もはや何番煎じかもわからぬオーブ指導者層転生物 作:シチシチ
診断機材を載せた台車の車輪が、床の継ぎ目を越えるたびに小さく跳ねる。
三機のM1が待機位置へ戻ったばかりの試験区画で、技術者たちが制御卓の周囲へ端末を増設していくのを横目に見る。現行OS、先ほどの試験記録、ストライクの記録と、表示される画面が一つ増えるごとに、私のできることもなくなってきたということを実感させてもらう。
ありがたい。実にありがたいことだ。
いかにモルゲンレーテの開発班が煮詰まって、地獄の煮凝りと化していたかが分かるというもの。上司がケツをぬぐい続ける現場になりかけていた。
キラはコンソールを前に椅子へ座ると、最初に三人娘の機動データ記録ではなく、M1用OSの基準資料を開いた。
基本は彼の見慣れたそれと変わらないものの、ナチュラル用が前提ということもあって彼の見慣れない項目やパラメータがある。そういった点をエリカさんに確認しながら内容の把握に努めているようだった。
「この標準入力値というのは、パイロットの入力の、その、平均値のようなものですか?」
「ええ。通常のカリキュラムで訓練を終えたナチュラルの標準的なパイロットの値として設定しているわ」
エリカさんが三人分の記録を横へ並べると、キラは椅子を寄せて画面を見比べた。
「ええと、ストライクのと同じOS、書き換える前のものを用いたデータはありますか」
「隣のモニターに出します」
OS担当の技術者の一人が答えたところで、ふと、卓上端末へ着信があったことを知らせるランプが点灯。表示された番号から沿岸管制からの着信が入っていることが分かる。通常、モルゲンレーテの区画までわざわざ一報を入れてくるような場所ではない。
不思議に思っていたところをエリカさんが応答する。
《モルゲンレーテ、沿岸管制です。エリカ・シモンズ主任への接触を求める船が、南西航路より接近中。ジャンク屋標識を掲げたザフト製レセップス級陸上戦艦の改装型と思われます》
エリカさんが額へ手を当てた。
レセップス級の改造品を使うジャンク屋なんてそうそういない。まして、モルゲンレーテのエリカさんをご指名とあっては何処の誰かは一択だろう。
「来たのね。参ったわね、タイミングが被っちゃったわ。本当なら私が出迎える手筈だったんだけど……」
制御卓では、キラがもう次の記録を開いている。エリカさんの席へは他の担当者からも確認が飛んでいて、手が空く気配はない。
「私が行きます」
「いいの?」
「P02の貸与契約を結んだのは私ですから。面識があるので本人確認もできますよ?」
「そうね。お願いしちゃおうかしら」
あっさり決まった。
まあ、ここで画面を覗き込み続けるよりはよい。キラへ余計な視線を向け、何か理解しているふうの顔を作るような人間なら、いなくても誰も困らないし。
チラチラこっちを見て気が散っているようだった。レセップスというのが耳に入ってしまったか?
沿岸管制との回線を手元に引く。
「乗員と接触目的を確認してください。問題がなければ護衛艦を先導につけ、岸壁へ誘導してください」
《了解しました》
「それと、入港後は外部通信と記録機器を制限します。先に同意を取ってください」
《そちらも承知しました。併せて通告します》
私は解析席へ視線を戻した。キラはもうこちらを見ていなかった。
「アサギ、ジュリ、マユラ。出迎えに付き合ってもらえますか」
「私たちもですか?」
「持ち帰った記録の原本が来ますよ。あなたが一番よく分かるでしょう」
「あっ。はい!」
「んー、どうせ私たちも機体を降りたところだし」
「このままここにいても暇かぁ」
アサギが先に立ち、マユラが肩をすくめて続く。三人ともパイロット用のノーマルスーツのままだったので、この場から岸壁へ向かうのはひとまず私だけにした。三人には着替えを済ませ次第、演習場に隣接した搭乗員待機室へ来てもらう。
ただし、岸壁へはお客人を連れて行こうと思う。搬入口から岸壁へ向かう途中で、別エリアの来客用のラウンジを覗いていった。
ラウンジにて、目的の少女を見つける。風花・アジャー。彼女一人だった。椅子の上で地面へ届かない足を浮かせ、今朝受け取った製造予定表を読んでいる。
彼女は度々世話になっている傭兵部隊サーペントテールの一人。今回、交渉担当として、彼女はオーブへと依頼の持ち込みにやってきていた。
目的はブルーフレーム用の水中戦装備。地上に降りてからもアマゾンの熱帯や砂漠などあちこちで勇名をはせている彼らだが、水中にまでその手を伸ばそうというらしい。
自国向けに生産を予定していたスケイル・アーマーがほとんどそのまま使えるということもあって一式分を前倒しし、劾たちの到着後に実機で確認する。その際、取得した実動データや模擬戦のログを取得することで対価の一部に充てるという条件ですでにまとまっている。
今のところオーブにとっては傭兵業の本業よりもテストパイロットやシューフィッターとしての依頼のほうが多くなっている。
「風花さん」
「イサリ様?何かありましたでしょうか」
「これから、劾さんたちの知り合いを迎えます。会ってみますか?」
「知り合い?……いいんですか?」
「ええ。端末だけ、ここへ置いていってください」
「分かりました」
迷うより先に端末を机へ置き、椅子から降りる。小さい。分かっていたが、改めて見ると本当に小さい。
六歳児を交渉役にするサーペントテールも大概だが、それを相手にして条件書を詰めた私たちも大概だなと思う。話している間は年齢を忘れそうになるくらい彼女は受け答えがはっきりしているし、論理的な思考ができる。コーヒーまで飲んでいたし。
まぁ、内心を口にはしないが。さすがに。
護衛艦に先導されたレセップス改は、指定された地下岸壁へゆっくり船体を寄せた。
先に荷役用の昇降台へ載せられたのは、P02レッドフレームだった。ヘリオポリスで見たときとの目立つ違いは、腰に差した日本刀くらいだ。
モビルスーツに日本刀。いやー、やっぱかっこいいな。生で見れて感動した。
後になってP04も載せられたのを確認してから昇降台が動き出す。行き先は地下のモビルスーツ格納庫。ただし、ストライクが搬入されたのとは別の区画だ。お客人同士を不用意に接触させるべきではないと考えたのかエリカさんがそう差配した。
ところで、P04から右腕がなくなっているのは何なのだろう?
昇降台が止まり、P02が固定されるのを待って、ロウがコックピットから降りてきた。リーアム、プロフェッサー、樹里も連絡通路を渡ってくる。8の入った端末はロウが脇へ抱えて降りてきた。
「イサリ? なんであんたがここにいるんだ?」
「その説明は中で――」
「おおっ、すげえ!」
最後まで聞け。
なににそんな反応したのかと思えば、ロウが私の肩越しにある格納区画へ顔を向けていた。整備架に並ぶM1を見つけたらしい。
「レッドフレームいっぱいだぁ……!」
樹里もロウの隣で、整備架を見上げている。リーアムたちも同じように見上げている。彼らにとってもこれほどの数のモビルスーツが並んでいるのは初めてだろうか?
ジャンク屋に払い下げられた初期のジンを使っているコーディネイターのジャンク屋もいると言うが、これらは正真正銘の軍用機。個人カスタマイズや目立つ黄色の塗装などがされていない同型の機体が並ぶ様は民間人ではまず見たことがないだろう。せいぜいジャーナリストの一部くらいか。
「よく見ると、細部が違うようですが」
「じゃあ、レッドフレームの新型か? なんだってこんなにあるんだ?」
「M1アストレイです。オーブ国防軍の主力として量産が始まっている機体ですよ」
私が出迎えた理由は、彼のなかではもうどうでもよくなったらしい。メカ第一。そのあたりは実にロウらしい。漫画や小説のなかの彼の印象そのままだ。
私の隣から、プロフェッサーが風花を覗き込んだ。
「あら、この子は?」
「別件でモルゲンレーテに滞在している、風花・アジャーさんです」
「傭兵部隊、サーペントテールの、風花・アジャーです」
「サーペントテールだって?」
「皆さんがヘリオポリスで会った、ロレッタさんの娘さんですよ」
樹里が「あっ」と声を上げ、風花へ顔を寄せた。
「あー! あの、めっちゃ強かった人!」
「じゃあ、この子自身も傭兵なの?」
リーアムの視線が、風花の頭から足元まで下りる。
めっちゃ強かった人?とプロフェッサーに視線を向けてみる。なるほど、樹里とリーアムの二人、ヘリオポリスで改造ミストラルのキメラに乗っていた二人はロウが劾に取り押さえられるのと同時にロレッタさんによって制圧されていたらしい。潜入工作のプロに制圧されたならめっちゃ強かったという印象にもなるか。
「とてもそうは見えませんが……」
無理もない。六歳児ではなあ。そう言いたくなる見た目をしている。風花本人はその事をだいぶ気にしているらしいことをここ、モルゲンレーテに来てからも度々感じていた。彼女は既に大人たちの世界に入っている。そのうえで時折役割が振られている。それは彼女の優秀さの証明でもあるが、侮られることもまたあるのだろう。
「本人がそうだって言ってるんだから、そうなんだろ。俺はロウ。よろしくな。劾たちは元気か?」
「はい! みんな元気です。今は地上で任務中です」
「おっ、じゃあ、ブルーフレームも地上に降りてるのか」
「どこかで会えるといいね」
彼もなかなかの人たらしだな。本人が気にしていることに触れず、肯定の態度のみで返した。彼女の表情が晴れるのが分かる。
風花が笑って頷いたところで、私は一行を促した。
「では、皆さん。こちらへ」
地下演習場に併設された搭乗員待機室へ、ロウたちを案内した。
「ロウ!」
自動ドアが開くと同時にジュリが私の横を抜けた。
さっきまで試験機の中で停止記録を追っていた人物と同じとは思えない。でれっでれの声だ。そのまま首に手を回しホールドまでいくとは恐れ入った。
「よっ、ジュリ! 久しぶりだな。ちゃんとデータ持って帰れたか?」
「当たり前でしょ。ほら、原本も持ってきてくれたんだよね?」
「おう。8にもまとめてあるぜ。ここまでもいろいろあったからな」
そのやりとりを見て、アサギとマユラは顔を見合わせ、すぐ二人の間へ入っていった。
「宇宙で何があったの?」
「ジュリ、戻ってからあなたの話ばっかりだったんだけど」
「ちょっ、マユラ!」
おー、食いついたな。
樹里は一歩遅れてロウへ近づきかけ、三人の声が重なったところで足を止めた。何か言いかけた唇も閉じる。
私はそれを見なかったことにした。首を突っ込んで得をする話ではない。私にはわからない機微だ。想像するに、彼女がこうなったのも私がジュリを原作より早く、そして長く彼らのもとにつけたからだろう。そのことに申し訳なさを覚えないでもない。だが、こうなったのは本人たちのこれまでの道のりと相性だ。それに思うところがあるのであれば彼女ら自身で解決してもらう他ない。
ロウが8の端末を卓上へ置き、リーアムがP02の点検記録を開いた。
「まず、P02を見せてください。ジュリさんが持ち帰った記録との差異も、ここで照合します」
「機体側の補修は、こちらにあります。運用記録は8のまとめたものが」
リーアムが記録を送り、8がジュリの持ち帰った複製との照合を始める。プロフェッサーは補修箇所の画像を開き、ロウは三人娘に捕まったまま、時折こちらへ口を挟んだ。
話を進める間、同じ職員が待機室の前を二度通った。端末を抱えたまま足を止め、また廊下の先を覗いている。そちらは、エリカさんとキラたちが作業を行っている区画のある方で、察するに話しかけづらく感じているのだろう。
「エリカさんをお探しですか」
「あっ……。イサリ様」
特に顔を知る職員ではなかったが、下げた社員証から船舶関係の部署だということは分かった。すると自ずと彼の抱えた問題にも当たりがつく。
「アークエンジェルになにか?」
「はっ、アークエンジェルの修理にあたっている班から増員要請です。外部検査の段階でも規格外の損傷が多く、それを現場で判断できる技術者が足りません。主任決裁で止まっています」
人数を増やせば済む段階はもう過ぎているらしい。いかなモルゲンレーテといえども戦傷を負った宇宙艦艇の見立てまでできる人間となるとそう多くはないということか。アークエンジェルに使われている技術を理解できて、現場で作業指示を出せる人間が必要と。
「政府側は私が通します。社内配置は、私の名前を添えて代行責任者へ」
「分かりました」
職員が駆けていく。その背を見送り、私は卓上のP02記録と、ロウたちを見比べた。記録の照合はジュリと8、それにP02の担当者で進められる。そうすると手が空くな。
「ロウさん。一つ相談があります。隣のドックの損傷艦を見てもらえませんか」
「何だ?オーブで戦闘か?」
「うーん……。ちょっと訳ありなので口外はしないでほしいのですが、宇宙から強行軍で来た船です。詳しい話は、現場で」
「いいんじゃない。行ってらっしゃいな。私はエリカを待つわ」
「おっしゃ! 宇宙一のジャンク屋の腕、見せてやるぜ!」
い、行ってしまった……。
聞くなり走り出していってしまった。まぁ、ジャンク屋の規定で仕事で知り得た情報の口外は禁じられているし、大丈夫だとは思う。わざわざこちらに不利なことをしないだろう。とはいえ、施設内を好き勝手走り回らせたい相手でもないな。うん。
「ジュリ、案内と監督をお願いします」
「はぁ~い」
「手伝うにしても、先に条件を聞かないと」
「あぁ、修理自体はこちらの人間と艦の整備班が管理します。お願いしたいのは、規格外の損傷に対する所見と、現物に合わせた部品加工です」
走り出していったロウとそれを追っていったジュリと樹里。その三人とは違って残った二人、リーアムとプロフェッサーは流石に冷静だ。仕事についての条件やらを確認するのは普段この二人の仕事なのかな?
「報酬は?」
「ロウさんの作業分は、P02の保証金からの差し引きということで」
「口止め料込みなら、悪くないわね」
「指定工程が終わったら反映しますよ。P02の貸与契約はまた別ですからね」
「我々の作業分は別ですよね?」
「もちろん。別払いです」
「なら、細かい所は現場を見てから決めましょうか」
「私のもね」
これで終わりかと思えば、風花まで椅子から身を乗り出した。
「あの……、私にも手伝わせてください」
「構いませんが……、危険な作業はさせられませんよ?」
「なにか運べるものだけでも。ワークローダーぐらいなら使えます」
あら、たくましい。このままお客さんでは暇そうなのも確か。現場ではロウの指示に従うこと、彼のチームの誰かと行動を共にすることを条件に許可することにした。
「戻ったら、お礼にM1を見せてあげる、とロウさんにお伝えください」
「……また守秘義務ですか」
「当然です」
もう山積みの書類にサインするのはうんざりと言外に伝えてくるげんなりした顔を見せてくる。機密だからね。仕方ないね。ジャンク屋の規定は所詮ジャンク屋のものなのでこちら側でも握っておかないと。
地下では、朝も夜も照明の色が変わらない。
代わりに、通路の時刻表示と作業予定表だけが今を認識させる。
秘密ドックでは、ロウが切削粉を肩へ積もらせ、マードック曹長に止められるまで現物合わせを続けていた。最初は一歩ごとに後ろからその作業を見張っていた整備員も、三日目には加工待ちの部品をロウの作業台へ自分たちから置いていくようになった。
ジュリはP02の原本記録とモルゲンレーテ側の複製を照合し、差が出るたび8を通してP02側の担当者へ戻していた。風花と樹里は部品票を抱え、監督者に呼ばれるたび作業台と保管棚の間を往復した。
修理側の指定工程が終わったのは、その翌勤務帯だった。
マードック曹長とモルゲンレーテ側の責任者が完了票へ署名し、私は管理端末へ確認を送る。
「指定工程の完了を確認しました。お疲れ様です」
「よっしゃああっ!」
ロウが両腕を突き上げた。ドックの反対側から、うるせえぞ、とマードック曹長の怒鳴り声が返る。彼らはまだ作業が残っている。
突き上げた腕が下りるより先に、リーアムから釘が飛ぶ。
「まだほかの人達は作業中です。少しお静かに」
「それでさ」
「どうして無視するのです…」
ロウは減額後の画面から顔を上げた。
「例のM1、見せてくれるんだろ!」
ちっ。
忘れて無かったか。
反故にはできず、修理主工程を離れた一行を、M1格納区画へと案内した。
着くなりジュリが自分の搭乗機の前へロウの手を引いて行く。
「これが私の機体。試験にも使ってるのよ。まあ、私は先に降りてきてからしか使ってないんだけど」
「おうおう、新品のにおいがするなぁ~」
「ロウが宇宙で取った記録を入れてから、前よりずっと――あ、でもね、あのときロウがデブリの間を抜けた操作がすごくて」
アサギの視線が、ジュリからM1へ戻る。
「機体の説明だったわよね?」
「うん」
マユラは笑いを噛み殺しながら、ジュリへ顎をしゃくった。
「今のところ、ロウの説明しかしてないんですけどー?」
「だ、だってデータを取ったのはロウなんだから!」
仕事用の顔は、修理ドックのどこかへ置いてきてしまったらしい。
近い近い。声も距離も近い。
ロウは悪びれもせず、三人へ宇宙での動かし方を身振り付きで説明している。その輪へ入ろうとした樹里は、ジュリがさらに半歩詰めたところで止まった。
風花はロウ、ジュリ、樹里の順に見た後、私を見上げた。
見ても答えは出ないよ。私も知らないし、知りたくないし。意思表示に耳をふさいでそっと目をそらしたら風花ちゃんも目線を向けなくなった。
「発泡金属もいい奴に代わってるな……。背面のはなんだ? フライトユニットか?」
「乗ってみる?」
「いいのか!?」
「また二人一緒にね♡」
おお、おお。
アサギとマユラが同時にジュリを向いた。ロウだけが意味を測りかねたように首をひねっていた。
三人娘が姦しくやっているのを横目に回線で試乗の可否を尋ねると、ほどなくエリカさんが解析区画から姿を見せた。
エリカさんはジュリ機の整備表示とロウの許可証の発行のみを行うと、すぐに別の呼出しを受けて扉の向こうへ戻っていった。
「えー、記録の公開と外部送信は禁止です。その条件でどうぞ」
「了解!」
ロウは説明用端末を受け取ると、昇降台へ走った。
通常較正を終えたジュリ機が、低速試験区画へ出る。
右足が上がった。
足裏が床へ下りるまでが、うーん長い。
それでもロウは急がせず、反応が返るのを待って左足を出した。歩き、旋回し、停止する。形にはなる。だが途中で姿勢を変え、同時に照準を右へ向けるよう指示が入ると、M1は一度それまでの動作を終えようとした。
《何だこりゃ? ハードにソフトが全然追っついてないぞ!》
ロウは姿勢を崩さず待ち、遅れて動いた腕を戻す。
* * *
「信じがたいな」
試乗を見ていたのは、試験区画の一行だけではなかった。
管制室とは別の一室で、ロンド・ギナ・サハクが映像を見ている。エリカ・シモンズは、その隣で試験記録を追っていた。
「あれが、軌道上で私と戦った男と同一人物とは思えん」
「あのときのP01は片腕を失っていたでしょう? ロンド様も、本気ではなかったのではありませんか」
「それはそうだが……」
ギナの目が、停止位置で膝をついたM1からロウへ移る。
「いま一度、試してみるか」
エリカは手元の回線を開いていた。
「評価用OSの機体を一機、模擬戦区画へ。二番区画を空けてちょうだい」
《了解。二番区画、使用準備に入ります》
別のM1に準備中を示す黄灯が点いた。
「ロウ、レッドフレームへ乗り換えてくれる?」
「なんでだよ?」
ロウは外したばかりのヘルメットを小脇へ抱え、エリカさんとギナを交互に見た。
「ちょっとM1の実力を試したいの。協力してくれるかしら」
「ふーん……」
* * *
「条件は、火器の使用禁止。剣は使って構わないわ」
なにやら知らないところで話が進んでいるような。突然の模擬戦に私も三人娘たちの後から管制室へ入った。
試験卓の中央にはエリカさん。3人娘は前面のガラスにへばりつくように立ち、隣では祈るように手を組み樹里がレッドフレームのから目を離さない。私は一つだけ空いていた席へ腰を下ろした。
レッドフレームが搬入され、ロウが乗り込むと続いて対面のゲートからはM1が一機、試験場へ入ってきた。
「イサリ様。あのM1……」
「コーディネイター用OSを積んでいる?」
M1にコーディネイター用OSは用意していないはずだ。誰かが個人用に組み直した――などと考えるまでもない。
あれに乗っているのはギナ様だな?この模擬戦を言い出したのも、あの人なのか。
正面窓の向こうで、白と赤の二機が距離を取る。
P02レッドフレームは、左腕に対ビームシールド。腰にはガーベラ・ストレート。対するM1もシールドを構え、ジャンプユニットに71式ビームサーベルを装備している。
《双方、準備完了》
「始めて」
エリカさんの声と同時に、二機が動いた。
先に踏み込んだのはレッドフレーム。
床を蹴り、右拳をM1の頭部へ叩き込む。M1はシールドを傾けて拳を逸らし、そのまま肩を差し入れた。赤い巨体が浮き、背中から床へ落ちる。
鈍い衝撃が、防音された窓を越えて足元まで響いた。モビルスーツで人間の格闘技のような動きをするか。ギナ、彼の技量の表れだ。
すぐにレッドフレームが跳ね起きる。今度は一歩、二歩と左右へ振り、M1の側面へ回ろうとする。
だが、M1は遅れない。
ナチュラル用OSでは、足を置くたびに床を探り探り歩いていた機体。それが今では、レッドフレームの動きにぴたりと食らいついている。腰が回り、肩が追い、シールドが打撃の先へ出る。次の動作を待つ継ぎ目のようなものが見えない。
観測席の手すりへ置いた手を知らず知らずのうちに固く握りしめていたことに気づく。まともに動くモビルスーツ同士の格闘を、これほど近くで見るのは初めてだった。そのことへの興奮の表れだ。
《そらっ!》
ロウの声と同時に、レッドフレームの右掌へ光が集まる。
雷光球――右腕から光球が放たれた。
まともに受ければ、ただでは済まない。ギナのゴールドフレームはその一撃で頭部を粉砕されている。
だがギナは退かなかった。
M1の左腕を持ち上げ、放たれた光球を正面から受け止め、握りつぶす。所見ならいざ知らず、あるとわかっていれば彼は難なく対処する。
M1がシールドを振る。
レッドフレームの腕が外へ弾かれた。空いた胴へM1の肩が入り、もう一度、赤い機体が床を転がる。
「ロウ!」
ジュリが前へ出た。樹里は声も出せず、胸の前で組んだ両手を強く握りしめている。
《このままじゃやられちまう ──仕方ねぇ》
レッドフレームが片膝をつく。
右手が腰へ回った。
ガーベラ・ストレートが抜かれる。
一閃。
M1が構えた対ビームシールドを、白刃が斜めに走った。上半分が一拍遅れてずれ、床へ落ちる。
「おおっ!」
マユラの声が上がった。アサギはガラスの向こうを見たまま、何も言わないが、その目は見開かれている。
ロウは止まらなかった。
二太刀目。
M1は上体を反らして刃をかわす。
三太刀目。
それまで空いていたM1の両手が、振り下ろされた刀身を挟み受けた。し、白刃取り!
モビルスーツでそんな真似ができるのか……。コーディネイター用OSだからで済む話ではない。私のP05も書き換えてあるが、あんな芸当ができる気はしなかった。神経接合で動かす以上、操縦者自身がその動きを思い描けなければ、機体にもやらせられないはずだ。ともすれば生身でできる可能性すらある。
ギナは刀身を挟み込んだ両腕ごと捻り下げ、そのまま右腰方向へ向けて腕を振る。レッドフレームの手からガーベラ・ストレートを奪い取った。M1がそのままガーベラストレートを逆手で握るまで、ほとんど間がなかった。
横に一閃。ただし今度はM1が振った。
刃が、赤いコックピットを抜く。
樹里の悲鳴が管制室を裂いた。やや、間が開いて、レッドフレームが仰向けに倒れた。私は座席の手すりを掴んだまま立ち上がり、無線機をつかむ。
「両機、停止! 整備班!P02の機体状態を確認!」
私が声を出すより先に、エリカさんの指示が飛んだ。
《救護班、二番区画前で待機。消火班も同位置へ》
試験管制が続ける。
「ロウさん、応答を」
回線へ割り込んだ自分の声が、ひどく遠く聞こえた。
返事がない。
それより先に、倒れたP02のハッチが内側から押し上げられた。
先に手が出る。続いて、ロウが自力で上体を起こし、姿を見せた。管制室にため息が幾重にもこぼれる。
《いや~。まさかガーベラ・ストレートを受け止められるとは思わなかったぜ。あんた、やるなあ》
第一声がそれか。
樹里の膝から力が抜け、風花が慌ててその腕を支えた。ジュリの方も胸をなでおろしている。
《……お前は…》
《戦いに負けて悔しくはないのか!? 恥ずかしいとは思わないのか!》
ギナの声は、勝った直後とは思えないほど冷えていた。いや、むしろ激情、熱くなっていたのかもしれない。彼らしくないことに。
《俺はプロのジャンク屋。あんたはプロのパイロットだろ? 戦って負けるのは当たり前じゃないか》
ロウは倒れた機体の縁へ腰を下ろし、今度はギナのM1を見上げる。
《それより、その腕。ガーベラ・ストレートは、素人が簡単に真似して振るもんじゃないぜ》
直後、手元のコンソールが警告音を上げた。M1の左腕表示が、肘から肩まで赤く染まる。カメラ映像でも関節の隙間から煙が噴き、火花が二度、三度と散った。M1が身をよじり、張り詰めた指からガーベラ・ストレートが抜け落ちる。
「左腕、過負荷でオーバーロード!? 左腕への電力供給をカット!」
エリカさんの指示に、M1の腕からテンションが完全に抜け、だらりと下がる。
ギナは返事をしなかった。損傷したM1をそのまま退場路へ向ける。何を思っているのかは、M1のその姿からはうかがい知れなかった。
その背中を、ロウは怒りも悔しさも見せずに見送った。
P02の周囲へ整備員が集まり始める。安全表示が緑へ戻ったところで、ジュリが管制室を飛び出した。
私も一歩遅れて後を追った。
「すごい、すごいです、ロウ!」
試験区画へ降りるなり、ジュリはP02から降りたロウへ飛びついた。
「もう少しで、ロンド様に勝てたかもしれません!」
「お、おう」
おお、ロウが珍しく押されている。
そこへ、風花に手を引かれた樹里が近づいた。顔を上げた彼女を見て、ロウの笑みが止まる。
「樹里? お前、何で泣いてんだ?」
「だ、だって……最後のあれ、死んじゃったかと思って……。すごく、すごく心配したんですから!」
「悪い悪い。でも、ほら、何ともないって」
「何ともなくないです!」
ジュリがロウの腕へぶら下がり、樹里が反対側から袖を掴む。どっちも原作よりややアプローチが強めのような……。気のせいだろうか?
アサギは三人へ近づかず、破断したシールド見上げている。マユラは、煙を上げるM1よりロウ本人の方を何度も見ていた。
「ロウ」
エリカさんが、三人の少し手前で足を止めた。
「危険な試験に付き合わせてしまったわね。ありがとう。P02は、責任を持ってモルゲンレーテで直します」
「ほんとか? じゃあ、ついでと言っちゃあなんだけどさ」
死にかけた直後に、もう何かねだるつもりか。
「M1の装備を分けてくれないか?」
「抜け目がないわね」
エリカさんは腰へ片手を当てたものの、怒ってはいない。
「いいわ。なんでも好きに使ってちょうだい」
「よっしゃ!」
コックピットへ刃を落とされた直後とは思えない調子だ。
「そういやジュリ」
「はい?」
「あのパイロット、誰なんだ?」
「ASTRAY計画の責任者です。私も一介のテストパイロットなので、詳しいことまでは……」
「責任者ねえ」
ロウは退場路の奥すでにギナ機の姿はないその道を見やった。
* * *
その日の勤務交代を過ぎた頃、試験区画から連絡が来た。M1を一機、動かすという。
はっや。
いや、早すぎるわ。数日前には三機揃って、カガリに的とまで言われた代物である。何をしれっと残業して、もう実機まで持ってきているのか。
試験区画へ着いた時には、アサギ機がすでに演習場へ出ていた。キラとエリカさんは観測室の卓へ並び、フラガ少佐まで窓際にいる。迎えに来たついでに、そのまま居座ったらしい。
M1のカメラ・アイが光った。
片足が上がる。
前なら、ここで足先が迷った。
今度は待たない。床を捉えた脚に腰が続き、肩と腕も置いていかれず前へ出る。二歩、三歩。歩幅が広がり、そのまま走行へ移った。
《ああ……すごい》
アサギの声が弾んだ。
全速での疾走は全身の関節を十全に使い、人が走るのと変わらない。それでいて、背面ユニット部からのバーニアを吹かして跳躍。走ったことによる完成をうまくいなして垂直に上昇、空の空中で姿勢を制御してバック、最初に走り出した位置へと着地した。
これはすごい。本当にすごい。
年甲斐もなくはしゃぎだしそうなのをぐっとこらえて我慢する。
ああ、ナチュラルの入力で人の動きだけでなく、モビルスーツ特有の動きまでもがこうも滑らかに入力できている。
右への旋回にも、いったん走り終えようとする余分な動きはない。速度を落としながら機体を傾け、指定線の内側で止まる。続けて上げたライフルの照準も、目標から外れなかった。
おお。
すげぇ。
動く。
キラは表示を確かめると、エリカさんへ変更内容を伝えた。
「量子サブルーチンを新しく組んで、シナプス融合の代謝速度を四十パーセント上げました。イオンポンプも、一般的なナチュラルの神経接合に合うよう、分子構造から変えています」
「よくそんなこと、こんな短時間で。すごいわね、本当に」
エリカさんが目を丸くする。言っていること自体は専門的で横から聞く分には何が何だか。
その横から、フラガ少佐が演習場のM1を指した。
「じゃあ、俺が乗ってもあれくらい動くってことか?」
「ええ、少佐。試してみます?」
国家機密を何だと思ってるんだこの人。いや、私も対外か......?
聞いた側にもかかわらず、フラガ少佐はすぐには答えなかった。おや?と思って目線をやると、フラガ少佐はキラを見ていた。彼が小さく息を吐いたからだ。疲れているのか、それとも別の何かなのか?
対してエリカさんはそれに気づいた様子もなくM1との回線を開く。
「アサギ、もう上がっていいわよ」
《はーい》
アサギ機が帰投路へ向きを変えたところで、キラが卓から離れた。
「じゃあ僕、ストライクの方へ行きますから」
「ええ。また後で」
キラは扉へ向かう。フラガ少佐も、その背中を追った。
「なあ、キラ」
少佐に呼ばれても、キラの足は止まらなかった。
うーん、気になる。あるいはいらぬおせっかいかもしれないが。呼び止められて無視するほどというのは何とも彼っぽくないような。この頃のキラのメンタルはどうだっただろう、既に結構なイベントをこなしているが一番の壁はこの後だと思っていたが、すでに結構来ているのか?。
私もキラと少佐の後を追って部屋を出た。
原作死亡キャラはどうしたい?
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救えるだけ救う
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説得力があるなら可
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チープになりすぎるからNG