もはや何番煎じかもわからぬオーブ指導者層転生物 作:シチシチ
先に部屋を出た二人を追う。
フラガ少佐が二度ほど呼んでもなお、キラは足を止めず、返事もしないまま進み続けた。幾度か通路を曲がった先、ストライクの収容区画へ入っていく。
普段の彼なら、無視まではしない。
思えば、低軌道上で避難民を引き取ったときも、キラは自分へ向けられた礼を素直に受け取ろうとはしなかった。抱えたものを外へ出すのがへったくそなのは、あの砂浜で二人で生きることを決めた、あのシーンまでのストーリーを見ていればわかる。放っておけば溜め込み続け、挙げ句に操縦へまで響くことも知っている。なんとも暗い表情だったので追っかけてきたが、呼びかけまで無視するようなら、顔くらいは見ておこうか。少しでも口を開けば儲けもの、いらぬ世話なら後で引けばいい。
「おう、坊主。ちょうどいい。スラスターの推力を上げたから、モーメント制御のパラメータを見てくれ」
モルゲンレーテ職員の手で、ボロボロだった各部の部品交換を済ませたストライクは、そのまま整備ベッドに寝かされている。今はアークエンジェルのクルーが、キラの仕様に合わせた調整や、部品交換で生まれた余裕を使ったチューンを行っている。
マードック曹長から呼ばれたキラは、短く返事をしてコックピットへと上がった。目の前へ作業を置かれた途端に、少しだけ歩調が戻っただろうか。少佐はその後へ続き、コックピット横の装甲へ上がった。私はというと、今さら何も言わずについてきた身で姿を見せるのもためらわれ、キャットウォークに残った。
「聞こえてるか、キラ」
「聞こえてます」
「だったら、こっち見て返事しろ。ったく。……ご両親、来てたんだろ?」
ずっと歩いていたのは、そのうち少佐が諦めてどこかへ行くのを期待していたからだろうか。コックピットへ入って逃げ場がなくなり、ようやく返事はしたものの、キラの視線は調整画面へ向いたままだ。
「どうして会わない?」
「……」
「……キーラ君?」
「今会ったって、……僕は軍人ですから」
「軍人だろうが、息子は息子でおまえはおまえだ。ご両親だって会いたがってるだろうに」
「そういうことじゃないんです」
少佐はなんだかんだとキラに近く、それでいて周囲の人間の感情にもよく気づく。しつこいまでの追及も、少佐なりの気遣いなのだろう。
何も言わずに待っていると、キラの手もやがて止まった。膝の上へ置かれた指だけが、きつく組まれている。
「僕、こんなことばかりやってます」
ストライクの足元で、外された装甲板が台車へ載せられた。整備員の掛け声と工具の音が続く中、キラはその騒がしさに紛れさせるように言葉を継いだ。
「モビルスーツに乗って、人を殺して。降りたら今度は、作る方や直す方を手伝って。僕にできるからって、そればかりで……」
「オーブを出たら、また戦闘になる。僕が乗らなかったら、みんなが危ない。でも僕は、本当は戦いたくなんてないのに」
「俺たちが弱いせいで、お前にしわ寄せがいってるところはある」
少佐は片膝を立て、その上へ腕を預けた。
「だからって、好きでやってるとは思ってないさ。俺も、お前も」
「でも、やったことは変わりません。何度戦っても、守れなかった人もいる」
「それは変わりません」
思わず口を挟むと、キラがこちらを向き、少佐も肩越しに振り返った。ここまで追ってきて今さら隠れる場所もない。
「おい」
「すみません。ですが、低軌道上で私がお尋ねしたことを覚えていますか。どうすべきかではなく、どうしたいのか、と」
「……覚えてます」
「あの時、どうして艦へ残ると決めたのです?」
「ミリアリアたちが残っていたからです。みんなが艦に残るのに、僕だけ降りるなんてできなかった。僕も残って、守りたかったから」
「なら、できたからではなく、そうしたかったから残ったのでしょう」
「でも、それで人を殺したことは変わらない。僕が乗っていたのに、助けられなかった人がいるんです」
「……俺も、お前に戦うなとは言ってやれん。お前の力を当てにしているのは事実だからな」
「今は、僕がどうしたいかなんて、誰も聞きません。乗れるから、戦えるから、僕が乗らなかったらみんなが危ないから。だったら僕は……よくできた人殺しの道具みたいに、言われたことをやるしかないじゃないですか」
「……だから、ご両親に会えないのか」
少佐に尋ねられ、キラはコックピットの縁から格納庫を見下ろした。作業員が押す台車が、その視界を横切っていく。
「こんな時だけ、普通の息子みたいに会いに行くなんて、できません。今会ったら、聞いてしまいそうなんです。どうして僕をコーディネイターにしたの、って。父さんと母さんに言ったって、どうしようもないのに……たぶん、責めます」
少佐が首の後ろへ手をやった。私にも答えはない。遺伝子へ手を入れられて生まれたことなら、こちらにも関係はある。だから分かる、などと言えば、だいたい碌なことにならない。
「なら、全部そのままでよいのでは」
「……何がですか」
「戦いたくないのも、皆さんを守りたいのも、ご両親を責めたくないのもです。どれかを嘘にして、話を簡単にする必要はありません」
「そんな都合のいいこと……」
「都合がよいなら、理想にすればよろしい。どうすれば近づけるか考えて、できることから試してみる。能力があるのなら、誰かに使われるためだけでなく、ご自分の望む方へも使ってみては」
「そんな方法、あるんですか」
「私が考えるより、キラさんが考えた方がましなものが出てくるでしょうね」
キラは何も返さず、開いたままの調整画面へ目を戻した。少佐も続きを促さない。
また同じところへ沈み始める前に、別のものを放り込もう。少々強引だが、家族と戦争以外の悩みなら今よりはましだ。
「ところで、トールさんのお誕生日が近いそうですね」
「えっ」
キラの指が、今度は別の理由で止まった。アークエンジェルに残った少年兵組のことは資料で回覧されており、そこで見た日付を覚えていた。
「お前、忘れてたのか」
「忘れてません。日付を、ちゃんと確認してなかっただけで」
「それを忘れてたって言うんだよ」
少佐の言うとおりである。
「M1へ協力していただいた分の報酬が残っています。市販品に限らず、こちらで多少は融通できますから、何を渡すかはキラさんが考えてください」
「僕が?」
「えっ、ご友人でしょう……?」
どうにも思いつかないらしい。キラは困った顔のまま、調整画面ではなく、何も表示されていない端末の縁を見つめている。
「トール、何が欲しいんだろう……」
それは本人に聞いてくれ。もしくは彼女に聞け。少なくとも今度の悩みには、コーディネイターも戦争も出てこない。うん。こちらの方が、だいぶましだろう。
「報酬とは別に、こちらからも一つお願いがあるんです」
私は携帯端末から試作機材の一覧を開き、外付けの操縦支援演算モジュールを表示した。開発名は、P.L.A.S.-X01となっている。
「これ、モビルスーツ用のAI……?」
「残念ながら名前ほど大したものではないんです。オーブが持つ実戦ログとM1の試験データを使っていますが、まだまだ自動で戦えるようなものではありません」
そう、キラに任せたいことというのがこのの搭載と実戦での使用。
──Power Limiting and Avoidance Support – Experimental 01
意味はまぁ、出力制御・回避支援装置 試作一号とでもしておこうか。
C.E世界はAi利用自体は幅広く行われている。ただしそれは民間での話であり、軍事用途では既存のものはNJで死に絶え、NJ環境下やモビルスーツ向けのものはまだ世の中ほとんどない。例外は万能謎コンピュータの8ぐらいのもの。のちに、カガリのストライクルージュやトロワ・ノワレのグリーンフレーム用操縦支援AI、ナチュラルの操縦補助用の一般化もするが、今の時代にはまだ存在しない。これはその走りとなるものになるのだろうか。
「もともとが危険が迫った時の姿勢補正を目的に開発していましたが、現状使い物になるのは給電機構のリアルタイム制御によるバッテリー消費の低減の方だけでして。それも気休め程度なのですが。これの評価試験に、ストライクのこれからの実戦データも活用したくて」
キラは端末を受け取り、接続規格から機能制限まで順に画面を送った。操縦入力と補正が競合した場合の処理を開いたところで、指が止まる。
「補正が僕の操作とぶつかったら、どちらが優先されるんですか」
「キラさんです。接続した機体の機械的限界値ぎりぎりでAIが回避軌道を入れるのでそれ以前に入力があれば破棄されます。AIが作れる回避軌道パターンも全然なくて、よっぽど低速での攻撃とかでもないと動作させられないんですが……」
キラは補正値と出力管理の項目を見直してから、端末を持ったままこちらを見た。
「先に単体で動かして、そのとおりになっているか確認させてください。僕の操作を邪魔せず、バッテリーの消費も抑えられるなら、ストライクへ載せて試します。……少なくとも、僕の代わりに戦うものではないようですから」
「それで構いません。合わなければ返してください」
キラにとっての実利は、給電制御によるバッテリー消費の低減が主になる。だが、私が本k名としているのは、その給電制御を武装の出力制限へ働かせることだ。
この後、原作どおりの戦闘になったさい、あわよくばブリッツが回収可能な形で残ればいい、と思い既存のに私が書いたごく限定的な状況下での未動作するパターンを学習させた改造品だ。まぁもっとも、同じ展開になる保証はない。うまく働けば儲けものという程度の仕込みであり、キラが嫌がるなら引き下がるつもりだった。
分解と複製の禁止、評価ログの提出については、譲渡条件として資料へ入れてある。キラはその欄まで目を通すと、端末を私へ返した。
「それで、俺の分は?」
「ありません。一基しかありませんので」
半ばこれはキラのバイトへの報酬も兼ねているんだぞ。
少佐が不満そうに眉を上げたところで、下からマードック曹長の怒鳴り声が飛んだ。
「話は終わったか! 確認待ちでこっちが上がれねえぞ!」
「すみません!」
キラが調整画面へ向き直る。装甲から降りる少佐は、今度はトールへ何を贈るのかと尋ねていた。
* * *
それからしばらく後、モルゲンレーテの施設内を移動していたカガリは、敷地の端ぎりぎりで立ちすくむ見慣れた後ろ姿に気づいた。
「キラ! こんなところで何をしてる!」
カガリが声をかけた時には、キラの向いていた金網の向こうで、作業服姿の若い人影がまとまって遠ざかっていた。まさか知り合いがいたわけでもあるまいに。不思議そうな視線を受けたキラは、手の中のトリィを大切そうに包んでから振り返った。
「……トリィを、追ってきたんだ」
* * *
M1が試験用の地下演習場を走り、指定線の手前で減速する。今度は昨日と違うパイロットだ。一往復ごとに整備位置へ戻され、技術者が機体を取り囲んで記録を吸い上げている。
昨日見せた一度の動きだけで、はい終わり、開発完了、となるわけがない。乗り手と機体を替えても同じように動くか、昨日は試せなかった条件で妙な挙動が出ないか。洗い出された結果は、いずれシミュレータ側にも反映されていく。
私の用事は途中報告への署名だけなので、邪魔にならない見学通路へ引っ込んでいた。
隣ではロウさんが手すりから身を乗り出して目を輝かせ、その反対側でカガリがむすっとした顔で眼下を眺めている。ロウさんは、M1の動きが一晩で変わったと聞きつけ、今日の試験も見せてくれと申し込んできた。昨日の一件はモルゲンレーテの技術者にも衝撃だったらしく、少々口の軽くなっている者がいるらしい。
「すっげえ。昨日までと別モンじゃないか、あれ」
「ナチュラル用OSに、ようやく目処がつきまして」
「とうとうナチュラルが、あそこまで動かせるようになったのか……」
反対側にいたカガリが、わざと聞こえるようにため息を吐いた。こちらは、レッドフレームを預かったパイロットが来ていると小耳に挟み、見学の案内へ後からついてきた。以来、無遠慮な目でロウさんを観察していたが、見られている本人はどこ吹く風である。
「お前、本当に呑気だな」
「なんだ? いきなりだな」
「一国の試作機を見て喜んで、自分の機体を壊して、あげく別の装備まで持っていくんだろ。ちょっとは遠慮しろ!」
「仕事した分だって。なあ、イサリ」
こちらへ振るな。
「修理協力への対価と、エリカさんとの別件です。私を挟まず、本人へどうぞ」
「ほら」
「どこがだ!」
カガリの声に、演習区画の職員が一人だけ振り返った。私は途中報告へ署名して担当者へ返す。ええい、これ以上、仲裁まで仕事に加えられてたまるかってんだ。
試験項目が切り替わり、今の機体が整備位置へ入った。作業員が取り囲んだ機体から出てきたのは、マユラか。この演習場で若い顔といえば搭乗待ちの三人娘くらいで、機体へ手を伸ばす技術者は年季の入った者が多い。鮮やかなパイロットスーツの色も相まって、まあ目立つこと目立つこと。
「なあ、イサリ。モルゲンレーテって、若い社員は少ないのか?」
それを見ていたカガリが、不意に話を変えた。
「若い? 部署にもよりますが、十代となれば新入社員くらいでしょうか」
「ふうん。昨日、資材搬入口の近くで、柵の外に四人いたんだ」
「昨日でしたら、夕刻頃ですよね。そこで何を?」
「私やキラと、そう変わらないくらいだった。ここの作業服は着てたけど、新しくて汚れもなかったし、仕事をしてたようにも見えなかった。あれは新入社員だったからか?」
……モルゲンレーテに、十代の社員がいないわけではない。
だが、今年の新卒はまだ入社式前だ。その後には研修も控えている。去年の採用組なら、とうに各部署へ配属され、現場の仕事へ入っているはずでは?
どちらにしても、夕刻に真新しい作業服で柵の外に固まっていた、という話とは噛み合わない。何やら私の認識とずれていて、もやもやする。
「おお、俺もそいつらに会ったぞ」
ロウさんが手すりから身を起こした。
「アークエンジェルの修理を手伝ったあと、地上へ出たら道に迷ってよ。近くにいた連中へ第二ドックの場所を聞いたら、新人だから知らねえって言うんだ。でも、自分の会社だろ?」
カガリだけなら、見学者か何かを社員と勘違いしたとも考えられた。だが、ロウさんまで同じ四人を見ている。アークエンジェルを収容し、政治的な火種を抱えているこのタイミングで、所属の分からない若者が四人も施設の周りをうろついている。
そこでようやく、原作のザラ隊の潜入を思い出した。しまった、気づくのが遅い。ザラ隊はアークエンジェルを追い、オーブの中まで入ってくる。
「イサリ?」
覗き込んできたカガリから半歩離れる。
「お二人とも、保安室へ。見た場所と時刻を、保安部と公安へ直接話してください」
「怪しいのか?」
「アークエンジェルを収容している今、所属の分からない四人を見たというだけで、保安へ回すには十分です」
途中報告の端末を職員へ押し返し、先に通路へ出て保安室の番号を呼び出す。二人の返事まで待っている気はなかった。
* * *
保安部から来た担当者は、二人が見た場所と時刻を、順序を変えながら何度か聞き直した。
「だから、顔までは見てないって言ってるだろ」
三度目に入ったところで、カガリが机へ両手をついた。保安担当は席を立って一度頭を下げる。
「同じ内容をお答えいただけることも確認の一つです。恐れ入りますが、もう少しだけお付き合いください」
「最初からイサリが聞けば、一度で済んだじゃないか」
「私が聞いただけでは、正式な記録になりません」
カガリはまだ何か言いたそうだったが、返された端末をひったくって部屋を出ていった。ロウさんも、同じく聴取へ呼ばれた者たちと一緒に、先に退出している。
二人が去った後、私はモルゲンレーテ側の窓口として、該当時刻の映像記録を調べる作業へ立ち会った。記録には、資材搬入ゲート付近を歩く若い男が四人映っていた。二人は帽子で顔を隠していたが、残る二人は顔まで確認できる。
職員名簿と照合すると、髪色や体格だけなら似た社員はいたものの、いずれも該当時刻には別の部署にいた。顔が映っていた二人についても、それ以上の手掛かりは出ず、四人とも身元は分からないままだった。
「第一エリアまで通れるIDカードが一度使われています。発行先は、すでに契約の終わった企業です。契約中の利用記録はなく、回収もされていません」
使われもしないまま行方の分からなくなったカードが、今になって動いたわけか。映像の四人が使った証明はないが、使用時刻は四人が映った時間と近い。
「構内の臨時IDは、一度止めた方がよいでしょうね。社内の承認はこちらで取ります。再発行は、部署ごとに身元を確認してから。理由は権限点検で通してください」
担当者が、該当するIDを持つ外部要員の人数を画面へ出した。やはり少なくはない。しばらく現場が混乱するのは避けられそうになかった。
午後に手続きを回すと、正面受付から搬入口まで、入構し直す人間の列ができた。部品箱を抱えた技術者が時計を見て舌打ちし、部署ごとの権限を持つ責任者が名簿を抱えて走り回る。侵入者らしき四人のために現場一帯へ実害が出て、私のところへ苦情まで押し寄せてきた。こちらだって舌打ちの一つも出る。
現場から散々恨まれた代わりに、その夜から敷いた検問は、偽造身分証を使って車で抜けようとした男を一人引っかけた。すぐに男の足取りが追われ、深夜には公安から追加の映像が届く。
映っていたのは、日没後に沿岸へ向かう車と、釣り具を抱えた一団だった。公安が車体の沈み方を分析したところ、行きと帰りでは車重が二百キロ近く違うという。施設内で見つかった四人と同じ者たちなら、すでに島外へ出たことになる。
ただし、映像だけでは二組を同一人物と断定できない。検挙した男が送り役だった可能性は高いが、当人も口を割らず、四人の身元も行き先も分からなかった。
「四人組は、沿岸映像との照合を続けます。港湾と沿岸の警戒を維持し、島内は、ほかの協力者の洗い出しへ人を回します」
「やむをえませんね……」
保安担当もお疲れさまだ。こんな深夜まで付き合わせてしまったが、こちらも帰れる話ではない。頭の痛いことに、アークエンジェル側へも通達しなければならなかった。
「海軍にも連絡を。アークエンジェルの所在が知られた前提で、領海外まで送り出す案を作っていただかないと」
「修理の完了日まで、あと数日はあるとのことでしたね」
それから数日、保安から新しい報告は上がらなかった。修理区画を通るたび、アークエンジェルを囲んでいた足場は一つ、二つと外れ、開け放されていた装甲板も閉じていく。四人の身元も行き先もつかめないまま、出航準備だけが先へ進んだ。
* * *
修理と補給が翌日には終わる見込みとなったところで、私はアークエンジェルの艦橋を訪れた。
海軍がまとめ、政府の承認を通した離脱案を正面モニタへ表示する。オノゴロ島から北東と北西へ、二本の航路が大きく開いていた。それぞれの先に並ぶのは、数を揃えたオーブの護衛艦群である。
一隻を領海外へ送り出すだけなら、護衛は一群で足りる。だが、それでは艦隊が動いた時点で、どちらにアークエンジェルがいるのか教えるようなものだ。今回は二群とも実際に出航させ、一方には白い艦そのものを隠し、もう一方には同じ識別信号を出す支援艦艇を混ぜる。たった一隻の行き先を誤魔化すために、島の両側から艦隊を動かす案である。
「護衛艦を、実際に二群も出していただけるのですか」
ラミアス艦長は、入港時よりはるかに多い艦影を数えていた。
「ええ。アークエンジェルは北東群へ入ってください。北西群には、支援艦艇から同じ識別信号を出させます。どちらも予定の分離地点までは、通常の艦隊行動として航行します」
航路図とは別に、例の四人組が映った記録と、その後の調査結果を表示する。身元も所在も分からず、施設内の四人と沿岸映像の一団が同じ者かどうかも確定していない。
「アークエンジェルの所在は、敵へ渡ったものとして組んだ案です」
「護衛艦を隠れ蓑にする、ということですか」
バジルール少尉の指が、北東群の艦影を一つずつ押さえた。
「襲撃を受ければ、この艦だけの問題では済みません。護衛艦の交戦規定は?」
「こちらからは撃ちません。攻撃を受けた場合も、反撃は自艦を守る範囲に限ります。護衛を解くのは、領海線の内側です」
少尉がやや難しい顔をした。領海での戦闘と同じで、オーブ艦隊は自国防衛のためにしか戦わない。この二個艦隊も目くらまし以上の働きはせず、領海を出る前に離れる。そこから先、アークエンジェルはまた単艦へ戻る。
「アークエンジェルが加速を始めてからでは、護衛群が左右へ抜ける余地が足りません。分離点を、ここまで戻してください」
少尉が示したのは、当初案より島へ近い位置だった。アークエンジェルの前面にいる艦艇が左右へはける時間を少なく見積もっているとの話は、海軍からも受けていた。それでも当初案をあそこまで外へ引いたのは、できるだけ長く護衛下へ置きたいという海軍なりの意地だったのだろう。
分離点を戻せば、偽装に使える時間は短くなり、アークエンジェルの接敵も早まる。その代わり、オーブ艦が戦闘へ取り残される危険は減る。少尉は、自分たちにとって不利になる方を示していた。
「いいのか? 少尉殿。その分、接敵は早まるぞ」
「護衛艦を交戦の場へ残すよりはいいです。他勢力が入り混じる現場は、かえって混乱を招きます」
発砲をためらうのは、オーブを敵に回したくないザフト側だけだ。アークエンジェルは背後にオーブ艦隊を抱える形になるのだから、その混乱へ紛れて抜ける手もあったろうに。
「要望を伝え、海軍へ差し戻しておきます。最終案では、今いただいた位置へ」
「ま、候補を二つに増やしてくれてるんだ。トントン、いや、まだプラスと見るかねえ」
フラガ少佐が領海線の先を指した。近海監視では、この二日ほど、ザフト艦と断定できる航跡は見つかっていない。
「潜り込んだ連中が母艦へ戻ったなら、島のそばにいる必要もない。出てくるところを待てばいいわけだ」
「ええ。ですので、距離と方向を離した二個艦隊を同時に出し、対応を迫られたザフト艦がどう動くかを見ます」
両方へ対応するなら中間へ出るしかなく、山勘を張るならどちらかへ寄ることになる。少なくとも、相手がこの海域に残っているなら、二群を同時に追って黙ったままというわけにはいかない。
ラミアス艦長が、私とバジルール少尉の間へ視線を移した。
「この案は、オーブ政府として承認されたものなのですね」
「ええ。この艦もG兵器も、代表府が承認した計画ではありませんでした。その話は以前お伝えしたとおりです。機械相とモルゲンレーテ、それに一部の人間が、大西洋連邦の圧力に屈する形で始めたものでした」
バジルール少尉は頷かなかった。ウズミ様や政府がG計画を認知していなかった件を、いまだに疑っているらしい。
もっとも、その一部の人間は状況を逆用し、自国のモビルスーツ開発へ技術を転用していた。そのことは表へ出していない。低軌道で私のシルバーフレームを見た者の中には疑いを持つ者もいるだろうが、それもG計画の関係者くらいのものだ。
「ですが、知らなかったと言えば、オーブの施設と人間が関わった事実まで消えるわけではありません。単なる情で片づけるつもりもありませんよ。データや協力という利を、こちらも受け取ったわけですから」
「後始末、ですか」
「きれいな言い方が必要でしたら、後で考えておきます」
「やっぱり出立は急いだ方がよさそうか?」
フラガ少佐が話を戻した。ラミアス艦長が海図へ目を向けるのに合わせ、表示範囲を広げる。新たに映った範囲のうち数か所にピンが立った。最も大きいのはアラスカとパナマ。どちらも連合軍の一大拠点だが、このところ頻繁に話題へ上がるのはパナマの方だった。
「軍側の見積もりでは、パナマ方面でザフトの大規模作戦が噂されています。オペレーションウロボロスは、年初のカオシュン陥落でいよいよ大詰めとなりました。地上のザフト軍基地、特に目の前のカーペンタリアも慌ただしくなっています。作戦準備へ戦力が拘束されれば、アラスカへ北上するこの艦へ向く圧力が下がる可能性はあります。ただし、推定です」
「どの程度まで分かっているのですか?」
「確実なのは、ザフトがパナマを狙わないはずがない、ということです。オーブも中立国の立場で得られる情報は集めていますが、それ以上は、なかなか……」
本当は知っている。だって見たもん。ザフトは直前で目標をアラスカの連合軍最高司令部、JOSH-Aへ変更し、アリューシャンからの揚陸と宇宙からの空挺降下でもって制圧を図る。その末路まで含めて。
でもなぁ、どこで知ったと聞かれて答えられる話ではない。根拠を出せないまま軍を動かそうとすれば、オーブの情報源を疑われるだけだ。影響が大きすぎて、試しに漏らしてみるでは済まない。
「いろいろと、ありがとうございました」
ラミアス艦長が、修正された海図へ手を置いた。
「頑張ってください。言葉ばかりで申し訳ありませんが、あと少しです」
* * *
出航当日の朝、監視ブースへ顔を出すなり、カガリが噛みついてきた。
「遅いぞ、イサリ」
「約束の時刻より前です」
「でも私たちは待ってた」
カガリの後ろにいるのは、ハルマ・ヤマトとカリダ・ヤマト。実際に顔を合わせるのは初めてだった。
「……そちらは?」
「ああ……キラの、ご両親。見送りに来たんだ。あいつ、結局、出航になっても顔を見せなかったって……」
カリダさんは私へ会釈した後、すぐガラスの向こうへ目を戻した。アークエンジェルの周りでは、艦へ渡したタラップを片づける準備が始まっている。
「何とか、キラに会わせる時間だけでも作れないか? このままじゃ、あいつも、この人たちも……」
「今から面会を入れれば、出航時刻をずらすことになります」
ああ、そうか。原作でも結局、キラは二人の前まで来なかった。上部甲板から姿を見せただけだったはずだ。なら、出航を止める必要はない。
「なら、せめて顔くらいは見せてあげたいですね」
アークエンジェルの当直へ回線をつなぐ。
「イサリです。キラ・ヤマト少尉を上部甲板へ呼んでください。そう、キラ・ヤマト少尉です」
「私が行く」
「行くなら、許可が出るまで待ってください」
出ていきかけたカガリを止め、つないだままの回線へ続けた。
「カガリ様が短時間そちらへ伺います。受け入れをお願いします」
回線の向こうから短い了承が返り、タラップ脇の当直兵がこちらへ手を上げた。それを見たカガリはブースを飛び出し、当直兵に案内されて艦へ駆け上がっていく。あれを止めるくらいなら、出航を遅らせる方がまだ簡単だったろう。
私はヤマト夫妻とブースへ残った。カリダさんはアークエンジェルの上部甲板を見たまま、ほとんど身じろぎもしない。隣に立つハルマさんも声をかけず、彼女と同じところを見下ろしていた。
やがて上部甲板のハッチが開き、中から青い制服姿のキラが出てきた。先に上がっていたカガリが駆け寄り、何かを話してから監視ブースを指さす。その先を見たキラが足を止め、目を見開いた。
「キラ……!」
ガラスへ手をついたカリダさんの身体が崩れかけ、ハルマさんが肩を抱いて支えた。閉じたブースから声が届くはずもない。それでも彼は空いた手を上げ、キラの方へゆっくり振ってみせる。
キラは身体をこちらへ向けたまま動かない。カガリが隣で何かを言い、二言、三言と返す。声は聞こえず、何を話しているのかまでは分からなかった。
話が終わるより先に、カガリがキラの両肩をつかんだ。二度ほど乱暴に揺さぶってから、そのまま抱きつく。キラはよろめきながらも、カガリの背へ腕を回した。
ハルマさんが振っていた手を途中で止めた。夫婦そろっておたおたしている。まあ、実の姉弟だものな……。あの光景なら邪推もしてしまうか……。
先に離れたのはカガリだった。キラは最後にもう一度こちらへ顔を向け、上部甲板の奥へ戻っていく。その姿が扉の向こうへ消えるまで、カリダさんはガラスから手を離さなかった。
カガリが当直兵と一緒に戻ってくる。彼女がタラップを渡り切ったところで、艦と岸壁をつないでいた通路がゆっくり引かれ始めた。
「お帰り。話せました?」
「ああ。ご両親への伝言も預かった。ちょっと話してくる」
カガリはそのまま夫妻の前へ行き、キラから預かった言葉を伝えた。
「今は会えないって。でも、ごめんって。それから、もう大丈夫だって言ってた」
カリダさんは口元を押さえたまま頷いた。ハルマさんは妻の肩を抱いたまま、何も言わない。
タラップが岸壁側へ収まり、ほどなくドックへ水が入り始めた。水面がアークエンジェルの船腹を覆うと、張っていた係留索が揃って弛む。低い振動とともに艦の各部へ灯りが戻り、昨日まで人と足場に囲まれていた白い船体が支柱から浮き上がった。
係留索が外されても、艦はしばらく動かなかった。船体の脇で水が渦を巻き、巨体がゆっくり前へ出る。監視ブースのすぐ前を艦首が横切り、次いで、修理で色の変わった外板や継ぎ目の残る補修箇所が流れていった。近すぎて全体は見えない。長い船腹が過ぎ、艦尾まで水路へ出て、ようやく壁に返る機関音が小さくなっていく。
水路の外では、先に出たオーブ艦が列を作っていた。アークエンジェルはその最後尾へ追いつき、灰色の艦影の間へ入る。白い船体は隠れ切らず、前を横切る艦と重なるたびに見えたり消えたりした。
カガリはヤマト夫妻の隣に戻っていた。手は振らず、列が沖へ向きを変え、一隻ずつ岸壁の端へ隠れていくのを見送った。
最後の艦影が消えると、空になった水路へ隔壁が降り始めた。