もはや何番煎じかもわからぬオーブ指導者層転生物 作:シチシチ
第五話
第八艦隊は、地球の青を背にして待っていた。
大小の艦艇が三十隻近く。中心にいるのは、青く長い船体を持つ旗艦メネラオス。その少し離れた場所に、白い巨艦のアークエンジェルが浮かんでいる。
往還船の観測窓から眺めた感想は、今のところ強力と呼んで差し支えない大艦隊だった。
ただし私は、このあと何が起きるかを知っている。
原作知識として知っていた数字と、実際に目の前へ並んだ艦の数とでは、まるで重みが違った。
立場柄、他国の軍艦の情報に目を通すこともあるし、式典で乗り合わせたこともあった。一隻ごとに大勢の人間が乗っていることを目で、肌で体感していた。艦橋で指示を出す者、機関を動かす者、モビルアーマーを整備する者。戦闘に携わる者からそうでない者まで。
そうした人々が、画面の向こうでは、爆発一つで何十人、何百人と消えていった。
そして、この戦いでは軍人となることを選択したわけでも無い避難民たちまでもがその命を宙に散らしていった。
だから来た。
ヘリオポリスの避難民を引き取り、あわよくば、その先の結末を少しだけ良く変えるために。原作の描写はそれはもう胸糞悪かった。戦後、下手人のイザークが自嘲していたように軍法裁判にかけられて死刑判決が覆されたのが不思議なくらいだ。デュランダル議長と言うのは国際問題に対してそうまで辣腕を振るえるものなのか。
「イサリ様。アークエンジェルからの接舷許可、下りました」
「ありがとうございます。劾さんたちは予定どおり、往還船の中で待機を。こちらもモビルスーツを携えた護衛をつけていることは通知してありますが、アストレイは表に出さずに済むならまだ出したくはありません。出すとなってもイライジャさんのジンを優先します」
《了解した》
内部回線から劾の短い返答が届く。
ブルーフレームとイライジャのジンは、すでに往還船の内部へ収容済みだ。P05も一応の発進準備を終え、格納区画で私を待っていた。
P05のフレームはいまだに塗装が間に合っておらず、というか、立場柄金が正しいのだが、そうするとゴールドフレームと被ることもあって決められずにいる。
できれば、すべて飾りのままで終わってくれると嬉しいんだけどなー。
まあ、そんな願いが聞き入れられる世界なら、人口の一割が開戦からの数か月で死んだりはしていない。無常無常。
「では、行ってまいります」
私は座席を立ち、アークエンジェルへ向かう連絡艇へ乗り込んだ。
* * *
アークエンジェルで通された先の部屋は、想像していたよりずっと狭かった。
白い壁に、床へ固定された机と椅子。戦闘艦の一室なのだから当然かもだが、要人を迎えるような装飾はどこにもない。おそらくここはただの士官室でしかないのだろう。
こちらとしても、赤絨毯や儀仗兵を求めて来たわけではない。さすがにもう17年で慣れはしたが木っ端恥ずかしいことには変わらない。いつも早足でサッサと済ませそうになるのを必死に我慢しているぐらいだ。
そうはいっても一応このクラスの軍艦ともなれば公室とまではいわずとも全員が座れる席があってしかるべきなきもするが…。
室内には、第八艦隊司令のデュエイン・ハルバートン提督。その副官。アークエンジェル艦長のマリュー・ラミアス大尉。その隣にナタル・バジルール少尉と、ムウ・ラ・フラガ大尉がいる。
原作で見た顔が、一度に並んでいた。わあ、本物だ。
思わず出た感想が小学生並み。まぁ小学生の時に見たアニメだしな。
もちろん、口へ出すわけにはいかない。
「イサリ・マヤ・アスハです。この度は、会談の場を設けていただき、ありがとうございます」
「地球連合軍第八艦隊司令、デュエイン・ハルバートンだ。遠路、ご苦労でありましたな」
提督と言葉を交わし、ラミアス艦長たちとも短く挨拶する。
フラガ大尉だけは、こちらを見ながら、ほんの少しだけ眉を上げた。
アスハ家の人間が非武装の往還船で戦場へやって来た。それも、護衛にはモビルスーツを伴っていると通知してきた。
向こうさんからすれば怪しくないとは言えるかどうか、警戒するなというのは少々無理があるだろう。
「まず、ヘリオポリスからの我が国民をここまで守ってくださったことへ、オーブの者としてお礼を申し上げます」
「わ、我々はできることをしただけです」
ラミアス艦長の返答は、どこか固い。緊張しているのかな?
にっこり笑いかけてみる。
……余計に表情が硬くなったような...?
「そうはおっしゃいますが、そのおかげで助かった国民がいるのです。どうか礼を受け取ってください。言葉ばかりで感謝状や勲章の一つも贈れないことを申し訳なく思います」
「……ありがとうございます」
短く頭を下げた彼女へ、こちらも礼を返す。
ヘリオポリスで地球連合の兵器を造っていたことも、ばれてはいないとはいえ、その技術を横から失敬してプロトアストレイを開発していたことも、今この場では脇へ置く。
こちらにも後ろ暗いところが多すぎる。道徳という名の鈍器で殴り合えば、そろって互いの頭蓋骨を陥没させるだけだ。ヘリオポリス崩壊については互いの国家のうえの方で殴り合ってもらおう。
「移送についてを確認させて頂きたい。我々はこの後、避難民をこちらからメネラオスへと移す予定でした」
「おお、でしたら、その一手間を省かせてください。アークエンジェルから我々の乗ってきた連絡艇に避難民たちを乗せて出し、そのまま往還船へ収容することといたしましょう」
「移送中に敵襲を受けた場合は?」
ホフマン大佐とのやり取りの中、問いを挟んだのは、バジルール少尉だった。
「私どもの護衛をそのまま往還船の護衛へ出すのみとなりましょう。非武装の船だけで皆様の戦列へ入るつもりはありません」
「オーブの目的は、避難民の引き取りだけと考えてよろしいですか」
「はい。アークエンジェルの作戦行動へ協力するために来たわけではありません。我が国は完全中立を宣言しておりますので」
室内の空気が、わずかに固くなる。
私自身の内心がどうあれ、国としてのスタンスは公式に宣言したものが第一で、現場の判断でむやみやたらと無視はできない。
彼女としてはモビルスーツを伴っていることを頼りにしたかったのだろう。直前に第八艦隊先遣隊がクルーゼ隊によって殲滅されたことを重く見ているのだろう。
彼女もまた、ハルバートン提督の薫陶豊かか。モビルスーツの相手はモビルスーツでしかかなわないという思想が、ここまでの逃避行で裏付けされてしまったようだ。思えば彼女は原作主人公の積極投入の印象がある。
しかし、それに答えるわけにはいかない。
「ですが、これまで国民を守ってくださった事実まで否定するつもりもありません。この場は、アークエンジェルへ責任を問うたり押し付けたりするための席ではないのです」
「……承知しました」
「避難民を安全に引き取る。その一点では、皆様と目的を同じくできると思っています」
「第八艦隊は、移送中の周辺警戒を務めることになるでしょう」
ハルバートン提督が決定を下す。
言外に連合からはオーブの助力を求めはしないと立場を明らかにしたに等しい。
「発進まではアークエンジェル、移送中の警戒は第八艦隊、収容後はオーブ側の責任、ということだな」
「ええ。それでお願いします」
ホフマン大佐によってまとめられ決めるべきことが決まり、会談は一度区切られた。
会議というものは、仕事を増やすためではなく、減らすためにやるのである。たぶん。
「一つ、確認しておきたい」
提督はそこで、私へ視線を戻した。
「アスハ家の者が自ら救助に来たという事実は、オーブにとっても格好のアピールとなるのだろう?」
「ええ。国民を助けられて、支持も得られる。両方できるのに、片方だけで終える理由はありません」
隠すほどのことではない。
やるべきことをやった上で得られる点数なら、遠慮なくいただく。ただでさえ、ヘリオポリス崩壊で失点があり、国民からの視線が気になる状況なのだ。これで下院から詰められると権力バランスが崩れかねない。
「率直だな」
「取り繕ったところで、提督には通じないでしょうから」
ハルバートン提督は、わずかに笑った。
ラミアス艦長の表情からも、最初にあった硬さが少しだけ抜けている。反対にバジルール少尉の眉間のしわは深まったか。我関せずのフラガ大尉だけが変わらないな。
「それから、避難民の方々へ直接ご挨拶をしたいのですが」
「それも、支持のためかね?」
「いいえ」
今度は、少しだけ間を置いた。
「国が見捨てていないと、顔を見て知ってもらうためです」
会談が終わると、ハルバートン提督はメネラオスへ戻った。
私はラミアス艦長の案内を受け、避難民の移送区画へ向かった。
* * *
避難民の移送は、すでに始まっていた。
アークエンジェルの格納区画へ続く通路には、荷物を抱えた人々が列を作っている。大きな鞄を持った者。毛布にくるまった子供を抱く者。何も持たず、前の人間の背だけを見て歩く者。
着替えも、思い出の品も、帰る家さえ失った人々だ。
私が姿を見せると、列のあちらこちらで声が上がった。
「アスハ家の……?」
「イサリ様じゃ……」
「本当に、オーブから迎えが」
「お迎えが遅くなりました」
列へ向けて頭を下げる。
「皆さんには、この船を降りた後、私とともにオーブ本国へ降下していただきます。ご不便をおかけしますが、地上まで必ずお送りします」
大丈夫です、とは言わなかった。
まだ往還船へ移れてもいない。ザフトの艦隊が近づいているなか、絶対とは言えない。
保証できないことまで口にして安心させるのは、優しさではなく詐欺だ。
アスハは代々オーブに根差す家なだけあって老人からのほうが顔の覚えがよかったりする。私の顔に反応した爺さん連中や年若い子に声をかけてまわる。せいぜいが一言二言交わす程度だが、総じて印象は悪くない。先に幾らか展望が持てたからだろうか。引き続き、彼らには生活面の支援や補助を行っていく。いざというとき見捨てるような政府と思われたらリカバリーを聞かせるのは不可能だ。オーブは氏族と民衆の上院下院合議の実質両院制なのだ。
人の列が進むにつれ、様々な老若男女の人がいるのが見て取れる。その列に、一人だけ加わっていない少年が一人。事前に確認しておいた顔があるのを見つける。
「あなたが、キラ・ヤマトさんですね」
声を掛けると、荷物を抱えていた少年の肩が目に見えて強張った。
「は、はい」
わーお、キラ・ヤマトだぜ。原作主人公、実在してた。いや、いまさらではあるが。
対面して思ったのは資料で見た画像の少年より、なんだかずっと疲れて見えた。
当然だろう。少し前まで学生だった人間が、突然戦艦へ乗せられ、同胞と、親友と戦わされ、友人や避難民の命まで背負わされている。彼を苛む悩みや事情は多い。だが、それを理解してやれる理解者や思いを吐露できる相手もいない。溜まったストレスは淀み、積み重なる。それは今後数年続く。
だが、それを知っているからといって、初対面の私が理解者の顔をするのは違うのだ。
ということを改めて心に刻み、努めて話題を選ぶ。
「ヘリオポリスからの方々を、ここまで守ってくださったと伺いました。ありがとうございます」
「僕だけじゃありません。僕は……軍人でもないし」
「ええ。ですが軍人でなくとも、ここまで守ってくださった方へ礼を言うのは、おかしなことでしょうか」
キラは答えなかった。
「あなたにも思うところはあったことでしょう。ですが、その背には確かにあなたが守った方々がいます。彼らを迎えに来た者として、本来ならあなたも含めて擁護せねばならぬ立場の者として、私はあなたへと礼を申し上げるのです」
「でも、僕は――」
なおもキラは言い澱む。
何を言われたところで、彼の中で渦巻く感情は簡単に整理をつけられるような状態でもないのだろう。かといって彼にとって私は立場が上の、よく知らない相手だ、洗いざらいをぶちまけるということもできず、言葉を選ぼうとして内心ぐちゃぐちゃのはずだ。
この頃の彼のストレスは目を覆うに余りある。
彼の肩にそっと手をやり、にっこり笑いかける。
「詳しいお話は、落ち着いてからでもできます。今は皆さんを地上へ帰すのが先です」
「あの、すいません!」
隣から、おずおずとした態度で、視界しゃっきりとした声が割り込んだ。
「これ、どこへ運べばいいんですか。ずっと持っているんですけど」
「ちょっとトール!」
「いや、だって重いんだって!」
張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。振り返ると、避難民のものだろうか、荷物を持った
よくない空気と感じて割り込んできたのか。いい友人持ってるじゃないか。
でもこいつがトール・ケーニッヒなんだよなぁ、そう呼ばれてたし。なんだかんだこいつも後年のトラウマ要因だよなぁ。
「失礼しました。私も手伝いましょう」
「えっ、あなたが?」
「この細腕でもこの程度持てますとも」
原作主人公との初対面としては、もう少し何かあってもよさそうなものだが、現実には避難民の持ち出した荷物が多い。脱出時にはせいぜい持ち出せる程度のものが多かったはずだが、どこから出てきたのやら。
原作で覚えのある少年から箱を受け取り、ランチの貨物区画まで運ぶ。
見た目より重い。腕が腕がぷるぷるした。意地でも顔には出さない。
アスハ家の腕力などなかった。カガリのあれは鍛えたが故かヒビキの血なのか。
ふと、横目にキラと少年少女たちが別れを告げているのを見ていた。彼が守ってきた友人たちはこのままこの船に残ることを告げている。彼らのこの場にいない友人が一人残ると、それを放置しておけぬと。キラ一人が無事、地上へ戻るようにと。
しかし、そんなものを確認している場合ではなかった。
《ザフト艦隊を確認! ナスカ級1、ローラシア級2! 方位グリーン18アルファ、距離500! 繰り返す、ザフト艦隊を確認》
《総員第一戦闘配備! 繰り返す、総員第一戦闘配備!》
艦内放送が、移送を進める格納庫区画の空気を一変させた。
* * *
避難民を乗せた最後のランチは、発進口でいまだ待機していた。
アークエンジェルの乗員が搭乗者を数え、座席へ押し込んでいく。遠くからは、隔壁の閉鎖を知らせる警報と、戦闘配置を命じる声が重なって聞こえた。
私も往還船へ戻らなければならない。
P05へ乗り、避難民を守らねば。そう決めて、ここまで来たのだから。
ランチへ入ろうとしたところで、搭乗口の前に立ち尽くすキラが目に入った。
「乗らないのですか?」
弾かれたように、キラがこちらを見る。彼の手には連合軍からの除隊許可証。これでもって、ヘリオポリスから望まぬ戦いを強いられ続けてきた彼は解放される。
だが、その直前。彼が守ろうとしてきた学友たちはアークエンジェルに残ると決め、それを彼へ告げていた。今は迫る戦いを前に、それぞれ元の持ち場へ戻っている。
彼は今悩んでいる。
今の彼は一人だった。いや、もともと一人だったのかもしれない。唯一まともにストライクというモビルスーツを扱えてしまったがゆえに、戦わざるを得ない。そして敵はかつての親友。
この苦しみから逃れられると同時に、自分だけが逃れてよいのか、自分だけが平穏な暮らしへと回帰してよいのかという葛藤。
「僕は……」
「時間がありません。一つだけ伺います」
ランチの奥から、早くしろと声が飛んでくる。
「乗るべきか、ではなく。あなたは、どうしたいのですか?」
「僕は……。残りたいです。彼らをおいて一人だけ降りるなんてできない。でも、また戦うのは怖い」
「怖いなら、怖いままで構いません。ですが残りたいなら、今すぐ戻ってください。望むと望まざるとにかかわらず、あなたには力があります」
そっと彼の胸元に人差し指を突きつけ、その目を見る。
「自分のことは自分で決めることです。その意志があるのなら」
キラは何も言わず、口を結んで目を閉じた。そしてランチを蹴って離れた。
「──行ってください」
「承知しました。では急いで。こちらも出ないと怒られます」
「えっ」
「ほら早く。……あぁ、ひとつだけ。──ご武運を」
キラは一度だけ頷き、アークエンジェルの奥へ駆けていった。
本人に決めさせた。
と、そう言えば聞こえはいい。私が望む方へ、彼の中の問い賭けの答えを絞っただけともいう。
それでも、流されるまま、悩みつらみに区切りをつけずにストライクへ戻るよりはよいと思いたかった。あるいはこれで、後年の彼の苦しみの一端が少しでも晴れればとも思う。まぁ。知る限り誰かに背中を押されたからと自己の行いを正当化できるようなキャラでもないが。
「発進してください。こちらの人数は揃いました」
「了解。ハッチ閉鎖!」
私が座席へ身体を固定すると、側面乗降ハッチが閉じた。
ランチがアークエンジェルを離れる。
窓の外では、第八艦隊の艦が次々と向きを変えていた。補給艦が離脱していき、各艦からはモビルアーマーが展開していく。そのさらに向こう、小さな光がいくつも生まれている。
ザフトのモビルスーツだ。
第1陣は、先行するナスカ級からすでに発進を始めている。
第2陣も出始めていた。
まだ、先端は開かれていない。