俺は軍の正装を着て車を出した。いつもよりも肩に力が入る。今日からいよいよ人生を賭けた教員生活が始まる訳だ。力が入らないわけがない。
今日は先ず教員同士で紹介して、次に入校式、最後にクラスごとに分かれて簡単なオリエンテーションをする。クラス、とは言っても、世間一般の高校等にあるクラスとは似ているようで違う。この学校では軍の部隊編成を真似た編成単位で生徒たちは集う。寄宿舎もそれぞれの編成で異なるし、基本的には四年間その編成で生活することになる。
それらの編成は部隊編成を真似たこともあり、各編成の定員程度の人数で成り立つ。小隊、中隊、大隊の三つの編成となる。この学校では、小隊は凡そ二十から三十人程度で編成され、四個小隊で一個中隊、四個中隊で一個大隊だ。
小隊は学年ごとで振り分けられ、一年生は第一小隊、二年生は第二小隊、という感じだ。各小隊は小隊長が設けられる。小隊を取り仕切る、いわばクラス委員のようなものだ。無論、中隊を取り仕切る中隊長も存在する。そしてそれら中隊を取り仕切る大隊長も存在する。小隊長はクラス委員、中隊長は生徒会役員、大隊長は生徒会長、そしてそれらを補佐する、副小隊長といった、副がつく役職はそのまま副会長とかと考えていい。
何名かの教員はそれら一個大隊と四個中隊と十六個小隊に、所謂顧問として就く。因みに俺は幸いにも顧問に就いていない。面倒だし。
この学校について再確認しているうちに、いつの間にか学校に到着する。
憲兵さんに通してもらってから、本館にはすぐついた。
「ご苦労」
鞄を手に受付に俺が来たと報告し、教官室に行った。とは言っても、騎兵は俺一人なので、中には誰もいない。なんで一人かって?俺が聞きたい。俺がいきなりここに異動したのは、前任者一同が、生憎殉国してしまったからだ。騎兵専攻の生徒たちに山で指導をしている時に、山崩れが発生。二人は生徒を庇って、二人は山崩れに巻き込まれて。悲劇的にも、殉国した騎兵教授四人中二人は、講義なしで暇をしている時に、折角だからと、手伝いに行っていたそうだ。いきなりだったものだから、急遽異動となったのだが、残り三人は遠方にいるので、未だ到着していないらしい。あと数日はかかるという。
そんな訳で、教官室の中は空だ。
俺は教官室の電気を点け、俺の席に座って少し落ち着
「失礼します」
…こうとしたが、突如野太い声が響く。どうやら誰かが訪ねている。
「どうぞ」
俺がそういうと、外から体格のいい男が入ってくる。軍服姿から、おそらくこの学校の教授であることが伺える。
「砲兵教授のグスタフ・フォン・マルクスと申します」
いかつながらも優しい雰囲気を出している彼がそう自己紹介する。
「騎兵教官室の電気が点いていたものですから、つい。少し早めのご挨拶をしようかと」
らしい。
「これはご丁寧にどうも。どうぞそちらに座ってください。今お茶を出しますので」
俺は彼を手前のソファーを指してそう口にした。そして、俺は給湯室に赴こうとする。因みにこの学校の教官室全てに、別に給湯室が付いている。そんな使うかね。
「あ、いや、とんでもない。そんな手を煩わせるわけには」
彼が慌てながらそういう。が、ここで返してしまっては失礼というものだ。
「大丈夫ですよ。まだ集まるまで時間がありますから。紅茶とコーヒー、どちらがお好きで?」
「いや、辱い。では、コーヒーをいただけますか?」
彼もこれ以上断っては失礼と感じたらしく、大人しくソファーに座ってくれた。
「かしこまりました。コーヒーですね」
俺はやかんを火に当て、温まるまでコーヒーの準備をする。フィルターとかこの世界にもあって
さぞかし嬉しかった。お湯が上がるまではまだ時間があるため、その間に彼に顔を出した。貴族名(フゥルスト)は公席でもない限り出さないらしいので、伏せておく。
「マルクス殿、初めまして。今年より騎兵を担当するゲルハルト・フォン・レットウ=フォルベックと申します。」
俺は向かい合う形に座って、そう挨拶した。
「いえ、どうぞグスタフとお呼びください。フォルベック殿」
「それでは、お言葉に甘えて。マルクス殿もどうぞ、ゲルハルトとでもお呼びください」
ファーストコンタクトは、悪くない、そんな気がした。
グスタフさんと遭遇したが、正直大した話はしていない。自身の兵科について説明したり(案外面白かった)、世間話とか、前任者に関する話とか。あとコーヒーを美味いって褒められた。結構嬉しい。地球で無駄にコーヒーに拘った甲斐があった。
作中では、主人公が所属する小隊を担当する顧問として登場し、優しいが怒る時には怒る、潔い中年として描かれる。基本的にはとても優しく、特に家族(妻と子供が四人くらいいる)と弟子たちのことを何よりも大事に思う、そんなキャラクターだ。
実際、今の対面では、彼の優しい太陽の様な性格が滲み出ていた。人としても良く、是非とも友人になりたいくらいに思う。
ここで存外時間を食っちまったもんで、話が終わった後に講堂に向かわなければならなかった。余裕がないわけではなかったため、走らずに済んだ。
で、入校式なのだが、これも大したものはなかった。パウロ学校長の演説もごく一般的なもので、「帝国の盾鉾になる若い卵」とか、「誇り高き帝国士官学校生徒としての心構え」とか、「本校生徒は身分に関わらず皆平等」とか、正直どの学校でも聞ける、そんな内容ばかりだった。
そうやって入校式も終わり、俺は教官室に戻った。そして凄い暇だ。俺別に担当持ってないし、なんか挨拶にくる先生もグスタフさん以来来ないし。あれ、俺って若しかして嫌われている?
にしても暇だ。ということなので、俺は図書館に向かった。騎兵戦術の手がかりになるものはないかという考えからだ。
本校の図書館はそれなりの規模はあり、恐らく軍事関連の書籍、研究に関しては帝国有数の所蔵数を誇るのではないだろうか、的な説明があった気がする。
ちょっとした期待を感じながら図書館に向かうと、流石は名門と感じざるを得ない書籍量に圧倒される。
本棚は天井高く伸び、奥をいくら眺めても終わりが見えない。物凄い量だ。若しかしたら、という感情を抱きながら俺は騎兵関連の棚に向かう。
「…騎兵、騎兵…あった」
歩き始めて二分。俺は漸く騎兵の棚にやってきた。
流石は騎兵。棚が大きい。この中なら使えるものがあるかもしれない。そう思い、俺は適当な本の題名を読んで見た。
「どれどれ…『重歩兵に対する対応の仕方』、『戦列歩兵突撃理論』、『槍兵の攻略法』…」
…ちょっと古いかな。うん。もう少し新しいやつも見てみようか。ね。
「…『騎兵刀が必要な九六の理由(最新版)』、『歩兵無能論』、『砲撃に遭った時の対処法』…」
…?なんかよくわからん広告欄に載ってるクソみたいな本の名前見たいなのもあるな。いや、もう少し探してみよう。な。な?
「…『軍馬育成法』、『騎兵の銃器使用に関する賛否について』、『高地奪還戦に対する騎兵運用論』…」
…先程のよりはマシだな。特に最後のやつなんかは使えそうだ。
俺は使えそうな幾つかの本を借りて、教官室に戻ることにした。
本を持って廊下を渡ると、先の方で何やら揉め事が起きていることを発見した。いや、正確には、いじめか?どちらにせよ、とても良いとは思えない光景だ。取り敢えず止めるとしよう。これでも俺は教員だ。
「そこ!何をしている!」
そう一喝すると、人の群れはバツが悪そうな顔をする。しかし、逃げようとはしない。これはどっちだ?そこまで卑怯なやつではないのか?それとも舐められているのか?
現場に近づくにつれ、詳細が分かりやすくなる。どうやら今日入校したばかりの新入生のようだ。
それにしても、あのいじめられていたやつ、見覚えがあるな。どんなキャラだっけな。もう結構経つからな、やってから。
やっと現場に到着。さて、先ずは聞くか。
「何事だ。説明しろ」
そういうと、(恐らく)加害者側の奴が口を開く。
「いやだなー。ちょっと戯れあっていただけですよぉ?」
彼はヘラヘラ笑いながらそんなことを口にする。
(戯れ合うだぁ?ざけんな!どう見てもいじめだったぞ!)
「ほぉ?とてもそのようには、見えなかったがな」
「そんなことないですよぉ?」
目に見えた嘘をほざけやがって。(恐らく)被害者の男子生徒に聞けばわかるか。
「そこの君、彼が言っていることは本当か?」
すると彼は如何にも理不尽なことに遭ったと言わんばかりの顔で言葉をだす。
「いえ、彼は僕をいじめました」
理不尽ないじめにあっても尚、冷静を保ちながら口を開いた。大した奴だ。にしても声まで聞き覚えがある。
すると今度は、加害者側の生徒が口を開く。
「こいつ、平民のくせにこの俺よりも前を歩いていたんですよ?貴族に見せる態度ではないでしょう?えーと、」
「…ゲルハルト・フォン・レットウ=フォルベック、騎兵担当だ」
彼が俺の名前を耳にした途端、なにやら口が少し緩んだ。恐らく、俺が貴族であるとわかったのであろう。
「ねぇ、先生もわかるでしょ?平民と貴族の違いくらいさぁ」
「…」
(うわぁ、きも。きしょ。なぐりてぇ)
「だから、ちょっと躾けていただけなんですよ、先生」
「…ほう、躾とな?」
「そうですよ。いわば教育。優しいでしょう?先生」
「…」
こいつだめだ。俺は少し考える振りをしてから、俺はため息を吐いて、被害者側の男子生徒を見ながら言った。
「君、一緒に来なさい」
俺の言葉を聞いた加害者側はほくそ笑み、被害者は俺を睨みつける。一応言っておくけど、あれと話しても埒が開きそうにないから被害者に聞くことにしただけだからね?
続かせない