ん?」
社長の眉が不自然にピクリと跳ね上がった。
【条項1:映画本編の映像および音源は、別会社が権利を排他的に保持しているため、本許諾の範囲外とし、一切の使用を不可とする】
(映画の映像が、使えない……?)
嫌な予感が背筋を駆け抜ける。社長は慌てて二枚目をめくった。
【条項2:テレビアニメ版の音声、およびキャラクターデザインは、別会社が権利を保持しているため、一切の使用を不可とする】
(アニメのキャラデザも、あのノリノリの声も、全部不可ぁ!!?)
社長は祈るような気持ちで三枚目をめくった。
そこには、こう書かれていた。
【結論:今回、貴社に許諾する使用範囲は――
『忍者カメーズ(Ninja Kameez)』という版権名、アニメオープニング曲、および『亀の甲羅マーク』の3つのみとする】
「名前と曲と、マークだけだとぉおおお!!?」
社長の絶唱が事務所に冷水を浴びせた。
キャラクターの絵すら出せないスロットの、一体どこが『忍者カメーズ』なんだ。
ただのプラスチックの塊じゃねーか。
営業マンにブチ切れそうになる社長。だが、寸前のところでぐっと拳を握りしめ、怒りを強引に飲み込んだ。
そりゃそうだ。今回の版権取得のために会社が用意できた予算は、わずか100万円。
この極小予算の中で飛び込みで無理やりアポイントを取り付け、ろくに英語も話せない中、身振り手振りで必死に交渉してきた営業マンに、文句などつけられるはずもなかった。
こうして、無理難題のバトンが開発チームへと渡されたのだ。
「版権名はインパクトがあるからいいとして、使用出来るのがオープニング曲と亀のマークだけか……」
開発部長は腕を組み、ふむと顎をさすった。
「どーするか。……よし、決めた(パクろう)」
この弱小メーカーの開発の意思決定プロセスの速度は、とにかく速かった。
なぜなら、開発者は部長一人しかいないのだから。
半年後。パチンコ屋『ゴールド旗艦店』の店内。
「最近お気に入りのドキ沖を、今日も打つぞー」
「打つぞー」
一ノ瀬とタカシはいつものようにスロットコーナーを歩いていた。
「ん?」
30パイのドキ沖の島に、見慣れぬ台が1台だけぽつんと設置してあるのに一ノ瀬が気づいた。
明らかに、筐体の見た目はドキ沖そのものだった。
だが、本来なら美しいハイビスカスが鎮座しているはずの場所に、なぜか白黒の『亀の甲羅マーク』が不格好につく。
タカシが露骨に嫌そうな顔をした。
「なんだよコレ。見るからにヤバいクソ台じゃないっすか」
「馬鹿野郎!」
一ノ瀬の目がギラリと据わる。
「あきらかに面白そうじゃねーかよ」
一ノ瀬は吸い込まれるように席に座り、メダルを投入して打ち始めた。
0ゲームから打ち始めて、わずか21ゲーム目。
(んっ……! 今、一瞬リールが遅れた……!?)
一ノ瀬が違和感を覚えた刹那、台のスピーカーから、音質は悪いがやたらと発音のいいネイティブで野太い叫び声が鳴り響いた。
「カワバンガー」
遅れてピカッ! と筐体の亀の甲羅マークが激しく点灯する。
同時に、7を模した不格好な亀図柄が自動でリール上に揃った。
そして、チープなスピーカーから脳を震わせる爆音で、あの海外アニメのオープニング曲が流れ出した。
Teenage mutant ninja kameez!
Teenage mutant ninja kameez!
(ティーンエイジ ミュータント 忍者カメーズ!以下略)
一ノ瀬は、ただ甲羅が光って曲が流れるだけの筐体を凝視したまま、ガタガタと手を震わせた。
「なんだよコレ……!」
やがてボーナスを消化し、至福の余韻にひたる一ノ瀬。
「なんなんだ、この圧倒的な中毒性は……」
たまらず次のレバーを叩こうと、マックスベッドボタンを押した、その瞬間だった!
「カワバンガー」
またしてもスピーカーから、あの汚い音質で無駄に発音のいい声が響き渡る。
今度は台枠の右側にひっそりと表示されていた、甲羅を背負った後ろ姿の女の子のデザインが神々しく輝きだした。
「カメちゃんランプ」点灯。怒涛の1G連である。
そして再び流れてくる、おなじみのオープニング曲。
Teenage mutant ninja kameez!
Teenage mutant ninja kameez!
そう、この台には版権の関係上、たった1つの曲しか搭載されていないのだ。
連チャンしようがフリーズを引こうが、ひたすら同じ曲がループする地獄のトランス状態。
中身の仕様は完全にドキ沖と1ミリも変わらないパクリ台。しかし、この狂った仕様が一ノ瀬の癖(へき)にダイレクトに突き刺さる。
さっきまでクソ台だと馬鹿にしていたタカシが、羨ましそうに一ノ瀬の台をガン見していた。
……数時間後、閉店間際。
データランプを叩き出した結果。隣の普通のドキ沖を打っていたタカシは、ヒキが爆発して「大勝ち」。
対する一ノ瀬の忍者カメーズは、のらりくらりとした展開で「チョイ勝ち」に終わった。
だが、闘いを終えた二人の顔を見比べると、その満足感は天と地ほどに違っていた。
大勝ちしたはずのタカシの顔はどこか虚無で、チョイ勝ちの一ノ瀬の顔は、カメーズの幻聴が聴こえるほどに満たされきっていた。
タカシは一ノ瀬の袖を引っ張り、情けない声を出す。
「兄貴……僕もあの亀さん打ちたいよー。カワバンガ言わせたいよー」
「しかたねーな。明日、朝イチから並んで確保するぞ」
そして次の日。
気合を入れてゴールドの列に並び、開店と同時に島へと突撃した二人は、目を丸くした。
「あ、あれ……?」
なんと、昨日まで1台しかなかったはずの『忍者カメーズ』が、2台に増殖していたのである。
木村店長が、稼働率を見て、他店から強奪してきたのだ。
ここに、一ノ瀬たちの専用の「神(亀)台」が、名実ともに爆誕したのだった。