もはや何番煎じかもわからぬオーブ指導者層転生物   作:シチシチ

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モルゲンレーテ製神経接合方式OS・1

 オノゴロ島のモルゲンレーテ社が持つ工廠地下試験場。管制室から見下ろすその先にM1、その量産初号機がたたずんでいた。

 

 両脚を開き重心を安定させ、訓練用ライフルを胸の前で抱えるように両手で保持している。シールドは無し。

 動かずに立たせておくだけなら、外部から支えておく必要はないところまでは当に来ていた。問題が起きるのは、そこから先だ。

 

『チェックリスト全工程終了。試験準備完了』

 

 アサギの声が、制御室のスピーカーから届く。

 

「今次歩行試験を開始。低速前進、予定停止位置は第三標線」

 

 試験場の床に引かれた黄色い線の一つと、その両側の表示灯が警告音とともに点灯した。

 

 M1が右足を上げる。つま先が床を離れかけたところで上体が左へと傾く。補正処理が即座に割り込みを入れ、浮いた足が一度床へと戻される。

 

 仕切り直した一歩目は期待通り前へと出た。しかし、脚が動いてから上半身が歩行に対応した挙動を行うまでには間があり、結果として保持した訓練用ライフルの銃口が持ち上がりあらぬ方向を向く。次の左足を出す頃には腰が反対へ逃げるように動く。

 

 なんともひどいありさまだ。

 視線の先の機体は歩くというよりも、倒れそうになるたび前へ前へと足を出し、かろうじて破綻を免れているような印象を受ける。

 

 

『機体停止入力いれます』

 

 アサギの申告と同時に、管制所のコンソール上の前進入力表示が中立へ戻った。

 

 M1は止まらなかった。

 3歩目の右足をついた時点では前進の慣性を消しきれず、安全制御が左足を前へ出させる。その想定外の処理を受けて上体が逆へ傾き、転倒を避けるための一歩がもう一度割り込んだ。さらに半歩。訓練用ライフルを抱えていた両腕までもが左右へと開き、バランス制御の補助へと投入されてしまっている。

 

 第三標線を越えた。

 

 最終的に機体が静止したのは、予定位置から一機分近く先だった。

 

『……停止、しました』

 

 アサギの声からは、幾らかの疲れを感じる。

 無理もない、ふらふらと安定しない機体に常に振り回され、挙句停止すらもおぼつかないときた。テストパイロットなどレシプロ戦闘機の時代から往々にして死ぬこともある。緊張するのは当たり前だ。

 事前のテストやシミュレーションが発達したとはいえ、開発に実機データが必要な段階があるのは避けられない。開発が難航しているとあっては、なおさらだ。

 

 

 このところ、モルゲンレーテの地下はこんなことの繰り返しだ。

 式典で棒立ちだったM1を実戦配備段階まで持ち込むべく、機体制御OSの開発のため、エンジニアたちは缶詰になっている。

 あの千鳥足さながらの歩行の原因が部品の故障なら、交換すればいい話だったのに。厄介なのは、単独で動かせば規格値を満たす部品群が、全身を一つの機体として動かした途端に噛み合わなくなることだった。

 原因は、パイロットの入力をもとに部品群の動作を管制するOSの開発が難航し、いまだ未完成だからだ。

 

 より突っ込むのであればナチュラル用OSの開発だ。

 既存のモビルスーツ用OSといえば、ザフト製のOS群だ。ジン用に開発されたものをベースに、各機体へ合わせて調整・改修されているため、基本的な仕様は共通している。

 

 その特徴はコーディネイターによる運用を前提としているということ。遺伝子編集による高い能力、反射神経や認知能力を前提に機体の操縦に高い自由度を与えて作られたそれは、パイロットへと要求される水準の高さと引き換えであった。つまり、プラントが目の敵にしている地球人口の大半を占めるナチュラルではよちよち歩きがせいぜいであるということ。*1*2

 技術障壁とも言い換えられるものであり、物量・マンパワーで勝る連合がモビルスーツを実戦に投入できずにいる最たる理由だ。

 

 そしてそれは、オーブにとっても同じ。オーブもまた、コーディネイターに比較的優しいと言われる国ではあってもその大半はナチュラル。国防のための兵器とあっては操縦できる水準はナチュラルでなくてはならない。ゆえにその開発をモルゲンレーテも重視していた。そうして生まれたのが、ヘリオポリスでのG兵器に搭載された連合との共同開発OSであるG.U.N.D.A.Mだった。

 その性能はアニメの2話あたりで見たままのそれ。*3かろうじて転ばずに前進できる程度の姿勢制御、至近で爆発があってもかろうじて倒れこまないバランサー。キラいわく無茶苦茶、こんなOS。その性能は、二月に入った今でもさして改善されていなかった。

 

 

 

「入力は中立状態を維持。機体はそのまま。各部の動作記録を表示して頂戴」

 

 エリカさんの指示で、制御室の壁面へ測定結果が並ぶ。

 

 右脚駆動部、正常。

 左膝関節、正常。

 足裏圧力センサー、正常。

 慣性計測装置、正常。

 

 

「右脚が転倒回避に入った時点で、上体はもうすでに停止姿勢を作り始めています。腰は前進中の脚と停止しようとする上体、その両方への補正入力を返している」

 

 エリカさんが、歩行、停止、転倒回避の三つの処理記録を重ねた。どれも個別の条件には応じて処理を返しているが、切り替わる時機と受け渡しが噛み合っていない。同じ時刻の全身姿勢として重ねれば、その食い違いが不格好な動きとなって現れていた。

 

 窓の向こうでは、メカニックたちがテスト機を整備ベッドへ倒す作業を始めている。その奥の格納庫には、同じ姿形をした低率量産先行機が並んでいた。先日の式典で完成を宣言したはずの機体が、部隊へ引き渡されることのないままメーカーの倉庫にその数を増やしている。

 

 必要な嘘だったとは今でも思っている。小国が戦争のただ中で生き残るためには、完成を待ってから公表できることばかりではない。まして量産機となれば、その時が来るまでしまい込む秘密兵器ではなく表に出して威圧に使ったほうがより効率的に戦火を退けられる。

 

 ただ、それはまともに使える兵器であったらの話だ。

 

 窓の向こうのM1は、式典で立たせていたときよりひどく頼りなく見えるようになってしまった。

 あれへ国の予算を注ぎ込んだ。いずれは兵士たちを乗せ、送り出さねばならない。ほかならぬ自分もまたその決断を下す一人だというのに。頼りなくて仕方がない。

 

          * * *

 

 試験レビューでは、同じ低速前進を入力した際の記録が三つ並べられた。

 

 一つは試験用にリビルドしたジンを用いたテスト記録。残る二つがアサギとマユラのものだった。大枠の前進入力は共通している。違うのは、姿勢が崩れたときに加える細かな修正の頻度とタイミングだった。

 

「アサギ機は、まだ傾きが小さいうちに入力を戻していますね」

「ええ。マユラさんは傾きを確かめてから、少し大きく戻している。どちらも本人にとっては前進を続けるための操作です」

「アサギのこれはジン用OSを試していた時の癖でしょうね」

 

 周囲の状況を知覚し、判断し、手足を動かす。返ってきた機体の反応を受けて修正する。その循環の速さや癖が、操縦者の神経網と接合されることで動作するモビルスーツ用のOSでは、操縦桿やペダルから入力される信号の量や精度の差として現れていた。

 

「ジンの癖ですか?」

「操縦者の高い適性と訓練を前提にできますから。高い反応速度で機体の変化を捉え、細かな補正を返せる人間へ想定を絞れる。OSが先回りしすぎれば、かえって邪魔になります」

 

 コーディネイターなら誰でも同じように動かせる、という話ではない。それでもジン用OSは、高い反応速度と機体状態の把握能力を備えた訓練済み操縦者が、姿勢の乱れを察知し、必要な補正を自分で返すことを前提としている。

 腕のいいパイロットなら、望む機動に必要な入力を一度で正確に返せる。結果として、機体を高速かつ思いどおりに動作させることができる。*4*5

 

 M1で想定される一般的なナチュラルのパイロットへ同じ負担を求めれば、機体を歩かせるだけで注意力を使い切る。敵を見る余裕も、武器を選ぶ余裕も、僚機と連携する余裕もなくなる。

 ナチュラルでコーディネイター用のOSでモビルスーツを操縦できるのは一部の適性を持つものや長時間の訓練の末に肉体の反射として操縦技能を身に着けたものぐらいだろう。ゆえに連合も鹵獲したモビルスーツの運用部隊には連合に協力するコーディネイターやハーフ・コーディネイターをあの手この手で運用しているという。

 

「M1で載せるナチュラル用OSでは、ナチュラルの反射神経でも操縦ができるよう入力を受け取ったうえで、接地、荷重移動、各関節の連動をOSに補わせる必要があります」

「歩行中の補正が不十分なうえ、停止制御への受け渡しも遅れている。その食い違いで転倒回避が何度も割り込んだ結果が、あれか……」

 

 画面を操作していた若い技術者が、隠しきれない欠伸を噛み殺した。端末の脇に置かれた紙コップは、とっくに湯気を失っている。もう一人の机には、試験版の番号を書いた付箋が何枚も重なり、端が指の油で黒ずんでいた。

 

 

 

 誰も彼もが疲れていた。私も、付きっ切りでOSの開発に参画していたわけではない。技術者ではない私にはせいぜい、眺めていることと必要があれば許可出し、予算請求への綱渡ししかできない。

 これでも忙しい身だ。M2の設計チームにも顔を出しているし、そもそもの生産体制確立のため国内企業やアメノミハシラのサハク家との折衝、資材調達のため、赤道連合国内でのダミーカンパニー建設の推進などやることはやっている。その合間の時間を縫って、試験だけでもと顔を出しているのだ。

 今日も代表府で午前の会議を二つ片付け、顔だけ出して次へ向かうつもりで来たのだが、どうやら予定どおりにはいきそうにない。

 

「昨夜から残っている方は?」

 

 尋ねると、何人かが気まずそうに視線を逸らした。どいつもヨれた服にギットリとした髪。完全に生活を削って開発に従事しているのが丸わかりだ。

 必死に頭を巡らせているのはわかる。だが、そうして天を仰ぐ時間、焦点の合わない目をしている瞬間が目に付く。シャワーと睡眠、彼らにはリフレッシュが必要なようだ。

 

「この比較が終わるまでは、同じ担当者が見たほうが早いので」

「それで結局、見落としが出れば記録を調べ直すことになり、余計に時間がかかります。夜勤明けの方はここで交代してください」

「ですが、この後も午後の試験が」

「試験時刻は動かしませんが別班を呼びますから。引き継ぎに必要な人数だけ残し、終わり次第即時帰宅を」

 

 返事を待ちながら端末を開き、人事担当へ交代要員の手配を送る。次の会議へ持っていく資料の上に、また一つ仕事が増えた。内心のため息をぐっとこらえる。

 リフレッシュで完成が一日でも早まる保証などないが、少なくとも疲れた人間の業務ミス一つで、試験機と中にいる人間を一緒に壊すよりはましだろう。

 

 

 交代要員が前夜の記録を引き継いだ数日後、M1の補助処理を試験的に減らしてみたそうな。

 

 踏み出しは、それまでで一番速かった。右足は床を探るような動きを挟まず前へ出て、遅れて左足が続く。まともに歩いている。最初の二歩だけを見れば、そう思えたのだが。

 

「アサギの入力回数、規定値を超えました」

 

 表示された操作記録が警告色へ変わる。

 

 右へ傾くより早く左へ戻し、接地する前に腰を捻り、肩が遅れる前に腕を引く。M1が引き受けるはずだった細かな補正を、アサギが片端から操縦桿とペダルで埋めていた。コックピットの彼女はさながらドラムマンのごとく両手と足先を操作していることだろう。機内映像にも余裕のない彼女の表情が映っている。

 

 

「模擬標的、1番から2番へ切り替えます」

 

 前方の表示が変わっても、訓練用ライフルの筒先はそれを追わず、さまよう。旋回に伴う姿勢制御でアサギは機体を転ばせないための操作で手いっぱいだった。

 

「試験終了。遠隔側から停止させて」

 

 エリカさんは、結果が出そろうのを待たなかった。

 

「補助を外したぶんだけ、結局仕事がアサギへ戻っただけね。これではナチュラル用OSを作ったことにならないわ」

 

 

 コーディネイター用OSと変わらないということでその版は棄却され、補助量を戻した。

 

 改善が計画される間も開発テストは進む。今はコンピュータシミュレーションで動かせる実働データがとにかく足りていない。実戦に投入できない完成度のOSとはいえ、ハードの動作についてのデータは収集できる。

 ジャンプユニットの稼働データ収集のため今度は低く短い跳躍の試験へと項目が移った。

 

 膝を曲げたM1が床を蹴る。巨体がわずかに浮き、両足が床を離れた。大きく跳ばせる試験ではない。離地と着地、それぞれの動作を確認するためのものだ。

 

 機体は両足から着地した。

 

 鈍い音が、厚い観察窓を隔てた制御室まで届く。衝撃の吸収を担うクッション、バネであるはずの膝と腰が沈み始めたのは、足裏が床を打った後になってからだった。受け止めきれなかった衝撃にM1の上体が沈み、アサギの身体もまた座席の上で大きく跳ねる。

 

『っ……!』

 

「アサギ?」

 

『大丈夫です。もう一度できます』

 

「駄目です。今日の有人試験はここまでにします」

 

 私が言うと、制御室の何人かがこちらを見た。午後の予定表には、同条件でもう二回と書かれている。

 

「一度目の記録があります。M1側のハードウェアとの適合については、先にそれを調べさせてください。OS側の遅延が発生した原因も分からないまま、同じ衝撃をあと二回もあなたに受けさせる必要はありません」

 

 エリカさんが頷き、試験中止を指示する。アサギから不満げな息が返ってきたが、ここで譲る気はない。彼女もまた、焦っているのか。

 

 彼女たちを兵士として育て、いずれ戦場へ送り出すのだとしても、開発中の不具合で身体を壊させてよい理由にはならない。

 

 これ以上の開発には起爆剤が必要だ。

 また、伏せておいたカードを切るときだということか。手元の端末にメッセージを打ち込む。えい。送信。

 

          * * *

 

 二月も半ばを過ぎた頃になって、ジュリが帰ってきた。

 

 管理区画の搬入口へ姿を見せた彼女は、出ていったときより荷物を増やし、少し痩せ、ひどく眠そうな顔をしていた。

 

「ジュリ!」

 

 先に駆け寄ったのはマユラだった。

 

 アサギも続き、三人が言葉より先に互いの肩や腕を確かめる。抱きつくほど素直ではないが、離れて立つほど他人でもない。同期だったかは知らないが、同僚としてM1開発に従事してきた三人は仲がいい。少なくとも、開発が始まってから誰か一人が一か月以上も現場を離れたのは、これが初めてだろう。思うところはあるのか。

 若い女の子同士がじゃれ合っている姿はよい。

 結局、マユラがジュリの頬をつまんでいる間、アサギが荷物の一つを奪い取ってきた。

 

「痛い、痛いってば! 帰ってきた人への扱いじゃないでしょう!」

「連絡が少ないのよ!」

「仕方ないじゃない。宇宙のあっちらこちらを飛んで回ってたんだから!」

「それ、あんたも一緒になって旅行を楽しんでたってことでしょう?」

 

 言い返そうとしたジュリが口を閉じた。図星らしい。

 

「お帰りなさい、ジュリ。急に呼び戻してしまってすみません。元気そうで何よりです」

「ただいま戻りました、イサリ様」

 姿勢を正そうとした彼女を、手で止める。

 

「それはそうと、イサリ様」

「はい? 何です?」

「ひどいです! 大変だったんですからね!」

 

 ぐえっ。

 

「何がですか、ちょっと! 揺すらないで! おぉぉ、不敬ですよ!?」

「シルバーフレームですよぉ!」

 

 首元の襟をつかまれ、前後に揺すられる。やめて、皺ができちゃう。そのうえ本人の発言が断片的で、まるで要領を得ない。アサギとマユラに引き離してもらい、ようやく事情を聞けるようになった。

 

「はい?シルバーフレーム、ですか? まさか、私のP05のことを言ってます?」

「私のP04も……!」

 

 ジュリは乱れた息を整え、恨めしそうにこちらを見た。

 

「イサリ様が低軌道会戦で演説したときの音声、宇宙まで出回っていたんです。ザフト側から撮られたものにはP05も映っていて、未塗装の銀色のフレームに白い装甲だったでしょう?」

「ああ、それでシルバーですか」

「その頃には、サーペントテールの劾さんのもロウの機体も、ザフト製ではない謎のモビルスーツとしてそれぞれの仲間内で知られ始めていたみたいなんです。ブルーフレーム、レッドフレームときて、今度はあれがシルバーフレームだって」

 

 なるほど。未塗装の銀色のフレームに、プロトアストレイ共通の白い装甲。先に名前の広がり始めたブルー、レッドと並べれば、P05をシルバーフレームと呼びたくなる外見ではある。

 

 問題は、ジュリに持たせたP04だった。

 こちらもフレームは未塗装。外観だけなら、私が低軌道会戦で乗ったP05とほとんど同じに見える。

 

「リティリアのコロニー外宇宙船化プロジェクトみたいな、大勢が集まる現場でP04を出すたびに間違われたんです。ロウの休憩中、8を借りて作業したときなんて、もう……」

 

 AIの8。ロウが漂流していた正体不明の宇宙戦闘機から回収した、あの端末である。*6

 

 共同作業では、ジュリがロウと交代でP04を出すこともあったという。ジャンク屋の仕事は土木作業や技術作業が多く、黙々と機体を動かして終わり、とはならない。近ければ外部スピーカー、少し離れれば無線を使って、作業員同士の雑談が始まる。

 

 そこでP04を件のシルバーフレームだと早合点されれば、当然、質問攻めにも遭う。ジュリが否定しても、勝手な決めつけから話をこじらせる者まで現れ、何度も騒ぎになったらしい。

 

「最後には、身代金を取ろうって襲われかけたんですよ!?」

「いや、冷静に考えて、いるわけなくないですか? 次期首長候補ですよ? 五大氏族ですよ?」

「傭兵やならず者をやっているような連中に、そこまで回る頭はありませんよ!」

「なんか、やさぐれてませんか、あなた?」

「いえ……」

 

 さすがASTRAY組の中でもロウ組、ギャグ時空に片足を突っ込んでやがるな。

 

「いいじゃない。お姫様扱いされてきたってことでしょ」

「そんな言葉ほどいいものじゃなかったわよ……。次があったら代わってね、マユラ。P04を貸したげるから」

「いいじゃない。お姫様扱いされてきたってことでしょ」

「そんな言葉ほどいいものじゃなかったわよ……、次があったら変わってねマユラ。P04貸したげるから」

 

 言葉ほど嫌そうでもないような?

 むすっとした表情のジュリが両手の荷物をアサギとマユラへ投げ渡し、最後に残った薄い記録媒体だけを胸元へ抱え直した。

 

「それが報告書?」

 

 遅れて来たエリカさんが尋ねる。

 

「報告書も入っていますが、こちらはお土産です」

 

 差し出された記録媒体を受け取り、エリカさんが眉を上げた。

 

「ずいぶん無骨なお土産じゃない」

「喜んでいただけると思いますよ?イサリ様ご要望のものです」

 

 

 解析室で中身を開くと、画面に赤いプロトアストレイが現れた。ログデータだけでなく外部から撮影されたものもあるようだった。中には()()()()()()をしているものもある。

 

「レッドフレーム……P02ね」

「はい。操縦しているのは私がお世話に、んんっ。監視していた対象のロウ・ギュール。彼は()()()()()です」

 

 アサギとマユラが同時に画面へ顔を近づける。内容はいかにも作業用重機の代替のものが主ではあるが、映像の赤い機体は荒れた足場を歩きまわり、荷物を持ち上げ、姿勢を崩しても踏み直していた。M1の試験映像を見慣れた目には、同系統の機体がナチュラルの操作で動いているだけで十分に異様だ。

 これだ。これが欲しかった。ナチュラルの入力と結果出力された実機の稼働データ!

 

「うそっ、こんな確かな足取りで。こっちじゃ格闘まで……」

「まさか完成したOSを手に入れた、という話ではないわよね?ジュリ?」

「ええ。ロウの操作は、AIの8が常時補正しているからこそよ。OS自体はヘリオポリスで研究されていたナチュラル用のまま」

 

 エリカさんが媒体を持つ指に力を込めるのがわかる。

 

「最後まで解析してみないと、使えるかどうかはなんとも言えないわ」

「承知しています。ですから、あくまでお土産です」

 

 

「ところで、そのロウって人とは、どこまで行ったの?」

 

 おやおやおや。思わず耳がダ〇ボになってしまう。

 マユラが口を挟み、ジュリの肩がわずかに強張った。

 

「どこまで、とは?」

「一緒に機体へ乗ったりもしてみたんでしょう?」

「それは…、データの取得に必要でしたから」

「へえ、二人きりで?」

 

「話はそこまでよ。先に荷物を置いて、それから会議室に。30分後ね」

 

 ちっ。

 

 ジュリがこちらへ助けを求める視線を送ってくる。私は端末へ映る記録へ目を戻した。

 ふっ、部下の若者同士の話へ、首長家の人間が口を挟むものでもあるまい。それはそうと私はキサトよりもジュリ押しだぞ。いや、両方いけ両方。

 

 

 

 翌朝、解析班が時刻を合わせ終えた記録が、三つに分けた画面へ表示された。

 

 左にはロウが操縦桿とペダルへ入れた操作、中央には8が補正した部位と値、右にはレッドフレームの姿勢、接地、荷重、関節、装備状態が並ぶ。三画面の時刻は、操作と補正、その後の機体反応を照合できるようそろえられていた。わかりやすくするため、仮想データ上のレッドフレームの挙動付きだ。

 一晩で仕事しすぎである。また寝ていない職員がいそうなので、後で抜き打ちチェックといこう。

 

「ここ。右足が接地する直前」

 

 エリカさんが映像を止める。

 

 ロウは前進を続ける入力を保っている。その間に8が足首と膝へ補正を加え、わずかに遅れて腰の角度を変える。右足が床へ触れたとき、荷重は外へ逃げず、次の左足へ移っていた。

 

「接地以前に機体側で補正を常時入れているんですね」

 

 マユラの言葉に、担当者が別の記録を重ねた。M1で同じように右足を出した試験では、足裏の荷重が外へ寄り、上体が傾いてから姿勢を戻す補正が入っている。

 

 モルゲンレーテ製OSにも、機体を倒さず歩かせる程度のことはできる。だが、人間のように手足を振っての全力ダッシュや、同じプロトアストレイ同士での格闘戦。低重力下とはいえ、地に足をつけてのこれほどの機動は不可能だ。

 ひとえに、ロウが持つ8という小型かつ高性能のコンピュータが、常時、ロウの入力と機体の挙動に補正を入れ続けているからできる芸当だった。

 私たちは、これを外部コンピュータ無しで実装できるOSを作成できねばならないわけだ。

 

「ロウ・ギュールの入力と結果として出力された機体の挙動だけをそのまま参考にはできないわ。この8というコンピュータの補正値も、あくまでレッドフレームへ合わせたものです」

 

 エリカさんが次の区間へ記録を送る。

 

「でも、どの操作の後に、どこへ、いつ、どのような補正を入れたか。その直後に機体がどう動いたか。タイミングや必要な計算は大いに参考になりそうね」

「8が、なぜその補正を選んだかまでは分かりませんよ?」

「推測で埋めるような真似はしないわ。彼の操作と8の補正を分けられない区間も外しますし。使うのは、記録上の入力の由来と補正時刻を追えるところが中心になるわね」

 

 採用候補に残ったのは、平地での歩行と、決められた順番で行われた低速動作の一部だった。おそらくこれはジャンク屋としての業務の一環で行った操作だろう。

 

 派手な戦闘記録ほど条件が複雑で、ロウの操作と8の補正を分けにくい。見栄えのしない基礎動作ほど、M1の試験条件へ近づけやすかった。この結果は予想外だった。劾に預けたブルーフレームの稼働データからではもっと参考になるデータが少なかったかもしれない。ジャンク屋という日常業務で長時間モビルスーツを稼働させる環境は稼働データ収集にはむしろむいているのか。

 

 もっとも、記録があるからと、その数字を右から左へ移せるほど話は甘くなかった。

 

 レッドフレームとM1では、質量も重心も、手足の慣性も違う。量産化にあたっての簡略化によって関節の特性と装備条件までそろっていない。レッドフレームで足首へ入れた補正値をそのままM1へ与えれば、連動させる関節への補正が受け付けられず今度は膝が遅れ、上体を合わせれば訓練用ライフルの照準が外れた。

 

 技術者たちは、その成功区間をM1の機体条件へ換算し、補正を入れる時機と関節を動かす順序を、一つずつ試験版へ落とし込んでいった。

 

 シミュレーターで絞った版を無人低速試験へ回し、それを通ったものだけを、アサギが乗る有人試験へ上げた。

 

 これまでの試験記録と比べれば、変更によってM1がどこまで進み、どこで崩れたかは追うことができた。

 

 代表府とモルゲンレーテを行き来するたび、試験版の番号が増え、壁面に残る候補は減っていった。

 

「次で、有人の比較試験へ移れます」

 

 二月の末、エリカさんからそう告げられた。

 

          * * *

 

 試験に使われたのは、一月の基準試験と同じM1 211号機だった。

 

 操縦者はアサギ。安全設定、装備重量、試験場の床面もそろえ、起立、前進、右旋回、停止、静止射撃、後退、再停止までを同じ順番で行わせる。

 

「試験開始」

 

 M1の右足が上がり、つま先が一度だけ床を探った。入力表示へ顔を寄せた技術者たちの前で、右足はそのまま置き場所を決め、遅れて左足が続いた。上半身がやや過剰に沈み込んだか。

 

 しかし、歩みは遅いものの、それでも一歩ごとに上体を反対へ逃がすような補正を行っていた一月の記録とは違う。右足へ移った重さが腰を通り、上体へと伝わっているのがわかる。訓練用ライフルの銃口も、大きく空を向くようなこともない。

 

 右へ転回。足運びに続くように腰と肩がついていき、機体が向きを変えることに成功。その姿勢には芯が通っているかの様に思えた。

 

『停止します』

 

 アサギの入力後、姿勢を整える一歩を挟んでM1が止まった。そこから両腕を上げ、標的へ訓練用ライフルを向ける。照準点は中心の周囲をゆっくり回り、やがて射撃可能範囲へ収まった。

 

『射撃』

 

 試験用の光学信号が標的へ走る。

 その後は後退へ移り、最後の停止まで、M1は決められた動作を中断されることなく終えた。

 

 速くはない。

 

 歩み出しから構え、放つまで、一挙手一投足はひどく鈍く、なんともスローモーション映像を見ているかのようだった。実戦であの速さのまま動けば、構え終える前に撃たれる格好の的であることは間違いない。だが、一月には、歩行と照準、射撃を一連の動作として行うことも難しかったのを考えると、明確な進展だった。

 

「予定していた全動作列、終了」

 

 記録担当の声が、わずかに上ずった。

 

「一月の基準試験との比較です。代表動作列の進行は、倍近くまで改善しています」

 

 ジュリが小さく息を吐く。隣のマユラは胸元で握った拳を開き、何でもなかったように腕を組み直した。

 

『終わったぁ……』

 

 通信を切り忘れたアサギの声が制御室へ流れ、誰かが吹き出した。その声をきっかけに、拍手がまばらに広がった。

 

 私も胸の内に溜めていた息を吐き、数度だけ手を叩いた。倉庫には完成を発表したはずのM1が並び、この速さへ届くまでに一か月を費やしている。この国へ残された時間を思えば、手放しでは喜べない。

 

「レッドフレームの記録を使っておこなった修正の方向は、大筋では間違ってはいないようね」

 

 エリカさんが、試験結果を一月の記録へ重ねた。

 

「いやぁ、前までと違って芯が通ったようですな。足並みにきちんと重心が乗っているかのようでしたよ。前までのふにゃふにゃとした印象からは大違いだ」

「ですが、実戦で戦えるような速さではありませんね」

「ええ。少なくとも、今回の条件と動作列では、各部を一連の動きとしてつなげられました。けれど、速さを上げるとどこから崩れるのか、まだ絞り込めていません」

 

 私は窓の向こうへ目を戻した。

 

 試験を終えた211号機が、あらかじめ決められた帰投経路を整備ベッドへ向かっている。一歩一歩を踏みしめるような速度で。

 

 以前のバージョンの面影はもうない。今は遅いなりにも、決められた帰路を確かな足取りで歩めている。完成には程遠い。それでも胸の内に生まれた期待を、焦りが見せた錯覚だなどとは思うことはなかった。

 

          * * *

 

 それから幾週かが過ぎ、三月に入ったある日。

 

「イサリ様」

 

 背後から呼ばれた。

 

 振り返ると、モルゲンレーテの社員が端末を胸へ抱え、息を切らしている。

 

「何でしょう?」

「代表府から、緊急首長会議への招集です。イサリ様と、ミヤビ様へ」

「緊急首長会議? 理由は?」

「オーブ領海外、すぐの海域で戦闘が発生しました。地球連合軍の艦艇一隻と、ザフト軍モビルスーツ隊が交戦中とのことです」

 

「艦名は?」

「現在照合中です。ただ、大気圏内を飛行しているとの情報もあるためおそらく……」

 

 答えを待つまでもない。白い艦――そうか、もうこの時期か。

 

 私は端末を閉じ、制御室の出口へ向かった。

 

*1
低速作業用でなら操作可能

*2
もっと言えば一部の限られた能力を持つナチュラルでは戦闘レベルで操縦可能なものなどはいる(例:ラウ・ル・クルーゼ)

*3
ミゲル・アイマンとの初戦

*4
神経接合方式らしい。曰く人間のそれを模したバイオコンピュータを積んでいるとか。連合はこの方式を切り捨ててパターン入力方式に切り替えたOSを管制させ、量産機に配備している

*5
その割にOSが同じG.U.N.D.A.Mなのは謎

*6
ASTRAYシリーズでも最大級の謎かもしれない。




神経接合、反射神経を前提に
コーディネイター用OS→高い能力や反射前提のマニュアル調整要素多め
連合製ナチュラル用OS→キラの戦闘データをもとにしたパターン入力(実質格ゲー)
オーブ製ナチュラル用OS→機械側補正補助を増やし、ナチュラルの反射神経でも操作可能に

今作では上記設定の理解で行きます。
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