「こいつを……こいつを助けてやってください!」
ずぶ濡れの雨合羽に身を包んだ自衛隊員が、焦燥しきった顔で「被災者」をブルーシートの敷かれた臨時救護所へと運び込んできた。
白衣を着た専門家が、泥水にまみれたその体にそっと手を当てる。だが、すぐに重苦しい表情で首を横に振った。
「……ダメだ。そいつはもう助からない。黒(ブラック)だ」
冷酷なトリアージの宣告と共に、無情にも黒いタグがくくりつけられる。すぐさま、次の患者が慌ただしく運び込まれてきた。
「会長の命令通り必要とされてる奴らだけ助けてこい!ん? こいつはみんなに必要とされている、もちろん赤だ!!」
赤色:第一優先(最優先・危篤状態だが処置により蘇生可能)
黄色:第二優先(次点・重傷だが容態は安定)
緑色:第三優先(保留・軽傷)
黒色:第四優先(対象外・死亡、または救命不可能)
突如として関東の一部地区を襲った、未曾有の大災害『局地的大雨災害』。
水没被害が発生するやいなや、大富豪・ゴールド会長は迅速に行動を起こした。地元の知事に凄まじい政治的圧力をかけ、超スピードで自衛隊を災害派遣させたのである。
だが、勘のいいガキ(読者)なら、もうお分かりだろう。あの強欲の化身たるゴールド会長が、純粋な人道的対応などするわけがなかった。
自衛隊が泥水の中から決死の覚悟で救助させられているのは、人間の命ではない。大雨で被災しているゴールド店舗の「パチンコ台」と「スロット台」の救助活動だったのである。(もちろん価値のある台のみ)
臨時の救護所として強制的に借り受けられた地域のイベント会館には、次々と水没した遊技機が運び込まれていた。
「これは『スマスロ・デビル、悪魔の奇跡』か……!」
専門家が筐体の内部基盤を覗き込む。
「完全に冠水している。本来なら状態は『黒色(対象外)』だが……こいつはホールの稼ぎ頭だ! 稼働貢献84週!赤色(最優先)だ! はやく処置しろ!!」
怒号が飛び交う戦場のような救護所に、さらに2台のスロットマシーンが運び込まれてきた。
ずぶ濡れの雨合羽を着て、1台35キログラムもある巨体を泥まみれになりながら担いできたのは、二人の青年――自衛隊に混じり救助活動にボランティアとして参加していた、一ノ瀬とタカシだった。
「は、はやく……! こいつを助けてやってくれ!」
一ノ瀬が台をブルーシートの上へと慎重に下ろす。
専門家は、その筐体のパネルを見て怪訝そうに眉をひそめた。
「ん? ……『忍者カメーズ』? なんだこれは、こんなクソ台いらねーだろ。そいつは黒色だ(対象外)」
「……え?」タカシが顔を青ざめさせた。
「黒色って……どーゆう意味ですか?」
「対象外だ! もう助からん(動かん)!」
「待ってくれ!」一ノ瀬が専門家に詰め寄った。
「せめて電気ショック(電源オン)をしてから判断してくれ!」
「ダメだ! 他にも被害者はいっぱいいるんだ! 全ては救えない!」
あまりの残酷な現実の前に、二人は呆然と立ち尽くすしかなかった。
『忍者カメーズ』――全国設置台数、わずか12台。そのうち、この被災地区のゴールドには、奇跡的に木村店長が増台した「2台」だけが設置されていた。
「ごめんよ……ごめんよ、亀さん……」
タカシの目から涙が溢れ出た。
「僕たちはなんて無力なんだ……」
一ノ瀬は何も言わず、ただ拳を白くなるほど強く握りしめていた。脳裏に、このクソ台と過ごした楽しかった思い出が走馬灯のように蘇る。
特に印象深いのは、タカシと二人で並んでレバーを叩き、お互いに同じ主題歌をループさせながら「万枚」を出した、あの奇跡の夜のこと――。
その時だった。通電していないはずの台の亀マークが、一瞬だけ点灯した気がした。
「……どーした、何か伝えたいのか?」
一ノ瀬とタカシが引き寄せられるように、耳を台のスピーカーへと近づけた。微かに、発音のいい電子音声が漏れ聞こえた。
『タスケテクレテ……アリガト……』――プツン。
そして不気味なほど静かになる台。一ノ瀬とタカシは悟った。こいつらはもう助からないのだと。
大粒の涙を流しながら、タカシは言った。
「……あいつ、カワバンガ以外も搭載してたんだね……」
完全に意気消沈し、膝をつく二人。だがその時、静まり返った救護所に、すべてを吹き飛ばすような大声で怒鳴りつける男がいた。
「――おい! そんなとこでへこたれてるんじゃねぇ!!」
ハッとして振り返ると、そこには泥まみれの作業着を着たプロのドカタの佐藤、そして首をカマキリのように傾げたカマキリを筆頭に、ゴールド常連の面々がズラリと立ち並んでいた。
「まだ救える命(台)が、大雨の中に残ってるんだろ!!」
佐藤の激しい叱咤が響き渡る。
「俺たちの愛した台が泥水に溺れてんだ! 泣いてる暇があったら、一台でも多く引っ張り上げてやるのが打ち手の義務だろ!!」
常連たちの熱い魂、そして失うわけにはいかない「我が推し台」への執念。その言葉を受け、一ノ瀬とタカシの死んでいた目に、瞬時にギラギラとした野生の生気が宿った。
「……あぁ、そうだな」
一ノ瀬はフッと不敵な笑みを浮かべ、雨合羽のフードを強く引いた。
「クソジジイ(ゴールド会長)の命令なんざ知るか。俺たちは、俺たちの打ちたい台(クソ台も含む)を救うだけだ!」
「よし、行くぞ野郎ども!!」
一ノ瀬の号令の元、タカシ、佐藤、常連客たちが一斉に拳(鎌も)を突き上げた。
各々がこれまで散々金をブチ込み、脳汁を出し、共に闘ってきた愛おしき台たちを救うため、彼らは再び激しい大雨が吹き荒れる濁流の街へと、猛然と突撃していくのだった。