旅に出て数日。
長野を発った谷中涼太と空本公平が最初に向かったのは、琵琶湖を抱く県――滋賀県だった。
「最初の目的地が滋賀なのは、やっぱり河合さんに会うため?」
歩きながら空本が尋ねる。
「ああ。」
「幼なじみなんだ。」
谷中はどこか懐かしそうに笑った。
「昔はよく一緒に遊んでたんだ。旅に出たことも報告したいしな。」
やがて二人は、河合が暮らすという大きな屋敷へとたどり着く。
門の前に立っただけで、その規模に思わず息をのんだ。
「……これ、本当に個人の家か?」
「住所は間違ってないはずだけど……。」
困惑する二人の前に、一人の女性が姿を現した。
「……谷中?」
聞き慣れた声に、谷中は顔を上げる。
「天音!」
久しぶりの再会だった。
河合天音(かわい あまね)は昔と変わらない優しい笑顔を浮かべながら、二人を迎え入れる。
「久しぶり! 元気だった?」
「もちろん!」
「でも、その家……。」
谷中が辺りを見回すと、天音は少し照れくさそうに笑った。
「実は私、結婚したの。」
「えっ!?」
思わず谷中と空本の声が重なる。
「相手は……山西さん。」
その名前を聞いた瞬間、空本が目を丸くした。
「まさか……あの山西祐樹!?」
天音は静かにうなずく。
「うん。」
「世界的な実業家の、山西祐樹。」
二人は言葉を失った。
テレビや新聞で何度も目にしたことのある人物。
そんな存在が、谷中の幼なじみの夫だった。
「いやいやいや! すごすぎるだろ!」
空本は思わず頭を抱える。
谷中も驚きを隠せなかった。
だが、それ以上に。
幼なじみが幸せそうに笑っている姿を見て、自然と笑みがこぼれた。
「そっか……。」
「おめでとう。」
「ありがとう。」
天音は優しく微笑む。
「でも、谷中が旅に出るなんて驚いたな。」
「師匠に言われてさ。」
「日本中を巡って……逆ナンされる旅。」
一瞬の沈黙。
天音は吹き出し、空本もつられて笑った。
「ふふっ。」
「谷中らしい。」
しかし、その笑顔は少しずつ穏やかなものへと変わっていく。
「でも――」
天音はゆっくりと空を見上げた。
「人との出会いを、大切にして。」
「……え?」
「その旅で出会う人は、きっと偶然じゃないから。」
谷中は首をかしげる。
「偶然じゃない……?」
「うん。」
天音はそれ以上は何も語らず、静かに微笑んだ。
その言葉の意味を、谷中はまだ知らない。
やがて旅を続ける中で出会う仲間も、ライバルも、宿敵も。
すべてが一つの運命で結ばれていることを――。
「じゃあ、行ってくる。」
「うん。」
「気を付けて。」
「また帰ってきてね。」
「ああ!」
谷中と空本は再び歩き出す。
その背中を、天音はいつまでも見送っていた。
旅は、まだ始まったばかりだった。