もはや何番煎じかもわからぬオーブ指導者層転生物 作:シチシチ
第十一話
「イジェクション・ポッド?」
「はい」
再開された会議で、シミュレーション担当者が映像を呼び出した。
表示されたのは、午前で嫌となるほどみんなが見た映像。プロトアストレイ型の機体を水中へ沈め、圧壊へ至るまでを早送りした試験結果だった。
深度が増す。
外圧が上がる。
最初に頭部の外装が歪み、続いて胴体部が潰れた。腕部や脚部の外装は変形しているものの、頭部と胴体ほど早くは壊れていない。
「ここです。此処で止めて。最初に圧壊したのは頭部。次が胴体部。実施した132回の対水圧性確認テストの87%で同様の結果が得られています」
「内部空間の違いによる差圧ね」
エリカさんがコーヒーを啜りながら答える。
「はい。例えばコックピットは、パイロットが搭乗する都合上、内部を一気圧に保たなければなりません。深度が増すほど、外から押す水圧が大きくなり、その差に構造物が耐え切れなくなった瞬間、外装が内側へ潰れます」
映像が頭部へ切り替わる。
「頭部も同様です。カメラから得た情報を処理するサブコンピューターがあり、その保護と冷却のための空間が設けられている。ここにも圧力差が生じます」
「反対に言えば、大きな空気溜まりを作らなければ、ほかの場所は幾分余裕があるわけね」
「ええ。四肢は大枠で海水の流入を前提にしてしまい、駆動部を絶縁油で満たして内外の圧力を釣り合わせる。そうでなくても元々内部容積はフレームや配線で埋まっています。設計次第で、外装部すべてに水圧に耐える構造を採用する必要はありません」
海水で満たしてしまえばよいという単純な話ではない。
絶縁、腐食、シール、排熱。
圧力を釣り合わせても、水中で動くための設計は別に必要となる。水圧を無視できるのではなく、水圧によって破損や整備を要する箇所を限定、減らせる、というだけだ。それだけでも整備への負荷は大きく軽減できる。
「最大の弱点であるコックピット周辺の新規設計。それがインジェクション・ポッド構想です」
機体の胸部装甲が透け、その内側へ球体が収まった。
「高強度チタン合金製の球形耐圧殻です。この内部にコックピット、メインコンピューター、最低限の生命維持装置をまとめる。人と中枢機器を小さな耐圧区画へ集約することで、機体全体を同じ強度にするより重量を抑えられます」
表示された球体の直径は、二・七メートル。
続けて、殻の厚さを変えた試算が並ぶ。
「暫定的な計算では、厚さ40ミリで2000メートル台、50ミリで3000メートル台まで耐える結果が出ています」*1
シミュレート結果のプリントアウトに全員が目を落とす。
「んー…、方向は悪くないわね。出入口、配線を通す穴、接合部、製造誤差。考慮しなくてはならない点は多いけれど。機体として300メートルで戦い、機体が壊れた後も、乗員区画だけはさらに深い場所でも生き残れるわ。」
発想の転換。
M2の難点。全領域対応機として設計した際の、水中への非適応性。問題だった適応させるための改修点を他の領域においても利用可能とすることでこの機体の強みとする。
表示画像を切り替える。ブループリント風のプロトアストレイの横方向断面図。ただし、内部には追加で球形のコックピットブロックが表示され、ejectionpodと表記されている。
「これは、被弾、あるいは故障によって、機体が浮上できなくなった場合を想定した作動シーケンスの素案です」
前面胸部装甲を保持する上下のフレーム接続部へ、赤い線が走った。
「破断ボルト、または機械式のラッチによって前面装甲接続部を一部破断。耐圧殻を露出させます。機体との配管、配線は遮断弁と分離継手で切り離し、開口部をプラグ・ハッチ*2でポッド側を自動閉鎖。その後、機体から離脱します」
映像の中で、潰れかけたモビルスーツの胸から球体が離れる。
「深い場所では、周囲の構造が先に圧壊し、耐圧殻が露出する想定です。分離後は投棄式バラストを切り離し、固定浮力材によって浮上します。」
「水中では正浮力を保証し、バラストを補助につける…いえ浮上前提なら過度に厚みを持たせずシンタクチックフォームでサンドイッチ構造に……。耐圧殻は圧壊、被弾時の生存と浮上を兼ねる方向に、チタン基シンタクチックフォームで軽量化と、それなら水中で正立させるのに上下の疎密に差異を」
エリカさんが思考の渦に沈んでしまった。つぶやくと同時に手元にすごい勢いでメモが書き連ねられていく。
この人筆圧強いな。ゴリゴリ言ってる。
つぶれにくい形状とは言えども、数千mの深さに沈んでしまっては回収はほぼ不可能なのだ。チタン製の耐圧殻を厚くすれば、オーブ近海の底の底でも生存できるようにはできるが、浮上させることまで加味した設計にするべきだという意見には皆賛成だろう。
加えて。
耐圧殻の内部は、分離前から一気圧のまま維持する必要がある。深度に合わせて内部まで加圧してしまえば、急浮上した際に減圧症を引き起こしかねないためだ。パイロットを生きたまま海面へ戻すためには、密閉と生命維持が欠かせない。
このことはつまり。
「そして、この構造は宇宙空間でも脱出カプセルとして利用できます」
水中の映像が宇宙へ切り替わった。
損傷した機体から球形ポッドが離れ、不規則に起こしていたスピン状態から自動で姿勢を整える。
水と宇宙。
外から押し潰される場所と、内側から空気が逃げようとする場所。
必要となる強度の向きは反対だが、生命維持、独立電源、通信、救難信号という機能は共通している。
「なるほど。戦域に合わせて別々の脱出をさせず、一括でポッドごと脱出させるのか」
「現状はハッチを自力で開いての脱出だからな…。被弾時の脱出では射出座席があるだけ戦闘機のほうがパイロットに優しい」
「整備性にも利点があります。デリケートな電装品を、耐圧殻ごと一つの部品として扱えるためです」
説明役の技術者が、一瞬だけ言葉を選んだ。
「あまり口にしたくはありませんが、コックピットを直撃,つぶされた機体でも、周囲の残骸を取り除き、このポッドを据え付けられれば、配線と配管の接続によって機能を戻せます。無論フレームやその他配線の問題もありますので常にというわけではありませんが」
人員の損耗は戦争で使う兵器を造る以上、避けては通れない話だ。このイジェクション・ポッド自体でも多少、防御力を引き上げることができるだろうか。
ふと、私は自分の胸元へ視線を落とした。
P05にも、同じものを載せられるだろうか?
低軌道会戦では運よく戻れた。
次もそうだという保証はない。
「良いわね。改修を容易にする点でも魅力がある」
エリカさんは、ぼんやりする私を横目に技術の話へと話しを戻した。
「モビルスーツの操縦系は、まだまだ未成熟の技術よ。新しい装置へ換えるたびに胴体を造り直すより、中枢をまとめて交換できるほうが今後の改修にも向くわ」
「既存の操縦装置とメインコンピューターに加え、独立電源、生命維持、救難用の通信機、位置を知らせるビーコンは必要ですね」
「さっきの映像通り分離後の姿勢を安定させるなら、一軸ジャイロが必須か」
おっと。
「ゆくゆくは全天周囲モニターへの対応も考えていますので、頑張ってください」
「はい?」
技術者から、素の声が返ってきた。
少々欲張りすぎ、いや先取すぎただろうか。
いや、発展性と事前の考慮は大事だ。今すぐ作れとは言っていないのだ。設計の余地を残してほしいだけである。
「頭部のサブコンピューターは、どうします?」
「液冷化してしまいましょう。コンピュータ自体は最小の殻で包んで、循環させる絶縁性のある液体で内外の容積を埋めて圧力を操作可能にし深度に応じて釣り合わせます」
「疫癘コンピュータですか。前々から構想はありましたが、宇宙で使用する機体へ冷却液を余分に積むのが嫌われて、優先度が下がっていたやつですな。これで予算が付けば加速させられますな」
おっと方々からの熱視線。性能のいい計算機なんてどこの部署でも欲しいからな。転用狙いかギラギラした瞳が何対も。
おっさんの熱視線なんて嬉しくねぇ。はいはいつければいいんでしょ、予算!工学系の大学とつないで学部系と合わせて嵩増ししてつけますよ!
こっちのエリカさんが頭部の断面図を回転させる。
「将来的には、推進剤を冷却と圧力保証へ兼用できるといいわね」
「そこまで行くと、私の付け焼き刃の知識では何とも」
「謙遜も、時には嫌味よ?」
あぁ、ミヤビの視線が痛い。こっちは大学で先行してるんじゃい。先行してなお付け焼刃な業界なんじゃい!
別に、何もかも知っているわけではないのだ。
私は答えを知っているのではなく、この世界が後にたどり着く幾つかの形を知っているだけだ。このポッドもC.E.75年の全天周モニタや別の世界でのモビルスーツの設計を知っていたからに過ぎない。*3
そこへ至る材料も、理屈も、製造方法も知らない。
記憶にある完成品の形を口にして、現場へ道を探させているにすぎない。
それでも、知らないふりをして人が死ぬのを眺めるよりはいいというだけで。
「頭部以外の機器についても、圧力を逃がせる構造と、個別の耐圧容器を使い分けましょう」
エリカさんの一言で、止まっていた技術者たちが慌てて資料をひっくり返し始めた。
装甲。
関節。
電池。
センサー。
推進器。
新しい考え方を基準に、機体の構造が次々と分解され、議論され、組み直されていく。
昨日までのM2は、広い用途へ対応するだけの器用貧乏だった。
M1よりは強い。だが、果たして量産を送らせてまで必要か?との声もあった。
今はもう、そのような声はない。
壊れても、人を帰す機体。*4
中枢を一つの単位として交換し、改修を積み重ねられる機体。*5
水中戦へ対応するために考え付いた構造だったが、宇宙でも、整備でも、将来の発展でも意味を持たせることができた。
戦闘力に直結するものではない。だが、高い生残性、改修を最初から許容した設計、これは
連合のように、失った機体と搭乗員を数で補うということができない。ザフトのように、操縦者の能力を前提として機体性能を引き上げることもできない。
損失そのものを減らす必要がある。一度出した機体を修理して戻し、育てた搭乗員を一人でも多く生き残らせ、その経験と技量を次の出撃へ活かす。オーブの軍人は戦地において戦意が高い描写が多い。実力が伴った者もだ。
生残性と中枢の交換性は、一機の撃ち合いを直接強くする能力ではない。だが、小国が限られた戦力を失いがたいこと、戦後も戦力を保持し続けるのも
「しかし、そうなると……」
生産管理の責任者が、言いにくそうに声を上げた。
「何でしょう?」
「M1との部品共通率、かなり下がりますな」
「……」
・・・・・・。
会議室へ、現実が帳となって帰ってきた。
球形耐圧殻を収めるため、胴体は新設計。
全身へ装備を装着するため、配線と外装も変更。コネクターを新設。
水中で使える関節、圧力補償された機器、交換を前提とした接続部。
アストレイ系の基本構造を引き継ぐとはいえ、M1の部品をそのまま使える場所は大きく減る。
「世界情勢は予断を許さない。少しでも早く機数をそろえたい状況では、苦しいわね」
エリカさんの言うことももっともだった。
設計図の上で優れた機体ができても、工場から一機も出てこなければ国は守れないのだから。
ふ。
とはいえ、その問題については、低軌道会戦から戻ってすぐに手を打ち始めている。
「やれやれ。何のために私がP05を低軌道会戦で衆目にさらし、あれほど七面倒な式典まで開いたと?」
部屋中の視線が、私へ集まった。
うん、言い方間違えたな。
「んっんっ。えー、M1の存在を公表したことで、オーブがモビルスーツを配備し始めた事実は公のものとなりました。もう、オノゴロ島のモルゲンレーテ地下の極秘工廠だけで、すべてを生産する必要はありません」
「外へ発注すると?」
「ええ。防諜は必要ですが、少なくとも正体を隠すため、別の製品として少数ずつ発注する必要はなくなりました」
これまでは、何に使うか悟られないよう、名目を変え、数を分け、仕入れ、製造したパーツを最後はモルゲンレーテの内部で組み上げていた。しかし、そうはできない部品も多い。期待を量産する、それもモビルスーツに用いるような部品ともなればよそには発注できないものも多い。*6
秘密を守るには都合がいいが、大量生産には、すこぶる都合が悪い。
「外装やフレームのような大物は、引き続きモルゲンレーテで造るしかありません。ですが、規格をそろえて切り揃えた配線、駆動用モーター、端子、弁、軸受。数が必要な製品まで、すべて自社で抱える必要はないでしょう」
「国内の工場へ製造を委託し、ここでは組立と機密性の高い部分へ集中しよう、と」
「そのとおりです。公開した以上、技術力を国威発揚のお飾りにするだけでは、もったいないですから」
国内企業へ仕事を回せば、生産力だけでなく、雇用と税収にもなる。
軍需に依存した産業を安易に膨らませる危険はあるが、今は国家そのものが消えるかもしれない時期だ。無傷の財政を抱えて滅びるより、使って生き残るほうがいいと考えよう。あとの国のかじ取りは政治家としての私のなすべき仕事だ。
「特に、アメノミハシラの工廠は、この機体へ丸ごと回せるはずです」
宇宙空間にあるアメノミハシラは、もとよりM1A生産のための製造ラインを備える想定だった。そもそもが、宇宙空間という環境を生かした素材開発、工業製品生産の場としての側面を持つ。M1Aの役割を宇宙戦用装備で代替できるなら、このM2に余力を振り分けられる。
地上と宇宙の二か所に工程を分ければ、一方が攻撃を受けても、すべてを一度に失わずに済む点も都合がいい。
将来は宇宙用装備の試験もアメノミハシラで行う。
惜しむらくは、アメノミハシラがサハク家の影響が強く、今後のかじ取りがやや不明瞭な点か。
「すぐに要求仕様をまとめましょう」
エリカさんが立ち上がった。
「昨日と今日の案を設計条件に落とし込み、設計支援AIに案を作らせます。出てきた配置案をシミュレーションで競わせて、人間が現実との条件擦り合わせと問題を洗い出す。M1の時と同じよ」
「各部署へ連絡を。アメノミハシラで進めているM1A用ラインの構築中止を要請してください。併せて、M2への転用案とその事情を説明する場を設けたいと、サハク家へ申し入れを」
「また徹夜か……」
今度の呟きには、周囲から低い笑いが返った。
だが表情が昨日とは違う。
疲れていることには皆変わりはないが、何を造るのかが見え始めていたことで目に光が戻った。
徐々にざわつく室内。
目線の先、壁面には、まだ輪郭だけの新型機が浮かんでいた。
M1よりやや太くガッチリとした胴体。
全身に走る接続配線配置図がリアルタイムで刷新される。
背部へ設けられた換装用プラグの基部。
そして胸と頭蓋の奥には、パイロットと機体の頭脳を収める球形の殻。
この機体が完成する頃、戦争がどこまで進んでいるのだろうか。
連合がオーブへ何を求めるのか。
ザフトが海と宇宙から何を差し向けるのか。
原作で知っている未来さえ、すでに私が動いたぶんだけ形を変え始めている。
原作知識だけを頼りにすることは危険になってきた。どこで手痛いしっぺ返しを食らうことになるか。
分からないままに未来へ備えるには、知っている正解をなぞるのでは足りないのだ。
「この機体の名前は、どうするの?」
ミヤビが、画面の機体を見ながら尋ねた。
「M2でよいでしょう。なにも連合やザフトのように豪勢なペットネームをつけることもないでしょう」
「今日の豪勢な式典を開いた人が言う?」
「だからこそですよ」
案山子は、もう充分だ。
次に造るものは、海でも、空でも、宇宙でも。
敵がオーブへ踏み込むとき、その足を止められるものでなければならない。
私は、壁面に浮かぶ未完成の機体を見上げた。
これがいつの日か。
オーブを守る新たな剣とならんことを願って。
MBF-M2 M2アストレイ
開発 モルゲンレーテ
全高 18.02m
全備重量 56.1t
固定兵装 75mm対空自動バルカン砲塔システム「イーゲルシュテルン」×2
70式ビームサーベル×2(サイドスカートアーマーに装備)*1
携行武装 71式ビームライフル
70式耐ビームシールド
オプション兵装 発展型ストライカーシステム(仮称)
M1アストレイの再設計機。
P0プロトアストレイの再々設計機。
M1アストレイの機体設計を見たイサリ・マヤ・アスハが不満を抱いたことで彼女が音頭を取って設計が行われた。
コンセプトは「単体でのオーブが抱える全"戦闘"領域対応機」。M1での地上を重視した設計を問題視し、宇宙用のM1A開発設計リソースを転用する形で行われた。
特筆すべき特徴として「発展型ストライカーシステム(仮称)」の採用を有する。M2単体では戦域における対応のみを主眼とし、その機動性や戦闘力の確保をオプション式の外部兵装によって追加するいことで機体本体の量産効果の確保とそれによる相対的な量産性の向上を画策したものである。
また、全戦闘領域対応を求めて発案された耐圧殻兼脱出用装備コックピット「イジェクション・ポッド」と対水圧設計により水中戦に対応。その副次効果として高い生残性が期待される。
同期のモビルスーツに明示的なパイロット保護機能を持つ機体は連合製GAT-X105にて装備された「エマージェンシーシャッター」 が限度であり、脱出を補助するものはなかったことから相対的にパイロット保護に熱心な機体の印象を持たれ、こちらをM2設計の主眼となる機能であると認識する者も社内にはいる。