谷中逆ナン物語   作:君脇玲

19 / 22
19.3人目への道

――暗闇。

 

どこまでも続く深い闇の中を、谷中は一人歩いていた。

 

遠くから聞こえるのは、金属が激しくぶつかり合う音。

 

「先生……。」

 

「桐原先生!」

 

叫んでも返事はない。

 

音だけが、闇の奥へ響いていく。

 

その瞬間。

 

眩しい光が差し込んだ。

 

⸻

 

「……ん。」

 

ゆっくりと目を開く。

 

木造の天井。

 

窓から差し込む朝日。

 

薬草の香りが静かに漂っている。

 

「ここは……。」

 

「目が覚めましたか。」

 

穏やかな声だった。

 

谷中が顔を向ける。

 

「零乃さん……。」

 

そこは岡山で訪れた、山奥の診療所だった。

 

零乃は優しく微笑む。

 

「三日間、眠っていました。」

 

「三日!?」

 

谷中は勢いよく起き上がろうとする。

 

「っ……!」

 

全身に激痛が走った。

 

「まだ安静にしてください。」

 

「傷は塞がっていますが、身体は完全には回復していません。」

 

その時、隣のベッドから声がした。

 

「いてて……。」

 

「谷中。」

 

「空本!」

 

空本もゆっくり身体を起こす。

 

「生きてたか……。」

 

「お互いにな。」

 

二人は顔を見合わせ、小さく笑った。

 

しかし、その笑顔はすぐに消える。

 

「あっ!」

 

谷中の記憶が一気によみがえった。

 

「桐原先生!」

 

「天山は!?」

 

「川北さんは!?」

 

零乃は静かに答えた。

 

「川北さんは命に別状ありません。」

 

「現在も療養中ですが、順調に回復しています。」

 

谷中は胸をなで下ろした。

 

「よかった……。」

 

「ですが。」

 

零乃は少しだけ表情を曇らせる。

 

「桐原さんは、ここにはいません。」

 

「え?」

 

「あなたたちをここへ運んだあと、すぐに出発されました。」

 

「どこへ?」

 

零乃は静かに答えた。

 

「三人目に会いに。」

 

その言葉に部屋の空気が変わる。

 

「三人目……。」

 

桑田が命懸けで託した写真。

 

川北から渡された懐中時計。

 

『三人目へ』

 

裏蓋に刻まれた文字が頭に浮かぶ。

 

「先生は……。」

 

「三人目の居場所を知ってるんだ。」

 

零乃は小さくうなずいた。

 

「出発される前に、こうおっしゃっていました。」

 

谷中は思わず身を乗り出す。

 

「何て?」

 

零乃は桐原の言葉を静かに語り始める。

 

「『もう時間がない。』」

 

「『私が動かなければ、間に合わない。』」

 

谷中は拳を握る。

 

「時間がない……。」

 

「どういう意味なんだ。」

 

零乃は首を横に振る。

 

「私にも詳しい事情は話してくださいませんでした。」

 

「ですが。」

 

「かなり急いでいたことだけは確かです。」

 

診療所に静かな沈黙が流れる。

 

窓の外では、風が木々を揺らしていた。

 

谷中はベッドからゆっくり立ち上がる。

 

「僕も行きます。」

 

「まだ傷が……。」

 

「それでも。」

 

「先生一人に任せるわけにはいきません。」

 

空本も立ち上がる。

 

「俺も行く。」

 

零乃は二人を見つめ、小さく微笑んだ。

 

「無理をすると分かっていました。」

 

そう言って棚から二つの包みを取り出す。

 

「途中で食べてください。」

 

「体力を失えば、傷の治りも遅くなります。」

 

「ありがとうございます!」

 

谷中は深く頭を下げる。

 

診療所を出ようとした、その時。

 

「谷中さん。」

 

零乃が静かに呼び止めた。

 

「はい。」

 

「桐原さんは、もう一つだけ言葉を残していきました。」

 

「……?」

 

零乃は静かに語る。

 

「『谷中は、まだ知らなくていい。』」

 

「『三人目の正体を知る時は、自分自身の"器"と向き合う時だ。』」

 

谷中はその言葉を胸の中で繰り返す。

 

「器……。」

 

兵庫で池村から聞いた言葉。

 

逆ナン力を受け止める器。

 

それと三人目に、どんな関係があるというのか。

 

答えはまだ見えない。

 

「行こう。」

 

谷中が言う。

 

「ああ。」

 

空本もうなずく。

 

二人は診療所を後にした。

 

その頃――。

 

人気のない廃駅のホーム。

 

静かに電車が通り過ぎる。

 

ホームのベンチには、一人の男が座っていた。

 

桐原だった。

 

その前には、黒いロングコートをまとった人物が静かに立っている。

 

帽子を深くかぶり、その表情は見えない。

 

桐原はゆっくり口を開いた。

 

「……久しぶりだな。」

 

その人物は小さく笑う。

 

「二十年ぶりか。」

 

「桐原。」

 

桐原は真っすぐ相手を見据える。

 

「話がある。」

 

「――三人目。」

 

ホームへ電車が滑り込み、轟音が二人を包み込む。

 

長年、その存在だけが語られてきた最後の英雄。

 

その真実が、少しずつ動き始めようとしていた――。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。