「ハァ……昔のパチンコ屋は、もっと簡単だったんだけどな」
『ゴールド』の喧騒の中、一ノ瀬 翔(いちのせ しかける)は、液晶画面に映し出される無慈悲なハズレ画面を眺めながら、独りごちた。
令和のパチンコ屋は、すっかり様変わりしてしまった。
スマートパチンコ(スマパチ)やスマートスロット(スマスロ)といった「スマートシステム」の導入により、
かつてホールの主役だったプラスチック製の重たい「ドル箱」は完全に姿を消した。
出玉はすべて電子データとしてICカードに加算され、島(シマ)の景観はすっきりとスタイリッシュになった。
だが、それと同時に失われたものがある。
「店員の数」だ。
ドル箱の交換や運搬という重労働がなくなった結果、ホールを巡回するスタッフの数は劇的に減った。
今や数人のアルバイトがインカムを耳につけ、手持ち無沙汰そうにフロアをうろうろしているだけだ。
「店員が減ったせいで、あの『最強の攻略法』が使えなくなっちまった……」
翔は財布から次の福沢諭吉を抜き取りながら、かつて自分が常勝を誇っていた、スマート化される前の「古き良き時代」のホールに思いを馳せた。
10年前――まだどのパチンコ屋にも銀色の玉が詰まったドル箱がうずたかく積まれていた頃。
駆け出しの新米だった翔の勝率は、現在の比ではないほど高かった。
なぜなら彼には、データロボの履歴や釘の良し悪しなどよりも遥かに信頼できる、独自の「ホール観察攻略論」があったからだ。
当時、翔がホールに入って最初にすることは、台選びではない。
「巡回している店員の役職(クラス)のチェック」だった。
「いいかタカシ、パチ屋で勝つための鉄則を教えてやる」
かつて、軍資金をすべて溶かして半泣きになっていた悪友のタカシに、翔は胸を張ってこう語ったものだ。
「注意しなきゃいけないのは、『バイトが任されている島』は絶対に打っちゃダメだってことだ。
狙うべきは、『主任クラスが常に徘徊している島』。
そこを打てば、余裕で勝てる」タカシは目を丸くして首を傾げた。
「え? なんでだよ。主任の方が厳しそうだし、プロっぽくて怖いじゃん。バイトのお姉ちゃんがニコニコ見てる島の方が、なんか当たりそうな気がするけど……」
「甘い。お前は組織心理学ってやつを何も分かってねえ」
翔は不敵に笑い、そのロジックを説明し始めた。
パチンコ屋の主任ってのは、要するに中間管理職のサラリーマンだ。年収は500万円以上。
彼らが一番恐れているのは何だと思う?
……そう、『負けが込んで狂暴化した客にキレられること』だ」
パチンコ屋の現場は常にヒリついている。
10万ストレートで負けている客は、いつ爆発するか分からない歩くハンマーだ。
理不尽な理由で胸ぐらを掴まれたり、怒号を浴びせられたりするリスクが常にそこにある。
「主任クラスともなれば、長年の経験で『どの島が今、地獄(回収モード)か』を肌で分かっている。
そして彼らは、自分の精神的平穏を守るために、自然と行動が変わるのさ。
――おのずと、遠隔で出まくっている島を担当したがるんだよ」
翔の持論は、こうだ。出まくっている島、つまり「出玉でお祭り騒ぎになっている島」の客は全員、
脳汁がドバドバ出て機嫌が良い。
台を猿のように叩く者もいなければ、店員に八つ当たりする者もいない。
ニコニコとドル箱の交換を頼んでくるハッピーな空間だ。
「だから主任は、自分の権限を使って、おのずと『今めちゃくちゃ出している島』の巡回に自分を割り当てる。
逆に、全く当たりの入っていない、客の殺気が最高潮に達している『極悪回収の島』には、何も知らない哀れなアルバイトの新人クンを盾として放り込むんだよ。あいつらには、キレる客のクレーム処理を押し付けるってわけさ」
つまり、役職持ちの人間が頻繁に行き来し、インカムで頻繁に笑顔でやり取りしている島こそが、お店が今まさに「遠隔(演出)」で出そうとしている聖域なのだ。
当時、その法則に気づいた翔は、主任の後ろをストーカーのように追いかけ、彼が頻繁に足を止めるシマの空き台に座るだけで、面白いようにドル箱を積み上げることができた。
まさに、中間管理職の「保身の心理」を逆手に取った、完璧な期待値の追求だった。
「……それが今じゃ、これだもんな」現実に戻った翔は、静まり返ったスマートパチンコのシマを見渡した。
通路には主任どころか、バイトの姿すらほとんどない。
ドル箱を運ぶ必要がないため、店員は中央のカウンターか、あるいは遠隔室のモニターの前に引きこもったままだ。
人の動きという、最大の「設定開示サイン」が、スマートシステムの導入によって完全に隠蔽されてしまったのだ。
「デジタル化ってのは、これだから困る。客の命綱を奪いやがって……」
翔はガサガサになった財布から10枚目の諭吉を取り出し、貸出ボタンを押した。