もはや何番煎じかもわからぬオーブ指導者層転生物 作:シチシチ
「お疲れさまです。二週間ぶり、といったところでしょうか」
「あぁ」
二月へ入り、さらに一週間ほどが過ぎていた頃。ヘリオポリスでの一件が、一月二十五日。
ヘリオポリスを脱出した私は、P05を伴って月面のコペルニクス宇宙港へ戻った。そこで資材運搬船を降り、現在はP05を地上へ移送するため、コペルニクスで地球往還船へ乗り換え、その船橋から通信を行っている。
モニターの向こうに映る相手は、傭兵部隊サーペントテールの叢雲劾だった。ヘリオポリスで分かれて以降、彼らもまた、受領したブルーフレームを伴って依頼をこなして回っていると聞く。
「契約で定めた稼働レポートの提出期日にはまだ早い。催促というわけでも無いだろう。依頼か?」
「お話が早くて助かります。そのとおりです。現在お願いしている運用試験とは、別件になります」
私が手元のコンソールを操作する。
画面内に表示されていた私の映像が隅へ縮小し、代わって航路図が大きく表示された。サーペントテール側の画面も、同じ表示へ切り替わったはずだ。
「L3から地球へ向かう航路図か。だが……これは
「地球連合軍の新造戦艦です。出発地点はヘリオポリス」
「なるほど。例の、オーブが相乗りしたというG計画。その母艦か」
航路の起点は、崩壊したヘリオポリスが存在したL3宙域。
途中の目立つ経由地として、宇宙要塞アルテミスが記録されている。
アルテミスは、プラントから見て月と地球を挟んだ反対側という、ひどく辺鄙なL3宙域にわざわざ建造された要塞だ。建造から何十年も経過しているが、当時のユーラシア連邦がL3宙域の支配権確立を狙って建設したともいわれている。
ところが、その後の投資は続かなかった。
周辺へ十分なコロニーも建造されず、支配権も何もない状態となる。
やがてL3は、大国による開発が失敗した空白地帯へ、オーブのような中小国がぽつぽつとコロニーを建てる宙域に変わった。現在のアルテミスは、付近を通る民間船から通行料を取る、関所のような役割まで担っている。
航路記録には、そのアルテミスへ立ち寄った形跡がある。
劾もそこへ疑問を持ったのだろう。
「俺たちが、あそこを守る依頼を受けたのは、ザフトの襲撃で傘が破壊されたためと聞いていたが」
「ええ。この戦艦が保護を求めて入港したものの、後を追っていたクルーゼ隊の侵入を許したようです」
「ほう。傘を抜けたのか」
傭兵サーペントテールは、異常だった。
P03ブルーフレームを預けている以上、私は彼ら自身の報告だけでなく、別経路からも活動を追跡させている。上がってくる記録からは戦闘能力の高さも分かるが、それ以上に、移動速度が尋常ではない。
ブルーフレームを受領してから、まだ二週間余り。
それにもかかわらず、彼らがこなした依頼は、すでに複数の宙域へまたがっている。
特に大きいのが、資源衛星「新星」を巡る一件だ。
新星はもともと東アジア共和国がL4に保有していた資源衛星だが、前年六月にザフトが奪取。以後は宇宙要塞への改装が続けられ、このたびL5へ移送された。
サーペントテールは、その妨害作戦へ連合側で参加してザフトと一戦交え、その直後にはL3へ舞い戻っている。
さらにアルテミスで一時的に護衛任務を引き受けたものの、依頼主側の裏切りで契約を破棄。その直後、海賊に占拠されたアルテミスを奪還し返した。
ちょっと宇宙を股に掛けすぎでは? L3-L4間は直線でも、だいたい六十六万キロだぞ?
「傘を抜けたというより、展開されていない隙に忍び寄った、というところのようです。まあ、これは本題から外れますので後ほど。依頼についてお話ししても?」
「ああ」
傘とは、宇宙要塞アルテミスへ設置された光波防御帯の通称である。
無敵の防御壁で要塞全体を覆い、その内側から一方的に攻撃できるという素敵装備だ。
その割にアルテミスは、何度も襲撃され、そのたびに別の勢力へ奪われることを劇場版の時代まで繰り返している。
光波防御帯はユーラシア連邦固有の技術であり、この時点では大西洋連邦を中心とする地球連合も、ザフトも保有していない。
(欲しいなあ)
ひとまず技術への物欲を脇へ置き、私は航路図の一点を拡大した。
「この戦艦は、アークエンジェル級一番艦、アークエンジェル。ザフトのクルーゼ隊に奪取されなかったG兵器一機を戦力として格納し、現在は月・地球方面へ退避しています」
「だが、それはオーブのお前には関係がないはずだ」
(だったらよかったのだけれど)
私は小さく息を吐いた。
うっかり情報を手に入れてしまったからには、知らなかったことにはできない。
「ところが、ヘリオポリスからの避難民を一部乗せているようでして」
「なるほど。ならばお前には彼らを保護する義務があるか」
「ええ。為政者ですから」
アークエンジェルには、ヘリオポリスから脱出した避難民が乗っている。
コロニー崩壊時、姿勢制御モジュールを破損した市民用の脱出カプセルを発見し、収容したのだ。
宇宙コロニーの崩壊は、被害が発生した範囲さえ把握できない。
破片とともに脱出カプセルが広範囲へ散り、通信機能や推進機能を失えば、目の前を通過されても救助できない可能性さえある。
ヘリオポリス崩壊に伴いオーブは月面からも、救援船団を派遣していた。
オーブの代表者として国民を救うのは、私たちの義務だ。月面へ戻る直前、通信で現地の大使館員や駐留する軍人連中を私の独断で動かし、徴用した民間船で嵩増しした、官民共同の船団を編成させ出立させた。迅速な対応は求心力に直結する。それを可能とする権力万歳。威光は振りかざすためにあるな、うん。
オーブ政府からは民間船の徴用周りで突っつかれたが、政府や軍で動かせる船では収容人数が足りなかった派確かなためその措置を追認した。
そうして救助船団を構成するべく各方面へ調査と協力要請を続ける過程で、一部の避難民がアークエンジェルへ収容されていることが分かったのだった。
情報源は地球連合軍。
この時点で、月面の第八艦隊はアークエンジェル捜索のため、先遣隊を出している。断続的ながら音声通信も可能となり、月面基地からオーブ大使館を経由して、避難民の情報が届けられた。
「そして、クルーゼ隊の追撃も受けていたようです」
「ネビュラ勲章持ちの英雄か……」
ただし、この説明にはわずかに偽りが混じっている。
第八艦隊から伝えられた情報に、「現在も追撃を受けている」という内容は含まれていない。
正しくは「追撃を受けていた」だ。
クルーゼ隊による追撃は、アルテミスで一度途切れている。
現在も追撃が続いているという判断は、私の原作知識に基づくものだった。
いずれにせよ、アークエンジェルは第八艦隊本隊との合流前に再び襲撃を受ける。その時点になれば、依頼内容は嘘ではなくなる。
ちょっと空白期間があるだけです。ほんとだよ。
「ですが、ほかにも問題があります」
「問題?」
今回の仕事は、ただ避難民を引き取れば終わるものではない。
アークエンジェルは、ザフトの追撃を受けている。
そしてこの後、避難民には悲惨な結末が待っている。
私は、それを原作知識によって知っていた。
この身体は、オーブ国民が納めた税によって養われてきた。
この世界へ生まれてから、彼らの社会で学び、彼らに守られ、さまざまな経験を積んできた。
それなのに、助けられると知りながら国民を見捨てる。
そんな明確な裏切りはできない。
生涯、喉へ小骨が刺さったままのような人生は送りたくないのだ。
「アークエンジェルは、ハルバートン提督肝いりのG計画、その母艦です。月の第八艦隊がその迎えに出ます。そしてザフト側もそれを察知し、増援を受けています」
「……なるほど。厄介だな」
想定される戦力は、連合側がおよそ三十隻。艦載MAが数十機。
対するザフト側は、ナスカ級高速駆逐艦ヴェサリウス、ローラシア級フリゲートのガモフとツィーグラー、計三隻。モビルスーツは最大でシグー一機、ジン九機、さらに地球連合から奪取したG兵器四機となる。
額面上の戦力では、モビルスーツの性能差を考慮しても連合側が有利なはずだ。
だが原作では、第八艦隊側がほぼ全滅する。
ザフト側も無傷ではない。
ガモフは連合側旗艦メネラオスと刺し違えた。しかし、そもそもの目的だったアークエンジェル撃破にも失敗している。戦力的にみて差し引きすれば痛み分け、やや連合不利程度の評価だろうか。
連合にとって最も大きな損失は、良識と能力を兼ね備えた軍人、デュエイン・ハルバートン提督が、この会戦で失われることかもしれない。
過激な思想を持っているわけでも怠け者でもなく、連合軍人でありながらコーディネイターの原作主人公にも分け隔てない態度をとれる。連合側の高級将官で彼以上の人物は後年誰も出ていないかもしれない。
「連合、ザフト、オーブで、実質的な三つ巴か」
「ええ。連合と対立する理由はありませんが、共同戦線を組むこともできません。戦場へ入れば、味方以外はすべて邪魔になります。場合によっては、味方さえも。そういう戦場も、ご経験があるのでは?」
「ノーコメントだ」
サーペントテールも、裏切られたり罠へはめられたりすることが多い。
そのすべてを実力で食い破り、生き残り続けているからこそ、現在の名声があるともいえる。
「避難民を受け取ってから、離脱するまでの計画を聞こう」
「私はすでに、先行してアメノミハシラへ向かっています。そこで輸送機型の地球往還船を調達しました」
私は航路図を切り替え、地球周回軌道を拡大する。アメノミハシラはオーブ所有の宇宙ステーション。ちょっと扱いが難しいところがあるが今のところ利用には問題ない。アークエンジェルが地球へ接近するまではここで待機する想定だ。
「第八艦隊は、もともと艦隊へ収容したシャトルを使い、避難民をオーブ本国へ送る想定だったかと思われます。合流のタイミング次第で、アークエンジェルからランチで移乗させるか、シャトルごとこちらへ収容し、地上へ降ろします」
P05を積載する都合上、中型の地球往還船を調達せざるを得なかった。そのため、アークエンジェルへ直接横づけし、避難民を移すのは難しい。
一度、より小型の連絡艇へ乗せる必要がある。
メネラオスほどの大型戦艦であれば、大気圏再突入能力を備えた連絡艇を搭載している。原作で避難民が乗せられたシャトルも、恐らく同様のものだ。
合流が遅れ、アークエンジェルから移送されていた場合にはそのシャトルごと往還船へ収容してしまえばよい。
借りたシャトルは、後日返却するしかない。
移送前に合流できた場合はアークエンジェルからランチを介して直接収容する。こちらのほうが手間がかからないので望ましいと言える。
いずれにせよ、現在のアークエンジェルの位置が不明な状態では厳密なランデブーのタイミングが図れないため、やや行き当たりばったりにならざるを得ない。
「問題となるのは、避難民を受け入れてから、大気圏へ再突入するまでか」
「ええ。ザフト側にどこまで戦闘を継続する意思があるかは不明です。場合によっては、重力離脱限界を越えた後も戦闘が続きます。そのため、往還船は上面開放式で、モビルスーツを三、四機収容できるものを選びました」
モニターの向こうで、劾の眉がわずかに吊り上がった。
私が何を求めているのか、察したのだろう。
「したがって、この依頼では、完了時にそのまま地上へ降りる可能性があります。地上での衣食住と、必要であれば再打ち上げの手配はこちらで行います」
「問題ない。この先、大きな動きがあるなら、舞台は地上だろうと踏んでいた。依頼にも事欠かないはずだ」
私は、カメラへ映らない位置で胸を撫で下ろした。
断られた場合、最悪、自分がアークエンジェルまで出向かなければならないかもしれない。そう考えていたため、ひとまず安心である。
「戦力は、非武装の往還船に、俺のブルーフレームとイライジャのジンか」
「加えて、私もP05で出ます」
「あんたもか?」
「できることは、しておく性質でして。これでもシミュレーターと実機を合わせ、訓練時間は二百時間を超えています。無理をするつもりはありません。なるべく後方にいますよ」
私もコーディネイターである。
AIの支援を受けながらOSを書き換え、月までの旅程を利用して、P05の最低限の動かし方は確かめてあった。
シミュレーターも、実機に先駆けて整備されたオーブ軍のものを持ち出している。
地球連合製の無茶苦茶なOSとはいえ、軍内でも訓練は始まっていた。既存のOSを自分用に調整すれば、船内でも訓練時間を確保できる。
(まあ、案山子程度にはなるだろう)
積極的に敵を倒す必要はない。
往還船へ近づく敵を牽制し、避難民が離脱するまでの時間を稼げれば、それでよい。
「この依頼、引き受けよう」
「ありがとうございます。合流地点は、どちらに?」
「こちらからアメノミハシラへ――」
劾が提示する座標を、私は航路図へ入力していった。
* * *
「オーブが?」
「ああ。非公式にだが、大使館を通じて月面で連絡を受けた。ヘリオポリスの避難民を引き取りに来るそうだ」
マリュー・ラミアス大尉。
G計画へ参加した技術士官であり、G兵器へ採用された新型装甲の開発にも携わった人物だ。
本来はアークエンジェルの副長として、ヘリオポリスで完成したG兵器を受領する予定だった。だがザフトの襲撃で艦長を含む正規クルーの多くが死亡し、以後は彼女がアークエンジェルの艦長職を代行している。
ヘリオポリス脱出後、アークエンジェルはザフトの追撃を受け続けた。
十分な補給もできず、残されたクルーへ苦労を強いてきたという思いが、マリューにはある。
ようやく味方部隊と合流できた。
その矢先に伝えられたのが、オーブからの避難民受け入れの申し出だった。
彼女と会話しているのは第八艦隊先遣隊のコープマン少佐。
「言いたいことは分かるがね。ヘリオポリスの崩壊と、避難民の発生に関しては、彼らも被害者だよ」
「はっ。事務次官殿」
第八艦隊の先遣隊として、アークエンジェルへ接触した三隻。
その一隻にはコープマン少佐とともに、大西洋連邦のジョージ・アルスター事務次官が乗り込んでいた。
マリューは、彼らから第八艦隊本隊の状況と、今後の予定について説明を受けていた。そのなかで伝えられたのが、オーブからの連絡である。
アルスター事務次官の言葉へ、マリューはひとまず返答した。
別に彼女自身にオーブへ思うところはなかった。責めようとしていたわけではない。
ジョージ・アルスターは、有名な反コーディネイター主義者だ。
現在の地位へ就く以前から外交の場で活動し、プラントへ対抗する各国の協調を呼びかけ、現在の地球連合体制の成立にも携わったという人物。
コーディネイターの排斥を強く訴える一方で、物理的な排除までは主張しない。そのため、反コーディネイター勢力のなかでは穏健派に分類される人物でもある。
マリューは彼を見ながら、胸中で呟いた。
(親が親なら、子もああなるのも当然だわ)
アークエンジェルが収容した避難民のなかには、彼の娘、フレイ・アルスターもいる。
彼女は艦内で、たびたび騒ぎを起こしていた。主な原因は、アークエンジェルの艦載モビルスーツ、GAT-X105ストライクのパイロットがコーディネイターだったことにある。
「避難民の移送は、どこで行う予定ですか?」
「地球周回軌道上だ。我々の本隊との合流と、ほぼ同時刻になる」
「それまで、ザフトの襲撃を受けなければよいのですが」
「そうであることを願うばかりだよ。いずれにせよ、難しい判断を迫られることになる。あちらにとっても、我々にとってもな」
マリューは、艦橋の窓外へ視線を向けた。
アルテミスで発生した爆発へ紛れるように脱出して以降、ザフトとの直接接触はない。
だが、これまで追跡してきた敵艦が、アルテミスで追撃を諦めた保証もなかった。
アークエンジェルのクルーは、誰もがその不安を抱えている。
とりわけクルーゼと因縁のあるムウ・ラ・フラガ大尉は、警戒を解いていなかった。
その懸念は、間もなく現実となる。
アークエンジェルと第八艦隊先遣隊三隻は、ザフト艦隊の追撃を受ける。
その戦闘で先遣隊は全滅し、ジョージ・アルスター事務次官も宇宙の塵となる。
残されたアークエンジェルは再び単艦となり、第八艦隊本隊、そしてオーブから派遣された迎えの往還船との合流を目指すことになる。