とあるゴールドの特定イベント日、俺が対峙していたのは、大当り確率399分の1のマックススペック――それも、牙を剥けば一瞬で全てを毟り取る
『一種二種混合機』のモンスターマシンだった。
サンドに諭吉を叩き込み続け、脳がじりじりと焦げるような焦燥感に包まれていた、その時だ。
「何なの!もう何なの!!」静寂を切り裂くような、けたたましい歓喜の悲鳴。
視線を向けると、斜め向かいの島に座るババアが、液晶画面を狂ったように指さしていた。
相当な額の現金を突っ込んでいたのだろう。
ババアは「どうだ!」と言わんばかりに、これ見よがしに周囲を見渡し、誇らしげにドヤ顔を浮かべている。
(うぜえな、クソババアが……)内心で毒づきながら、早く通常時に戻れと呪いをかけていた、その直後だった。
ババアの様子が急変した。「ちょっと! なんで!? 玉が出ないんだけど!?」ババアの顔から血の気が引いていく。
画面はすでに、右打ちを指示するド派手な「Vを狙え!」の演出に突入している。
しかし、ババアがいくらハンドルを捻ろうが、発射口から玉が飛び出す気配は一切ない。球詰まりか、それともハンドルの接触不良か。
「店員! ちょっと店員!!」ババアの声が店内に響き渡る。だが、爆音のホールにおいて、その声は虚しく掻き消された。
呼び出しボタンを押しても、ランプが虚しく点滅するだけで、店員が来る気配はない。
(おいおい、ヤバすぎるだろ……)俺の背筋に冷たいものが走った。
打っているのは一種二種混合機だ。規定の時間内に、開いたアタッカーへと玉を叩き込み、内部的な「V」に入賞させなければ、大当りの権利そのものが消滅する。
迫り来るリミット時間。液晶のカウントダウンが非情にゼロへと向かっていく。
ああ。店員は、間に合わなかった。
液晶画面は無慈悲にも「通常画面」へと巻き戻る。悪夢の「V入賞パンク」の完成だった。
「意味わかんないイイイ!!」案の定、ババアが狂ったように切れ散らかした。
遅れてやってきた不運な平社員の店員に、鬼の形相で掴みかかる。
「ねぇなに!もうなんなの! 当たってたのよ!? ワタシ女なんですけど!!」
店員の腕を掴み補償補償とさわぎたてるババア
「申し訳ございません、お客様……! 規約上、いかなる理由があろうとも、出玉の補償はできかねます……!」
店員は平謝りを続けながらも、マニュアル通りに補償を拒絶する。
その手は素早く動き、ババアの台のハンドルをいじって調整を済ませた。カチリ、と音がして、右打ちができる状態へと「なおす」。
だが、俺の目は誤魔化せなかった。その店員、頭を下げながら、泳ぐような視線で【チラチラと監視カメラに目を向けている】のだ。
インカムのスイッチを握りしめる店員の指先が、微かに震えていた。
口元がかすかに動く。『――助けてください、主任……!』
声にはならぬ、しかし必死のSOS。監視カメラの向こうにいる、ホールの絶対権力者への命乞い。
パンク騒動による警察沙汰や、ネットの炎上を恐れた「上」の判断が、その瞬間に下されたのを感じた。
ババアは「二度と来るかこんなクソ店!」とぶつくさ文句を言いながら、怒りの矛先をぶつけるように、何故か光輝きだしたハンドルを捻って通常時を【1回転】まわした。
――ドゴォォォォォン!!!その瞬間、鼓膜を突き破るような爆鳴音と、全回転にも勝るド派手なレインボーの光がホール全体を包み込んだ。
「――っ!?」俺は目を見開いた。手元のアサヒスーパードライ(ホールの自販機で買ったやつ)を落としそうになった。
あり得ない。絶対に、あり得ない。1/399のマックススペックが、パンク直後の、たったの【1回転】で引き戻すだと?
確率に直せば、天文学的な数字だ。確信した。
今、あの監視カメラの向こうから、光ファイバーの回線を通じて、確実に『ナニか』が台へと注入された。
ババアは「ほら見なさいよ!わたし女なんですけど!」と再びドヤ顔で右打ちを始めている。
俺はただ、震える手で次の諭吉をサンドに入れながら、ホールの深すぎる闇(光」を凝視することしかできなかった――。