もはや何番煎じかもわからぬオーブ指導者層転生物 作:シチシチ
水路から離れても、隔壁を閉じる重い駆動音が建物の奥を伝わってくる。
アークエンジェルを見送ったあと、私はその足でジャンク屋一行の利用しているラウンジへ向かった。補修の終わったレッドフレームも、そろそろロウさんへ返さなければならない。
開いた扉の向こうでは、ロウさんたちが端末に表示された計画書を前に盛り上がっていた。
「新しいお仕事のお話ですか?」
「おう!すげぇぞ、マスドライバーを備えたギガフロートの建設だってよ!」
プロフェッサーの前にあるのは計画の発案者だというマルキオ導師から届いた案内と、ギガフロートの完成予想図だった。
ジャンク屋組合設立に尽力した人物であり、組合員からの受けはいい。この計画も戦争で失われた宇宙港に代わる民間が使える宇宙発進基地を作ろう、という考えのもと発案されたものだそうな。
実際、宇宙港喪失の民間への影響は大きい。アフリカのヴィクトリア、中国のカオシュンが失われ、残るマスドライバーはパナマのボルダパナマと、ここオーブのカグヤだけ。
しかもパナマは、開戦直後、大西洋連邦による南アメリカ合衆国侵攻・併合に伴って連合の直接管理下へ置かれた。月面へ残された最後の玄関口でもあり、民間が自由に使える状態ではない。そこへオペレーション・ウロボロスの最終目標として信仰がいよいよ近づいているとの噂まである。
民間が使えるマスドライバーは事実上カグヤだけで、予定はミチミチ、使用料も上がる一方。独自の発進基地へ出資が集まるのも無理はなかった。
その恩恵を受けている身としてはウハウハだが、同時にザフト、連合双方からの熱い視線には冷や汗だらだらにもなる。
「大きいですね。話には聞いていましたが、計画図を見るのは初めてです。今、どこまで進んでいるんです?」
「それを聞くために、これからロウが導師のところへ行くんです。まだ受けると決めた仕事ではありません」
「けどよぉ、こんなのを見せられて興味を持つなって方が無理だろ」
リーアムさんに釘を刺されても、ロウさんが画面を送る手は止まらない。その横では、プロフェッサーがレセップス改の補給予定を確かめ、樹里は今回は説明を聞いて持ち帰るだけだともう一度念を押している。レッドフレームの確認も残っている以上、少なくとも今すぐ島を出るという話ではなさそうだ。
遅れて入室してきたジュリは、砂漠から戻ってから着ていたモルゲンレーテの作業着ではなく、オーブ軍の制服に戻っていた。ロウさんはそこでようやく気づいたらしく、端末から顔を上げる。
「ジュリ、その格好どうした?」
「どうしたって、今日から原隊復帰よ。監視はもういいそうだから」
「そうか、もともとレッドフレームを預けるってんでつけられたんだったか」
「もう、忘れてたの?」
ロウさんは、制服姿のジュリを改めて上から下まで眺めた。
「そっか。宇宙からずっと一緒だったから、急に離れるみたいで変な感じだな」
「離れるって言っても、オーブにはいるしいつでも連絡はとれるわ」
「分かってる。それでも今までみたいにはいかないだろ」
ジュリは何か言い返そうとして、結局、乱れもない制服の裾を直した。耳が赤くなったところで、ロウさんは何事もなかったようにギガフロートの画像へ視線を戻している。
その向かい側で、樹里さんが開いていたノートを閉じた。声は立てなかったのに、風花ちゃんはそれを見逃さないようだ。すぐ隣まで来ると、重ねかけた資料の上へ片手を置いた。
「樹里お姉さん、まだ終わってませんよ」
「でも、あとはロウが聞いてくれば……」
「またそうやって、自分だけ引くんですか」
風花ちゃんの指先が、閉じたノートを押し戻す。樹里さんは何か言いかけ、ジュリの制服とロウさんの間で視線を迷わせたあと、口をつぐんだ。
風花ちゃんがこちらを向いた。隣のジュリをちらりと見てから、私と目を合わせる。
なるほど。樹里さんをここで引かせたくないらしい。
恋のバックアップ対決というわけだ。
私もジュリの横顔へ一度目をやったが、口を挟むほど野暮ではない。風花ちゃんの手も、まだ樹里さんのノートから離れていなかった。
「……ロウ。導師から聞くこと、もう一回確かめよう」
「お?おう!」
「導師の話を聞いただけで、その場で引き受けて帰ってきたりしないでよ。みんなで動く仕事なんだから」
「分かったよ。話を聞いて持ち帰る。これでいいんだろ?」
閉じられたばかりのノートがまた開き、樹里さんは導師へ聞くことを最初から読み直した。風花ちゃんはそれを確かめると、ようやく手を離した。
ここまで黙って見てしまったが、私もレッドフレームのために来たのだ。いつまでも格納庫に置きっぱなしでも困る。持ってきた受け渡し資料を、ロウさんの端末の脇へ滑らせる。
「お話の途中にすみません。レッドフレームの修復と、フライトユニットの装着は終わっています」
「待ってたぜ。現物はもう見られるんだろ?」
「ええ。ただ、実機での確認は残っています」
「ならまずは物から見るか。メカニックとしちゃユニットを付けたまま立たせて、修理したところに変な歪みが出てないか目で見て確かめたいところだぜ。リーアム、一緒に見てくれ」
「そのつもりです。計画値と合わなければ、今日の飛行確認は取り止めますが」
「そのために現物を見るんだろ」
ロウさんはもう立ち上がり、端末と受け渡し資料をまとめて一緒に抱えて歩き出した。工事の話と機体の話で彼もなかなかどうして忙しい身らしい。。
「風花さんは、このままオーブに残るのですか?」
「はい。私は劾たちが来る前に、スケイルアーマーの記録をまとめておきます。取り付けたら、劾自身に動かしてもらって確かめてもらわないと」
「おっ、劾が試すのか。あいつがどう動かすのか、あとで俺にも見せてくれよ」
「劾がいいと言ったら、いいですよ」
ロウさんが笑って了承したところで、懐の呼出機が震えた。
《沿岸監視からマヤ代表補佐。北東の護衛隊群から分離した目標へ、高速航空目標四。西寄りから接近中です》
手に持ったばかりの資料を卓へ戻し、回線を開く。
「現在の速度と会敵予想を出してください。すぐ行きます」
「ロウさん、現物の確認は格納庫内だけにしてください。マルキオ導師の島へ出るのも、連絡があるまで待ってください」
「何かあったのか?」
「まだちょっと判断できません。分かり次第連絡します」
ロウさんが了承するのを見届けてラウンジを出ると、ジュリが「イサリ様」と追ってきた。肩越しに呼出機を見せて「あとで」とだけ返し、そのまま沿岸監視区画へ足を速める。
* * *
国防軍の沿岸監視区画へ入ると、正面表示には北と北東へ分かれた二本の航路が残っていた。領海内へ折り返す護衛艦の軌跡が、その上を逆向きに流れている。たった一隻の進路を曇らせるために、これだけの艦と人間を島の両側から実際に海へ出していた。
二群の間から北へ伸びた四本の線は、途中で北東へ折れていた。
「高速目標は、モビルスーツ四機! イージス、バスター、ブリッツ、デュエルと推定!」
領海ギリギリでアークエンジェルが分離するまで、二群は同じ数の艦隊識別信号を出していた。どちらかへ寄って待ち伏せて外せば、反対側には追いつけない距離。こちらの想定通りザフトがその中間で待ち、分離を確認してから北東へ折れたことは、この軌跡だけで分かる。
撤収中の護衛艦が拾った記録から推定すると、四機を載せたグゥルはほぼ最高速度に達している。モビルスーツ側のスラスターまで使っている可能性があるという。
「会敵まで、あと数分。予想位置はここです」
担当者が終点に印を打つ。多くの岩が海面から頭を出した一帯である。
いろいろ手を打っても、原作と同じ戦場へ落ち着くらしい。まあ、その方が都合はいい。
モビルスーツ本体がバッテリー機なら、アークエンジェルへ追いつくまで連続して速度維持の為に高出力を発揮した以上、相応の代償は伴う。おそらく、バッテリーもかなり消耗しているはずだ。
北東群の最後尾艦が回頭し、帰投航路へ入った。領海外まで追わせるつもりはない。
「両群とも、そのまま帰投させてください。最後尾艦のレーダー記録は継続してこちらへ」
沿岸監視の回線から、モルゲンレーテの外勤窓口へ切り替える。
「サルベージ班を一班、待機させてください。交戦が終わり、両方の離脱を確認するまでは出さないように」
回線の向こうで了承が返った。呼んだのは、普段なら実機試験中の事故に出る班だ。現場へ入れるのは、双方の離脱を確認してからになる。
まもなく、北東側の護衛艦から短い通報が入った。
《高速目標四、アークエンジェルと接触》
岩礁の反射が広がり、四機とアークエンジェルの航跡を、レーダー画面の上で細かく切り刻んだ。
* * *
岩礁の上へ現れた四機のグゥルは、長い推進炎を引いたままアークエンジェルの後方から追撃を仕掛けた。
キラは煙幕に紛れてストライクを甲板へ展開し、先行して発艦したスカイグラスパーから届く座標へアグニを向けた。白い光が煙を貫いたものの、着弾より早く四機は散り、岩礁の陰へ潜り込んでしまう。間接射撃では落とせないと判断し、ランチャーストライクを甲板から跳ばして煙幕の上へと出た。
色づいた装甲を追って、バスターからデュエルへ照準を振る。アグニの閃光は二機を捉え損ねた代わりに、足場にしていたグゥルを立て続けに破壊し、空中へ放り出された二機はスラスターを噴かしながら岩礁へと降りていった。
その間にムウとトールのスカイグラスパーが残る敵機を引きつけ、後退してアークエンジェルの甲板へ降りたストライクへ、ムウ機から切り離されたエールストライカーが落ちてくる。ランチャーパックを捨てた背中で受け、換装と電力補充を済ませた。
エールストライクが岩肌ぎりぎりまで下がってイージスの突進をかわしたところへ、背後からブリッツが迫る。キラは機体を返し、抜いたビームサーベルを縦に振り下ろす。黒い機体も沈み込んだが間に合わず、トリケロスを付けた右腕は肩口から切り離され、岩へ一度弾かれてから緑黒い海へ沈んでいった。
右腕とグゥルを失ったブリッツは残った左腕を岩につき、黒い輪郭をぶれさせた。直後にイージスが進路を塞ぎ、キラがもう一度そちらを見た時には、機体も反応も岩の間から消えていた。続く空戦でイージスのグゥルも破壊され、バスターとデュエルも岩礁へ降りた。これでもう、四機とも空からアークエンジェルを追えない。
それでもイージスは退かず、岩から岩へ移りながら、ビームライフルでアークエンジェルへの攻撃を繰り返してくる。ナタルの制止が飛ぶ中、キラはエールを切り離し、ソードストライカーへ換装して岩礁へ降りた。その頃には、消えた黒い機体を捜す余裕など残っていない。
シュベルトゲベールとイージスのビームサーベルが岩礁の上でかち合う。互いの装甲が触れそうな距離では、長い実体部を持つ対艦刀の方が扱いにくい。キラは石突と柄で爪状の発振部を押し戻し、体勢を崩したイージスへ振り下ろそうと、刀を右肩まで担ぎ上げた。
「アァスラン!」
その瞬間、右の岩肌から、ないはずの輪郭が剥がれた。
ブリッツの装甲が黒く戻ったかと思えば、すぐ灰色へと落ちた。ここまでの高速航行と戦闘に加え、岩陰でミラージュコロイドを使い続けたせいで、フェイズシフトを保つ電力さえも残っていない。それでも機体を前進させ、左手のランサーダートを脇へ引きつけたまま、イージスとストライクの戦闘の場にまっすぐ飛び込んでくる。
長大な剣を振り上げたストライクの右半身は、がら空きだった。
キラは右足を下げるようにペダルを踏み、操縦桿を倒して上体をブリッツへ向けた。右腕がない。武装の薄い側から抜けよう。
肩まで上げていたシュベルトゲベールを脇へ落とし、機体を低くして、失われた腕の側から背後へ回ろうとした。
ブリッツは進路を変えなかった。既に、彼も機体の反応できるだけの余裕もなかった
突進する胸部と、下ろされた対艦刀の軌道が重なる。キラがそのことに反応する前に、コンソールの隅へ警告が割り込んだ。
《P.L.A.S.-X01 衝突事故判定:成立》
《緊急出力抑制/レーザー刃:86→0》
シュベルトゲベールが帯びていた青白い刃だけが消えた。
だが、実体刀身と、それを保持するストライクの重さまでは消えない。ましてブリッツは、自分からそこへ飛び込んでいた。
レーザー刃の消えたシュベルトゲベールが胸部へぶつかり、フェイズシフトの消えた装甲を押し潰しながら操縦区画へ食い込んでいく。装甲を焼き抜く閃光も、機体を四散させる爆発もないまま、刀身だけが刃幅いっぱいまで胴体に飲み込まれた。
《アスラン》
《逃げ、て》
アスランの眼前、通信映像の中でニコルの口からは赤いものが溢れ、二つ目の言葉を濁らせた。腰から下は、さっきまでイージスと打ち合っていた実体刀身によって遮られ、見えない。もう一度口を動かすより先に映像が途切れる。電力供給が完全に落ち、機体のテンションまで途絶えると、ブリッツは対艦刀を抱えたまま膝を折り、岩礁へ崩れ落ちた。
「ニコルゥーーーーッ!」
アスランの声に応じる者はなく、キラも操縦桿を握ったまま、岩にうずくまる黒い機体から目を離せない。そこへアークエンジェルの砲火が落ち、二機の間にあった白い岩を弾け飛ばした。
イージスはブリッツへ伸ばしかけた腕を引き、デュエルとバスターを伴って南へ離脱した。ストライクへは帰艦命令が繰り返し届き、二度目の呼びかけで、キラはようやく機体を起こし飛び上がった。
後に残ったブリッツは右肩から先を失い、腹部にその刀身をめり込ませた姿のまま、岩礁の上へ沈み込んでいた。
* * *
レーダー画面から三機が南へ抜け、アークエンジェルも岩礁地帯を離れたのを見届けて、待機班へ発進を伝えた。
私も最後の輸送機へ乗り込んだ。白い岩肌についた焦げと油、波打ち際に転がるひしゃげたグゥルやパックの破片が見え始めた頃、機体が大きく右へ回る。
窓の端へ黒い巨体が入ったところで、私は窓へ手をついた。浮かせかけた腰を肩ベルトに引き戻されて、ようやく席へ戻った。
右腕はなく、胸から腹へシュベルトゲベールを食い込ませていたが、それでも頭部と胴体は一機分の形を保ち、ブリッツは両膝をついたまま岩へ引っかかっていた。海面へ散った破片のどれとも見間違えようがない。ミラージュコロイドを載せた機体が、部品でもデータでもなく、持ち帰れる形で本当に残っている。
そこまで確かめてから、自分の口元が緩んでいることに気づいた。回収班の前で無邪気に喜ぶわけにもいかず、拳を口元へ当てて咳払いをしたが、着陸表示がまだ赤いうちからバックルへ指を掛け、正面の要員に首を振られた後では何のごまかしにもならなかった。はずかし。
輸送機が水面へ降りると、回収班に続いて外へ出た。遠目には対艦刀が刺さっているだけだった傷も、そばまで寄れば、焼けた部分は装甲表面に限られ、その奥で実体刀身に潰された装甲と骨格が折り重なっていると分かる。深くめり込んだ刀身を、装甲とフレームが挟み込んで保持しているかのようだった。
そのフレーム自体も半ばまで断たれている。胴部は作り直しか――そう傷口をのぞき込んでいるうちに、索を抱えた作業員から道を空けるよう言われてしまった。
「すみません」
機体へ寄る作業線の中まで入り込んでいたらしい。輸送機の陰へ戻る頃には、海風へ出していた頬より耳の方が熱くなっていた。
回収班はブリッツの肩と腰を取り、岩にも別の索を掛けた。岩礁で砕けた波が機体へかかる中、クレーンがシュベルトゲベールの重さを引き受け、機体を支える。潰れていた装甲は内側へ沈み、べこべこにひしゃげた操縦区画の入り口を晒していた。
時期、つり上げ用の脚が組まれ、台車を差し込んで積み込むことになるだろう。作業員が必要な開口だけを取る線を引き、固定を確かめながら外装を開く間、私はうろうろしていたせいで動くなと念を押されてしまい、今度こそ輸送機の陰でじっとしているしかなかった。*1
やがて隙間から赤いパイロットスーツが見え、待機していた医療員が上体を差し入れた。外から見えるのはその背中と、狭い開口の中で動く腕だけだった。しばらくして、岩の向こうまで通る声が上がった。
「生きているぞ!担架を!」
――は?
こちらが耳を疑っている間に周囲が動き、開口部の下へ担架が差し込まれた。通り道を空けようと一歩引いたはずが、割れたバイザーの向こうから顔が現れた途端、足が止まった。
ニコル・アマルフィだ。
試作AIへ仕込んだ過学習は、あの交差を狙い通り衝突事故として拾ったらしい。仕込んだのは、レーザー刃を落としてブリッツを爆散させないところまでだ。搭乗者までも生き残るとは思っていなかった。下半身が押しつぶされてぐちゃぐちゃなんだぞ、なんで生きてる。
かえって面倒なことになってしまった。
医療員が赤いヘルメットを固定し、搭乗者の上体をゆっくり引き出していく。下半身が現れた途端、別の医療員が間へ入ったため、こちらからは顔も傷も見えなくなった。
飛び交う言葉は専門用語ばかりで半分も分からない。それでも処置が続いていることくらいは分かり、さらに道を譲って、離陸を急ぐ搬送機まで運ばれていく担架を見送った。
彼はオーブ国民でも一般人でもなく、つい先ほどまでアークエンジェルを撃っていたザフト兵で、しかも父親はプラント最高評議会の議員である。
ニコルを乗せた搬送機が岩礁を離れたところで、とうとう声に出た。
「うあぁぁ、面倒くせぇえ……」
機体回収だけで済んだはずの事態に外交上の問題まで付いてきやがった。
ニコルの死は、アスランとキラを殺し合いまで追い込む引き金だった。何度見返しても変わらなかった場面を、よりによってここで変えてしまった。この先がどれだけこじれるか、分かったもんじゃない。
この岩礁の上では処遇を決められないにしても、彼の名を不用意に流さないための手は、すぐに打たなきゃならない。
彼を乗せた搬送機が先に岩礁を離れても、ブリッツはまだ索につながれたままだった。切断された右腕は波打ち際まで探しても見つからず、潮も先ほどより高くなっている。
「本体を先に岩から離してください。腕の捜索は、回収の航跡と潮の向きだけ記録に残すように」
回収責任者は次の索を掛ける位置へ戻っていった。私は岩礁へ残り、黒い上体が無事に岩から離れるまで待った。
* * *
ニコルを運んだ搬送機は、ブリッツ本体より先にモルゲンレーテへ戻っていた。
私が岩礁地帯から戻り、制限医療区画へ着いても手術中の表示は消えなかった。
回収品の箱には、処置のためにと切られた赤いパイロットスーツと血の付いた認識票が分けて納められている。表面に打ち込まれた「ニコル・アマルフィ」の名を見れば、ただでさえ重かった気分がさらに重くなる。岩礁からこっち、ため息が止まらない。
私の到着を聞いてか医官の一人が寄ってくる。
「患者記録には、漂流した身元不明の重傷者とだけ」
「わかりました。搬送先はどちらに?」
「軍病院は避けましょう。人の目が多すぎます。容体が安定したら、オノゴロ島先端生殖医療研究センターの付属医療棟へ、海上で保護した漂流者として移してください。センターと海軍には話をつけておきます」
このまま目を覚まさない可能性もあれば、意識が戻っても本人が何をどう望むかは分からない。軍病院は意外と民間からの受け入れもあって、所属も知れない人間の目や耳が多い。ただでさえ、先日のスパイ騒動で狩り残しがあるというのに、そんな危険は冒せない。ザフトにも、プラントにも、アークエンジェルにも、できれば戦後まではこのまま死んだものと思ってもらおう。
「とにかく顔を見られる人員は絞ってください。外部から照会が来た場合も、ここから返答せず、私へ回すように」
担当者の返事が終わるのとほとんど同時に、携帯端末へエリカさんから着信が入った。
《ブリッツ本体、ようやく地下へ入ったわ》
「ようやくとは?別の案件でも抱えてました?」
《本体より先に届いたものがあったの。時間が取れるなら、P01へ来て》
エリカさんの声は平静だったが、後ろで金属を削る音がしていた。
* * *
P01の作業区画へ入った途端、エリカさんへ声を掛けるのも忘れた。ゴールドフレームの右肩は外装だけでなく取付け部ごと外され、足場の中には金色の骨格が露出している。さらに隣の固定架を見れば、トリケロスを付けたまま岩礁地帯から消えていた、ブリッツの右腕まであった。
どう考えても、本体を岩礁から地下へ運び込む間に先回りしてきたとしか思えない。固定架へ近づき、切断面へ引かれた真新しい作業線を見上げた。
「どうして、右腕が本体より先にあるんです」
「サハクの別班よ。戦闘中から近くにいて、腕だけ拾って帰ったの。あなたたちが出た頃には、もう帰投中」
エリカさんが見せた回収映像では、見慣れない機体が黒い腕を抱え、モルゲンレーテへ入ってくる。M1より太い胴体に、現行機にはない背面接続部、全身に取り付けられた特徴的な装備まで見えた。
「……え、M2?」
「ええ。アメノミハシラの技師が組んだ先行技術実証機みたい。スケイル・システムも一式、そちらへ回っていたわ」
アメノミハシラで作成予定だった宇宙用のM1A用生産ラインのM2への転用資料として、仕様の一部は渡していた。それを向こうで勝手に詰め、こちらより先に実証機まで造りやがったらしい。
やってくれたな、サハクめ。くっそ、好き放題やってくれやがって……!
「……M2の運用記録を、機体側のログも含めて一式寄こさせておいてください」
「言われなくても。私も同じものを見たいわ」
くそっ、こうなったら本使用の決定資料に使ってやる。
腹は立つが、先に右腕だ。
「右腕の方は?」
「それが、ギナ様がP01の強化改修に用いたいって」
「ああー……、ゴールドフレームですか」
つまり、ブリッツの切断された右腕を、原作通りP01へ取り付けるつもりらしい。ヘリオポリスでショートした右腕はパージされて以来、そのままだったが、そこにつけてしまおうというのだ。もともとゴールドフレームの右腕の再建造と強化改修は予定されていて、先行して頭部パーツは設計・製造され、取り付けまで終わっていた。
このままゴールドフレーム天へと改修する腹積もりか。
「切断面を直して稼働を確認でき次第、そのままP01の右腕にする予定よ。本当は解析結果を反映した設計で、両腕とも新規設計で作り直すつもりだったのだけど」
「ちっ、今からブリッツへ戻すことは?」
「駄目ね。ミラージュコロイド・ステルスにご執心だわ。思いもよらぬ拾い物だったから」
おのれ、そうなるとブリッツの修復はかなりかかるな。間に合わないかもしれない。
「解析記録、お願いしますね。特に主要武装の大半は右腕部に集中しているので」
「それは回すわ。こちらだって、ブリッツの資料は完全な形で欲しいもの」
作業員から呼ばれたエリカさんは、足場へ片足を掛けてからこちらを振り返った。
「ブリッツ本体は、まだ見ていないんでしょ」
「ええ」
* * *
ブリッツ本体は右肩を欠いたまま、大きな保全架の中で仰向けになっていた。押し潰された操縦区画と右腕の付け根には仮の覆いが掛かっており、胸の傷から取り外されたシュベルトゲベールは、少し離れた台へ横たえられている。
恋焦がれていたものを前にして、つい表面へ手を伸ばしかけたところで、保全架の端に貼られた接触禁止の表示が目に入る。指先が触れる前に腕を下ろしたものの、隣のエリカさんにはしっかり見られていた。
「触らないで。まだ保全中よ」
「そのつもりでした」
「手は出てたわよ」
返す言葉がない。エリカさんは少し笑い、操縦区画の仮覆いを持ち上げて、内側を照らしながら端末を差し入れた。
「コックピット周りは、ほぼ作り直し。胴体フレームの歪みは、まだ外からでは分からないわ」
「ミラージュコロイドは?」
「右腕側の発生器は生きていたわ。本体側は、もう一段開けないと分からない」
右腕が戻らず、胴体も作り直しになるのなら、元の形へ戻せるかだけを査定してもらっても足りない。
「コックピットとミラージュコロイドを優先した復旧案と、別用途への強化改修案をお願いします」
「別の用途?」
「宇宙空間を超長距離移動し、姿を隠して敵圏を観測したあと、自力で帰ってこられる機体が早急に必要なんです。その条件で、ミラージュコロイドと残った機能を活かせるか、まず査定をお願いします」
エリカさんは仮覆いの向こうへ目を戻し、しばらく返事をしなかった。
「ふーん。何に使うつもりなのかは教えてくれるの?」
「まだ、話せません」
「じゃあ、こちらも答えは後。発生器とフレームの状態を見てからよ」
探させたいものは決まっている。ただ、月面天文台にもキオウ家にも、ジェネシスの情報はまだない。所在も進捗も分からないものを探すためだと話せば、なぜその存在を知っているのかから説明する羽目になる。情報源は明かせない。超巨大ガンマ線レーザー砲のことまで話せば、エリカさんはブリッツどころではなくなるだろう。
エリカさんは近くの技術者を呼び止めた。
「まだばらさないで。外から見られるところを確かめて、機体の記録を抜くのが先よ」
新しい作業灯が持ち込まれ、右肩を失ったブリッツの胴体へ白い光が差し込んでいく。
開いた隔壁の向こうでは、ゴールドフレームへ合わせるため、切り離された右腕の接続部に工具が入っている。飛び散った火花は黒い装甲の上で一度弾け、床へ届く前に消えた。