谷中逆ナン物語   作:君脇玲

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15.伝説の治癒師

 廃工場。

 

 吹き飛んだ壁から土煙が舞い上がる。

 

 黒いローブをまとった謎の人物は、静かに桑田を見下ろしていた。

 

「久しぶりだな。」

 

 低く響く声。

 

 桑田は苦しそうに笑う。

 

「……やはり、お前か。」

 

「終わりだ。」

 

 次の瞬間。

 

 黒い影が桑田へ飛び込む。

 

「やめろ!!」

 

 谷中が間へ割って入ろうとする。

 

 しかし――。

 

「遅い。」

 

 黒い影が腕を振るう。

 

 見えない衝撃波が谷中と空本を吹き飛ばした。

 

「ぐあっ!」

 

「谷中!」

 

 二人は壁へ叩きつけられる。

 

 その一瞬。

 

 黒い影の一撃が桑田を貫いた。

 

「……っ!」

 

 桑田の身体が大きく吹き飛び、床へ倒れる。

 

「桑田さん!」

 

 谷中は必死に駆け寄る。

 

 桑田の身体は深い傷を負い、床には赤い血が広がっていた。

 

「そんな……。」

 

 黒いローブの人物は谷中を見つめる。

 

「今はまだ、お前に用はない。」

 

「次に会う時まで、生きていろ。」

 

 黒い風が工場内を吹き抜ける。

 

 次の瞬間には、黒い影は姿を消していた。

 

 静寂だけが残る。

 

「桑田さん!」

 

 谷中は桑田の身体を抱き起こす。

 

 桑田の呼吸は弱く、今にも止まりそうだった。

 

「しっかりしてください!」

 

 桑田はゆっくりと目を開く。

 

「……谷中。」

 

「はい!」

 

「まだ……終わるわけにはいかない。」

 

「分かってます!」

 

 桑田は震える手で谷中の腕をつかんだ。

 

「……零乃。」

 

「え?」

 

「零乃の……もとへ……。」

 

「零乃?」

 

「伝説の……治癒師だ……。」

 

 それだけ言うと、桑田は再び意識を失った。

 

「零乃……。」

 

 空本がつぶやく。

 

「知ってるのか?」

 

 谷中は首を横に振る。

 

「いや。」

 

「でも、この人を助けられるのは、その零乃さんしかいないんだ。」

 

 谷中は桑田を背負った。

 

「行こう。」

 

「どこへ?」

 

「分からない。」

 

「でも探すしかない。」

 

 二人は桑田を連れ、廃工場を後にした。

 

     ◇

 

 その夜。

 

 岡山の町を歩き回る。

 

 病院を訪ねる。

 

 診療所を訪ねる。

 

「零乃という方をご存じありませんか?」

 

 誰も知らない。

 

 夜が更けても手掛かりは得られなかった。

 

「どうする……。」

 

 谷中が桑田を見る。

 

 呼吸はさらに弱くなっていた。

 

 その時だった。

 

「零乃を探しているのか。」

 

 後ろから声がした。

 

 振り返ると、一人の年配の女性が立っていた。

 

「知っているんですか!」

 

 女性は静かにうなずく。

 

「知っている。」

 

「だが、零乃は自分から人前へ姿を見せることはない。」

 

「本当に助けたい者だけを救う。」

 

「どこにいるんですか!」

 

 女性は山の方角を指差した。

 

「あの山を越えた先。」

 

「古い診療所がある。」

 

「そこにいるという話を聞いたことがある。」

 

「ありがとうございます!」

 

 谷中は深く頭を下げる。

 

 桑田を背負い直し、再び歩き出した。

 

 険しい山道。

 

 夜風は冷たい。

 

 足元も悪い。

 

 それでも谷中は歩みを止めなかった。

 

「絶対に助ける。」

 

「桑田さんは、まだ死なせない。」

 

 空本も黙って隣を歩く。

 

 夜明け前。

 

 ようやく山奥に一軒の古びた診療所が姿を現した。

 

 明かりが一つだけ灯っている。

 

 谷中は桑田を背負ったまま扉を叩いた。

 

「お願いします!」

 

「誰か!」

 

「助けてください!」

 

 静かな山に、その声だけが響き渡る。

 

 やがて、ゆっくりと扉が開いた。

 

 中から現れたのは、一人の女性だった。

 

 穏やかな瞳。

 

 落ち着いた表情。

 

 白衣をまとったその姿には、不思議と安心感があった。

 

 女性は桑田を見るなり、静かに目を細める。

 

「……桑田さん。」

 

「ずいぶん無茶をしましたね。」

 

 谷中は驚く。

 

「桑田さんをご存じなんですか?」

 

 女性はゆっくりとうなずいた。

 

「ええ。」

 

「私は――」

 

「零乃です。」

 

 谷中と空本は息をのんだ。

 

 ついに出会った。

 

 桑田が最後に託した、伝説の治癒師・北岡零乃。

 

 その力が、絶望の中に一筋の希望を灯そうとしていた――。

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