埼玉で浜下との再会を果たした数日後。
谷中と空本は、次の目的地を決めかねていた。
その時だった。
谷中のスマートフォンが震える。
画面に表示された名前を見て、思わず表情が明るくなる。
世良。
宮城で再会した、かつての上司だった。
「世良さん!」
『久しぶりだな、谷中。』
「どうしたんですか?」
『お前、逆ナン師範を探してるって言ってたな。』
「はい。」
『一人だけ、師範を知る男がいる。』
谷中の表情が変わる。
「本当ですか!?」
『桑田という男だ。』
『今は岡山のどこかで身を隠して暮らしている。』
「桑田さん……。」
世良は少しだけ間を置いた。
『桑田は昔――』
電話の向こうが静かになる。
『逆ナン師範と共に、日本を救った男だ。』
谷中は息をのんだ。
「……日本を?」
『詳しくは本人から聞け。』
『ただ、一つだけ忠告しておく。』
『桑田を探すのは簡単じゃない。』
「どういう意味ですか?」
『……行けば分かる。』
プツッ。
電話が切れた。
谷中はスマートフォンを見つめたまま動けなかった。
「逆ナン師範と一緒に……日本を救った?」
空本も腕を組む。
「ますます謎が増えたな。」
谷中は静かにうなずく。
「行こう。」
「岡山へ。」
◇
岡山県。
二人は桑田という男を探し始めた。
駅前。
商店街。
喫茶店。
漁港。
山あいの集落。
「桑田さんという方をご存じありませんか?」
「いやぁ、知らんな。」
「聞いたことないね。」
情報は何も得られなかった。
三日。
四日。
時間だけが過ぎていく。
「本当にいるのかな……。」
谷中がつぶやいた、その日の夕方だった。
古びたラーメン屋。
店の隅でラーメンをすすっていた老人が、静かに口を開く。
「桑田……か。」
「その名前を口にする若いもんは、何年ぶりじゃろうな。」
谷中は思わず立ち上がる。
「知ってるんですか!?」
老人はゆっくりとうなずいた。
「山奥に廃工場がある。」
「そこへ住んどるという噂は聞いとる。」
「でも誰も近づかん。」
「なぜですか?」
老人の表情が曇る。
「命を狙われとるらしい。」
「誰に?」
老人は静かに答えた。
「……黒獅子じゃ。」
店内が静まり返る。
谷中は深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
二人はすぐに店を飛び出した。
◇
夕暮れ。
山奥にひっそりと建つ古い廃工場。
窓ガラスは割れ、雑草が建物を覆っていた。
「ここか……。」
扉は半開きだった。
「桑田さん!」
返事はない。
慎重に中へ入る。
静まり返った工場。
壊れた機械。
割れた机。
そして壁一面に刻まれた、無数の傷跡。
「これ全部……。」
空本が息をのむ。
「戦いの跡か。」
谷中の胸騒ぎが強くなる。
奥の部屋へ駆け込んだ。
「!!」
そこには、一人の男が倒れていた。
白髪交じりの髪。
傷だらけの身体。
それでも、その姿からは圧倒的な存在感が漂っていた。
「桑田さん!」
谷中が駆け寄る。
男はゆっくりと目を開けた。
「……遅かったな。」
「大丈夫ですか!」
「世良さんに言われて来ました!」
桑田はかすかに笑う。
「世良……。」
「元気にしておるか。」
谷中が肩を貸そうとした、その瞬間。
桑田が力強く谷中の腕をつかんだ。
「聞け。」
「時間がない。」
「え?」
「奴らが来る。」
「奴ら……?」
桑田は血を吐きながらも、谷中をまっすぐ見つめる。
「黒獅子は……。」
「もう逆ナン師範の居場所を知っている。」
「!!」
谷中の表情が凍りつく。
「どういうことですか!?」
「師範が危ないんですか!?」
桑田は震える手で、一枚の古びた写真を差し出した。
そこには若き日の桑田。
帽子を深くかぶった一人の老人。
そして、もう一人。
顔だけが破り取られた人物が写っていた。
「これは……。」
桑田は写真を見つめ、小さくつぶやく。
「昔……。」
「俺と師範は、もう一人の仲間と共に、日本を救った。」
「だが、あの日から全てが変わった……。」
その時だった。
ドォォォン!!
工場の壁が大きな音を立てて吹き飛ぶ。
土煙が舞い上がる。
「!!」
ゆっくりと、一つの黒い影が姿を現した。
全身を黒いローブで覆い、フードの奥は闇に包まれている。
胸元には、黒い獅子の紋章が刻まれていた。
「見つけたぞ。」
低く響く声が工場内に響いた。
「桑田。」
桑田は苦しそうに笑う。
「……間に合わなかったか。」
谷中は桑田を守るように前へ出る。
「お前は誰だ!」
黒い影は静かに笑った。
「自己紹介は次でいい。」
「今日は、お前たちの――」
「希望を潰しに来た。」
土煙の向こうで、黒いローブが静かになびく。
黒獅子。
その魔の手は、ついに逆ナン師範へと伸び始めていた――。