もはや何番煎じかもわからぬオーブ指導者層転生物 作:シチシチ
オーブ本国、オノゴロ島。国防陸軍演習場の敷地内に設けられた式典会場には、朝から大勢の報道関係者が詰めかけていた。
壇上の背後には、白い幕を被せられた巨人が一機。
幕の下から覗く足だけでも、それが戦車や航空機とはまるで違う兵器であることは分かる。周囲では政府とモルゲンレーテの職員が忙しく動き回り、各国の報道局から集まったカメラやフリーのジャーナリストたち*1が、今か今かと幕の向こうへレンズを向けていた。
オーブ初の国産量産型モビルスーツ、M1アストレイ。
本日は、その完成発表式典である。
完成。
実に甘美な言葉だ。
さながら前線の機関銃座のごとく並べられたカメラ群の前で棒立ちになっているあれを、まともに動かせる人間がほとんどいないという事実さえ知らなければ、さぞ誇らしい気持ちに胸をいっぱいにできていたのだろうなと思う。
「こうして見る分には頼もしく見えてしまうわね」
隣から聞こえた声へ顔を向ける。
ミヤビ・オト・キオウ*2は壇上へ目を向けたまま、私にだけ聞こえる声で言った。
「まさに張子の虎、いえ、獅子でしょうか」
「結局歩かせない方向に?」
「歩かせようと思えば歩かせられますよ。十歩進む間に転倒しない保証がないだけで。ボロは出さない方向で式典を持っていこうという話になりました」
「道理で進行表が分刻みなわけね」
うーんもっともなご指摘。
目線を落とした先、手元の冊子に記された分刻みのスケジュール。今から憂鬱である。
報道関係者の席から少し離れた来賓席には、政府関係者、軍幹部、モルゲンレーテの役員、それに五大氏族の関係者が並んでいる。
その中では、下手に中座するどころか身じろぎすらもとれやしない。
「モルゲンレーテの中では、もう雛人形とか呼ばれているそうですね」
「人聞きが悪い……」
「完成機とは名ばかりの張りぼてが、一機、また一機と倉庫へ運び込まれて動かないでいるのですから。人形が並んでいる、と言いたくなる気持ちは分かるわ」
「低率とはいえ、量産を始めたのは事実です」
「もう?形になったのは1月終わりと聞いているわ、まだ半月程度よ?」
「人形でも数がそろえば、遠目には軍隊らしく見えるでしょうから」
「遠目にだけは?」
「近寄って確かめようとすれば火傷するやも、と相手が考えてくれれば、それで十分です」
ミヤビがわずかに眉を寄せた。
壇上では司会役が式次第を読み上げている。
国歌演奏、来賓紹介、モルゲンレーテ社代表の挨拶。その後に新たな代表首長となったホムラ・ナラ・アスハの演説が続き、最後にM1の除幕と入魂の儀が行われる予定だ。
歩行実演はない。
射撃披露もない。
事情を知らない政治屋あたりが今日、報道陣の前で歩かせようなどと言い出したなら、私は全力で止める側に回らねばならなかった。国家の威信を背負った最新鋭機が、世界中へ向けた生中継の最中にすっ転ぶ。笑い話としては面白いが、当事者にはなりたくないものである。
「誰に見せるための式典なのこれ?」
「さて。誰に見せるためだと思いますか」
「質問を質問で返さないで」
「試験ですよ。次代のキオウ家を担う方の」
「……まだ担うとは決まってないわ」
そう返しながらも、ミヤビは少し考えるように壇上を見た。
「まずは国内。ヘリオポリスを失ったばかりの政府が、国防を何も考えていないわけではないと示すため。まぁ、諸々の実情を知らされていない国民向けね」
「正解です」
「地球連合にも、オーブには独自にモビルスーツを造れる技術があると見せられる。連合の構成国ですら、量産型モビルスーツの実戦配備にはまだ至っていない今、小国だからと簡単に要求を押しつけられなくなる。たびたび政治的な要求や圧力がかかっているとは聞くし*3*4」
「満点を差し上げましょう」
「残るは......2つかしら。プラントに対しては、さっき言っていたようにオーブを攻めても安くは済まないと思わせる。モビルスーツがプラントだけの兵器ではなくなったと示すことで、ザフトの優位性も相対的に弱まる。オーブはもともと宇宙への玄関口を持つ国の一つで目をつけられていたでしょうから*5」
ミヤビはそこで、報道席の一角へ視線を向けた。
理事国系の大手報道局に混じって、南アメリカや赤道連合、スカンジナビア王国など、非理事国から招かれた記者や大使たちもいる。彼らの目に浮かぶのは各国の思惑や姿勢と言っていいだろう。
「そして、非理事国への技術力の喧伝。どの国も自国の防衛に苦労している中で、オーブだけがモビルスーツの独自開発を成し遂げた。今後の外交交渉でも、幾分有利に立てる。特に、プラント理事国の圧が強い今の世界では、横の連帯を強めようという動きがもともと政府内にもあったし」
「百点です」
「でも、動かないわ。あれ」
「最後の一言で零点に戻そうとしないでください」
「じゃあ言葉だけ変えた同じ評価を繰り返さないで」
正確には、動かないのではない。
従来の戦闘機や戦車とは比べものにならない量の情報を同時に処理し、両手両足と全身のスラスターを制御し、状況に応じて姿勢を保つ。その操作を一人の人間へ押しつけた結果、並のナチュラルでは立たせておくこと以上のことが難しくなった。
コーディネイターならば誰でも扱えるというものでもない。
ヘリオポリスでモルゲンレーテの技術者が用意していた試験用OSを用いてもなお、極めて高い機体への過剰ともいえる理解と反応速度を要求される点は依然改善されていない。まともな戦闘行動はおろか、ただ動かすだけでもパイロット側の処理が追いつかず、動作はのろのろとしたものになる。
ハードウェアはできているのだ。
人間と機体をつなぐ部分が、決定的に足りていない。
それでも、生産設備を遊ばせておくよりはよい。
OSの完成を待ってから一機目を造り始めていたのでは、戦争の速度に追いつけない。先に機体を造り、あとから使えるようにする。技術者としては胃が痛くなる工程だろうが、有事に数がそろっていないようでは国家の防衛計画として困る。ゆえに、低率生産の中でハード面の改善と調整を続けつつ、機体の生産だけは始めさせている。
壇上の大型モニターに、M1の射撃試験映像が映し出された。
荒野に立つM1がライフルを構え、遠方の標的を撃ち抜く。
着弾と同時に標的が爆発し、報道席から感嘆の声が上がった。
「操縦席、無人よね」
「よくご存じで」
「外部の試験設備から関節角度と姿勢制御を入力して、射撃に必要な動作を一つずつ指定した。照準も機体側ではなく、試験場の観測装置が計算した。そういうこと?」*6
「映像に嘘はありません。M1が自分の手でライフルを構え、撃った。それだけです」
「人が操縦したとは、一言も発表してない?」
「ええ」
「まるで詐欺師の言い分ね」
「政治家の言い分ですよ」
まあ、似たようなものかもしれない。
拍手が落ち着いたところで、ホムラ父上が演壇へ立った。
会場の空気が変わる。
ウズミ前代表が退いた後、その弟であるホムラ・ナラ・アスハが上院議会での指名を受けて代表首長へ就任した。突然の交代に対する国内の戸惑いはまだ残っているが、ある意味で大きくある意味で静かだ。スムーズな政権以降ではあったものの、それだけオーブの獅子の名は大きかったということだろう。
それを払拭することも、今日の式典の目的の一つだった。
『先のヘリオポリス崩壊により、多くの国民が家や家族、日々の生活を失い、今もなお苦しんでいます』
父上の声が、会場に設置されたスピーカーから流れる。
『前代表ウズミ・ナラ・アスハは、その責任を負い、代表の職を退きました。しかし、代表一人の辞任をもって、政府の責任が終わるものではありません』
一息入れるように、父上が広げた腕を下す。
報道席のカメラが父上からその背後へと筒先を移す。
『中立とは、ただ戦わないことを意味するのではありません。他国の意思に国民の運命を委ねず、自らの意思を貫くことです。そのためには、理念を支える力が必要です』
背後の幕に覆われたM1を振り返り、父上は言葉を続ける。
『本日ここに、オーブは新たな国防の力を得ました』
「ウズミ様が退き、弟君が代表へ就く。外から見れば、アスハ家の中で席を替えただけにも見えるわね」
拍手へ紛れさせるように、ミヤビが言った。
「そう見えるでしょうね」
「否定しないの?」
「事実として弟が継いだのですから、否定しても仕方がありません。かといって半ば戦時下の今、政権の中枢を丸ごと入れ替えれば、責任を取る前に国が傾きかねません。砲火を交えていなくても、舌先と袖の下はあくせく働いていますから」
「では、ウズミ様の引退も形だけなの?」
「
この世界に生まれて触れ合ってきた印象としても、引退したからといって、ウズミが政治へ一切口を出さなくなるとは、私にも思えない。
そもそも、黙って余生を送るような人間なら、娘を戦争中の北アフリカへ放り込んだりはしない。
そう考えたところで、ミヤビがこちらに視線を向けていることに気づく。
「宇宙から戻って以来、随分と精力的に動いているわね」
「若いうちから働くのはよいことですよ」
「自分で言うのね……」
「誰も褒めてくれませんので」
「イサリが表へ出るようになったのと入れ替わるように、カガリが姿を消したわね」
おっとそこに触れてくるか。
ヘリオポリスを脱したカガリは月面からの救援艦隊に拾われた後、早々に地球へと降下していたらしい。第八艦隊との合流を企図してアメノミハシラに数日逗留した間のことだ。その間にモルゲンレーテで製造したM1の初号機を視察、ヘリオポリスで見聞きしたこと、その崩壊を含めて父ウズミに詰め寄ったそうな。
実際にどのような会話がなされたのかは人払いがされ、知る者はいないものの、その後数日もしないうちに、カガリの短期留学がメディアを通じて通知された。
「政府発表では、短期の海外留学となっていますが」
「ザフト占領下の北アフリカに、ですか」
「留学先までよくご存じで」
「サイーブ・アシュマン。武装組織『明けの砂漠』の現指導者。以前は大学教授で、ウズミ様とは古い知己。キオウ家が何も知らないと思ってる?」*8
「いいえ。むしろ、どこまで知っているのか確かめたかったところです」
「戦争中の北アフリカへ、代表の娘を送り込む。正気とは思えないわ」
「その点については同感です」
ウズミ様なりの考えがあってのことだろう。
書類の上では短期留学。実際には、サイーブの率いる明けの砂漠と行動を共にし、戦争の現場を自分の目で見せようというのだろうか。
ウズミ様が何を考えたのか、そのすべてを知っているわけではない。ヘリオポリスの件で自らが責任を負いながら、国防のために始まった計画まで潰すつもりはなかったのだろう。
対するカガリは、目の前で生じた犠牲を見過ごせない。だが、国を背負うなら、その先まで見なければならない。ウズミ様は、それを戦場で学ばせるつもりなのかもしれない。
だからといって、もう少し安全な方法はなかったのかと思わずにはいられない。なかったんだろうなぁ、あの人の中では。
「それと、五年も家を出ていたうちの父まで呼び戻した」*9
ミヤビの声から、先ほどまでの軽さが消えた。
「あれも、あなたが?」
「呼び戻した、というのは少々正確ではありません。連絡を取って、仕事をお願いしただけです。オーブへ戻ると決めたのは、お父上自身ですよ」
「同じでしょう。今の当主は叔父よ。父は当主になることを拒んで、五年前に家を出た。その父に、叔父を通さずアスハ家から仕事を持ち込めば、家の中がどうなるかくらい、あなたなら分かっていたでしょう!」
「はっはっは。何しろ今は国家存亡の危機ですからね。世界中で戦争をやっている。一般の国民ならまだしも、氏族、それも五大氏族の次代を担う方が当事者意識に欠けていては困ります」
「う゛っ」
正論で一度は詰まったものの、それだけで引き下がるミヤビではなかった。
「話を逸らさないで。父に何をさせるつもり?」
「二つあります」
会場では、M1を覆っていた幕を外す準備が始まっている。
職員たちが左右へ分かれ、固定具を外す。幕の上部へつながれたワイヤがゆっくりと巻き取られ、白い布が持ち上がっていく。
私は拍手をしながら、声を落とした。
「一つは、キオウ家の本業、担ってきた文化事業に関する仕事です。ユウヅツ月面天文台へ問い合わせ、観測記録へアクセスできる経路を確保していただきたい」
「ユウヅツ天文台……。何を観測させるつもり?」*10
「今までどおり、空を」
「それでは答えになってないわ」
「これまで見えていたものが見えなくなった。ある宙域だけ記録が欠ける。突然、民間の観測計画から外された。そうした変化があれば、理由を添えて知らせてほしいのです。既存の設備で足りないなら、観測機器の更新も検討してもらいます」
持ち上げられた幕の下から、白と赤の装甲が姿を現す。
まず脚部、腰、胴体。最後に頭部までが露わになり、M1アストレイの全身が会場へ示された。
報道席から、どよめきと盛大な拍手が起こる。
「天文台からプラントを見張ろうというの?」
「プラントだけとは限りませんとも」
「……もう一つは何よ?」
「プラントへ向かう物流について、改めて探りを入れてください」
ミヤビの目が細められた。
「外交を担当するキオウ家として?」
「それと、ウェアハウスを持つキオウ家として」
ウェアハウス。
キオウ家の秘所。
国家の体裁を保つアイデンティティとしての文化事業をその生業とするキオウ家は同じく各国の文化・芸術・宗教とのつながりを持つ。そうして築きあげられたコネクションはいつしか情報網としての面を持ち、闇に葬られるあらゆる情報の吹き溜まりとなっていったそうな。
これを弱み、あるいは貸しとして用い、外交交渉や関与を担うがゆえにキオウ家はオーブ五大氏族の中でも外交面を兼任する家なのだ。
「……どこで、その名を?」
「知る必要のある立場になったもので」
「便利な言葉ね」
「ええ。私もそう思います」
壇上では祭主が祝詞を読み上げ、M1の足元へ清めの酒が注がれていた。榊を持った神主が壇上へ歩みを進める。
その様子を各国のカメラが余すところなく撮影している。
「何が運ばれているっていうのよ」
「それすら分かっていません。ただ、大きなものを造れば、資材も、人も、電力設備も動きます。輸送船の名目と行き先が一致しない。途中で管轄が変わる。記録から消える。そうした動きがあれば拾ってほしい」
「具体的な対象があるわけじゃないのね」
「ええ。分かっているなら、もっと狭い条件でお願いしています」
実際諸外国からすればヘリオポリスで、オーブの領内で地球連合のモビルスーツが造られていたというのは青天の霹靂だろう。
その技術を盗み見るように、モルゲンレーテもプロトアストレイを造っていたという裏の事情まで含めればなおさら。
表向きの発表と、実際に行われていることは違う。今まさに、目の前で動かせもしないM1を完成品として世界へ披露している私たちが、そのことを誰より証明している。
これはのちの布石だ。
この世界で安寧を享受するのであれば、把握しておかなくてはならないことへの。
「ユウヅツ天文台から、空で起きた変化を。ウェアハウスから、人と物の動きを。その両方を動かせる人間となれば、限られますから」
「そのために父を?」
「正式な外交だけで済む話なら、キオウ家の現当主へお願いします。文化事業と外交、その表と裏をまたいで動く仕事です。五年前に家を出たあなたのお父上なら、今のキオウ家の立場に縛られずに動けるでしょう?」
「それを、都合よく使うと言うんじゃなくて?」
「ええ。ですから、仕事として依頼しました。断る自由も含めて」
ミヤビはしばらく答えなかった。
やがて壇上のM1を見上げる。
「父は、断らなかったわ」
「戻ってきたということは、そうなのでしょう」
「何を考えているのか分からない人だわ」
「お父上が?」
「二人ともです」
それには何も返せなかった。
祭主が壇上から下がり、ホムラ父上がM1の前へ進む。
外部電源から信号が送られ、M1の両目に光が灯った。
ただ、それだけ。
腕を上げることも、足を踏み出すこともない。
それでも、初めてモビルスーツを間近で見る者には十分だった。人の形をした巨体が目を覚ましたように見え、会場を埋める拍手は一段と大きくなる。
明日の新聞には、国産モビルスーツ完成の文字が並ぶだろう。
連合も、プラントも、非理事国も、この映像を繰り返し見る。
今はそれでいい。
実際に動くかどうかを知らぬから、案山子は抑止力なのだ。
だが、それで守れるのは、相手が案山子を恐れている間だけだ。
戦争が本当にオーブまで来たとき、目の前のM1では足りないと、私は知っている。
式典が終わりその足で、次はモルゲンレーテの会議室へ向かう。
M1の完成を祝った、その日のうちに。
私は彼らへ、次の機体――M2の開発計画を持ち掛けたのだ。