第10話「逆ナン師範を探せ ―兵庫編―」
大阪で黒獅子の軍師・鬼算の大原を倒し、街に平和を取り戻した谷中と空本。
二人は新たな目的地――兵庫県・神戸へとやって来ていた。
港町ならではの爽やかな潮風が吹き抜ける。
異国情緒あふれる街並みを歩きながら、谷中は大きく伸びをした。
「いやぁ、大阪は大変だったなぁ。」
「でも今日は兵庫!」
「神戸だぞ!」
「おしゃれな街だし、これは期待できる!」
空本は苦笑する。
「何に期待してるかは聞かなくても分かる。」
「もちろん!」
「逆ナン!」
そう言い切った直後だった。
「すみませーん!」
「!!」
谷中は勢いよく振り返る。
(来た……!!)
「はい!」
「神戸牛のお店って、この辺ですか?」
「……すみません、分からないです。」
「あ、ありがとうございます!」
女性は笑顔で去っていった。
谷中は数秒固まる。
「違ったかぁ……。」
「開始三分。」
「逆ナン失敗。」
空本が吹き出す。
「まだ始まったばっかりだ。」
「そうだよな!」
谷中は気を取り直して歩き出す。
すると再び、一人の女性が近づいてきた。
「お兄さん!」
(今度こそ!!)
「はい!」
「写真撮ってもらえます?」
「もちろんです!」
写真を撮り終えると、女性は笑顔で手を振った。
「ありがとうございました!」
「……。」
「違うんだよなぁ。」
谷中は肩を落とす。
そんな二人を見て、一人の女性が優しく笑った。
「兄ちゃん。」
「おもろい子やな。」
振り向くと、小さなスナックがあった。
古びた暖簾には、大きく二文字だけ書かれている。
『蝦蟇』
店先に立つ女性が穏やかに微笑む。
「ちょっと寄っていき。」
「話くらい聞いたる。」
◇
店内は静かだった。
カウンターへ座る二人に、女性はウーロン茶を差し出す。
「私は
「この店『
谷中は軽く頭を下げる。
「谷中です。」
「こっちは空本。」
池村は二人を見つめ、小さく笑った。
「京都で天山に会うて。」
「大阪では大原を倒した。」
「……そうやろ?」
二人は同時に顔を上げる。
「どうしてそれを……。」
池村は静かに湯飲みを置いた。
「知っとる。」
「あいつらとは昔、少し縁があってな。」
その一言で、店内の空気が変わる。
「黒獅子。」
「奴らは日本そのものを支配しようとしてる。」
谷中は京都と大阪での出来事を思い返した。
「京都では舞妓を。」
「大阪ではたこ焼きを狙っていました。」
池村は静かにうなずく。
「奴らは街を壊したいんやない。」
「その土地の誇りを奪いたいんや。」
「京都なら舞妓。」
「大阪ならたこ焼き。」
「人の心を折れば、その街は自然と支配できる。」
谷中は拳を握る。
「絶対に止めます。」
池村は真っすぐ谷中を見つめた。
「止められる。」
「ただし、一人だけや。」
「兄ちゃん。」
「お前や。」
谷中は苦笑する。
「いやいや。」
「京都では何もできませんでしたし、大阪もギリギリ勝てただけです。」
「今はな。」
池村の表情が真剣になる。
「せやけど、お前にはまだ眠っとる力がある。」
「……力?」
「その力は、誰にでも宿る力やない。」
「人との縁を力へ変える、特別な力や。」
谷中と空本は息をのんだ。
「その名も――」
一拍置き、静かに告げる。
「逆ナン力。」
「逆ナン……力?」
谷中は思わず聞き返した。
池村はゆっくりとうなずく。
「女の子から逆ナンされた瞬間。」
「その力は目を覚ます。」
谷中は目を丸くする。
「でも……。」
「僕、一回も逆ナンされたことないですよ?」
「そこが問題なんや。」
池村は静かに続けた。
「今のお前には、その力を受け止める”器”がない。」
「器?」
「逆ナンされた瞬間。」
「逆ナン力は一気に溢れ出す。」
「せやけど器が未完成やと、その力は逆流する。」
一瞬、沈黙が流れた。
池村は静かに言った。
「そして、お前自身を壊す。」
「……え?」
谷中は固まる。
「逆ナンされたら……。」
「自滅する。」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
店中へ谷中の叫び声が響いた。
空本は額に手を当てる。
「そんな奴いるのかよ……。」
池村は思わず笑った。
そして、カウンターの下から一枚の古い写真を取り出す。
そこには、一人の男性の後ろ姿だけが写っていた。
「まずは器を作る。」
「そのためには、この人を探さなあかん。」
谷中は写真を見つめる。
「誰なんです?」
池村は静かに答えた。
「逆ナン師範。」
「逆ナン……師範?」
「今は私も何しとるか分からん。」
「もちろん、居場所も分からん。」
「せやけど。」
「この人の修行を受けた者だけが、逆ナン力を制御できる。」
谷中は写真を強く握りしめる。
「どこにいるんですか?」
「探すんや。」
「人との縁を信じて。」
「旅を続けるんや。」
池村は優しく笑った。
「運命は待つもんやない。」
「自分で引き寄せるもんや。」
谷中は力強くうなずく。
「ありがとうございます!」
「必ず見つけます!」
◇
夜の神戸。
港の灯りを背に、谷中と空本は再び歩き始めた。
旅の目的は、もう逆ナンされることだけではない。
逆ナン師範を探し出し、自分自身を強くすること。
二人は、新たな一歩を踏み出した。
◇
ガタン。
ゴトン。
地方を走るローカル線。
窓際の席で、一人の男性が駅弁を食べていた。
年齢は五十代半ばほど。
穏やかな表情の奥に、どこか鋭い眼差しを宿している。
「この唐揚げは、なかなかうまいな。」
向かいに座る女子高生が声をかける。
その時。
ポケットのスマートフォンが小さく震える。
画面には、一通のメール。
『谷中、始動したわよ。』
男性はその文字を見つめ、小さく微笑んだ。
「……そうか。」
「とうとう本当の旅を始めたか。」
帽子を深くかぶり直し、窓の外へ目を向ける。
流れる夜景を眺めながら、小さくつぶやく。
「まだ会うには、少し早い。」
列車は静かに夜の街を走り続ける。
谷中が探し求める人物は、すぐ近くにいる。
しかし、そのことを知る者は――
まだ誰もいなかった。