谷中逆ナン物語   作:君脇玲

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19.3人目への道

――暗闇。

 

どこまでも続く深い闇の中を、谷中は一人歩いていた。

 

遠くから聞こえるのは、金属が激しくぶつかり合う音。

 

「先生……。」

 

「桐原先生!」

 

叫んでも返事はない。

 

音だけが、闇の奥へ響いていく。

 

その瞬間。

 

眩しい光が差し込んだ。

 

 

「……ん。」

 

ゆっくりと目を開く。

 

木造の天井。

 

窓から差し込む朝日。

 

薬草の香りが静かに漂っている。

 

「ここは……。」

 

「目が覚めましたか。」

 

穏やかな声だった。

 

谷中が顔を向ける。

 

「零乃さん……。」

 

そこは岡山で訪れた、山奥の診療所だった。

 

零乃は優しく微笑む。

 

「三日間、眠っていました。」

 

「三日!?」

 

谷中は勢いよく起き上がろうとする。

 

「っ……!」

 

全身に激痛が走った。

 

「まだ安静にしてください。」

 

「傷は塞がっていますが、身体は完全には回復していません。」

 

その時、隣のベッドから声がした。

 

「いてて……。」

 

「谷中。」

 

「空本!」

 

空本もゆっくり身体を起こす。

 

「生きてたか……。」

 

「お互いにな。」

 

二人は顔を見合わせ、小さく笑った。

 

しかし、その笑顔はすぐに消える。

 

「あっ!」

 

谷中の記憶が一気によみがえった。

 

「桐原先生!」

 

「天山は!?」

 

「川北さんは!?」

 

零乃は静かに答えた。

 

「川北さんは命に別状ありません。」

 

「現在も療養中ですが、順調に回復しています。」

 

谷中は胸をなで下ろした。

 

「よかった……。」

 

「ですが。」

 

零乃は少しだけ表情を曇らせる。

 

「桐原さんは、ここにはいません。」

 

「え?」

 

「あなたたちをここへ運んだあと、すぐに出発されました。」

 

「どこへ?」

 

零乃は静かに答えた。

 

「三人目に会いに。」

 

その言葉に部屋の空気が変わる。

 

「三人目……。」

 

桑田が命懸けで託した写真。

 

川北から渡された懐中時計。

 

『三人目へ』

 

裏蓋に刻まれた文字が頭に浮かぶ。

 

「先生は……。」

 

「三人目の居場所を知ってるんだ。」

 

零乃は小さくうなずいた。

 

「出発される前に、こうおっしゃっていました。」

 

谷中は思わず身を乗り出す。

 

「何て?」

 

零乃は桐原の言葉を静かに語り始める。

 

「『もう時間がない。』」

 

「『私が動かなければ、間に合わない。』」

 

谷中は拳を握る。

 

「時間がない……。」

 

「どういう意味なんだ。」

 

零乃は首を横に振る。

 

「私にも詳しい事情は話してくださいませんでした。」

 

「ですが。」

 

「かなり急いでいたことだけは確かです。」

 

診療所に静かな沈黙が流れる。

 

窓の外では、風が木々を揺らしていた。

 

谷中はベッドからゆっくり立ち上がる。

 

「僕も行きます。」

 

「まだ傷が……。」

 

「それでも。」

 

「先生一人に任せるわけにはいきません。」

 

空本も立ち上がる。

 

「俺も行く。」

 

零乃は二人を見つめ、小さく微笑んだ。

 

「無理をすると分かっていました。」

 

そう言って棚から二つの包みを取り出す。

 

「途中で食べてください。」

 

「体力を失えば、傷の治りも遅くなります。」

 

「ありがとうございます!」

 

谷中は深く頭を下げる。

 

診療所を出ようとした、その時。

 

「谷中さん。」

 

零乃が静かに呼び止めた。

 

「はい。」

 

「桐原さんは、もう一つだけ言葉を残していきました。」

 

「……?」

 

零乃は静かに語る。

 

「『谷中は、まだ知らなくていい。』」

 

「『三人目の正体を知る時は、自分自身の"器"と向き合う時だ。』」

 

谷中はその言葉を胸の中で繰り返す。

 

「器……。」

 

兵庫で池村から聞いた言葉。

 

逆ナン力を受け止める器。

 

それと三人目に、どんな関係があるというのか。

 

答えはまだ見えない。

 

「行こう。」

 

谷中が言う。

 

「ああ。」

 

空本もうなずく。

 

二人は診療所を後にした。

 

その頃――。

 

人気のない廃駅のホーム。

 

静かに電車が通り過ぎる。

 

ホームのベンチには、一人の男が座っていた。

 

桐原だった。

 

その前には、黒いロングコートをまとった人物が静かに立っている。

 

帽子を深くかぶり、その表情は見えない。

 

桐原はゆっくり口を開いた。

 

「……久しぶりだな。」

 

その人物は小さく笑う。

 

「二十年ぶりか。」

 

「桐原。」

 

桐原は真っすぐ相手を見据える。

 

「話がある。」

 

「――三人目。」

 

ホームへ電車が滑り込み、轟音が二人を包み込む。

 

長年、その存在だけが語られてきた最後の英雄。

 

その真実が、少しずつ動き始めようとしていた――。

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