「中継を切れ! 早くしろ!!」
番組スタッフの悲鳴のような怒号がスタジオに響き渡ると同時に、キャスターの鋭い顔が映っていた画面は無機質なカラーバーへと切り替わった。
スタジオになだれ込んできた武装警察の集団によって、オルタが、そしてランサーとキャスターが次々と拘束され、引きずられていく。
「待て! 彼らを――」
スタジオの袖から飛び出そうとした士郎の肩を、硬質で冷たい感触が遮った。
振り返ると、いつの間にか背後にエルキドゥが立っていた。その美しい緑の髪を揺らし、感情の読めない瞳で士郎を真っ直ぐに見つめている。
「社長からの伝言だよ、エミヤ。『猟犬を死なせたくなければ、一秒でも早く人工臓器を完成させろ』と。……今君がすべきことは、警察と揉めることじゃないはずだ」
士郎は奥歯が砕けるほど噛み締め、向けられた背中に拳を握りしめた。渋々研究所の工房へと戻った彼は、悔しさと焦燥で歪む視界のまま、狂ったようにキーボードを叩き始めた。彼らの命の砂時計が、音を立てて崩れ落ちていく。
――ガタゴトと重い音を立てて走る、警察の護送車の中。
ド派手なアロハシャツのまま手錠を嵌められた二人の前に、書類を持った警察官が立った。
「確認する。数日後にドナー手術が予定されている、個体名『キャスター』はどちらだ」
ついに、この時が来た。キャスターが静かに息を吸い、自らの運命を受け入れて名乗り出ようとしたその瞬間。
「俺だ」
迷いのない、快活な声が車内に響いた。ランサーだった。
「お前……何を言って――」
驚愕に目を見開くキャスターに、ランサーは手錠の鎖を軽やかに鳴らしながら、悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑ってみせた。
「お前に譲るよ、キャスター。……俺は寂しがりやだからよ。残されて、お前がいない部屋で順番を静かに待つなんて退屈で死んじまう。それに、お前の後輩に引き継ぐ研究資料をまとめる作業をここで終わらせたら、先に逝ったスカディの姐さんに怒られちまうだろ?」
「ランサー……」
「いいから、お前はランサーとして生きろ。――じゃあな、相棒」
キャスターは唇を噛み締め、溢れそうになる何かを堪えるように、小声で「……ああ。お前に譲る」とだけ呟いた。
ランサーが連行されたのは、温かいオレンジ色の光が差す施設ではなく、ただ解体を待つための、医療機器の冷たい電子音だけが鳴り響く無機質な病院の暗い一室だった。
一方、田舎の広大な敷地――『影の国』へと戻されたキャスター。
ゲートの前には、タイトな制服を纏ったスカサハが静かに佇んでいた。彼女は戻ってきた青年の瞳に宿る、鋭く静かな知性を見た瞬間、すべてを悟った。
だが、彼女は何も追及しなかった。ただ、目の光を失っていたはずの瞳を微かに潤ませ、深く、包み込むような声で言った。
「お前は……いや。よく帰ってきた、ランサー」
キャスターは、彼とまったく同じ、不敵な笑みを無理やり唇に作ってみせた。
「おう。ただいま、師匠」
二人の戦士の覚悟が、朝の静寂の中に静かに溶けていった。
◇
「これで全ての課題をクリアした。――最終確認を」
士郎の声が静かに響いた瞬間、第三精密工学研究所の大型モニターに、眩いグリーンで『適合率100%・シミュレーション完了』の文字が躍った。
実際の患者を用いた過酷な臨床試験データも、何一つのエラーを吐き出すことなく、完璧な数値で承認されていく。
「やった……! やりましたよ、リーダー!」
「これで、世界中の移植を待つ患者が全員救われる……!」
研究室全体が地鳴りのような歓喜に沸き、お互いに肩を叩き合って涙を流す部下たち。その熱狂の真ん中で、士郎もようやく、数日間にわたって張り詰め続けていた肩の力を抜き、小さく安堵の息を吐き出した。彼らのデータを元に紡ぎ上げた、完璧な機械の人工臓器。
(これで、あいつらをあの白い檻から――自由な世界へ引きずり出してやれる)
そう確信し、士郎が胸の内で小さく微笑んだ、まさにその刹那だった。
部屋の隅にある緊急報道用のモニターが、耳障りな電子音と共に、冷酷な臨時ニュースのテロップを映し出す。
『本日午前、一連の脱走騒動で社会を揺るがしたクローン個体の片方、クー・フーリン・キャスターが、予定通り臓器提供の手術を行い、殉職したことが判明しました』
「え……」
部下の一人が漏らした掠れた声と共に、研究室の歓喜が一瞬で凍りついた。
世界を救う技術が完成した、まさにその瞬間に、ランサーが身代わりとなって引き受けた命の砂時計は、無慈悲に落ちきっていたのだ。ほんの、わずかな時間の差だった。
画面は切り替わり、クローン解放や人道を謳う市民たちのデモ映像や、インタビューが次々と流されていく。
「自分がこういう扱いをされたら嫌に決まってるでしょ! なぜあの若いクローンたちの気持ちを、政府は考えられないのかわけが分からない!」
メガホンを握り、カメラに向かってヒステリックに怒号をぶつける男。その顔には、正義を盾にして他者を攻撃する濁った快感が透けて見えていた。
「家庭内暴力を振るうようなうちのどうしようもない息子よりも、あの暖かい施設で品良く育ったクローンの息子や娘を、うちに養子として迎え入れたかったわ」
悲しげな顔を繕いながら、平然とクローンを「都合の良い商品」として買い叩こうとする親。
「夢にあのクー・フーリンが出てきて、一目惚れしちゃって……。だから助かってほしかったんです」
過酷な解体手術という現実を、ただの刺激的な恋愛ドラマのように消費して綺麗な涙を流す若い女性。
本当に、理由はさまざまだった。だが、誰も彼もが「可哀想なクローンのため」と口にしながら、その実、透けて見えるのは自分たちの倫理的優位性、エゴ、歪んだ欲望ばかりだった。
他者を踏みつけ、マウントを取り合うことでしか自我を保てない外界の、これが剥き出しの本質だった。
「リーダー……発表の、準備を……」
怯える部下の声に、士郎はディスプレイを見つめたまま、血が滲むほどに奥歯を噛み締めた。
救えなかった。世界を救う技術をその手に持ちながら、あのアロハシャツを着て無邪気に笑っていた戦友を。
その絶対的な敗北感と、画面の向こうで繰り広げられる偽善の嵐への激しい嫌悪が、士郎の胸を真っ黒に焼き焦がしていく。
「……すぐにこの技術を発表しろ。メディアを集め、我が社が開発した人工臓器の完全性を誇示し、現行のクローンシステムがいかに非人道的であるかを世界に訴えろ」
その声は、驚くほど低く、凍りつくように冷たかった。
画面の中では、キャスターの死を国家のための「崇高な殉職」と呼んでいる。だが、違う。
(あいつは殉職などしていない。――こんなくだらない、エゴまみれの社会の『犠牲』になっただけだ)
正義の味方は、果てしない無力感をその身に引き受けながら、世界を内側から叩き潰すための次なる戦いへと、静かに歩み出した。