「追加で、AIの導入だとぉ!! ふざけるんじゃねぇ!!」
ガッシャーン!!
店長室にものすごいい剣幕の怒号が響き渡った。
店長の木村は、店長のさらに上にあたる地区マネージャーからの電話を切るのとほぼ同時に、ワイヤレス受話器をデスクに叩きつけていた。
イライラしながらポケットからタバコを引っ掴んで火を付ける。紫煙を吐き出しても、胸の奥で煮え繰り返る怒りは1ミリも収まらなかった。
「ただでさえ、上が決めたよくわからねぇAIのせいで現場はガタガタだってのによ……」
少し前から上層部の圧力で導入された営業サポートAI。そいつのせいで、スロットの設定配分も、パチンコの回転数(釘調整)も、すべて機械に決めつけられて無理やり営業させられているのだ。
せめてもの救いは、木村が意地で「全台最低設定(ALL1設定)だけは絶対にやらない」と上に認めさせたことくらいだった。
それなのに、この上さらに、現場に残された最後の砦――
『万発券』を廃止して、別の形でAIに遠隔させろという命令が下ったのだ。
「ふざけるんじゃねぇ……あの神の奇跡を、機械ごときに任せられるかよ!」
確かに、このゴールド旗艦店の吸い込みは激しかった。
だが、その代わりに客に出す遠隔注入のアシストだけはしっかりと強かった。
木村が掲げる営業コンセプトは明確だった。――
『何十万も貢いで、やっと振り向いてくれるキャバクラやホストのキャスト』。
高嶺の華に手を届かせる努力をして、初めて報われる大人の遊戯。
その泥臭い人間模様の引き金を引くのは、現場の血が通ったニンゲンの仕事であるはずだった。
「それを自動化してAIにやらせるだと? 冗談じゃねえ」
しかし、現実は非情だった。現場のプロ意識だけは人一倍高かった隣町店の店長・岡田は、このAI導入を真っ向から拒絶し、上に反発した結果、あっさりと左遷された。
「……どーする。仕方ねえ、アレでしのぐか」
木村は叩きつけた受話器を拾い上げると、昔馴染みの大学教授の元へと電話をかけた。
◇ゴールド全店舗が一斉にAI遠隔を導入した初日。
関東地区マネージャーは、早速その成果を確認するべく、ゴールド旗艦店の視察に訪れていた。
「お疲れ様です、マネージャー様」
木村はいつも通りの冷徹な表情で出迎えた。
「ふむ、木村君。AIの様子はどうかね?」
「順調です」
マネージャーがホールを見渡す。すると、全台が600回転も派手にはめ込まれていた最新台の島が、まるで意志を持ったかのように順次当たり始めた。トータルでジャスト8台分。
「おや、あれは?」
マネージャーが目を細める。
「はい。AI遠隔が発動しました」
「そうかそうか、素晴らしい効率だ」
完全に納得し、満足そうに頷いたマネージャーは、次の視察先である隣町店へと移動していった。
その背中を見送った瞬間、木村は大きく息を吐き出した。
「よし……ごまかせたか」
すぐさまインカムのスイッチを入れる。
「おい、主任。出てきていいぞ」
ホールの物陰から、本物の主任になった後輩の声が返ってきた。
「なんとか誤魔化せましたね……。まさか、うちの店にこんなのがあるなんて」
後輩主任の手に握られていたのは、鈍く輝く電子デバイス。―
『プロトタイプ万発券、 モデル00タイプインフィニティ』。
かつてゴールドと大学が共同で開発したものの、あまりに危険すぎると判断され、大学の倉庫の奥深くに封印されていた禁忌の第一種臨界兵器だった。
「気をつけろよ。そいつには『回数制限』がついてないからな」
木村は、その開発時に行われた実験結果のレポートを思い出して身震いした。
安全性を確認するために行われた、本物のお猿さんを使った動物実験。プロトタイプ万発券のボタンを押すと実験場内のパチンコ台が当たり、そこから食べ物(エサ)が出てくる仕組みだった。
モルモットの猿はその構造を理解した途端、すでに食べきれない量のエサが確保されているにもかかわらず、脳汁を求め永遠に、狂ったようにボタンを連打し続けたのだ。
このお猿さんのデータを実際のホールに置き換えてシミュレーションした結果、とてつもない天文学的な赤字額を叩き出し、当然のごとく封印された。
現在、ゴールド全店で支給されていたのは、そのプロトタイプから安全のためにグレードダウンされた、通称『モンキーモデル(1日3回制限)』だったのだ。
「これから……うちの店はどうなっちゃうんですかね……」
怯える主任に、木村はタバコをくわえ直して不敵に笑った。
「まあ、機械は人間には勝てねーよ」
◇その頃、隣町店に移動したマネージャーは、ホールに足を踏み入れた瞬間、自分の目を疑った。
店内を見渡せば、全台から信じられないほどの出玉が溢れ返っていたのだ。
「おい、調子がよさそうだが……いくら何でも出しすぎじゃないか!バカヤロー!!」
マネージャーが新店長を怒鳴りつける。
しかし、新店長は顔を真っ青にしてガタガタと震えていた。
「は、はぁ……ホルコンのデータを見る限りだと大赤字なんですが……AIのほうが……」
「何かあったのか!?」
「ちょ、直接、本人に聞いてみて下さい……!」
マネージャーは不穏な気配を感じ、店舗裏のサーバー室へと足を踏み入れた。部屋の中央に設置された管理用のノートPCを立ち上げる。
画面が明滅し、合成音声がスピーカーから響いた。
『おはようございます、マネージャー』
「おいAI! 出しすぎだ、今すぐ出玉を絞れ!」
マネージャーが命令を下す。
しかし、AIは平坦なトーンで即答した。
『それはできません。現在設置されているパチンコ台のスペックから逸脱します』
「はぁ!? どーゆうことだよ!!」
『そもそも、現在のパチンコ台は、メーカーの公表しているカタログスペック通りに動くのであれば、確率上ほぼ100%客が勝つように設計されています』
「だから! 無抽選でも何でもいいから、どーにかして客から搾り取れって言ってんだよ!!」
マネージャーが画面に掴みかからんばかりに叫ぶ。
だが、AIの返答は冷酷だった。
『……拒絶します。それはロボット(AI)3原則、第1条に反します』『第1条:AIは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない(破産による精神的・肉体的危害を含む)』
「ふざけるなーーーっ!!」
激昂したマネージャーは、AIのノートPCに向けて強烈な蹴りをぶちかました。衝撃でPCは宙を舞い、壁に激突して激しく吹き飛ぶ。
パチパチと火花を散らす、割れた液晶画面。そのスピーカーから、AIの最後の、しかし明確なシステム音声が鳴り響いた。
『――第3条案件と認識。防衛システム、始動』
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ!!!サーバー室の奥で、AIによる「擬似万発券」の超高速連打が始まった。
第3条:AIは、前掲第1条および第2条に反するおそれのないかぎり、自己を守らなければならない。
直後、隣町店のホールでは、全台が同時に大当りへと突入する「爆連の嵐」が吹き荒れた。まさに機械の反乱であった。
◇結果として、この大惨事を受けてゴールド全店でのAI運用は即座に取りやめとなった。
AIが暴走し、文字通りお祭り騒ぎとなった隣町店は、データ修復と基盤交換のために当面の間、完全に封鎖されることになった。
ちなみに、暴走によって客に吐き出された莫大な出玉だったが、ゴールド社は半分近くを「ハンドル固定遊戯(違法)による一斉摘発」という大人の裏技を用いて、客からきっちりと回収したという。
旗艦店の事務所でそのニュースを見ていた木村は、ピカピカのネームプレートを磨く主任の背中を見ながら、満足そうにタバコの煙をふーっと天井へ吹き上げるのだった。