もはや何番煎じかもわからぬオーブ指導者層転生物 作:シチシチ
第十三話
迎えのヘリに飛び乗り、行政府へと飛んだ。
会議室へ入ったとき、正面のモニターには白い巨艦が海面近くを低く飛ぶ中継映像が映し出されていた。
周囲を飛び回る影はモビルスーツか。宙へ打ち上げられる火箭とたなびく黒煙。民間中継の映像は遠く、画質も荒い。領海まで二十キロほどの海域を小型無人機あたりに搭載したカメラの望遠で捉えているらしい。細部はつぶれ、のっぺりとして見えるが、外形だけでも特徴的なシルエットをしている。
アークエンジェル。
低軌道会戦で別れ、アフリカへ降りたはずの艦が、オーブの領海外まで来ていた。
細長い卓の中央にはホムラ父上が座り、その左手に数人を挟んでウズミ様がいる。各州の首長や五大氏族、あるいはその代理と側近たち、軍と外務の担当者で、広いはずの部屋は狭く感じられた。突然の招集に間に合わなかった者たちは、卓上に置かれたラップトップの小さな画面から参加している。
私とミヤビが席へ着くのを待たず、軍担当者が報告を続けた。
「対象艦は地球連合軍所属、アークエンジェルと確認。現在、ザフト軍モビルスーツ複数機の追撃を受けながら、本島西方より領海へ接近中です。観測では推進系を含む複数箇所に損傷がある模様。このまま太平洋を横断し、北米大陸の連合軍勢力圏へ向かうと想定されますが、可能かどうかは不明です」
「双方への警告は?」
「展開中の第二護衛艦群が、間もなく警告を開始します。現状ではアークエンジェルはその進路を変えていません。ザフト側も追撃を中止する様子はありません」
曲がれば追いつかれる。直進すれば中立国の領海を侵犯する。白い艦には、どちらを選んでも無傷で済む道がない。
父上が左を見た。
「ウズミ様……」
名を呼ばれたウズミ様は、モニターを見据えたまま低く息を吐いた。
「許可なく領海へ近づく武装艦に対する我が国の措置に、例外はありますまい。ホムラ代表」
「はあ……しかし……」
「テレビ中継は、あまりありがたくないとは思いますがな」
父上はそこで初めて、画面の隅に表示された放送局の標章へ気づいたようだった。近習を呼び寄せ、放送局への対応と政府声明の準備を命じる。
しかし、ウズミ様、か。
代表席に父上が座っていても、判断を求められるのは今なおウズミ様であり、近習もその答えを受けて動いた。代表交代から二か月近くたつというのに、当の父上がそのような態度だから、ほかの官僚たちの態度も以前のままになってしまっている。これじゃぁ傀儡政権じゃないか。
「我が方の艦隊が、両勢力への退去警告を開始します」
軍担当者の報告に合わせ、室内へ流れていた放送音声が絞られた。代わって、現場の軍用回線が開かれる。
* * *
アークエンジェルの艦橋へ、オーブ艦隊からの警告が繰り返し届いていた。
《オーブ領海へ接近するすべての武装勢力は、直ちに進路を変えよ。従わない場合、実力をもって排除する。》
ラミアス艦長は咄嗟に転舵し、領海を離れるよう命じた。艦橋では唖然とする者もいれば、抗議の声を上げる者もいた。その間にも艦を追う四機は距離を詰め、苛烈に追い立てる。
「かまうことはない!このまま領海へ突っ込め!」
突如、艦に乗り合わせた少女、カガリが艦橋へ飛び込み、そのまま艦長席へと詰め寄った。
「このままでは沈められる。領海へ入れば、あいつらも追っては来られない!オーブには私が話す!」
「あなたが?しかし……」
「いいから!インカムをよこせ!」
そのタイミングで展開中のオーブ艦隊からの通信画面が正面モニターに入る。
艦隊司令官は、オーブ領海へ接近するアークエンジェルとザフトのモビルスーツ群に対し、退去を通告した。カガリは通信卓をつかむようにして身を乗り出し、開いた回線へ声を叩きつけた。
「アークエンジェルは今からオーブ領海に入る!だが攻撃はするな!」
突然、通信に飛び込んだ素性の知れない少女の要求を、オーブ艦隊司令は無論、取り合わなかった。
続く言葉が聞こえるまでは。
「──ウズミ・ナラ・アスハを呼べ!私は……私は!カガリ・ユラ・アスハ! ウズミ・ナラ・アスハの娘だ!」
艦橋にいた者たちの視線が、一斉に彼女へ集まった。ラミアスはカガリを見返し、言葉を失い、唖然としている。突然のカミングアウト。オーブ艦隊から言葉につっかえながらも返ったのは、身元を証明できない以上、警告を変えることはできないという硬い回答だった。
直後、艦が大きく傾いた。被弾の衝撃に警報が重なり、機関出力の低下が読み上げられる。エンジンにバスターの攻撃が直撃したのだ。
* * *
「カガリが、あの艦に……?」
父上の声が、開いた軍用回線の音に重なった。
会議室のあちこちで、低いざわめきが起こる。私はモニターから目を離せなかった。
いやー…。やってくれたなマジであの妹は。もしこの回線がどこかに漏れていようものなら、スキャンダルどころの騒ぎではない。先代とはいえ、一国のトップの娘のする行動としては赤点もいいところだ。中立をうたった男の娘が戦闘に介入しているなどと国民に知られたら、ただでは済まない。ましてウズミ様は、国防と諸外国との関係性の変化について責任を取って辞任したばかりだというのに。
ウズミ様本人は娘の名を聞いても席を立たなかった。組んだ指が一度だけ動いたのが目についたものの、視線は被弾した白い艦へ向いたままだ。この辺りの立ち居振る舞いは国のトップとして素直に尊敬できるんだがなぁ。
「対象艦、エンジンに被弾の模様。領海へ侵入!」
「速力・高度ともに低下、落ちます!操舵不能の模様!」
「第二護衛艦群、自衛権行使を通告。砲撃を開始します」
オーブ軍艦艇の主砲が火を噴いた。中継映像のアークエンジェルの周囲へ、何本もの水柱が立つ。
船体へは当たらない。だが、ザフト機が追撃を続けようとすれば、オーブ軍の射線へ自分から飛び込むことになる。それでも、影響の薄いところから攻撃を仕掛けようとする機体がいたが、戦闘ヘリが射線に割り込み、アークエンジェルを押し込むように飛び続けていた。すんごい度胸だ。
やがてザフト機が領海外へ離れ、民間中継も途切れた。ようやく圧がかかったらしい。
「いかがいたしましょう」
「
状況が幾分落ち着いたのもあって閣僚たちも次第に対応についての協議を再開しだす。
その発言を受けて、ウズミ様が視線を向けた。
「さて、とんだ茶番だが、致し方ありますまい。公式発表の文章は?」
「すでに草案の第二項が……」
会議室へ運ばれてきた政府声明の第二案を、おいおい秘書官は中央席へではなく、ウズミ様の前へ置こうとしやがる。それは見過ごせないぞ。
「ホムラ代表」
父上が顔を上げる。
「公式発表が現代表の名で行われるなら、確認と承認も現代表が行うべきかと」
室内の視線がこちらへ集まる。秘書官は困ったようにウズミ様と父上を見比べた。比べるな比べるな。
「こちらへ」
父上が手を伸ばし、ようやく声明案は中央席へ置かれた。
「イサリ」
咎めるでも、問いかけるでもない声だった。父上としても、どういったらよいかわからないままの発言であったのかもしれない。しかし、
「お言葉ですが、ウズミ様は前代表です」
あいにくと私はできるだけこの国の主導権に関与できる体制を維持したい。つまり、父上が国家代表の現状は非常に望ましい。今後、政治的判断、介入ができるか否かで国の展望・存亡に大きくかかわる。
私は、南米合衆国のように連合による統治など許すつもりはない。
そのためには、前代表の立場からの介入を許容することはできない。隠居老人には隠居老人らしい行動しか許すつもりはない。
「──では、こちらはお任せする。あの艦とモルゲンレーテには私が――」
「それも、ウズミ様が決めることではありません」
言い置いて立ち上がろうとするウズミ様。腰を上げ切る前にそれを遮る。前代表と言えど、現代表に言い置いて先に退室、自身で担当をかっさらってやりたいようにするなど。
他国艦艇の受け入れが中立の国是に背く国の一大事であるというのなら、その判断、采配は現代表である父上の承認があってしかるべきだ。
そして私はその娘~♪
私たちの間に流れた無言の空気に誰かが息を呑む音がした。
たっぷり5秒のにらみ合いののち、私はウズミ様ではなく、卓の中央、父上へ向き直った。
「ホムラ様。アークエンジェルとの会談と、モルゲンレーテとの調整は、私に担当させてください。モルゲンレーテはもとより、あの艦とはG計画や低軌道での避難民護送の際に接触しています」
「どうでしょう? 彼らはアラスカまで航行するために、艦の修理を求めてくるはずです。であれば、対価としてストライク……そう、例の一機だけ連合の手元に残ったモビルスーツと、あの艦のこれまでの戦闘データを求めてはいかがでしょう。そのうえで、かの機体のパイロット、キラ・ヤマトにモルゲンレーテへの技術協力を求めます」
「パイロットへの技術協力を要請?」
父上が怪訝な顔をする。
普通、パイロットに技術協力というのは違和感があろう。
「えぇ。彼は元々、ヘリオポリスのカレッジに通う情報工学科の学生です」
キオウへ目配せする。
それを察した彼女は、すぐに手元のタブレットからキラのプロフィールを正面モニターへ出してくれた。
「例の、志願して残ったという我が国の国民か……」
「はい。加えて、カトウ教授のゼミにてザフト製モビルスーツ用OSの解析で多大な貢献アリとのこと。帰国した先生から聞き及んでいます」
「付け加えるならこの戦果もですね」
表示されていた内容が平凡な学生の経歴から、鮮烈な兵士としてのそれに代わる。
宇宙での度重なる戦闘と推定撃墜数。途中で発生したアルテミス襲撃や第八艦隊全滅といった大事件。そして、〝砂漠の虎〟、〝紅海の鯱〟と呼ばれ、連合にもマークされていたザフト軍エースたちの輝かしい戦果と、その戦死。
およそ民間人上がりの一般兵とは思えないその輝かしくも血塗られた経歴に閣僚にもどよめきが走る。観測できるだけでもその戦闘回数と襲撃した敵の規模、推定撃墜数は素人目にもこの2か月に繰り広げられたものとは思えない。
「このストライク。ヘリオポリス時点での搭載OSは間違いなくモルゲンレーテとの共同開発のものです」
「……? それは今、開発に四苦八苦しているという代物ではなかったかね」
「えぇ。ですので、これほどに動けている以上、OSへ手が加えられた可能性は高い。現状、改修へ関わった可能性が最も高いのは彼です」
「アルテミスにて、ユーラシアからの尋問があったそうで。その記録によるとパイロットは間違いなく彼、キラ・ヤマト。その際、OSにロックをかけるなどといった操作をしていたようです」
父上の眉が動いた。
食いついたな。確信に至らずとも、あるいはと考えさせられるだけの材料にはなったと見える。
だが、協力要請は艦の修理の対価とは紐づけないつもりだ。
彼はあくまで我が国にとっては元民間人で、今は連合軍の一兵士という立場。本人へ直接説明し、そのうえで協力を依頼する。
懸念されることは断られた場合。その場合のリカバリープランも考えねばならない。ストライクの実働データが入る以上、右に倣うか少数精鋭プランか……。
むろん、引き受けてくれるのが最善だ。その際にはそれなりの便宜を図り相応の礼をする。しかし、あの艦の命運を彼の肩にかけるようなことはしたくなかった。
父上は、すぐには答えなかった。兄と娘の間を見比べ、手元の声明案へ視線を落とす。
声明案の数か所を外務担当に確かめ、軍から上がった収容案にも目を通す。
「声明第二案と、モルゲンレーテへの収容案を承認する」
父上は軍と外務の担当者へ必要な指示を出した後、私へ向き直った。
「アークエンジェルとの会談と、モルゲンレーテとの政府側の調整をお前に任せる。提示する基本条件も、今の内容で進めて構わん。条件について艦長と、……希望があればほかの者も呼んで協議を行え。併せて、件のキラ・ヤマトへも、本人への説明のために出席を求めよ。決定した内容は、その都度、代表府へ報告を回すように」
声は硬かったが、決裁を兄へ戻すようなことはしなかった。
腹をくくったか好機と見たか……。わが父ながらその裡の全てを娘にも見せるような真似はしない人だ。如何に考えているのか。
「承知いたしました、ホムラ代表」
ウズミ様は椅子の肘掛けから手を離した。席を立つ前にまた、もう一度だけこちらを見たが、その表情から考えを読むことはできなかった。
私がホムラ代表の名でサインされた委任状を受け取ると、何人かの閣僚がウズミ様と父上を見比べる。誰も声を上げないままのうちに、ウズミ様は席を立った。
この場において、私はウズミ様とホムラ父上のどちらを支持するのかを、態度で明確に示した。そのことに気づけないものはこの部屋にいないだろう。
この時、私とウズミ前代表との間には亀裂が入る。あくまで前代表として扱う、そのことは正しい。しかし、それをさせないほどにオーブの獅子の名は重い。各閣僚もまた、判断を迫られたことを悟ったことだろう。
ウズミ様が退出し、私もまた父上の名で出された命令書を持ち、国防総省へ向かうべく扉をくぐる。後に続いたキオウが扉を閉めるまでのわずかな間にも、閣僚たちの喧騒が漏れ聞こえてきた。
* * *
オーブ軍から排除されたはずのアークエンジェルは、島影へ隠れた後、オーブ軍艦艇の水先案内を受けて指定された進路へ入った。
海面近くで巨大な隔壁が開き、白い艦を地下の秘密ドックへ呑み込んでいく。外から見れば、領海へ侵入した連合軍艦艇は砲撃を受けた後、中継映像から姿を消したことになる。
ドック内では、保安要員が機密区画の封鎖へ走り、医療班と整備員が入港を待っていた。
ラミアスたちの前で、キサカがオーブ陸軍での所属と階級を名乗る。これまでカガリの護衛として同乗していた男の素性を知り、三人は互いに顔を見合わせた。
同時に、オペレーターから入電を告げられる。停泊および今後のことについて協議するため、艦内の上位者であるラミアス、フラガ、バジルールには国防総省への同行が求められた。続けて、キラの名も告げられる。
「キラ君にも?」
「僕も、ですか?」
「はい。キラ・ヤマトを伴い、オーブ国防総省へ来るようにとのことです」
キラはラミアスを見た。彼女が頷くのを待ってから、自分でも頷いた。
キラは友人たちを振り返った。サイも、トールも、何の意見も出せないまま彼を見る。
「わかり、ました」
短く告げ、キラはラミアスたちの後を追った。
艦内に残されたサイたち学生は、開いたままの通路から、オーブの作業員が乗り込んでくるのを眺めていた。
「修理の間、外へ出られるのかな」
カズイの問いに、答えられる者はいない。サイたちにとってオーブは故郷のはずなのに、家族へ無事を知らせてよいかさえ決まっていなかった。
* * *
国防総省の会談室は、以前アークエンジェルで使わせてもらった士官室よりうんと広かった。大きな窓、木製の長大な机、壁紙も装飾付き。以前とはまるで対照的、今回は私が条件を出す側であるところまで含めて。
机のこちら側には私。キオウ、国防、外務の担当者が一人ずつ壁際に待機する。向かいへ案内されてきたのは、ラミアス艦長、フラガ少佐、バジルール少尉、そしてキラだった。
軍人三人に挟まれたキラだけが、この部屋で自分の席が本当に用意されているのか確かめるように、一瞬足を止めた。キオウが引いた椅子を見てから、ラミアス艦長の隣へ腰を下ろす。
形式どおりの挨拶を簡単に済ませ、私は机の上に二部だけ用意させた条件案へ手を置いた。
「まず、皆さんの現在の扱いからご説明します。オーブ政府は公式発表として、アークエンジェルが警告に従って領海外へ退去したと発表します」
「連合軍艦艇を国内へ匿ったと認めれば、中立国としてザフトへ説明がつきません。皆さんには、この国へ入っていないことになっていただきます」
「ずいぶん危ない橋を渡ったもんだな」
不意に割り込まれた。
「そこまでして俺たちを拾ったのは、やっぱりお宅のお嬢様が乗っていたから?」
「それに対する答えはノー、ですね」
あの名乗りで、沈めるという選択の値段が跳ね上がったことまでは否定しない。だが、そこで答えを終えれば、国是より娘を選んだという話になる。それでは、この場にウズミ様がいなくなった意味まで消えてしまう。
しかしこの男ノリが軽いな。ロン毛で影がある感じになるまではこんな感じだったか?
「あの発言で、閣僚たちの中にも戸惑いがあったことは否定しません。しかし、カガリ一人のために、我らオーブ国民が国家方針を曲げるほど、軽い覚悟で国是は掲げていませんので」
そう言って私は、ラミアス艦長の前へ条件案を記載した書類を差し出す。
「無論、我々にも思惑はあります。オーブ首脳陣にとっても、アークエンジェルが長く国内へ留まることは望ましくありません。それでも受け入れたのには理由があります」
彼女が手に取ったのを待って、続きを切り出す。
「艦の秘匿、修理、補給、再出航までの支援。その対価として、GAT-X105 ストライクとアークエンジェルの戦闘データを提供していただきたい。受け渡しのため、ストライクをモルゲンレーテへ搬入し、双方の担当者が立ち会ったうえで機体から記録を読み出します」
バジルール少尉が椅子を蹴って立ち上がる。
「ストライクの戦闘データは、地球連合にとっての最高度の軍事機密です!それを他国へ渡せと!?」
「えぇ。おめおめと引き渡せないことは承知しています。提供範囲と記録の扱いは、合意後に実務者同士で詰めましょう。ただし、我が国も、ザフトからの抗議を受けかねない艦を善意だけで隠し続けることはできない、と申し上げておきます」
ラミアス艦長がようやく条件案を手に取った。隣から覗き込むフラガ少佐とは反対に、バジルール少尉は背筋を伸ばしたまま動かない。
キラも書面へ目を向けていたが、そこに自分の名がないことに気づいたのか、やがて私を見た。なぜ自分が呼ばれたのかと思ったのだろう。
ここからが本番。
「それから、これは艦への条件とは別のお願いになります。──キラさん」
呼ばれた彼の肩がわずかに跳ねる。その反応を見たラミアス艦長は、私が用件を言い終えるより先に口を開いた。
「彼は軍籍にあるとはいえ、艦の判断で差し出せる人間ではありません」
「ええ。たとえ、軍籍を保持していようと彼の立場とこれまでの境遇は理解しています。私はそれを無下に扱うような真似は致しません。ですから、書面にも入れないようにしています。──これは、連合軍にも大っぴらにしていただきたくない話になります。無論、オーブにとっても」
私は条件案から手を離した。代わりに、卓の下のケースから別の書類を取り出し、キラとラミアス艦長の前へ滑らせた。
「オーブでは、現在国防用モビルスーツのOSを開発しています。キラさんには、その現状を見たうえで、モルゲンレーテへ協力できることがないか、検討していただきたい」
言われた本人はなんで、とも、どうして、とも言い難い表情。驚愕か、あるいは恐怖か。
「どうして、僕なんですか」
当然の質問だろう。首長会議で並べた材料を、本人の前で一から読み上げるつもりはない。調べた経歴を見せつけて返事を迫れば、お願いという言葉だけを丁寧にした尋問である。端的にまとめたもので十分だ。
「ヘリオポリス襲撃時点で、ストライクのOSが実戦で使える状態ではなかったことは知っています。あれはほかならぬ、モルゲンレーテとの共同開発でしたから。それでもストライクは、その後の戦闘を生き延びた。あなた方のこれまでの足跡はあなた方が思っている以上に注目されているのですよ?」
彼の存在と名前という意味で言うならば、その認知範囲は彼が思っている以上に広い。
これまでに調べがついた、アークエンジェルとストライク、その乗員たちの外部観測資料がある。キオウ家によってまとめられたそれはある程度時系列を付け、資料の確度や更新時期についても分かるようにしてある。例えばフラガなんかはかなり早い段階から個人名が出ている。また、バジルールは砂漠での目撃情報があったようで、地上に来てからその経歴や家族構成などが資料に載るようになっている。
そして、ストライク。連合が運用する連合製初のモビルスーツということもあって、国、民間を問わず調査結果を出している機関は多い。
キラの指が、膝の上で組まれた手の甲へ食い込んだ。
「それで、僕が直したと?」
「その可能性が高いと考えていますが、そこまで確認できる情報は、実のところ所持していません」
「ですので、まずは搭乗者として知見をお借りしたいのです。具体的にどこまで協力をお願いするかについては、アークエンジェル側からの提出記録と現物を確認した後、モルゲンレーテで現場の人間も交え、あなたと協議いたしましょう」
キラは卓上へ視線を落としたまま、口を開かなかった。
見かねたのか、ラミアス艦長が代わりに口を開く。
「アークエンジェル側だけで、話す時間をいただけますか」
条件案については触れず、ただ、身内で話し合いの時間が欲しいと言った。
「もちろんです」
私は国防と外務の担当者へ目配せし、席を立った。その背にて、ラミアス艦長がキラに声をかける。
「キラ君。ここからは艦とストライクの資料についての話よ。外で待っていてもいいの」
キラは半分ほど引いた椅子へ手をかけたまま、ラミアス艦長、バジルール少尉、フラガ少佐の顔を順に見た。迷っているというより、ここで自分だけが席を外してよいのかを測っているように見えた。
「僕も、残ります。ストライクのことですから」
椅子の脚が短く床を擦った。その音を聞きながら、私は扉を閉めた。