空の墓標にアロハシャツを   作:みそそ

9 / 9
第9話

――それから、少しの時間が流れた。

 

社会的なドナー制度の崩壊に伴い、政府や企業は、かつて消費したクローンたちのデータをすべて破棄した。

 

当然、彼らに「お墓」が作られることなどなかった。社会にとって、彼らはただの交換部品(パーツ)交に過ぎなかったからだ。

 

けれど、自由になったキャスターは、荒野の見えるなだらかな丘の上に、ぽつんと小さな石の墓を建てた。その隣には、いつの間にか、管理人を解任され普通の女性となったスカサハの手によって、もう一つの小さな墓石が並べられていた。

 

土の下には、彼らの一部だったものは何一つ眠っていない。

骨も、遺髪も、すべては他者の血肉となって消えた。そこにあるのは、文字通り「(から)」の、けれど彼らが確かに生きたという(尊厳)だけだった。

 

ある日の夕暮れ。橙色の柔らかな光が丘を染める中、スカサハとキャスターは二人並んで、その墓の前に立っていた。

 

「……なぁ、ランサー。外の世界はクソまみれだが、エミヤの飯だけは美味いぞ。お前にも食わせてやりたかったな」

 

キャスターが手向けたのは、あの脱走の日に二人で選んだアロハシャツのような、これでもかと派手な原色の花束だった。

 

墓石を見つめるスカサハの瞳には、かつて檻の番人だった頃の冷徹さはなく、一人の静かな「師」としての眼差しがあった。彼女は風に揺れる派手な花束を眺めながら、ぽつりと、遠い記憶を紐解くように呟いた。

 

「……私は、あいつのオリジナルが、まだ『セタンタ』と呼ばれていた頃の成長を見るのが、本当に楽しかったのだ」

 

キャスターは何も言わず、スカサハの横顔を見つめた。

 

「奴は私が培ってきた戦闘技術のすべてを、誰よりも早く身につけた。私の人生の中で、最も優秀で、最も誇らしい弟子だった。……あいつが、私を超えた瞬間。私は、奴のことを――」

 

言いかけて、スカサハはフッと自嘲気味に笑い、言葉を喉の奥に飲み込んだ。

 

キャスターは、その「言わなかった言葉」のあまりの重さと、彼女の内に秘められた深い情愛の深さに、一瞬なんて言えばいいのか分からなくなった。だが、すぐに彼らしい、ぶっきらぼうで気のいい笑みを浮かべた。

 

「……今更、何言ってんだよ。あんたらしくねえよ、師匠」

 

「そうだな。今言ったことは忘れろ。私としたことが、少し感傷が過ぎた」

 

「いいって。忘れてやるよ」

 

二人の間に、不思議と心地よい、静かな沈黙が流れる。

キャスターは頭をガリガリとかきむしると、スカサハに向かって、力強く右手を差し出した。

 

「湿っぽいのは苦手だ。ランサーもあっちで『柄じゃねえ』って笑ってらぁ。……まぁ、俺たち生き残っちまった者同士、これからは助け合って生きていこうぜ。これからも、よろしくな、師匠」

 

スカサハはその手をじっと見つめ、それから、かつて革命家だった頃とも、管理人だった頃とも違う、一人の穏やかな大人の女性として、柔らかにその手を握り返した。

 

「ああ。よろしく頼む、クー・フーリン」

 

二人は手を握り合ったまま、お互いの顔を見て、しばらくの間いたずらっぽく笑い合った。

キャスターはそのスカサハの微笑みの中に、かつて世界の美しさを教えてくれた、あの懐かしいスカディ先輩の面影を確かに思い出していた。

 

自分たちの命は、奪われたのではない。先輩たちの、そしてランサーの遺志を背負って、これからこの広い世界を歩んでいくために、今ここに在るのだと。

 

「よし、帰るか。エミヤが飯を作って待ってる」

 

「ふん、そのエミヤとやらのハンバーグ、私もご馳走になるとしよう」

 

夕日の温かい光が長い影を引く中、二人は並んで、新しい自分たちの家へ帰るためにゆっくりと歩き出した。

 

残された二つの小さな空の墓。

その前で、手向けられた派手な色の花束が、自由になった世界の優しい初夏の風に吹かれて、いつまでも、嬉しそうに揺れていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告