4月
一ヶ月前まで日本で高校生してた俺だが、気づいたらトルネオになってた。初めて鏡を見たときはびびった、だって超老け顔なんだもん。これで30代だって言うんだからこの世界は残酷だ。
ちなみにトルネオとは「BLACK CAT」って漫画で生体兵器を作って悪いことしようとしてた武器密輸組織トップのおじさんだ。詳しくは覚えてない。その漫画のヒロインであるイヴを作った人ってくらいかな。
原作では主人公であるトレインにボコられた挙句ラスボスに始末されるという悲しいポジションだ。まあ自業自得なんだけど。
何したらいいか分からなかったので、とりあえず状況を確認してみる事にした。
トルネオの記憶によればラスボスであるクリードとはすでにコンタクトを取っていて、定期的にナノマシン研究のデータを渡している。
更に生体兵器開発計画のトップであるティアーユ博士によれば、殺人兵器「イヴ」が5月中旬には出来るとの事。
ははは、当然のごとくトレインとクリードのダブルパンチルート一直線でござる。
マジでどうすっかなー。俺あんま頭良くないしなぁ。考えてもいい案なんて浮かばねぇだろ。
……ま、好きなようにやるかね。なんで俺がトルネオになったが知らないが、こちとら人生で一番楽しい青春時代を奪われたんだ、少しくらい暴れたってバチは当たらないだろう。
さて、方針としてはまず生体兵器開発計画を「イヴ」開発後、タイミングを見計らって破棄するとともにクリードと手を切り、新たなテーマとして医療用ナノマシンの開発に着手する事かな。イヴは……俺の護衛として育てていこう。どうせ離れて行くのだろうし、適当でいいや。
問題はクリード一派や後ろ暗い組織と手を切る時に口封じで殺されないよう戦力が必要な事と、賞金狙いの掃除屋に注意する事かな。
警察は裏で繋がっているから問題ない。俺が賞金首な件に関しては諦めるしかないから、大人しく警備を強化して掃除屋どもを追い返すしかないか。
クリード一派は道とナノマシンの二つが武器だ。道とは生命力を使って異能を操る技術、だったかな。記憶があやふやだけど、確か飲めば道を扱うことができる薬が有ったはずだし取り寄せて研究するか。
ナノマシンに関してはこちらがリードしてるしそれほど警戒する必要はないな。ただ、ティアーユ博士はイヴを作った後どっかに隠居するはずだからそこからの研究をどうするかだよな。
…………。
よし、ティアーユ博士がいなくなってから考えよう(現実逃避)
5月
AAA(悪事から足洗おうぜ)計画は今の所順調だ。
本当に意外だが、トルネオは部下に好かれるタイプだったらしい。秘書であるフリット君は急な方向転換にも付いてきてくれたし、他の部下たちも聞き分けが良かった。特にティアーユ博士はすげえ喜んで賛成してくれた。これは隠居しないでくれるかな?
有能な部下達に感謝する日々が過ぎ、遂にイヴが完成……いや、生まれた。
姿は中学一年生位のティアーユ博士である。つまり金髪ロリだ。俺的にはロリは銀髪か白髪が好きなので全然惹かれない。色素抜いて出直してこい。
とりあえず一般教育とナノマシンによる変身能力――トランスに関してはティアーユ博士に任せて、護衛の訓練はフリット君に有能な部下を選ばせ教官になってもらう。そしてちょくちょく護衛対象である俺と遊んで親しくなってもらおう。主人公達が来た時助命してくれるかもしんないし。
道の研究は進んでいない。なんとか神氣湯という道の薬湯は手に入れたが、成果は動物に注入すると仮死状態になり数日後死亡する劇薬だという事実だけだ。何これ、間違えて安楽死用の薬を買っちゃった? めっちゃ高かったのに。
このまま成果が出なかったらまずい。……夜逃げの準備をしておこう。
6月
道について嬉しい報告があった。研究員の友人に道士が居たらしく、研究に協力してくれることになったらしい。名前はビスケット=クルーガー。多額な協力報酬を目当てに参加してくれた。……何処かで聞いたことある人だけど気にしたら負けだ。
研究と言っても人道に則ったもので、1日1時間位道を観測させてもらうだけ。後は研究員の質問に答えてもらう位か。
神氣湯の事について聞いてみると、あの薬は長い間鍛錬して初めて使うことができる力を無理やり引き出す薬らしい。死のリスクがあるし、成功しても寿命が縮まるから絶対使うなと注意を受けた。研究材料にしかならないのね、把握した。
ナノマシン研究はティアーユ博士が本気出してるのでドン引きする程度には成果を上げている。その成果はもはや医療に留まらず、ナノマシン一つで家具も建物も食料も何でも作れるに到った。もう裏の仕事から足を洗い始めているのに収入が上がってるってどういうことなんだ。
おかげで部下達はボーナスがガツンと入り、彼女を崇め奉っている。これ彼女隠居したら暴動起きそうなんだけど。なんとか引き止めようと決意した。
後はイヴについてか。うん、彼女はね、そのね。始めの頃からは考えられないくらい感情豊かになったね。
教育についてはモーマンタイだ。強いて言うなら護衛訓練にビスケさんが教官側として(強引に)入ってきた位か。イヴの才能に惚れたらしい。ラッキーだなーと思いつつ訓練を覗いたらビスケさんが無双しててびびった。逆らわないようにしようと思いました。
それは良いとして。
……俺とイヴはちょくちょくオセロとかで遊んでるんだがな?
なぜか分からんが、めっちゃ懐かれた。尋常じゃないくらい懐かれた。
具体的に言うと、予定がなければ俺の部屋に入り浸り、膝に座るわ背中に張り付くわ、何がお前を駆り立てるんだと疑問が溢れるほどにスキンシップをしてくる。
老け顔おっさんの膝に金髪ロリが座る光景を想像して下さい。110番待ったなしですねごめんなさい許してください。被害者なんです、抵抗しようにも俺の方が弱いんで意味ないんです。せめて元の体ならまだ許容範囲なのに。
このままでは銀髪・白髪派の俺が金髪に陥落してしまう。こちとら精神は思春期真っ盛りなんだ、美少女にベタベタされたら嬉しいに決まってるだろうが(半ギレ)
だがしかし今の俺はトルネオ。豚箱には行きたくないので理性と戦い続ける日々が続いています。ダレカタスケテ。
……あ、そういや来月クリード来るや。
7月
クリードがやって来た。
うわーイケメンだなー死なないかなー。俺だって若い頃(4ヶ月前)まではそこそこ整った顔してたんだぞ。今は見る影もないけど。結論、やはりイケメンは死んだほうがいい。
そんな僻み100%な内心を隠しながら対応していると、「それで、イヴはできたのかい?」聞かれたので即座に「できましたが失敗しました」と答えた。「あれは兵器として失敗作です、ええあんな感情豊かに精神ダメージ負わせてくるやつなんざ知りませんふざけんなよマジでなんで怒られて喜ぶんだよ本気で怒鳴ってもビクともしないどころか気力回復してるってあり得ないだろう終いにはよば」と愚痴りまくろうとしたところで止められた。大変遺憾である。最後まで聞いてくれよ。
クリードは不満たらたらな俺を置いて帰っていった。若干早足だったのは俺のせいか。
クリードがきちんと帰ったのを見てから、ビスケさんに会いに行った。クリードの仲間のシキって奴は蟲使いで、蜂に相手へ攻撃させ、刺された相手を操る術を使えるため、ビスケさんに警戒してもらったのだ。
まあ、シキは来てすらいなかったらしいけど。来てたら盛大に歓迎したんだけどな。ビスケさんが。
そして元の日常に戻って一週間、道の研究は詰まった、と言うよりもう終着点なのかもしれない。出来上がった道への対応、それは、その道士より強大な戦力をぶつける事。もはや対策とは呼べない。道を対処するには生命エネルギーに介入しなければならない、そしてそれは現在の科学力では出来ないことが分かったのだ。
短期間にそれだけ分かれば十分だ。そうそう都合よく行かないって訳だな。せっかく研究したんだしそのまま道によって医療関係の方へ続けさせてみるか。
さて、そうなると戦力の確保が急務になる訳だけど、現時点で戦力となり得るのはナノマシン装備を持った警備員達とイヴ、ビスケさんか。正直不安だなぁ。
あ、ビスケさんは道の研究協力は終わったけど、引き続き護衛とイヴの教官役として雇っている。「才能の原石を磨くと山程のお金が貰える。天国だわさ……」とかうっとり言ってた。楽しそうで何よりです。
ともかくクロノスや星の使徒(クリード一派)に対抗できる人物を探さなければ。
……そんな奴いるかぁ?
8月
戦力の確保は諦めた。実力者って大抵クロノスか星の使徒が引き抜いてて、他には掃除屋ぐらいしかいないんだよね。ビスケさんがいるならゴンとかキルアがいるかなと思い探したが見つからなかった。後はもう、神に祈ることにした。
そして朗報だ。イヴが道に覚醒した。ビスケさんに師事してから僅か2ヶ月の早業である。まじかよ。
能力自体はいたって普通の身体強化だけど、ナノマシンで強化された身体がますます強くなったと考えるとやばいと思う。勘とか集中力も増すみたいで、トランスの精度や速さは残像が残る程になった。しかもまだ成長途中らしい。俺は大変なものを生み出してしまったのかもしれない。
あとそろそろティアーユ博士が辞める頃かなって調子を聞いてみたけど、イヴを可愛がるのに夢中で全く聞いてくれなかった。親バカ爆発である。
他に気になることと言えば、最近俺のカーストが下がったことくらいか。ビスケさん、ティアーユ博士、イヴのスリートップである。勝てる気がしない。俺の部下を俺以上に使いこなしているところを見ると泣けてくる。
この世の理不尽に涙を流していたらフリット君が慰めてくれた。フリットマジ聖人。お前の給料上げとくわ。
いや、イヴ、お前は来なくていい。
9月
イヴにどうしてそんなに俺に懐くのか聞いてみた。
曰く、「私と同じ異物だから」らしい。
……これってつまり、この世界にいるはずの無い存在ってことか? イヴは作られた命だし、俺は別の世界から憑依した。なるほど、確かにイレギュラーな存在かもしれない。今いる人の中で唯一の同士が俺ってわけか。確かに懐くはずだな。
何 故 ば れ た し 。
めっちゃビビってたらイヴからさらに爆弾が。どうやらみんな勘付いているらしかった。
以前のトルネオ様と明らかに違う。これは何かあったに違い無い、でも今の方が良いし下手に刺激せずほっとこうぜ! とはフリット君の弁。
気が付かぬは己のみってか。はっずかしぃー……。
大分心にダメージを負っているところにイヴが全身を使って慰めようとしてきたので全力で逃げた。イヴも楽しそうに後を追う。リアル鬼ごっこの開幕である。
必死に中庭を駆ける俺と笑顔でピッタリ後ろを追走するイヴ。これはイジメか? 甚振ってんのか? もう止めてくれよ、死んじゃうぜ、俺が。
そんな時。突然上から声が聞こえてきた。
止まって謎の声へ顔を向けると、7~8mもある塀から青年が飛び降りてくる。金色の猫目でダークブラウンの髪色、左の鎖骨にはXIIIの文字。右手には黒塗りの装飾銃を持っていて――
「おもしれェことしてんじゃん。俺も混ぜてくれよ」
――黒猫さん、キターー!!!
イヴの反応は早かった。
即座に相手の懐に潜り込むと髪で視界を封じつつ右手を鳩尾へ放ち、相手の無力化を図る。その一連の動作は風を切るように俊敏で美しく、さながら虎が獲物を仕留めるかの如く食らいついた。
しかし青年は見えているかのように拳を受け流し距離を取る。そのまま後ろへ身体を流しながら、
銃を、投げた。
「っ!?」
虚を突かれたイヴは反応できず額で銃を受け止めた。鉄と鉄がぶつかり合った音が聞こえ、青年が持っていたワイヤーを引っ張り銃を手繰り寄せる。ワイヤーはグリップ部分に収まり再び銃が右手に戻る。イヴに見事に一撃見舞った青年はしかし、驚愕に目を見開いた。
「額が鉄に……? ……オイオイおジョウちゃん、パイプでも食ってんのか?」
イヴの額は銀色に光っていた。彼女のトランス能力はビスケとティアーユの指導により磨きがかかっており、思考とトランスのラグが殆ど存在しない。つまり、対処法さえ思いつけば彼女に防げない攻撃は無いとも言える。イヴは原作よりも強力な力を持って青年と相対していたのだ。
そして、それ故に、
「トルネオ、逃げて。少ししか時間を稼げない」
青年との実力差がよく理解できた。
「……分かった。ビスケに連絡を入れる、すぐ来るだろう。……イヴ、頼んだ」
「任せて」
イヴが頷くのを確認したトルネオは、全速力で屋敷へ逃げた。幸いなのか、青年は追おうとせずに背中を見送る。
イヴにはその様子が不可解だった。
「あなた、掃除屋さんでしょ? なんでトルネオを追わないの?」
「んー、つい面白そうで出てきちまったけど、実は偵察するだけの予定だったんだよな。深追いして囲まれても嫌だし、おジョウちゃんも気になるし。後でトルネオは捕まえるよ」
そう言って青年はニシシと笑う。その言葉は余裕と自信に満ちていた。先程までイヴ一人しか護衛がいなかったのだから、トルネオを捕える絶好のチャンスだったはずだ。それをしないのは、トランス能力を持っているイヴについての方がよほど興味が引いていたからだろう。目標を達成するよりも、寄り道を優先していた。
つまりは、なめているのだ。実際、それが許されるだけの実力が彼にあるのがイヴには分かった。
――だからと言ってムカつかないわけでは無いのだが。
「……トランス・ ウィップ」
「うおっ、イキナリだなっ!」
イヴは怒りのままに右手に鞭をトランスし横に薙いだ。 青年が体勢を低くし避けると、その背後の木にぐるりと巻きつき真っ直ぐに張る。反動を利用して再び青年に近づきつつ髪を二本のゴム質の手に変えた。
青年が体勢を戻す頃には間合いに入っていた。
「ゴムゴムの――黄金の連弾」
ゴム質の手が目にも留まらぬラッシュを繰り出した。
この攻撃はトルネオが教えてくれたある海賊王を目指す少年の技を自分でアレンジしたものだ。ゴムの反動を利用しての一撃一撃は非常に重く、それが壁のように絶え間なく放たれる。身体強化の道も加わり、イヴが使う技の中でもトップクラスの威力を誇る。
しかし。
弾く。弾く。弾かれる。どれだけ打っても捌かれ続ける。
青年は装飾銃を使って上下左右へ拳を流し、躱し、受け止めて、一撃も食らわず切り抜けていた。
「おジョウちゃん容赦なさ過ぎだろ!!」
「まだ全然余裕のくせにっ!」
「そんなに余裕はねェよ!」
このままやっていてもラチが明かない。
咄嗟の機転で受け止められた片手を髪に戻して腕ごと相手の胴体を巻き、塀へと投げ飛ばした。
イヴは追撃を繰り出そうとするが、その前に青年は空中で綺麗に体勢立て直すと、猫のようにしなやかに着地する。そのまま勢いを利用して塀を登りきった。
「へへっ、このままやり合うのも良いんだが、そうすっとスヴェンに怒られそうだしな。また後で会おうぜ」
銃をしまい胸を張る青年。どうやら退散してくれるらしい。
「……もう来ないで」
「つれない奴だなー」
イヴのそっけない返事に苦笑すると、青年は屋根を伝って去っていった。
姿が見えなくなってもしばらく警戒していたが、本当に去ったと確信するとイヴはふっと力を抜いた。
全く敵わなかった。あの青年が銃を使っていた事から中・長距離では不利と判断し、己の得意な近距離で速攻を仕掛けたが、余裕であしらわれた。それどころか銃を撃たすことすら出来なかったのだ。どれだけ手加減していたのだろう。
今まで自分よりも強い相手はビスケしか戦ったことがなかったので、尚更衝撃的だった。
「あの人はいったい……」
思わず漏れた疑問に、聞き慣れた声が返事を返した。
「トレイン=ハートネット。かつて数多の要人を暗殺し、不吉の象徴として闇の世界に君臨した、伝説の元殺し屋だわさ」
「ビスケさん!?」
驚いて振り返ると、庭の花壇のレンガに座ってビスケが手を振っていた。
地を蹴ってふわりとイヴの前に着地すると、一本指を立てて問いかけてきた。
「それでどうだった、初めての実戦は」
「……正直、天狗になってました。訓練では出来ていた道もおざなりになっていましたし、トランスも有効な変化を思い付かず、生かしきれませんでした。実戦と訓練の違いがよく分か……あっ、数字の9!」
「はい腕立て1000回ねー」
「うぅぅ……」
悔しげに腕立てを始めるイヴを見下ろしつつ、ビスケは話を続けた。
「ま、良い経験になったでしょ。 ブラック・キャットと戦うなんてこと、そうそう無いんだからありがたく思っときなさい」
「そんなに有名な人何ですか?」
「有名なんてもんじゃ無いわよ。実力的には確実に世界で三本の指に入るわさ」
イヴは絶句した。どうやら自分は初戦でとんでもない人と戦ったみたいだ。
そう、そして。
「トルネオも彼に狙われるなんて運が悪いわねー。これは遂に捕まっちゃうかしら。自業自得なんだけど」
そんな人に狙われているのだ、トルネオは。
「……そんなこと、させません」
初めて会った時、優しく頭を撫でてくれた。生まれてきてくれてありがとうと言ってくれた。忙しいのに毎日遊んでくれた。鬱陶しいほどにくっついても拒絶しなかった。色んなことを教えてもらった。
トルネオが世間でどれほどの悪党でも。イヴにとっては世界で唯一の仲間で、父親だった。
だから。
「相手が誰であろうとも、トルネオは絶対守ります」
失うわけには、いかないのだ。
決意を露わにする弟子をみたビスケは、微笑む。
「そうね。私もこの職場を手放したく無いし、可愛い弟子がやる気を出しているんだから、師匠としても一肌脱がないとねっ」
「ありがとうございます、ビスケさん!」
「いいってことだわさ。よし、じゃあ腕立てが終わったらトルネオとティアーユとフリットを呼んで作戦会議をするわよ!」
「はいっ」
返事をしつつ、先程の青年を思い返すイヴ。自分ではとても相手取れないだろう強敵だった。しかし此方の勝利条件は彼を倒すことではなく、トルネオを守ること。それならば、相手がどれ程だろうとやりようはあるはずだ。
イヴは燃え上がる心に身を任せながら呟いた。
「トルネオは、貴方なんかに渡さない」
弟子の男の趣味が非常に心配になるビスケだった。