「漢は背中で語るもんだぜ」
「……かっこいいなぁ」
アパートのブラウン管テレビの前で、タカシはVシネマの世界にどっぷりとハマり込んでいた。
画面の向こうで銃煙を燻らせる極道の生き様に、脳のネジが数本吹き飛ぶほどの衝撃を受けたのだ。
「俺もあんな漢になりたい……!」
次の日から、タカシの壮絶な「漢道(おとこみち)」が始まった。タバコは根本までは絶対に吸わず、途中でもみ消す。
そして屋内だろうがホールだろうが漆黒のサングラスを常時装着。事あるごとに、低く渋い声で決めセリフを吐くようになった。
その様子を横目で見ていた一ノ瀬は、呆れたようにタバコをふかした。
「タカシのやつ、本当にすぐに何にでも染まるなぁ」
タカシはすかさずサングラスのフレームを中指で押し上げ、背中を向けてポーズを決めた。
「へっ……兄貴、漢ってのはな、言葉じゃねぇ。背中で語るもんだぜ!」
一ノ瀬は容赦なく突っ込む。
「早速、思いっきり言葉で語ってるぞ」
「あっ……」指摘されたタカシは途端に顔を真っ赤にし、もじもじしながら恥ずかしそうに下を向いた。
「まぁ、漢はさておき自分のプライドは大事にしようぜ」
一ノ瀬の適当なエールを都合よく解釈したタカシは、その足でシワシワの「一万円札」を握りしめ、スロットコーナーへと向かっていった。
「漢は黙って一万円勝負……!」
威勢のいいセリフだが、悲しいかな、彼の全財産がちょうど一万円だっただけの話である。
「漢はデータなんか見ない……!」
常連の『佐藤』や『カマキリ』がデータ表示器を凝視する中、タカシは前だけを見つめ、適当に一番近場にあった『ヂャグラー』の席にどっかりと着席した。
漢のレバーオン!!
「おりゃ!おりゃ!おりゃ!おりゃ!ペカレ!?」
……………現実は甘くない。千円札が次々と吸い込まれ…――そして、ラスト千円を投入!
「頼む…。」……………ペカっ!!
奇跡が起きた。告知ランプが、暗闇を切り裂くように神々しく「ペカッ」と輝いたのである。
「よしっ……!」
タカシは漢の渋さを演出しながら、リールに7を狙って見事に揃えた。ファンファーレが鳴り響き、いざビッグボーナスが始まる――という、まさにその瞬間。
無情にも、タカシの手元の持ちメダルはジャストで尽きていた。
「…………」あまりの状況に、タカシはおもむろにポケットからタバコを取り出して火をつけた。
そして、漢のルール「根本まで吸わない」など完全に忘れ去り、フィルターが焦げる根本レベルまで必死に吸い込んだ。
「どーしよ……!! 金が無い!! ボーナスが、1ゲームも消化できない!!」
焦り狂った漢は、そそくさとその場を立ち上がると、一ノ瀬の元へと全速力で向かっていった。
休憩所のソファで寝そべって漫画を読んでいる一ノ瀬の前に立つと、タカシは無言で哀愁漂う背中を見せつけた。
一ノ瀬は漫画から目を離さず、ため息をついた。
「金が尽きたか? 悪いが、俺ももう手持ちの金がないんだわ」
「そんなぁ!?」
背中で語るのを諦めたタカシは、トボトボと絶望の面持ちでスロットの島へと引き返した。
漢道が音を立てて遠ざかっていくのを感じながら、足元に落ちているメダルを探し出す。
漢道から最も遠ざかる行為――
いそいそと床や下皿の隙間から数枚のメダルを拾い集め、恥を忍んでヂャグラーに投入する。
だが、そこから繋がったボーナスがなんやかんやでヂャグ連の波に乗り、あれよあれよという間に「2000枚」のメダルへと化けた。
もちろん、拾った分のメダルはそのままそのへんに転がしておく。(……後に続く漢たちの為にな……)
タカシは心の中で渋く呟いた。
下皿を満タンにしたタカシは、現金なもので、すぐにサングラスをかけ直して不敵に笑った。
「よし、次は漢は黙ってスマスロだ」
2000枚の貯メダルを手に、タカシはゴールドの魔境『スマスロ・デビル、悪魔の奇跡』の島へと移動し、勝負を再開した。
しかし、悪魔の吸い込みは異常だった。どんどん減っていく持ちメダル。そして、持ちメダルが完全に壊滅しかけた、まさに最後の「3枚」を投入したレバーオン。
プチュん。画面がフリーズし、最強の確定役が降臨した。
「よっしゃあ確定役ぅうう!! これが俺の、漢道よぉお!!」
タカシは思わず直立不動でガッツポーズを決めた。だが、悲しいことに、スマスロはここからが地獄だった。
確定役を引いたものの、そこから本格的なATの準備状態を回すためのメダルも、サンドに入れる現金も、彼の財布には1円すら残っていなかったのだ。
「あ、あれ……? 回せない……っ!」
焦るタカシ。スマスロは床のメダルを拾っても投入口が存在しない。現金じゃなきゃ、ATスタートまでを始められないのだ。
ちょうどそこに、液晶の光を浴びて歩いてくる巨大な影があった。素のただのデブに戻った片瀬だった。タカシはプライドを捨てて駆け寄ったが、当然、バカの片瀬に背中で語ったところで1ミリも伝わらない。
タカシはサングラスを剥ぎ取り、口頭で必死に頼み込んだ。
「片瀬! 頼むから千円だけ貸してくれ!!いや、貸してください!」
すると、片瀬はニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、太い指をタカシに突きつけた。
「おっ、漫画で見たど! 『ウジシマ君』だど! 金を借りるなら、まずはオデに向かって、床に頭を擦りつけて土下座しろど!!」
タカシは歯を食いしばり、悔しさに身を震わせた。
「はやくするどー♪」
片瀬は懐から千円札を取り出すと、意地悪くそれを床へ放り投げる。
「くっ……!!」
タカシは屈辱に顔を歪めた。漢のプライドか、それとも実利を取って床に這いつくばって千円を拾うか。
顔を真っ赤にしてプルプルと激しく震えるタカシ。
プライドとATへの渇望が脳内で激しく衝突する。、ついに誘惑に負けて、片膝を床についた――その時だった。
「タカシ――っ!!」
ホールの爆音を突き破る、鋭い声が響いた。ハッとしてタカシが振り返ると、そこには、肩を激しく上下させて息を切らした一ノ瀬が立っていた。
なんと彼は、タカシのために全速力で家まで走り、自分の部屋から金を取ってきたのだ。
一ノ瀬は片瀬を押しのけるようにタカシの前に立つと、汗ばんだ手で握りしめていた一万円札を、タカシのポケットへと無造作に強引に突っ込んだ。
「……闘いは、漢の仕事だろ?」
一ノ瀬が不敵に笑う。
「あ、あにぎぃぃいいい!!!!」
タカシはサングラスの奥から涙をボロボロと流し、漢のプライドなど全て忘れて大号泣しながら感謝した。
そんな熱いドラマを目の前で見せつけられた片瀬は、パチパチと大きな手を叩き、ちゃっかりと小悪党ムーブから態度を豹変させ、何食わぬ顔で友情の輪に加わろうとしてきた。
「へっ、いいもん見せでもらったど! オデは最初から分かってたど、二人の熱い友情をよぉ……!」
感動の押し売りのような空気が漂ったその時だった。さっそうと、驚異的な低姿勢の一匹の『カマキリ』が駆け抜けた。
そして、片瀬が床に放り投げて放置されていた「あの千円札」を、恐るべき俊敏さで鎌でパクッと挟みこむとそのまま島の奥へと消え去っていったのだ。
「あっ!? まってくれどぉおおお!! オデの千円札だどぉおお!!」
片瀬は慌てて巨体を揺らしながら、カマキリを追いかけ消えていった。
タカシはそんなマヌケな光景を背中で無視し、涙をグッと拭って、一万円札をサンドに投入した。
漢の背中には、もう迷いなど一切なかった。
『漢道 完?』