もはや何番煎じかもわからぬオーブ指導者層転生物 作:シチシチ
ロウ・ギュール。
『機動戦士ガンダムSEED』の外伝、『機動戦士ガンダムSEED ASTRAY』シリーズにおける、だいたいの主人公である。
所属はジャンク屋組合。
宇宙を渡り歩き、拾った機械を直しては売る、凄腕のメカニックだ。
そもそもジャンク屋とは、宇宙時代の廃品回収業者である。
宇宙を漂うデブリ、破壊された人工衛星、放棄された船舶などを発見し、回収し、解体し、再利用できるものを転売して利益を得る。言ってしまえば宇宙土方だ。
もともとは個人事業者が中心だったが、戦争の勃発で大規模な破壊が頻発すると、仕事も危険も一気に増えた。そこで事業者たちは、活動範囲の拡大と権利の保護を目的として団結し、いつしか組合を結成した。
なお、その音頭を取ったのは、C.E.世界でも屈指の胡散臭い男、マルキオ導師である*1。
ジャンク屋は、宇宙社会にとって必要不可欠な存在だ。
同時に、軍や政府から見れば邪魔極まりない存在でもある。戦闘で発生した艦艇や兵器の残骸まで回収していく以上、隠しておきたい情報や技術へ触れることもあるからだ*2。
そのため、彼らへ向けられる感情は、感謝から嫌悪まできれいに分かれている。
そんな、いささかやくざな組織に属するロウもまた、宇宙を巡って機械を拾い、売り、直すことで生計を立てていた。
ヘリオポリスを訪れたのも、その仕事の一環である。
本来の物語では、ここで彼はプロトアストレイシリーズと遭遇する。発見した一機、P02をレッドフレームと名付け、相棒として数々の事件へ関わっていくことになる。
まあ。
ここでは、そう簡単に持っていかせないけど。
《どうだい、俺の言ったとおりだろ?》
《すごい! 赤いのと青いので二機も!》
《信じられません……。新品のモビルスーツが、完全な状態で埋もれているだなんて》
「ほうほう」
クルーザーの船橋で、有線回線から流れる声へ耳を傾けながら、私は感心して頷いた。
ロウたちは原作どおり、P02とP03を発見したらしい。
本来ならこの2体が工廠の破壊処理で瓦礫に埋没している中で、発見の手掛かりになるはずのP01が遺棄した右腕はこの世界にはない。*3*4これは発見できなくなるのでは?と考えていたのだが、主人公ともなると、持っているものが違うらしい。
声から判断して、原作通り現地にいるのはロウと、仲間の樹里・山吹*5、リーアム・ガーフィールドだろう。小型ワークローダーのミストラル、いやその改造品のキメラを使い、崩壊したベイブロックへ侵入したはずだ。
しかも、すでに誰かしらがP03のコックピットへ入り込んでいるらしい。やはりロウか?
私は別の通信回線を開いたモニタへ顔を向ける。
「――ということなので、お願いします」
《了解した》
ジャンク屋組が来ているということは、ほぼ同時に突入しているはずの彼らもまた来ているということ。もしやと思ってカメラと同じようにまだ生きた外部アンテナから呼びかけを行い、通信を確立してあった。
「あ、できれば捕縛でお願いします」
一拍、沈黙。
《……承知した》
通信が切れる。
傭兵相手に、後出しの要望って駄目だったかな。いや、傭兵でなくても後出しは悪い。SE*6だろうが何だろうが、仕様変更は早めに伝えるべきである。
事態が進むのを待って茶を啜っていると、ばん、と回線の向こうで何かが炸裂した音が届いた。
《うおわっ!?》
《何です!?》
《えっ、きゃあ!》
《樹里! どうした!?》
散発的な爆発音と悲鳴が続く。
どうやらサーペントテールが突入したらしい。
「うん。そろそろよさそうですね」
「では、現場へ?」
「はい。MPの皆さんもお願いします」
護衛のMPと秘書役の者を連れ、私は崩壊した通路をベイブロックへ向かった。
床も壁も、すでに正しい方向が分からないほど歪んでしまっている。無重力の空間を進み、瓦礫を押し退け、誰だこんなことをしたやつは、とみんなで悪態をつきながら進むことしばし。
現場へ着いたときには、すでに七人の人影があった。それと、コックピットの開いたジンが一機。
音声にあったのは3人だったはずなので、サーペントテールの実働3人を含めても人数が合わない。私たちが移動している間に、コロニー外のジャンク屋チームの母船から、ジャンク屋の残りの仲間まで連れてきたらしい。
「劾さん。お疲れさまです」
「クライアントか」
声へ反応したのは、長身の人物だった。
サーペントテールの3人は全員顔が見えないほど濃いスモークバイザーのノーマルスーツを着ている。体系から男性と分かる一人が私へ向き直ると、バイザーだけを上げた。ヘルメットまでは外さない。
警戒されているのかな?
「彼らが?」
「ああ。施設へ侵入し、例のモビルスーツへ乗り込んでいた者たちだ」
劾の後ろには、四人の男女が並ばされていた。
両手を後ろへ回され、左右の親指をインシロック*7*8*9で固定されている。
泣きそうな顔をしている小柄な少女が、樹里・山吹。
その隣にいる、なよっとした青年がリーアム・ガーフィールド。
バンダナを巻き、こちらを睨んでいる男がロウ・ギュール。
そして、豊満な体つきの女性が、プロフェッサーと呼ばれる人物だろう。
原作の描写で彼女はジャンク屋の母船へ残っていたはずだが、サーペントテールがわざわざ連れてきてくれたらしい。普段は白衣一枚という痴女じみた格好のだが、今は前をきっちり閉じている。
誰の指示だろう?
「やい! あんたが、こいつらへ指示を出してた親玉か!」
「ええ。そして、あなた方が持ち出そうとしていた機体の所有者です」
「ぬおっ」と声を漏らし、ロウがのけぞった。
ジャンク屋は、発見した残骸や機械を回収し、自分たちの所有物として扱える。
ただし、元の所有者が返還を求めた場合は、それに応じる義務がある。そうでなければ、条約で保護された強盗という意味不明な集団が生まれてしまう。
「くっ……それは悪かったよ。返す。けど、いい機体だな」
「それはどうも」
「だが、ジャンク屋への不可侵規定があるだろ! これは不当な拘束だ!」
はいはい。おおむね予想どおりの反論だった。
ジャンク屋の活動は条約で保護されている。
活動中に誰かにとって不都合な秘密を知ったとしても、組合の業務へ支障が出ないよう、ジャンク屋には諜報活動が禁じられている。その代わり、各勢力からジャンク屋へ攻撃することも禁じられている。
とはいえ昨今、連合にもザフトにも、その規定を守らない者が多い。襲撃での小遣い稼ぎだ。
戦争が若干膠着状態と安定を見せたこともあってジャンク屋側にもまた、傭兵と廃品回収業者の立場を都合よく行き来する不逞の輩がいる。
この世界は、どいつもこいつもモラルが終わっている。
「どうでしょうね。少なくとも、攻撃を受けていたとはいえ、オーブ所有施設への不法侵入、窃盗、危険物所持あたりは問えると思いますよ」
「あんだとぉ!?」
「わ、私たちはジャンク屋として正式な認可と登録を得ています。照会すれば証明できます!」
なよっとした長髪の男が拘束されたまま懸命に口を挟む。こいつがリーアムかな。コーディネイターでと件目立った特徴は無し。しいて言えば後年のジャンク屋組合の会長職を務めている。
「それとこれとは別の話ですねえ。爆破され、監視カメラもろくに残っていない場所で何があったのか。誰が証明し、あなた方を擁護してくれるのでしょうー?。相手は、この施設の所有者ですよ?ん?」
「わーっ! もう駄目だぁ!」
樹里が悲鳴を上げた。
樹里・山吹。ナチュラル。こちらもこれといった特徴無し。ヒロインのはずなのだがこうも特徴がないのも珍しい。
うーん。しかし騒がしい人たちだこと。
このC.E.世界でも、裁判制度や被告人の権利は存在する。
だが、ここは完全なオーブ領であり、しかもモルゲンレーテの秘密工廠だ。裁判がオーブで行われるなら、彼らの証言を裏づける物証はほとんど残っていない。
対するのは、五大氏族という支配者層のなかでも大きな影響力を持つ二家と、その抱える法務集団である。
かわいそ。
「どうするつもりだ、クライアント?」
「まあ、そうですね。ここは――」
《おい、劾!》
通信へ割り込んだ、酒に焼けたような男の大声が、私の言葉を遮った。
音の出どころへ目を向けると、劾がヘルメットの耳元へ手を当てている。
口元は見えないが、わずかに頭を動かしているところを見ると、声の主へ応答しているらしい。
傭兵部隊サーペントテールの構成員は五人。
中核となる三人の名前は覚えている。残る二人のうち、女性のロレッタはここにいる。ならば今の声は、情報通でアルコール中毒の元連合軍人、そのおっさんの方だろう。
などと考えていると、少し離れた場所で待機していたジンが、外へ通じるベイへ移動し始めた。サーペントテールのもう一人がいなくなっているので彼が乗り込んだのだろう。
焦っているのか、数歩も進まないうちに背部スラスターを噴かす。吹きつけた風が髪を舞い上げた。
咄嗟にベレー帽を抑える。か、髪型が……。
「クライアント」
「ああ、お話は終わりました?」
「敵だ」
さすがに、ちょっと端的すぎるな......。
もうちょっと詳しく聞き出すと、コロニー外へ十数機のMA、メビウスと呼ばれる機体が出現したらしい。
宇宙世紀でいうボールに近い立ち位置の宙間戦闘機であり、地球連合軍その他地球側国家の主力(現在)。*10そいつらがサーペントテールの母艦を襲い、ついでのようにジャンク屋の船へも攻撃を加えているという。
「何ぃ!? 俺らのホームもか!」
「誰よ、そんなことしてるの! 恨まれる覚えなんて……」
「こう考えると、連れてこられていたのは、かえって幸運だったかも」
うるさいな、こいつら……。
「では、劾さんも迎撃へ出られますか?」
「ああ。それで、ものは相談なのだが」
「ええ。構いませんよ。少し早いですが、先に引き渡しということで」
劾が一度だけ頷く。
次の瞬間には床を蹴り、吸い込まれるようにP03のコックピットへ入っていた。ロウを引きずり出してそのまま開け放たれたまんまだったようだ。
要するに、彼が言いたかったのは襲撃してきた敵を蹴散らすため、受領に必要な手続きは後回しにし、さっそくアストレイを使いたいという話だ。
先に迎撃へ向かったジンには、イライジャ・キールというコーディネイターの男が乗っている。
開戦以来の戦闘からモビルアーマー対モビルスーツにおける戦力比は、ジン一機に対してメビウス三~五機程度とされる。十数機を相手にするとなれば、イライジャは自機の二倍を優に超える戦力と戦っているようなものだ。
さぞ不安だろう。
しかも原作描写を見る限り、イライジャという人物は、割とヘタレというか――そういう意味でも不安だった。
劾が乗り込んだP03は、しばらくその場から動かなかった。
やがて機体のセンサーへ光が灯る。
巨体がゆっくりと起き上がり、同じケージへ固定されていたビームライフルとシールドを装備する。劾は機体の挙動を確かめるように一度だけ腕を動かすと、ジンの後を追ってベイから出撃した。
「すご……。あれ、まだOSが……」
「一応、コーディネイター向けのものは積んであります。ですが、未成熟で実用には耐えないという判断だったはずです」
「じゃあ、動かなかった短い時間で、自分が使えるように調整したんだ……」
秘書役兼テストパイロットとして同行していたジュリ・ウー・ニェン少尉*11が、感嘆の声を漏らす。
この世界は、初めて乗った兵器のOSを、その場でぱぱっと書き換えて自分のものにする連中が多すぎる。
そんなことをぽんぽんやられては、量産型アストレイ用のOSが完成しない、と地上のモルゲンレーテ本社で頭を抱えているエリカ・シモンズ主任が病んでしまうではないか。
ともあれ、戦いの場はコロニーの外へ移った。
ふむ、続きの話はサーペントテールの母艦で行うべきか。いや、こちらがクライアントなのだから、クルーザーへ呼びつけるべきか。
「さて、ここにいても仕方ありませんね。MPの皆さん、ひとまず彼らをクルーザーへ――」
「うおおぉぉ!」
「はい?」
「あっ、こら! 待て、貴様!」
私の言葉を、耳覚えのある大声が掻き消した。
振り向けば、ロウ・ギュールがいつの間にか拘束を外し、宙へ飛び上がっている。ちゃっかり、彼らの持ち物だったアタッシュケース型のコンピューターまで確保していた。
MPが即座に銃を構える。一発、二発。
発砲へ移る判断に、ためらいがなさすぎる。
こいつも倫理観ゼロ勢か?
「この、浮いているやつって……」
「ああ……。ロウが手元で何かを加工するときに使っている、十徳ナイフ――自作――ですね」
器用な。
《悪いな! この機体、ちょっと借りるぜ!俺たちの家が攻撃されてるとあっちゃ、黙って見てらんねえ!》
ロウは銃撃をかいくぐり、そのまま残されていたP02のコックピットへ飛び込んだ。
機体が勢いよく身を起こす。
ロウは乱暴な手つきでビームライフルとシールドを担ぐと、こちらへの配慮など最低限に、背部スラスターを全開にした。
暴風がベイを駆け抜ける。
また髪が!あの野郎……!
「イサリ様。いかがいたしましょう」
「P02までなくなった以上、本格的にここへ残る意味がなくなりましたね。彼女たちも連れて、クルーザーへ。サーペントテールの方も、それでよろしいですか?」
「ええ。悠長に自分の足へ戻る余裕もないでしょうから。あと、私はロレッタ・アジャーよ」
「失礼しました。ロレッタさん」
というわけで。
来た道を引き返し、全員でクルーザーへ戻ることになった。
戦闘の微振動で、新たに瓦礫が崩れた通路もある。MPと秘書と傭兵とともに協力してそれを押し退けて進む。拘束されたまま何もしていないジャンク屋の三人が、結果として最も丁重に扱われていた。
どうにかクルーザーへたどり着き、変形したゲートを船首でこじ開ける。
外へ出たときには、戦闘はすでに終わっていた。
メビウス程度なら片づいているだろうとは思っていた。
ただ、後から出たロウのP02と、劾のP03が、そのまま交戦する可能性も考えていた。ところが二機とも、すでに銃口を下げている。
見渡しても、サーペントテールの母艦は見当たらない。安全のため、少し離れた場所へ隠してあるのだろう。ジャンク屋の母艦は、幸いにも無事だった。
話の続きをするため、私はP02とP03をクルーザーへ誘導した。
ここで問題が一つ。
クルーザーの格納庫には、すでにP04とP05が積まれている。さらに二機を収容できる余裕など、どこにもなかった。
やむを得ずP04とP05を一度船外へ出し、ワイヤーで船体へ係留する。四肢を備えた巨大で便利な作業機械が二機もいるので、作業そのものはロウと劾へやってもらった。
格納した2機から降りた二人を迎賓室へ船員に案内させ、少し遅れて私も入室する。
そこにはなぜか、互いの実力を認め合った男たちの空気が出来上がっていた。
これが男の友情というものか? 私が失ったものだとでも……!?
「あんたに貸した、青いモビルスーツだけどな……くれてやるよ」
「いいのか?」
「よくないが?」
私は即答した。
何を言っているんだ、このアンポンタンは
「げっ。そうか、この機体の元の持ち主はあんたか」
「なぜ忘れられるんです。それに、P03を劾さんへ渡すのは私の仕事です」
「ブルーフレームをか!?」
勝手に名前までつけている。
原作どおりと言われれば、そのとおりだが、少々自由がすぎる。
もっとも、機体番号で呼ぶより、フレームの塗装色で呼び分けた方が分かりやすい*12。プロトアストレイ各機を色名で呼ぶ案そのものは、悪くなかった。
「もともと、あの機体の運用データを蓄積するため、サーペントテールへ運用を委託する予定だったんです。ヘリオポリス崩壊という想定外の事態で、順序が狂ってしまいましたが」
叢雲劾は、この世界でも屈指のモビルスーツ乗りである。
『ASTRAY』の執筆開始時コンセプトがC.E.世界最強だったとも聞く。
彼の操縦テレメトリーを取得し、量産機へ反映する。
国土も人口も限られ、量より質を志向せざるを得ないオーブにとっては、何としてもしゃぶり尽くしたい情報だ。
そういう理由のもと、私はエリカ・シモンズ主任をはじめ、実機開発へ関わる一部の人間だけを説き伏せ、機体の運用委託契約を準備していた。
「乗ってみた感想は、いかがでしたか?」
「いい機体だ。愛機と呼ぶに申し分ない」
「おお、そこまで言うか」
「あの劾が、愛機とまで言うか。もう簡単には乗り捨てなくなるな」
サーペントテールの面々が、わいのわいのと盛り上がる。
どうやら満足してもらえたようで、何よりだった。
「では、今回の正式な依頼、新型機開発における主任テストパイロットを引き受けていただくということで。こちらへサインを」
「承知した」
劾氏のサインの記載された契約書を受け取った。これだけでも価値がありそう。大事にしよう。
「なあ! だったら俺にも、レッドフレームを貸してくれよ!」
「ちょっと、ロウ!」
何ですと?
……ありかもしれない。
ロウも外伝原作主人公の一人である。
彼がいなければ破綻していた事件は、一つや二つではない。ここで原作どおりの位置へ舵を切り戻せるなら、その価値は大きい。
「俺はジャンク屋だ。そっちのサーペントテールみたいに戦闘はしない。けど、その分、作業や仕事の種類は多い。モーションデータや、実際の運用データを集めるには困らないぜ」
売り込みというわけだ。
オーブが必要としているのは、戦闘用モビルスーツと、そのOS開発に利用できるデータである。
だが、機体のモーションデータや実地運用の記録など、あればあるだけよい。原作どおりなら、ロウたちは砂漠、水中、果ては火星まで出向く。
「それに、俺は技術屋でもある。メカニックの目線から指摘できることも多い」
自己紹介代わりに、ロウがアタッシュケース型コンピューターを開いた。
名前は「8」というらしい。
表示された資料には、ロウの名前で登録された特許が複数並んでいた。
モビルスーツ運用後、改造へ用いた技術の特許を持っていた描写は『天空の皇女』で見た覚えがある。この頃から、すでに複数の特許を取得していたらしい。
「なるほど……。ジュリ」
「な、何ですか」
「契約書をもう一枚」
「ええ!? 本気ですか?」
「本気です。ただし――」
ジュリは驚きながらも、書類用トランクから予備の契約書を取り出した。
私はそれを受け取ると、末尾へペンを走らせる。
さらさらさら、と。
「はい」
「おう? ……げっ!」
「な、何ですか、この金額は!? 法外な!」
「保証金......まぁ借金ですねえ。あとはプラスアルファで、今回問える罪状も」
契約書の末尾へ書き足したのは、見ただけで軽い目眩を覚える金額と、今回の余罪――あるいは疑わしい行為――の一覧だった。
「ぐっ、ぐっ、ぐぅ……!」
「言うまでもなく、あなた方はサーペントテールと違い、こちらから依頼したわけではありません。国家機密を貸与する以上、相応の安全保障・対価を求めます。それと先ほどの不法侵入その他の件も、うやむやにはしませんからね」
ほほほほほ。唸りおる、唸りおる。
契約には、利息を付けないこと、返済を過度に要求しないことも明記してある。実質的には、返済を急がせるつもりのない債務だった。
それでも、目に見える巨額の借金を背負うとなれば、ためらいはするだろう。
債務者はロウ・ギュール個人に限定した。同じジャンク屋の仲間へ返済義務は発生しない。
その代わり、レッドフレームを勝手に売買して手放すことを禁じ、強奪・盗難時にはオーブへ通報し、可能な範囲で奪還へ協力する義務も盛り込んだ。
ないとは思うが、一応である。
「ええい! やってやらぁ!」
「ロ、ロウ! 本気ですか!?」
「おう! ジャンク屋として、あんなすげえメカを手に入れられる機会を逃せるかってんだ!」
「あなたって人は……」
「面白そうだし、いいんじゃな~い?」
「では、決定ということで。こちらへサインを」
ラッキー。これで外伝原作主人公への伝手と、首輪を獲得~♪
ふむ。
首輪か。
「それと、ジュリ。辞令です」
「えっ、はい」
「はっ!」
「本日付で、ジュリ・ウー・ニェン三尉を監視・連絡役に任命します。彼らへ同行するように」
「了解しました! ……。…………え゛っ!?」
「では、そういうことで」
「「待て待て待て待て!」」
ロウとジュリの声が、きれいに重なった。遠慮ないなこの二人。
「何で、そっちの人間を俺たちの船へ乗せなきゃならねえんだ!」
「言ったでしょう。監視・連絡役です」
ロウたちは、宇宙へ地上へ、あちらこちらと行ったり来たりする。
そのまま放流すれば、連絡が取れなくなる可能性が高い。
そこで、定時連絡を義務づけられ、なおかつオーブとの連絡窓口を務められる人物としてジュリを同行させる。
我ながら名案ですよ、これは。
彼らの物語は、七転八倒しながらも、聞いていて楽しいものになるはずだ。記録へ残しておくに越したことはない。老後は本にでもしてやろうか。
「ジュリ、ジュリ」
「は、はい? もう、いきなり無茶苦茶すぎます」
「ですが、男性を捕まえる好機かもしれませんよ?」
「ええ……」
ジュリも年頃の女性である。
同期や社内の仲間と、その手の話できゃいきゃい盛り上がっていたのは知っている。
それに『SEED ASTRAY』本編でも、ジュリとロウはなかなかいい雰囲気だった。『SEED』本編でジュリが死ななければ、どうなっていたのか。
「少し直情的かもしれませんが、メカニックとしてもパイロットとしても腕は立つようですよ」
「それは、まあ、確かに……」
「今のままモルゲンレーテへいても、環境は変わりません。ここは一つ、冒険だと思って。ね?」
「やいやい!」
ロウの声が割り込んだ。
ちっ。うまくだまくらかせそうなところを
「契約書に書いてあったことじゃねえ! こっちにだって断る権利は――」
「もう一機つけましょう」
「……何?」
「P04もつけてあげましょう、と言ったのです」
「ま、マジか!?」
「ちょっ、いいんですか!?」
「あって困るものではないでしょう。最悪、部品取りに使っても構いません」
「そんなことするかよ!? 俺は技術屋だぜ!」
いや、共食い整備やニコイチ、サンコイチも技術屋の仕事だと思うが。というかP04はM,O,S*13も書き込まれていないまっさらな状態だが。
「せっかく、プロトアストレイを回収しに来たのに……」
「P05は本社へ戻せますから、問題ありません。せっかくです。実戦で鍛えて、アサギやマユラへ差をつけてきなさい」
「……!」
ジュリの表情が変わった。
当初の困惑は残っている。それでも、出向そのものには前向きになったらしい。
よしよし。少し想定外の方向ではあるけれど、いいぞ。我ながら舵取りは完璧だな。うん!
「よっし! そうと決まれば、まずは整備してやらなきゃな!」
「ロウは気が早いなあ」
「あら? この契約書、両者の名前がなければ成立しないんじゃない?」
プロフェッサーが、契約書の署名欄を指さした。
「おや、失礼。さらさらさらり、と」
危ない危ない。
これで契約そのものを無かったことにされてはたまらない。
私はペンを取り、貸与者の署名欄へ名前を書き込む。
イサリ・マヤ・アスハ、と。
「イサリ……」
「マヤ……」
「アスハぁ?」
ジャンク屋の面々が、一文字ずつ読み上げていく。
「オーブの、アスハぁ!?」
「おや?」
彼らの驚愕を前に、私は今さら気づいた。
そういえば、自己紹介していませんでしたね。