もはや何番煎じかもわからぬオーブ指導者層転生物   作:シチシチ

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モルゲンレーテ製神経接合方式OS・3

 

 扉が閉まりきると、会談室にはアークエンジェル側の四人と、机の中央に伏せられた条件案だけが残った。

 

「私は反対です。ストライクと本艦の戦闘データは、地球連合の軍事機密です。現地の判断で他国へ渡してよいものではありません」

 

 最初に口を開いたのは、バジルールだった。

 

「この国は危険だ……」

 

「そういわれたってねぇ、じゃぁ、どうする?ここで艦をおりて、みんなでアラスカまで泳ぐ?」

 

 フラガが条件案を引き寄せる。バラバラと紙をめくる音は、やけに大きく部屋へ響いた。

 

「あの損傷と残りの物資で、アラスカまで行く方法があるなら聞かせてくれ」

 

「だからといって、軍事機密を差し出してよい理由にはなりません」

 

「わかるけどねぇ……。理由の話じゃなくてよ?ここを出て、着けるかどうかの話だって」

 

「二人とも、やめてください」

 

 ラミアスは条件案へ手を伸ばし、フラガの前から自分の側へ戻した。そこに書かれた支援内容を、上からもう一度読み直す。

 

 推進系、装甲、艦載機の補修。水と食料、医療品の補給。ドック内での秘匿と、再出航時の支援。そのどれも、今のアークエンジェルには欠かせない。

 

「オーブは、ザフトから圧力を受ける危険を承知で私たちを隠している。無償で済むとは、私も思っていません。別の対価をと言っても、オーブ側はこの件が表ざたになることを厭うているもの。納得はしないでしょうね……」

 

 言い終えても、ラミアスは顔を上げなかった。推進系の補修、補給、再出航支援。条件案に並ぶ項目をもう一度なぞり、データ提供の欄まで戻ったところで指を止める。フゥ、と息を吐いて決意を固める。

 正直、彼女にとって気が重いのは、別のこと――曖昧な内容のまま「お願い」とされた件だった。

 

「ストライクと本艦の戦闘データを提供します。提供範囲と取り扱いについては、こちらの担当者としてバジルール少尉に立ち会っていただきます」

 

「艦長がそう決定されるのであれば、従います」

 

 バジルールの顎がわずかに上がる。

 

「ですが、アラスカへ到着後、この件は正式に報告させていただきます」

 

「ええ」

 

「この件も、だろ?」

 

 フラガが書類から顔を上げる。ラミアスは睨むほどの元気も失せたように、眉間へ指を当てた。

 

「少佐。今は、増やさないでください」

 

「へいへい」

 

 キラは、二人の間を行き来していた条件案を見つめている。そこへ自分の名はない。ラミアスが呼びかけるまで、紙の端から目を上げなかった。

 

「キラ君」

 

 キラは指先だけを動かした。

 

「今ここで、あなたまで返事をする必要はないわ。先に、何を頼まれるのか見ていらっしゃい」

 

「……はい」

 

 返事は小さかったが、フラガもバジルールも言葉を足さなかった。

 

          * * *

 

 呼び戻されて会談室へ入ると、条件案はラミアス艦長の正面へ置き直されていた。紙の向きだけで、誰が決めたのかは十分に分かる。

 

「ストライクとアークエンジェルの戦闘データを提供します。ストライクを搬入し、双方の担当者が立ち会ったうえで記録を読み出すことも受け入れます。提供範囲と扱いは、実務者間で詰めさせてください」

 

「承りました。その条件で、アークエンジェルの修理と補給、再出航までを支援します」

 

 記録担当が合意時刻を入力する。乾いた打鍵音が止まったところで、キラが顔を上げた。

 

「僕が協力を断っても、アークエンジェルは直してもらえるんですか」

 

「はい。今、艦長との間で成立した条件に、あなたの返事は含まれていません」

 

 キラはしばらく私を見ていた。こちらも目を逸らさずにいると、膝の上で固まっていた手が、ほんの少しだけ解ける。

 

「明朝、記録の受け渡しと機体の修理のため、ストライクをモルゲンレーテへ搬入します。搭乗者として、移送と停止確認へ立ち会っていただけますか」

 

「……わかりました」

 

「OSを見ていただけるかどうか、それに関してはその場で決めていただくということで」

 

 キラはすぐには答えなかった。伏せられた条件案とラミアス艦長を見た後、ようやく頷く。

 

「見るだけなら」

 

          * * *

 

 翌日の午前、ストライクは大型搬送台へ載せられ、キラをコックピットに残したまま、霧に紛れる形で秘密ドックを出発した。私も先導車に乗り、アークエンジェルの格納区画からオノゴロ島外周沿いにあるモルゲンレーテ地下秘密工廠まで同行した。

 しかし、この会社は島中に秘密のハッチを持っているな。アリの巣みたいだ。

 

 ケージに格納され腰と脚を支持具で固定され、損傷箇所を保護された姿は、戦闘で映像に映っていた姿よりも傷が目立つ。焼けた装甲、へこんだフレーム、わずかに響く異音。あの機体がいったい何度戦ってここまで来たのか、外から眺めただけでも想像できた。

 

 キラは搬送中の機体管理を担い、整備架へ固定された後も、機体停止の確認が終わるまでコックピットに残った。

 

「外部電源、接続」

 

「機体側、受電を確認。主系統を順次停止します」

 

 整備員の声が飛び交い、ストライクのカメラ・アイやセンサーから光が消えていく。

 

 データ転送の準備が始まったところで、搬入口側の扉が開いた。

 

 入ってきたのはカガリだった。帰国後の公的な予定を終え、今はカーゴパンツにTシャツ、その上からモルゲンレーテの技術スタッフ用ジャケットを羽織っている。

 

 こちらへ気づくなり足を速めたものの、数歩で止まった。

 

「アフリカではいろいろ苦労したと聞いています。ご無事で何より」

 

「……あぁ。お前もな」

 

 最後に分かれたのは年明け直後の地上でだ。以来、直接顔を合わせるのはこれが初めて。日に焼けた頬と、ジャケットの袖から覗く腕には、別れたときにはなかった小さな傷が増えている。カガリの視線も、私の顔から両手、足元までを素早くたどった。

 

 子供の頃なら、どちらかがあと半歩を詰めていたかもしれない。今は、二人ともその場から動かなかった。

 

「……話がある」

 

「ええ」

 

 次に目が合ったときには、カガリの眉間にもう皺が戻っていた。

 

 キラがコックピットから降りる頃には、アークエンジェルから受け取ったデータの転送も始まっていた。

 

 端末に表示されたOSの更新履歴と出撃記録を見比べていたエリカさんが、キラを呼び止める。

 

「ヘリオポリスを出た後、ストライクのOSへ手を入れたのは、あなたで間違いない?」

 

 キラは端末とエリカさんを見比べた。

 

「……はい。その、最初のままじゃ、ろくに動けませんでしたから」

 

「あら辛辣。その後の出撃でも、たびたび更新を続けているようね」

 

「必要なところを、その都度……」

 

 エリカさんはそれ以上、内容へ踏み込まなかった。出港後も更新が重ねられていることは分かっても、何を書き換え、どの動きへ影響したかまで見終えたわけではない。

 

「受け渡しはこれで終わりですか」

 

「ええ。アークエンジェル側の対価として、キラ君に立ち会ってもらう作業は、ひとまずここまで」

 

 キラが艦へ戻ろうとする前に、エリカさんが続けた。

 

「ただ、昨日の依頼について、見せたいものがあるの。少しだけ時間をもらっても?」

 

 彼はすぐには答えず、整備架のストライクを一度見上げた。

 

「見るだけなら」

 

「ええ。説明を聞いてもらうところまでよ」

 

 ストライクの整備区画から、さらに地下へ続く通路を進む。カガリも何も言わずについてきた。

 

 隔壁の先で照明が点き、白と赤に塗り分けられた別のモビルスーツが姿を現した。

 

 キラが目を見開き、小さく息をのむ。OSのことまでは伝えてあったが、実機が、しかもこれだけの数そろっているのは、さすがに想定外だったようだ。

 

「M1アストレイ」

 

 エリカさんが言った。

 

「モルゲンレーテが開発した、オーブ国防軍用のモビルスーツよ」

 

「これが中立国オーブという国の、本当の姿だ」

 

 にらみ合いを中断し、目線を向けたカガリが吐き捨てた。

 

「そう驚くこともないでしょう? ストライクだって、ヘリオポリスにあったんだから。あそこもオーブよ」

 

 エリカさんは、さほど意外でもないという口ぶりだった。

 

「オーブはこれを、どうするつもりなんですか?」

 

 キラの視線が、M1からカガリへ移った。

 

「これはオーブの守りだ」

 

 カガリは並んだ機体を見上げたまま、言葉を継いだ。

 

「他国を侵略しない。他国の侵略を許さない。他国の争いに介入しない。その意志を貫くための力だ」

 

 そこで一度言葉を切り、今度はエリカさんへ顔を向ける。

 

「――そのはずだった。理念を掲げておきながら、裏では連合のモビルスーツまで造っていたんだからな」

 

 エリカさんは片方の眉を上げた。

 

「あ~ら、まだおっしゃってるんですか?」

 

 引き延ばされた声に、カガリの眉間の皺が深くなる。

 

「ヘリオポリスでの秘密開発を、ウズミ様はご存じなかった。何度もそう申し上げたでしょう」

 

「知らなかったで済むのか! 父上はオーブの代表だったんだぞ。自分の国で何が行われているか知らなかったことだって、父上の責任だ!」

 

 カガリの声が試験区画へ響く。キラの視線は、並んだM1の足元へ落ちた。

 

「だから、責任を取って代表を退かれたのよ」

 

「退いただけだ!」

 

 カガリが振り返る。

 

「叔父上が代表になってからも、みんな父上の顔色ばかり見ている。肩書を手放しただけで、結局、何も変わってないじゃないか!」

 

 その視線がエリカさんから私へ移った。

 

「……お前も、知っていたのか」

 

「知っていました」

 

 話、というのはこれか。

 

「ヘリオポリスで連合のモビルスーツを造っていたことも、オーブの機体へその技術を盗んで使っていたことも?」

 

「ええ。どちらにも関わりました」

 

 カガリの手が固く握られる。

 

「父上が退いたあとも、これを造り続けたのは?」

 

「……ウズミ様も、国防のためにM1の開発を止めないよう求めました。ですが、開発継続を主張し、そのための案を示したのは私です」

 

「父上だけじゃない。お前も、知っていて連合に手を貸し、オーブの理念を裏切ったんだな」

 

「では、アフリカで何を見たのです。力を持たない者が、力を持つ者の思惑に振り回され、蹂躙されるさまを。思いや言葉だけでは抗えない現実を、あなたも見たはずです」

 

「それとこれとは別だ! 力が必要だからって、国民に隠れて連合へ手を貸したことまで正しくなるものか!」

 

 ウズミ様がカガリをアフリカへ送り出したのも、理念だけでは守れない現実を見せるためだったのではないか。少なくとも、私はそう見ていた。カガリは、その思惑まで認めたわけではない。

 

 カガリはしばらく私を睨んだ後、並んだ三機へ顔を戻した。

 

「なら、見せろ。お前がそこまでして続けたものが、何をできるのか」

 

 エリカさんの先導で、下層の管制室へ移る。

 

 窓の向こうの地下試験場には三機のM1が並び、制御画面にはアサギ、ジュリ、マユラの顔が映っていた。三人は見慣れないキラと帰国したカガリへそれぞれ反応したが、エリカさんに促されて試験へ意識を戻した。

 

「彼女たちはM1のテストパイロット。これから、現在の動きを見てもらいます」

 

「アサギ、ジュリ、マユラ。始めて」

 

 三人から順に応答が返り、試験区画に並ぶ三機の警告灯が点いた。

 

 三機のM1が、わずかに間をずらして右足を上げる。

 

 三機とも、つま先が接地点を探るように一度揺れた後、足裏を床へ下ろす。遅れて左足が前へ出た。腰が荷重を受け、肩と腕がその動きを追う。

 

 どの機体も、一月前のように、倒れそうになるたび足を出し続けることはない。

 

 今のM1は、三人の誰が操縦しても、低速であれば歩ける。旋回し、訓練用ライフルを持ち上げ、定められた姿勢を作ることもできた。

 

 ただし、何をするにも遅い。

 

 一つの動作を確かめてから、次へ移る。歩み、向きを変え、腰を落とし、腕を上げる。肘打ちのような、拳法家が型を見せるような動きに見えなくもないが、ここは演武場ではない。今見てもやはり、驚くべき鈍さだ。先の領海外での戦いでGナンバー5機が見せた戦いとは比較にもならない。

 

 三機が動作を終えるまで、キラは黙って見ていた。一方カガリはがっくり肩を落としていた。

 

「はぁ……、相変わらずだな」

 

 カガリの言葉に、開いたままの回線からマユラの声が返った。

 

《ひっどーい!これでもジュリの持ち帰ったデータで前の倍は早くなってるんですよ》

 

 キラの目が大きく見開かれた。倍と言われて、この動きなのかとでも言いたげだった。

 

「けどこれじゃ、あっ!という間にやられて終わりだな。的だ的。何の役にも立ちゃしない」

 

《なにおー! 人の苦労も知らないでー!》

「敵だって知ったこっちゃないさ、そんなもん!」

《自分は乗れもしないくせに、偉そうな口叩いちゃってさ!》

「偉いんだよ!言ったなお前ら!?変われェ!」

《マユラ、もういい》

 

 アサギの声は強くなかったが、マユラの続きは止まった。ジュリも何か言おうとして口を開き、結局、試験表示へ視線を戻す。

 

「はいはいはい、やめやめ」

 

 エリカさんが回線へ割って入った。

 

「カガリ様の評価は正しいわ。一月前より改善していても、この速さでは戦場へ出せない。三機とも、待機位置へ戻して」

 

 三人からの応答が重なった。

 

 キラは三機の足元を追っていた。やがて、その視線が制御画面へ上がる。

 

 マユラは口を結んだまま手元の表示を睨み、ジュリは停止までの記録を送るよう管制へ求めている。アサギだけは二人へ目をやることなく、三機すべての停止表示が揃うのを待っていた。

 

「三人とも、同じ動きをさせていたんですか」

 

「指示した動作の順番は同じよ。操縦まで同じではないけれど」

 

 エリカさんの返答を聞き、キラはもう一度M1を見上げた。

 

「この人たちが、配備された後も乗るんですか」

 

「その予定です」

 

 答えたのはアサギだった。余計な言葉を足さず、ただ事実だけを告げる。

 

 最後に残った照明が消えるまで、キラは画面から目を離さなかった。

 

 彼女たちはM1のテストパイロットだが、有事となれば、そのまま前線へ出る。ほかにも大勢の兵士が、この国を、自分たちの大切な人たちを守るために、この機体で出撃していく。

 その出撃を決める側に、私はいる。私の判断で、彼女たちを死地へ送る日が来るかもしれない。

 だから、できる限りのことはしておきたい。一人でも多く、生きて帰れるように。

 

「キラ君」

 

 エリカさんが呼ぶ。

 

「このM1用OSの開発を、手伝ってもらえないかしら。ナチュラルが実戦で扱えるものへ近づけたいの」

「えっ……?」

 

 試験区画では冷却装置が動き始め、三機の足元から低い風切り音が上がった。誰もその音へ声を重ねなかった。

 

 私は端末の上へ置いていた指を外し、キラの返事を待った。

 

「ストライクも、最初は入力どおりには動きませんでした。でも、今のOSは僕に合わせて直したものだから……ムウさんには、そのままでは使えないと思います」

 

 キラが、待機位置へ戻ったM1を見たまま言う。

 

「この機体は、ナチュラルでも動かせるようにするんですよね」

「えぇ。オーブも兵士はナチュラルが大半だから」

 

「僕に何ができるかは、まだ分かりません。こっちのOSを見てもいないし……」

 

「それでも構わないわ。今は、見て気づいたことを聞かせてくれるだけでもありがたいの」

 

 キラは制御画面に残る三人の顔と、その下へ流れ続ける試験記録を見比べた。スクロールする記録が一画面ぶん流れた後、エリカさんへ向き直る。

 

「今のOSと、ここまでの試験記録を見せてください。……まず、どこで遅れがでているのか、見てみようと思います」

 

「分かったわ。準備させる」

 

 エリカさんは担当者へ、現行OSと試験記録を閲覧区画へ揃えるよう指示した。

 

 アサギは最後の停止表示を確認し、ジュリは届いた記録を開く。マユラも回線を切る前に一度だけこちらを見たが、今度は何も言わなかった。

 

 三機の駆動音が消えた試験区画へ、診断機材を載せた台車が一台ずつ押し込まれていった。

 ……どうやら、いい方向へ転ぶことができたようだ。

 

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