近年の金・銀の歴史的な高騰は凄まじかった。
世界的なインフレと地政学リスクを背景に、主要な貴金属の取引価格は連日のように最高値を更新し続けている。
この状況に目をつけたのが、ネット上で投資術を語りたがる「自称情報強者」たちであった。
彼らが目をつけたのは、あろうことかパチンコ店の『特殊景品』である。
「景品のプラスチックケースをバラして中身の金(ゴールド)を地金屋に売れば、差額で大儲けできる」
そんな浅はかな書き込みを真に受けた者たちが、都内のホールを巡って特殊景品をかき集め、ハンマーを片手に自宅の作業机に陣取ったのだった。
しかし、この特殊景品という存在の生い立ちは実に複雑である。登記上、あるいは流通経路の書類を遡ると、これらは事実上の「輸入品」という扱いになっている。
元となる金属は、アフリカの某国で産出されたものだ。しかし現地では精錬されず、採掘された状態のまま東南アジアの某国へと輸出される。
そしてその輸出先のアジアの工場で、現地の職人たちがハンマーを使い、手作業で四角い四方体に叩いて整形するのだ。
仕上げにプラスチックの密閉容器に封入されるわけだが、ここで現地労働者のモラルという壁が立ちはだかる。
チビインゴットを封入する内、4個に1個分は確実に彼らのポケットにしまい込まれるのだ。
いわゆる「ポッケナイナイ」である。
日本に届く前から、その中身はすでにスカスカだった。
そんな裏事情を露ほども知らない情報強者の男は、作業机の上で鼻息を荒くしていた。
「よし、早速ハンマーで叩き割るぞ!」
男は全財産をはたいて交換した、10万円分の特殊景品を並べた。カキィン! バリン、バリン!激しい音を立ててプラスチックケースが砕け散る。
男はピンセットを使い、慎重に破片を取り除いて中の金属板を数え始めた。
「ん……? おかしい、足りないぞ!!」
割ったケースの総数から計算して、金の板は「20枚」なければ絶対に計算が合わない。
しかし、目の前にあるのはどう数えても「15枚」しかなかった。
「15枚しかない……大赤字だ!!」
パニックに陥った男は、すぐさま景品を交換したパチンコ店にクレームをつけたが、
店側は「破壊された景品については一切取り合えない」と一蹴。
当然、バラバラになったプラスチックの死骸と金属板を隣の景品交換所に持っていったところで、窓口の老女が耳を貸すはずもない。
中身の入っていない特殊景品のケースなどあっていいのか。これは詐欺ではないのか。
憤慨する男を尻目に、本紙記者はこの奇妙なシステムの正体を探るべく、業界に通じる有識者に意見を求めた。
ビルの雑踏、路地裏の喫煙所で取材に応じた有識者の男(一ノ瀬氏・仮名)は、紫煙をくゆらせながらニヤリと笑った。
「そもそもよ、特殊景品っつーのは中身が金だろうが何だろうが、何でもいいんだよ」
一ノ瀬氏は、壊れたケースを抱えて途方に暮れる情報強者の背中を見やりながら言葉を続けた。
「あのプラスチックの塊自体に価値があるんじゃねえ。最終的に、出玉を合法的に現金に変えられる『三店方式というシステムそのもの』が機能してればいいんだよ。それが回ってりゃ、ホールも客も、おまけに警察も、みんなハッピーセットさ。中身が空っぽだろうが交換所のババアが買い取ってくれりゃ、それで成立してんだわ」
男はタバコを携帯灰皿に揉み消すと、最後に記者を鋭い目で見つめた。
「まあ、記事にするならぼかして書けよ。偽の特殊景品とか作り出す奴が出てきたら記者さん消されちまうぞ…」
そう言い残すと、有識者は記者の手から取材料の一万円札を鮮やかに奪い取った。
そして、ファンファーレの電子音が鳴り響くホールの喧騒の中へと、さっそうと消えていった。
残されたのは、予算外の痛い出費を強いられた記者と、法の隙間で回る巨大な経済システム、そして中身の足りない金板を前に呆然と立ち尽くす「情報強者」の姿だけだった。
(経済部記者・筆)