山奥の診療所。
零乃の治療が始まってから数時間。
谷中と空本は診療所の外で、不安そうに空を見上げていた。
「桑田さん……助かるかな。」
谷中が小さくつぶやく。
空本も静かにうなずく。
「助かってほしいな。」
その時だった。
診療所の扉が開く。
白衣姿の零乃が静かに姿を現した。
「命に別状はありません。」
その一言に、谷中は大きく息を吐いた。
「よかった……。」
「ですが。」
零乃の表情は穏やかなままだった。
「しばらく安静が必要です。」
「目を覚ますまで時間がかかるでしょう。」
谷中は深く頭を下げる。
「ありがとうございます。」
零乃は小さく微笑んだ。
「お礼を言われることではありません。」
「私は、人を治すのが仕事ですから。」
しばらく沈黙が流れる。
やがて谷中が口を開いた。
「零乃さん。」
「桑田さんは……。」
「逆ナン師範を知っているって聞きました。」
零乃は静かに目を閉じる。
「知っています。」
「私だけではありません。」
「桑田さん自身も、その一人でしたから。」
「え……?」
谷中と空本は顔を見合わせた。
零乃はゆっくりと話し始める。
「昔。」
「日本には三人の英雄がいました。」
「その名を――」
『逆ナン師範三人衆』
部屋の空気が張りつめる。
「三人……。」
零乃は静かにうなずく。
「一人目は。」
『盾』
「仲間を守ることに全てを捧げた男。」
「桑田竜馬。」
谷中は思わず桑田が眠る部屋を見た。
「あの人が……。」
「二人目は。」
零乃は少しだけ言葉を区切る。
『師』
「逆ナン力を極め、多くの弟子を育てた人物。」
「逆ナン師範。」
「そして。」
「三人目は。」
零乃の視線が窓の外へ向く。
『道』
「誰よりも先を見据え、人々を導いた男。」
「この三人が力を合わせ。」
「かつて日本を救いました。」
谷中は息をのむ。
「日本を救った……。」
「でも。」
「どうして今はいないんですか?」
零乃は静かに答えた。
「戦いが終わったあと。」
「三人は、それぞれ違う道を選びました。」
「一人は人を守るため。」
「一人は人を育てるため。」
「一人は未来を見届けるため。」
「誰にも知られず、生きることを選んだのです。」
空本が尋ねる。
「その中に……。」
「逆ナン師範はいるんですか?」
零乃は小さく微笑んだ。
「います。」
「ですが。」
「今、その居場所を知る者はほとんどいません。」
谷中は拳を握る。
「会いたい。」
「会って、修行を受けたい。」
零乃はまっすぐ谷中を見つめる。
「焦らないでください。」
「人は、会うべき時に会うべき人と出会います。」
「それが――縁です。」
その言葉は、兵庫で池村が語った言葉とどこか重なって聞こえた。
「縁……。」
谷中は静かにつぶやく。
零乃は続けた。
「ですが、一つだけ覚えておいてください。」
「黒獅子もまた。」
「逆ナン師範を探しています。」
「!!」
谷中の表情が変わる。
「どうしてですか?」
「彼らにとって。」
「逆ナン師範は、この計画を阻む最大の障害だからです。」
診療所に重い沈黙が流れる。
谷中は眠る桑田を見つめた。
京都で天山と出会ったこと。
大阪で大原と戦ったこと。
兵庫で逆ナン師範の存在を知ったこと。
すべてが一本の線でつながり始めていた。
「俺。」
谷中は静かに立ち上がる。
「必ず逆ナン師範を見つけます。」
「そして。」
「黒獅子を止めます。」
零乃は穏やかに微笑んだ。
「その決意を忘れなければ。」
「きっと、あなたは必要な人と巡り会えるでしょう。」
窓の外では、朝日が山々を照らし始めていた。
新たな希望と、新たな謎。
谷中たちの旅は、さらに大きな運命へと歩み始める――。