もはや何番煎じかもわからぬオーブ指導者層転生物 作:シチシチ
M1アストレイ完成式典の終了から、まだ一時間も経っていない頃。
来賓や報道陣もまだオノゴロ島を離れ始めたかどうかの頃。来賓への挨拶もそこそこに*1、私は演習場に併設されたモルゲンレーテの工場施設、その会議室にいた。
いかにも機密を取り扱う部署の風体といった窓のない部屋。その中央には部屋を前後に大きく占める長机が置かれ、その上を紙の資料やタブレットなどの電子機器が山積みになっている。壁際に並ぶのは、設計、制御、生産、シミュレーション用のコンピュータと結果を映すモニタ、投射機、スクリーン。
居並ぶのはM1の完成に関わった各部署の責任者と、そこから引っ張ってこられた技術者の代表たちが20人ばかり。それぞれ人数が多いこともあり、面識のないものもいる。人が集まるまでの時間で誰かが気を回したのか、そこいらの資料を折った即席の席札*2に名前と部門、役職を書いてあった。
つい先ほどまで式典会場で拍手を浴びていた側の者もいる。
目の下に隈を作り、拍手どころか睡眠を浴びたそうにしている者もいる。ことソフト部門の人間は見るからにげっそりしている。彼らの苦労は察するに余りある。今この時もですマーチ継続中だというのに成果がいまいち上がっていないのだから。式典での棒立ち*3にも責任を感じていそうだ。
そんな状態の彼らを私の一声で集めたこと、誠に申し訳ない。
だが、戦争は技術者の勤務時間を考慮してくれないのだ。そう自分の内心で正当化しておく。*4
「なんで私までここにいるのよ?」
私の斜め後ろに座ったミヤビが、誰にも聞かれないよう声を潜めて聞いてくる。
「この間まで私の付き人をしていた者を、少々別の仕事へ回してしまいまして」
「それと私に何の関係が?」
「後継者教育にちょうどよいのではないかと、私からご当主とお父上へお話ししました。しばらく私の付き人をお願いします」*5*6
「なっ――当の本人が聞いていないのだけど!?私だって、家の仕事は手伝ってるのよ!?」
「手伝い、と自分でも言っているようではまだまだですよ。親戚の姉のような身としては、心配で心配で」
「あなたたち*7が異常なの。っていうか、歳だってそんなに変わらないでしょう」
歳は近くとも、経験の年数には前世のぶんだけ差がある。
もっとも、それを差し引いても政治家としての私はまだまだ若輩もいいところなので、そこは口には出さない。威厳は作れるうちに作っておくに限る。
「はいはい。じゃれ合いはそこまで」
正面から飛んできた声に、私とミヤビはそろって口を閉じた。
エリカ・シモンズ。
モルゲンレーテのモビルスーツ部門開発主任にして、プロトアストレイとM1の開発を率いる主任設計技師である。
完成式典を終えたばかりだというのに、彼女はもう作業着へ戻っていた。着替えが早いな。
「集められた面子を見れば、ミヤビ様も何の話かくらい分かっているでしょう?」
「M1の、次の開発計画についてということで皆さんにお声がけさせていただきました」
「早すぎない!? M1の披露式典が終わったばかりよ」
ミヤビの反応も正しい。
普通なら、完成した新兵器の運用試験を行い、部隊から上がってきた要望を検討し、改修型や後継機の構想へ進むところだろう。こと軍でも完全初採用の兵器種、まだ戦術段階からのドクトリン組み立てに実働データ収集を始めねばならない。
だが、M1には悠長に成長を待っている時間がない。
正確に言えば、成長するまで待っていては、戦争のほうが先へ進んでしまう。
「なんと申しますか。M1には
「あら。うちのM1は、その軽量さから来る運動性が強みだということくらい、イサリ様もご存じでしょう?」
「ええ。戦闘単位で見れば、そうでしょう。私が申し上げているのは、もっと大きな括りでの話です」
エリカさんが片眉を上げた。
主任設計技師としては気に障ったか?
M1アストレイはその設計的な強みを軽量性と運動性の高さに持つものとして設計されている。
モビルスーツ設計開発当初。ジャンク屋を通じて各国既にプラント側の主力モビルスーツZGMF-1017『ジン』についてはすでに手元に入手されていた。*8
その設計は部品単位では世界規格のありふれたもので構成されており、実物があればそのコピー生産自体は容易な程度の技術水準のものでしかなかった。ゆえにその性能、運動性についてはコンピュータ上でのシミュレーションでの再現・確認までは可能であり、当然、M1開発にあたっても参考データや仮想敵として利用された。
結果、算定されたM1への要求仕様はおおざっぱに3つ。
1.ジン、並びに逐次新規投入された新型に対して短期で圧倒できる火力*9
2.高い生産・整備・汎用性*10
3.数のうえでの主体となるナチュラルでも操縦可能な機体*11
これらを満たしたうえで、優秀な戦闘力を持つ機体が求められた、
この要求に対し、エリカ・シモンズが導入した大型量子コンピュータ二十台とそれらへの疑似人格付与による並列発案・協議・処理手法*12によってその基礎設計を一人かつ短時間で具体的プランへと落とし込まれた。
その内容は『軽量化とそれに伴う被弾率低下による生存性の向上と付随する戦力の長期発揮プラン』。
このプランに従ったM1の設計は人体の可動域を限りなく再現したボーンフレームに、軽量素材による薄殻をかぶせるにとどめ、重要部を関節の可動に連動して可動する、これまた軽量の『発泡金属』にて守るにとどめるという極端な割り切りをした。*13
これにより、プラントのジンの全備重量78.5tと比較して53.5tと軽量化を果たした。連合のG兵器、その5号機 GAT-X105ストライクの全備重量64.8tと比しても非常に軽量に仕上がった。
「戦略的な強み、ということかしら?」
「そうですね、そう言いかえたほうがいいかもしれません」
私は卓上の端末を操作し、壁面へ二つの機体影を投影した。
一つは、地球連合が開発中と見られる量産型モビルスーツについて。
もう一つは、ジンを基礎にしたザフトの次期主力機。そのどちらも外形は予測できず、ジンやストライクのシルエットそのままで、予想される事項が箇条書きにされているに過ぎない。
「そう遠くないうちに、連合も量産型モビルスーツを戦場へ出してくるでしょう。その強みは、恐らく数です。技術的な完成度よりも、まずは既存の工場で造れること、ナチュラルの兵士へ行き渡らせられることを優先してくる」
「そのあたり、何か聞いていません?」
エリカさんに話を振られ、生産部門の人間が資料をめくった。
「大西洋連邦のモビルアーマー製造各社が、軍の生産方針へ概ね同意したという話は入っています。最後まで反対していた企業も、先日、設備転換の調査を受け入れたとか」
「ああ。あそこまで折れたのなら、本決まりでしょうね」
ハルバートン提督がモビルスーツ開発を推進しているに対し、既存兵器を造ってきた企業が両手を上げて賛成していたわけではない。
新兵器への転換は、新たな利益を生む。
同時に、これまで持っていた設備と人員と政治的な発言力を、まとめて過去のものにしかねない。当事者である企業の反発は強力だった。連合が国内生産に見切りをつけ、モルゲンレーテに接触を図ったのもそのあたりの派閥に無縁かつ技術力を持つ非プラント企業の選択肢が少なかったこともあるのだろう。ことOSの分析ではジンに搭載されたM.O.S解析ではモルゲンレーテのほうが先行していた。*14
とはいえ、ストライクがジンと戦えることは実戦で証明され、同時に開戦以来のモビルアーマー損失とその
「連合の最新鋭機を奪取された以上、技術面での圧倒は難しい。こと、同程度のハードウェアを両軍が備えた場合、ソフトウェア、つまり全軍がコーディネイターのプラントのほうが、各パイロットが機体のポテンシャルをより引き出します。」
「構造を簡素にして数をそろえて着実に圧殺する。その間、実戦と生産の両方で経験を積み、その次へ進むための踏み台も兼ねるでしょうな……」
私が連合側の機体影を消すと、ザフト側だけを壁に残し拡大した。
「プラントも、当然新型を出してきます。彼らはビーム兵器とPS装甲の実物を手に入れ、その威力を実戦で体感した。奪取したG兵器から得たものを、必ず次の機体へ取り込むでしょう。PS装甲まで量産機へ搭載できるかは、少々怪しいところですが」
「向こうは、コーディネイター専用機というだけで価値があるものね」
「ええ。訓練されたコーディネイターが操縦する。それ自体が価値の一部です」
数を用意できる連合。
操縦者を含めた質で優位を取るザフト。
その間に挟まれ、そのどちらも持ちえないのが、小国オーブである。
技術力があろうと、工業力には限界がある。連合と同じ数を用意しようとすれば、機体がそろうより先に国家予算が死ぬ。人もいない。
ザフトと同じことをしようにも、オーブの国民はナチュラルとコーディネイターの双方だ。コーディネイターにしか扱えない兵器を国防の柱に据えることは、理念だけでなく人員構成の面でも成り立たない。そもそも、中立かつ、コーディネイターにやさしいことで知られるオーブですらコーディネイターは基本肩身が狭い。コーディネイターであることを表に出さない『隠れコーディネイター』が珍しくないのだ。
「それらと対峙したとき、M1は何を強みとするのか。数を相手に同じ数を用意できない我が国が、何をもって対抗するのか。その答えが、今のM1にはありません」
「そうは言ってもねぇ」
エリカさんが腕を組む。
会議室にいる技術者たちからも、声にはならない同意と反発が半々に返ってきた。
ようやく形にしたものへ、完成したその日に足りないと言われれば面白くはあるまい。
私だって、苦労して書き上げた書類を提出直後に作り直せと言われたら腹が立つ。内容次第では机の下で足くらい蹴る。
だから、要求を増やす前に整理する。
「求める強みと、最低限必要な能力とを混ぜると、目的がぶれます。物事は単純なほうが成功しやすいものです。まずは、どこで戦う機体なのかを決めましょう」
画面をオーブの地図へ切り替える。地上のそれと宇宙での宙域図。
「オーブは専守防衛を掲げる国です。したがって、戦場は原則として自国領内となります」
本国を構成する大小さまざまの島。
建設予定であった軌道エレベーター、その先端部分となるはずであった現宇宙ステーション、アメノミハシラ。
そして今は崩壊し、その領有宙域だけが残るヘリオポリス。
「想定される戦場は四つ。軌道上を含む宇宙空間。オーブ本土を囲む周辺海域。本土上空。そして、オーブ本土です。海岸と内陸、平地と山地まで分け始めれば切りがありませんが、ひとまず大別すればこの四つとなります」
地図の上で、該当する領域を順に色分けする。
「このうち、既存のM1が実用上カバーできるのは、本土だけです」
「言いたいことは分かるけれど、一応M1は全領域対応を掲げているわ。地上も宇宙も、水中もね」
「浅瀬での水遊びを水中戦対応とは言いません」
室内のどこかで、誰かが噴き出した。
エリカさんがそちらを睨むと、笑い声は咳払いに化けた。
「宇宙についても、専用のM1Aを別に設計しようしている時点で、M1単体による対応を諦めているようなものです」
「それだけ聞いていると、一機で全領域に対応させたいと言っているように聞こえるけれど?」
「もし一機だけで何もかもできるのなら、最初からそうしています。私に言わせれば、なぜ別の方法を試さなかったのか、ですが」
エリカさんの言いたいこともわかる。言外にそんな万能量産機は不可能だと言い含められている。宇宙で戦える運動性能と気密性、常に抵抗がかかる水中での運用、飛行、地上歩行などすべて満たしたら人型に収まるかも怪しい。一体いくらになるというのか。
だが、すべてを同時に備えなければどうだろう?
スクリーンに投影された画像をM1の背面と、もう一機種の背面とを並べる。
エリカさんが、先に答えへたどり着いた。
「ストライカーシステム」
「はい」
連合からモビルスーツ開発委託の打診を受けた当時。
サハク家がアンダーグラウンドな手法で勝ち取るまでに、連合がモビルスーツ用であることを秘して民間企業から関連技術の収奪を進めていたころ。サハク家手動のもと、モルゲンレーテからは当時オーブが世界に先駆けていた大容量バッテリー、いわゆる『パワーパック』技術の提供を行った。このことをきっかけにモビルスーツ向けの支援ユニット開発計画を案件を勝ち取っていた。のちの『エールストライカー』として完成したそれを皮切りにさらなるストライカー群の開発、他企業からの引継ぎの受注があってモビルスーツ本体の開発へと進展していった。
ゆえに、モルゲンレーテはストライカーシステムに関する関連技術を所持しており、それはプロトアストレイの段階でストライカーシステムとは別途の兵装換装システムとして技術実証が進められていた。原作ではP03 ブルーフレームへと対比させられたそれら換装装備開発案は私がヘリオポリスから回収している。
基本となる機体へ、任務に応じた装備を換装する。連合も単一の機体を複数の用途へ振り向ける方法を考えていたのだろう。*15
しかし、開発の途中でその目的は変わった。
大気圏内で飛ぶ。
宇宙で長く戦う。
水中へ潜る。
そうした『戦場』そのものへの適応より、砲撃戦、近接戦、高機動戦という『戦い方』を選ぶための装備になった。万能機を作るのが難しければ、得意分野を交換できる機体にする。それはそれで正しい。
「なるほどね。戦域に合わせた装備を用意して、専用機を何種類も造らずに済ませたいわけね」
「そのとおりです。M1Aに求めている機能も、宇宙戦用の装備へまとめられるものと考えています」
「簡単に言ってくれるわね。正直、M1Aは無理な適応改修で機体の釣り合いが崩れているけれど、専用装備にしたところで重量は消えてくれないわよ」*16
「ええ。ですから、今ここで完成形を出せとは申しません」
言った途端、何人かが露骨に安堵した。
明日までに出せとは言うけど。
「宇宙を装備の換装で補うとして、残るのは空と海?」
「ええ。ただし、誤解のないよう先に申し上げます。私は、この新型一機で完全な多用途機ができるとは考えていません」
怪訝そうにしていた者たちへ向き直る。
「完全に水中戦へ特化したザフトの機体と、同じ土俵で互角に戦えるとは思っていない、ということです。重要なのは、対応できるか、できないかです。今のままでは、オーブの海は敵の手へ無条件で明け渡すことになります」
去年の四月、連合の第21対潜掃討艦隊がザフトの輸送潜水艦艦隊迎撃にあたり、オーストラリア大陸北東海域にて衝突。4機のモビルスーツ相手に全滅したという報告は、オーブにも届いている。*17*18*19
潜水艦と水中用モビルスーツに海中から食いつかれれば、水上艦艇に打てる手はないに等しい。航空機から見つけることも、海中の小さな機影を狙うことも容易ではない。まして攻撃など短魚雷を落とすのが精いっぱいだ。
「海軍がなすすべもなく削られ、敵がのっそり陸へ上がってきた頃に、果たして海岸へどれほどの戦力が残っているでしょう?互角でなくていいのです。敵に、海の中なら一方的に殴れるとは思わせないことこそが肝要です」