前科持ち動画配信者の生活 ~エミヤ、クー・フーリンと留置所で出会う~ 作:みそそ
二人が身を寄せた平屋の主であるお年寄りは、スマホも持っていなければ、当然『ManaTube』なんて一度も見たいと思ったこともない、オンラインの世界とは完全に隔絶された生活を送る人物だった。
泥と返り血にまみれて現れた二人を見ても、お年寄りは眉一つ動かさず、ただ穏やかに微笑んだ。
「おや、エミヤちゃん。随分と汚れて。山で迷子にでもなったんかい? ほら、中に入りなさい。お風呂が沸いてるよ」
画面の向こうの熱狂的な狂信者でも、自分を社会的に抹殺しようとした警察でも、かつての一億再生のトップマナチューバーでもない。ただの『近所の親切なエミヤちゃん』として普通に迎え入れてくれる現実の温かさ。
用意された天日干しの布団の匂いに包まれながら、エミヤは静かに天井を見つめ、心の中で呟いていた。
(……なるほどな。世界に許可を求める必要など、最初からどこにもなかったんだ)
自分が焦ってしがみつこうとしていたマナチューブの再生数も、ネット民の賞賛も、すべては実体のない幻に過ぎなかった。ただ、目の前の誰かにちょっとした安心を与えるだけで、自分はここにいて良かったのだ。エミヤは長い彷徨の果てに、ようやく本当の救い、安らぎを得て、心地よい深い眠りへと落ちていった。
――だが、彼が眠りにつく直前、アカウントを消去する前に確認した「ある通信データ」の記憶が、奇妙な回想として脳裏をよぎる。
エミヤは私刑のスキルを応用し、かつてランサーの動画や自分の動画に、異常なほど執念深く長文の呪詛を書き込んでいた数十のアンチアカウントのIPアドレスを逆探知していたのだ。その結果、判明した事実。
すべての発信源は、冬木教会の地下室――ただ一つの場所を示していた。
「自害せよ、ランサー。貴様の存在は害悪だ」
「なぜ泥をすするのか。自害せよ、ランサー」
夜な夜な、教会の厳格な管理と規律による激務のストレスデトックス...発散として、複数の裏アカウントを切り替えながら、ハァハァと息を荒くして神学的なアンチコメントを打ち込んでいた男。神父・言峰綺礼。
人の不幸でしか笑うことができない歪んだ男にとって、ランサーがゲテモノを食べて吐いたり、警察にカーチェイスの末に逮捕されるニュースを観る瞬間こそが、人生最高の愉悦だった。
(これだけ執拗に恐怖を煽る長文を送り続ければ、いかに不敵な英雄とて、夜も眠れぬほどの精神的苦痛を味わっているに違いない……!)
そんな歪んだ努力を毎晩続けていた神父。
だが、当のランサーはそもそも『コメント欄を1ミリも読んでいない』ため、言峰の涙ぐましいストーカー行為には文字通り「全く気づいていなかった」。
ネットの悪意をアンリマユだと怯え、社会問題だと心を痛め、泣いている誰かのために私刑にまで走って逮捕されたエミヤ。だが、そのネットの悪意の実に7割は、ただのストレスの溜まった哀れなおっさん神父の自作自演、幻に過ぎなかったのだ。
「……フッ、本当にくだらない幻に振り回されていたな」
闇の中で、エミヤは心の底から呆れ果て、そして完全に肩の荷が下りるのを感じながら微笑んだ。
翌朝。
小鳥のさえずりと共に、お年寄りの家の台所からは、小気味よい包丁の音と、香ばしい味噌汁の匂いが立ち上っていた。
「おいエミヤ! 薪割り終わったぞ! これでいいか!」
「あぁ、助かる。だが、割り方が少し雑だ。もっと繊維に沿って美しく断てと言っているだろう。そこをどけ、朝食の仕上げに入る」
マナチューブという巨大なシステムから完全にログアウトした二人。
もう、画面の向こうに命を消費されることはない。朝の清々しい光を浴びながら、彼らはお年寄りのために、最高に美味い朝食を作り始めていた。
彼らの本当のサバイバルは、この現実の場所から、静かに幕を開けるのだった。