ザー!ザー!
大雨の中、休みになるのは薄々わかっていたが仕事真面目な『純日本人』であるプロドカタの佐藤は仕事現場に向かっていた。
だが案の定、ゲリラ豪雨により、今日の仕事は休みになった。
佐藤は、泥水に塗れたスマートフォンでその連絡を受けると、フッと無骨な顔を歪めた。
「ちっ、現場が流れちまったか」
佐藤は作業着のポケットから手慣れた手つきでタバコを取り出し、口にくわえる。そして、愛車の軽トラックのハンドルを、迷うことなくパチンコ屋『ゴールド旗艦店』に向けて力強くきりだした。
「現場はなくなったし、今日は何を打つか……」
雨に煙るワイパーの向こう、ギラギラと輝くホールのネオンが見えてくる。
「よし、旧台の『陸物語』にでもするか。トイレに近いし、角台に決めた」
早速ゴールドに到着し、ドカドカと重い足音を響かせながら陸物語の角台まで行くと、そこは見るも無残に台の周りが汚されていた。
空のペットボトル。それに、吸い殻が山盛りになった灰皿(なぜか時代に逆行するゴールドでは、紙巻きタバコが今でも完全OKなのだ)。
「汚えな……。片付けるか」普段の現場なら他人のゴミなど見向きもしない佐藤だが、一度打つと決めた戦場において、快適な遊戯を妨げる障害はすべて排除する主義だった。
「ったく、どこのどいつだ、こんなに汚しやがってよ」
備え付けのおしぼりで台を拭き上げ、ふとデータランプを見上げる。500回転、本日の大当り回数は「0」。
佐藤の目が、長年コンクリートの基礎を見つめてきた職人のそれに変わった。
「……だが、お前は俺の為に、どんなに前の客に汚されても、処女(初当たり)だけは誰にも許さず守り通したんだな」
男のゴツゴツとした太い指が陸物語の盤面を、まるで最愛の女の肌を愛しむように優しくなでる。
席に座り、いざハンドルを握って感触を確かめようとした、まさにその時だった。カチャリ、数玉のパチンコ玉が勝手に発射されたのだ。
「んっ? 下皿に少し玉が残ってたのか。まぁいいや」
佐藤は1万円札をサンドにぶち込み、本格的に打ち始めた。すると、投資わずか1k(1000円)で、ネズミ群が画面の液晶を埋め尽くし、あっさりと確変大当りを射止めたのである。
そこから、怒涛の勢いで止まらない連チャンが始まった。
「ハハッ、最高だな! 久しぶりの大勝ちだぜ!」
上皿から溢れる玉をドル箱へ流し込み、ルンルン気分でレバーを……ではなくハンドルを握っていた、まさにその時。背後からドス黒い影が二つ、佐藤の視界を遮った。
ガラの悪い二人組の男たちだった。
「おい、おっさん!! その台は、俺がキープしていたんだぞ!!」
佐藤はハンドルを固定したまま、心の中で冷めたツッコミを入れた。
(こいつらは一体何を言ってるんだ? ゴミしか置いてなかったぞ。あの数玉がキープの証かよ)
大当りの消化と脳汁の分泌に全神経を集中させたい佐藤は、二人組を完全に無視して前を向き続けた。
すると、無視されたことに激怒したもう一人の男が、両方の拳を顔の前で激しく打ち鳴らした。
「21歳!!拳で分からせるぞコラァ!! 日本語が分かんねーのかよテメー!!」
凄まじい威嚇。しかし、佐藤のプロとしての直感が告げていた。
(うるせーな、コイツらの顔の造形は……あきらかに純真な日本民族、それもただの『チー牛』の作りをしてやがる。よし、久しぶりにアレやるか)
佐藤はハンドルから手を離すことなく、ボソッと低い声で呟いた。
「……チョーセン。俺は、半島民族朝鮮人様だ。日本語は難しくて、あまりよくわからん」
「「っ!?!?」」
その瞬間、ヤンキーを気取っていた二人組の目が見開かれ、顔から一瞬で血の気が引いた。
さあ、ここからはパチンコ屋特有の、恐怖の連想ゲームの始まりである。
【パチンコ】、そして【朝鮮】。この二つのキーワードが合体したとき、養分どもの脳裏に次に来る言葉は――
【本物の裏社会の住人】以外に存在しなかった。
佐藤はさらに追い打ちをかけるように、作業着の重いポケットから、普段現場のコーキングや壁紙剥がしで使っている、ガチの業務用ナイフをおむろに取り出した。
ガバ!革の袋から鋭い金属刃が露出する。
「このナイフ、めちゃくちゃよく切れるアルネ」
(あ、いけね。この語尾は中国人か。まぁいいや、同じアジア圏、兄弟国だしバレやしねぇだろ)
佐藤はギラギラとした目でナイフの刃を見つめ、不敵に笑った。「死にたいやつから、順番にクルネ!誰から死ぬアル?」
そして、トドメの一言。地元の禁句のを口にする。
「ちなみに……俺のケツ持ち(バック)は、あの狂った『瀬の一族』だぞ。一ノ瀬、片瀬、広瀬のな。知らねぇとは言わせねぇぞ」
『瀬の一族』――その最凶の悪名が出た瞬間、二人組は「ひぃっ!?」と短い悲鳴をあげ、ガタガタと膝を震わせながら、脱兎のごとくホールの通路を駆け抜けて逃げ出して行った。
「ったくよ、邪魔しやがって」
佐藤はナイフをポケットに収めると、再び愛おしそうに陸物語のハンドルを握り締めた。
「俺はこれから、この生娘(きむすめ)だった陸物語を、出玉まみれの本物のオンナに仕上げてやるのに忙しいんだよ」
大雨の音がアニソンの爆音にかき消されるホールで、プロのドカタは今日も、己の血肉を削り取った玉の山を築き上げていくのだった。
ちなみに余談の余談だが
佐藤は婿養子。そんでもって旧姓は横瀬であるのだった。