「す~ぅはぁー」
現在、ゴールド旗艦店では犯罪者が出没していた。
一ノ瀬とタカシは、ホールの隅にある自動販売機の前で、缶コーヒーを片手に深刻な表情で話し合っている。
彼らの視線の先には、ある一人の男がいる。
「なんだあいつ、ありえないわ」
一ノ瀬がタバコの煙を吐き出しながら、不快感を露わにする。
「本当に気持ち悪いね。僕たちは禊(みそぎ)がちゃんとすんでるけど奴はダメだね。」
タカシもサングラスの奥の目をこれ以上ないほど冷酷に細めていた。
二人が狙いを定めている男のあだ名は、『タマ蹴り』。
元サッカー部。
それも全国ベスト12にも入る強豪校の補欠2軍メンバーだったという。
入部当初はエース格として期待されていたものの、そこから成長は一切せず、シューズなどの道具にばかり無駄に金をかけてどうにか実力を誤魔化してきた――
という、心底どーでもいい情報をタカシがどこからか仕入れてきたため、その不名誉な名前で呼ばれることになった。
奴がこのホールで働く事は、たったひとつ。しかし、それだけにタチが悪い「一点突破型犯罪」だった。
ターゲットは、店内にいる可愛い女の子。その女の子が席を立った瞬間、タマ蹴りはハイエナさながらの俊敏さでその台へと滑り込む。
そして、台を確保するやいなや、まだ温もりの残るイスのシートに鼻を近づけ、『深く、深く深呼吸』をするのだ。
その後、カモフラージュのためだけにメダルを投入し、1ゲームだけレバーを叩いてすぐさま別の台へと移動していく。
本当に気持ちの悪い、全女性の敵。それがタマ蹴りという男だった。
「仕方ねえ……。俺達でこのホールを守るぞ」
一ノ瀬が低く呟いたその時、タマ蹴りが早速次のターゲットを見定めるべく、首をキョロキョロと動かし始めた。
シマの奥で、一人の若い女性が下皿のメダルを箱に移して席を立つ。タマ蹴りの目が「にちゃぁ!!」とギラついた。
奴は音もなく背後に忍び寄り、女性が去った瞬間にイスへ鼻を近づけようとする。
その時、背後から一ノ瀬とタカシが猛烈な勢いで忍び寄り、大音量で声を張り上げた。
「よう変態!」
ビクゥッ!
と金玉を蹴られた訳でもないのにタマ蹴りの背中が跳ね上がった。
自分の悪行が完全に白日の下に晒されたと悟った男は、イスに鼻が触れる直前で身を翻し、猛スピードでホールの通路を走り去っていった。
「逃がすか変態!」
タカシが叫び、二人はすぐに走って後を追いかける。
だが、悲しいかな、奴は腐っても強豪校の元サッカー部二軍。道具で誤魔化していたとはいえ、基礎体力としなやかな足捌きは健在だった。
ドル箱を積んだ狭い通路を網をくぐるようにすり抜け、二人の距離をぐんぐんと引き離していく。
「はぁ……はぁ……! クソ、速ぇ! 仕方ねえ、言葉で奴を止めるしかねえ!」
一ノ瀬が息を切らしながら作戦変更を告げる。
「そうだね兄貴! アレをブチかまそう!」
二人は走る足を少し緩め、息を合わせてお腹の底から叫んだ。
「「せーの……ジェイガン!!」」
その瞬間、猛ダッシュしていたタマ蹴りの身体がガクンと硬直した。
「!! ジェ、ジェイガンだと……!?」
タマ蹴りは信じられないものを見る目で足を止め、息を荒くしながら振り返った。
ゲームの初期お助けおじさんキャラであり、序盤は強い武器で無双するも、レベルアップしても全く成長せず結局ベンチを温めることになる代名詞――
まさに自分のサッカー人生そのものを撃ち抜くそのワードは、奴の精神にクリティカルヒットしていた。
タカシがサングラスのフレームを指で押し上げ、ここぞとばかりに追撃の言葉を浴びせる。
「何年もサッカー部に君臨するも、結局1軍には上がれず、何も得ず……! しまいにゃ、女が座ってたイスでクンカクンカだ!!」
プライドの核心を完璧に抉られたタマ蹴りは、顔を真っ赤にして拳をプルプルと震わせた。
「と、取り消せよ……! お前にサッカーの何が分かる!」
激昂するタマ蹴り。だがその脳内では、なぜか奇妙なバグが発生していた。
(アレ、もしかして今の俺って……理不尽な包囲網を突破してゴールを目指す、主役のエースじゃね?)
そんなタマ蹴りの様子を見て、一ノ瀬は心底ゴミを見るような目を向けた。
「クズ野郎だな、選手がコレじゃ監督も全国トップとれねぇよ」
「ヤメロ!」
タマ蹴りは声を荒らげ、トコトコと一ノ瀬たちの方へ向かって歩いて戻って来た。
その無謀な進軍を、タカシが鼻で笑う。
「はぁ……銀のヤリ(高級シューズ)がなければ何もできないジェイガンだね」
「ヤメロ!! お前らに監督のナニが分かる!」
再び核心を突かれて叫ぶタマ蹴り。
しかしその脳内は、完全にアドレナリンに支配されていた。
(いま俺……めちゃくちゃ輝いてる!)
スポットライトを浴びたダークヒーローの気分に浸る変態に対し、一ノ瀬はタバコを吐き捨て、極めて冷酷なトーンでホールの鉄則を突きつけた。
「パチンコ屋に来てるなら、パチンコを打たなきゃ生きる価値なしだぞ」
一ノ瀬のその声が合図となった。
「そうだ!」「ふざけるな!」
と、異様な熱気を感じ取って集まっていた周囲の男客たちが、一斉にタマ蹴りの身体を取り押さえた。
「うおっ!? アレ、何か……?」
がっちりと両腕を固められ、ホールの床に這いつくばるように組み伏せられたタマ蹴りは、戸惑いの声を漏らした。
(何か想像してた展開と違う……)
タマ蹴りの耳に、遠巻きに見ていた客の女性たちのヒソヒソ話が冷たく届く。
「うわぁ……ジェイガンだって……」
「やだぁ、奴の能力低すぎ……なんでパラディンなの……」
そして、タイミングよくホールに滑り込んできた警察官たちによって、タマ蹴りはそのままあえなく連行されていくのだった。
ホールの治安は完全に守られた。
そして一ノ瀬とタカシは連行される哀れなジェイガンの背中を見送りながら、次の大当りを目指して自分の台へとジグザグサンバを決めるのだった。