兵庫で逆ナン師範という存在を知った谷中と空本。
新たな目標を胸に旅を続ける二人のもとへ、一通のメッセージが届いた。
送り主は――世良。
谷中が以前勤めていた会社で、直属の上司だった人物である。
『宮城に来ないか。久しぶりに話でもしよう。』
「世良さんだ!」
谷中は思わず声を上げた。
「知り合いか?」
空本が尋ねる。
「ああ。前の職場ですごくお世話になった人なんだ。」
「よし、宮城へ行こう!」
◇
数日後。
二人は宮城県・仙台駅へ降り立った。
駅前は多くの人で賑わい、牛たんの香ばしい匂いが漂っている。
「久しぶりだなぁ。」
谷中が辺りを見回していると、一人の男性が静かに手を挙げた。
「谷中。」
落ち着いた声だった。
「世良さん!」
世良は以前と変わらない穏やかな笑みを浮かべていた。
「元気そうだな。」
「はい!」
「旅に出たって聞いて驚きました?」
世良は小さく笑う。
「少しな。」
「でも、お前らしいとも思った。」
三人は駅前の小さな喫茶店へ入った。
窓の外では静かに雨が降り始めていた。
コーヒーの湯気がゆっくりと立ち上る。
谷中は旅で起きた出来事を、一つひとつ語り始めた。
長野で旅立ったこと。
滋賀で河合天音と再会したこと。
石川で巫女や漁師と出会ったこと。
京都で天山に敗れたこと。
大阪で鬼算・大原を倒したこと。
そして兵庫で、逆ナン師範という存在を知ったこと。
世良は一度も話を遮ることなく、静かに耳を傾けていた。
「……そうか。」
「ずいぶん濃い旅をしてるな。」
「はい。」
谷中は少し照れ笑いを浮かべる。
「最初は逆ナンされたいだけだったんです。」
「でも気づいたら、人助けばっかりしてました。」
世良はコーヒーカップを静かに置いた。
「それでいい。」
「え?」
「目的なんて、後からついてくることもある。」
一拍置き、谷中を真っすぐ見つめる。
「大事なのは、自分の足で歩き続けているかどうかだ。」
谷中は言葉を失った。
旅に出る前の自分なら、逆ナンされることしか考えていなかった。
しかし今は違う。
出会った人たち。
助けた人たち。
守りたい街。
そのすべてが、自分を少しずつ変えていた。
世良の言葉は、不思議と胸の奥へすっと入り込んでくる。
空本も静かにうなずいた。
「確かに。」
「俺たち、旅に出る前とは少し変わったかもしれないな。」
世良は優しく笑う。
「その変化を大切にしろ。」
「旅は、人を育てるからな。」
気づけば、窓の外の雨は小降りになっていた。
◇
三人は店を出る。
駅前には雨上がり独特の澄んだ空気が流れていた。
「じゃあ、俺はこの辺で。」
世良が軽く手を挙げる。
「ありがとうございました!」
谷中は深く頭を下げた。
別れ際、世良が振り返る。
「谷中。」
「はい。」
世良は少しだけ口元を緩めた。
「もし本当に逆ナンされたら。」
「ちゃんと報告しろ。」
一瞬の沈黙。
谷中は思わず吹き出した。
「はい!」
「その時は真っ先に連絡します!」
空本は笑いながら肩を叩く。
「その連絡、いつになるんだろうな。」
「うるさい!」
三人は思わず笑い合った。
世良は軽く手を挙げ、そのまま人混みの中へ消えていった。
その背中を見送りながら、谷中は静かにつぶやく。
「やっぱり世良さんは、すごい人だな。」
空本も笑う。
「ああ。」
「いい上司だったんだな。」
谷中は力強くうなずいた。
◇
旅には、まだ終わりがない。
逆ナン師範。
黒獅子。
そして、まだ見ぬ仲間との出会い。
二人は新たな決意を胸に、再び歩き始める。
その旅路の先で待つ運命を、まだ二人は知らなかった――。