桜庭エマは夢を見ていた。
いつも見る中学時代の悪夢ではなく空を自由に飛ぶ素敵な夢
(楽しい!いつもこんな夢を見れたらいいのに……)
エマは自由に空を駆ける、海を越え街を越え世界中を飛んで回った。
夢の中のエマには過去のしがらみも未来への不安も何もなくただただ自由だった。
そんな素敵な夢を見ているエマは空を飛ぶことに夢中で気づいていない。彼女が飛ぶ下では何が起こっているのか、彼女の背に生えたモノは鳥の羽根なんてものではないということに。
「あれ……?」
エマは目を覚ました。
久しぶりに目覚めのいい朝を向かえられた、よく覚えていないがとても楽しい夢を見た気がする。
目を開け身体を起こすとそこは彼女の自室ではなかった。
周囲を見渡すと古ぼけた石造りの部屋、粗末な作りの二段ベッドの一段目に彼女は寝かされていた。
「どこ……ここ?それにこの服も一体……?」
目覚めが良かったおかげかエマは比較的冷静に周囲の状況を探ることができた。
この場所について記憶はない、寝る前は確かに自室で眠りについた筈。
服すらもパジャマから可愛らしい身に覚えのない服に着替えさせられていた。
「……あれ、なんだろうこれ?」
服を確認しているとエマは背中に何か違和感を感じた。
服が何かに引っかかっているような感じがする、服越しに触ってみると何か小さな突起のような物が四つ程背中から生え服を押し上げていた。
確認しようにも背中の中ほどに生えている為目視では確認できない。
鏡か何かないかエマが探すと自分のものではないスマホが服に入っていることを発見した。
「誰のかわからないけどロックは掛かってないし……これのカメラを使えば……!」
スマホのカメラを背中側に入れ撮影をする。撮れた写真を見てみると背中から何やら白い骨のようなものがニョキッと生えていた。
「えっ何これ!?」
「……さっきから何をしているんだエマ」
ふと聞き覚えのある声が目の前から聞こえた。
目の前にいたのは中学時代の同級生である二階堂ヒロ、過去を語れば長く、そして重いものになるもののそれよりも今はこの奇行を見られていた事がエマは恥ずかしく慌てて乱れていた服を整え彼女に向き直った。
その口ぶりから察するにヒロはエマが背中を撮ろうと四苦八苦している一部始終を目撃していたのだろう、彼女もまたエマに思うところはあるだろうが今はエマの奇行に対する呆れの感情のほうが勝っている様子だった。
「こんな場所で服を脱ごうとするのは正しくない」
「あっ違っそうじゃなくて……!」
エマが訂正しようとしたその時だった。
部屋に設置されたモニターがつきゴクチョーを名乗るフクロウの化物が話し始めた。
その後、看守に連れられラウンジに向かうことになった事で全てが有耶無耶になってしまった。
エマは背中のことが気になりヒロとの会話が疎かになっていた、ヒロはそんなエマを一瞥したきり話しかけようとしない。
結果として二人の仲は改善も改悪もされないままラウンジにたどり着いた。
ラウンジに到着してもエマが気になるのは背中の骨のこと、それからヒロに誤解されたままということだった。
(何かの病気……?でも何も違和感はない……どころか
幸いなことに生えている骨は服に隠れて目立つ程ではなかった。直接触られでもしない限りバレることはないだろう。
エマが周囲の迷惑にならない様にラウンジの隅で考えているうちに周囲の少女達は会話を進めていた。
「みんな初対面だと思うから、良かったら自己紹介をしていかないか?」
「───」
「───」
(それにヒロちゃん、まさかまた会えるなんて思わなかったけど再会がこんなよくわからない場所であんな……恥ずかしい姿になっちゃうなんて……)
「──ミ……」
(説明したら分かってくれるかな?でもそうしたらヒロちゃんに背中のことを教えないといけなくなっちゃう……ヒロちゃんが知ったら「背中にそんな物が生えてるのは正しくない」とか言われてヤスリで削られるちゃうかも……)
「ねえキミ!」
「きゃん!」
中性的な顔立ちをした少女にエマは話しかけられ驚き変な悲鳴をあげる。
気がつくと周囲の視線がエマに注がれていた。
「何やら考え込んでいるようだが自己紹介が済んでいないのはキミだけだ。よければ名前を教えてくれないかい?」
(……自己紹介に失敗しちゃった!)
エマはショックを受けた。ずっと自己紹介せず黙っていたエマの第一印象は最悪だろう
(とりあえず汚名返上しなくちゃ!)
「ボクの名前は桜庭エマ!ごめんなさいちょっと色々と不安に思ってて一人で悩んじゃってて……!」
とりあえずエマは背中のことを隠すことに決めた。
ただでさえ印象が悪くなっているだろう状況で自身の異形な部位を見せつけることは悪い方向にしか転がらないだろうと判断したためだ。
「確かにこのような場所に連れてこられあのような化物もいる状況だ。不安になる気持ちもわかる、だからこそ今は一人で悩まず皆で乗り越えようじゃないか!」
少々芝居がかった言い回しで中性的な少女は周囲に向けて演説していた。
(あっ聞き逃しちゃって皆の名前がわからない……)
咄嗟にヒロに顔を向けると視線に気づいたヒロは無言でポケットに入ったスマホを指さすとすぐにエマを無視するように視線を外した。
(えっと……魔女図鑑……?あっ皆の名前が書いてある)
エマはヒロに促され自身のスマホを手に取り気になるアプリを立ち上げるとそこには全員の氏名が記載されていた。
エマはなんとか全員の名前と顔を一致させるとちょうどその時ゴクチョーが現れ説明を始めた。
話の途中でヒロが暴れかける自体が起こったものの直前で中性的な少女───蓮見レイアがなんとか止めることに成功し未遂で済んだ為にお咎めなしとなり続行されたゴクチョーの説明は衝撃的な事実と共に終わった。
(魔女……なれはて……)
背中の骨にどうしても意識がいってしまう。
ここに集められた少女達はいずれ魔女になってしまうという、そしてその末路がなれはて……看守であるという事も。
(背中のコレは魔女になる証って事……?でも今までこんなもの影も形もなかったのに……!)
いずれボクもああなってしまうのだろうかと不安にかられる。
恐い、こわい、こわいこわいこわいこわいこわい。
エマの思考が一色に染まりぐるぐると渦巻いていく。
「大丈夫ですの?ずいぶんと顔色がわりーですわ」
その様子に気づいたお嬢様口調の少女、遠野ハンナは心配そうに声をかけ
「───ッ!」
反射的にハンナの手を払い除けてしまう。
手を払い除けられたハンナはビックリしたものの直後顔を赤くして怒り出した。
「なんなんですの!人がせっかく心配してあげたっていうのに!」
「ゴッ……ゴメン!さっきのゴクチョーの説明を聞いたら怖くなっちゃって!」
「まあまあ、ハンナさん!エマさんだって悪意を持ってやったんじゃないですよ!」
騒ぎを聞きつけた橘シェリーの仲裁もありハンナの怒りは収まったようだった。
(とにかく……背中の事は絶対にバレないようにしなくちゃ……!)
バレてしまえば確実に魔女としてして扱われてしまう。
そう考えたエマは誤魔化す為にハンナ達と会話を始めた。
牢屋敷に連れてこられてから数日が過ぎた。
エマ達は二つの勢力に分かれていた。
ゴクチョーの言う通りに不和を起こさぬよう規則正しく行動する組とゴクチョーに逆らい脱出方法を模索する組だ。
しかし別に二つのグループが対立しているわけでもそれぞれのグループ内で団結しているわけでもない。
現にアリサ等は誰とも仲良くする事はせずに各々勝手に行動している。
エマは脱出組に所属していた。ゴクチョーの言う通りに行動するということは結果として魔女探しを受け入れる事になり、つまるところ自身の異形に気づかれ処刑される可能性がある。
それだけは避けたく背中の事がバレる前にどうにか脱出できないか牢屋敷を調べていた。
現在は同じく脱出組……というよりは生活組代表のレイアが気に食わないハンナとこっちのほうが面白そうという単純な理由で参加しているシェリーと共に牢屋敷の中を探索していた。
三人は様々な場所を巡ったものの今のところすべて空振り、次の目的地にしていたのは医療室だった。
「医療室なら消毒用のアルコールもある筈です!看守にぶっかけて火をつければ倒せるかもしれませんよ!」
「アレにただの火が効くかどうかは怪しいところですわ」
「それにアルコールをかけたら火を付ける前に捕まっちゃうんじゃないかな……?」
そんな話をしながら医務室に入るとそこには先客がいた。
夏目アンアンと氷上メルルの二人だ。
夏目アンアンは同室である城ヶ崎ノアが部屋をスプレーで真っ赤にしたショックからしばらく医療室で寝泊まりしており氷上メルルはそんなアンアンを心配して度々看病をしていた。
二人はエマ達の姿に気づくと横になっていたアンアンはぷいっと反対側を向いてしまい対照的にメルルは嬉しそうな顔をしながらエマたちに近づいてきた。
「エマさん!何か御用でしょうか?お体がどこか優れなかったり……?」
「それは大丈夫だよメルルちゃん。それでね、何か脱出の役に立つ物がここにあったりするかなって探しに来たんだけど」
その言葉を聞くとメルルは露骨に狼狽えだした。
「えっ、ええっと……すみません、医療品はそれなりに揃っているのですが脱出のお役に立てそうなものはあまり……」
「えー?看守を殺す薬とか置いてあったりしませんか?」
「そ、そんな恐ろしいものは此処には置いてないです……」
四人が騒々しく喋っている為かアンアンはシーツを被って完全に外界をシャットアウトしてしまった。
その事に気づいたエマはアンアンに近づいて話しかける。
「ごめんねアンアンちゃん騒がしくしちゃって。アンアンちゃんは調子の方はどう?」
『わがはいは問題ない。ただあまり騒がないでほしい』
心配して話しかけたエマだったがシーツの中から出てきたスケッチブックに書かれた言葉によってバッサリと切り捨てられてしまう。
そしてアンアンは続けざまにスケッチブックに文字を走らせていく。
『わがはいのように脱出を望んでいない者もいる、そういった者の前であまり脱出の事で盛り上がらないでほしい』
「───!でっ、でもゴクチョーの言う通りにしてたらいつか殺人事件が起きるって……!」
『ゴクチョーの言う事が全て真であるという証拠もないだろう。それとも桜庭エマはわがはいたちが人を殺すような人間だとでも?』
「それは……!」
エマにとってゴクチョーの説明した魔女の話は実感があるが故に信憑性があると思えるものだった。
しかし魔女因子を持っているとされる他の少女達も思うところはあるだろうが殺し合いが起こるとまではなかなか信じられないのだ。
咄嗟にエマはアンアンに向けて手を伸ばす。
手を伸ばしてどうする気だったのかはエマ自身にもわかっていないだろう。ただ二人の間にある認識の違いという距離を解消したいとそんな思いがつい体を動かしてしまったのだ。
「ッ触るな!」
ぺしんと可愛らしい音と共に手を払い除けられる。
それと同時にまるでひどい静電気を浴びたかの様にアンアンはビクリと跳ね起き困惑したようにエマと触れ合った手とエマの顔を交互に見比べていた。
「……桜庭エマ、持っている魔法が何なのか【教えろ】」
「……?ごめん、ボクは多分魔法使えなくて……」
アンアンの魔法である【洗脳】、条件はあれど他者に命令を下し言うことを聞かせられる強力な魔法であるがエマは不思議なことに魔法は効いていないようだった。
「……【出ていけ】」
「……うん、わかった。ごめんね迷惑かけちゃって」
続けざまに命じられた言葉もまたエマにはただの拒絶の言葉としか感じられなかったようだ。
【洗脳】が効かない存在に驚愕するアンアンだったが仲間たちと医療室を出るべく振り向いたエマの目に入ることは無かった。
唯一気づいていたのはハンナ達と話しながらもエマの様子を逐一観察していた一人の少女だけだった。